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ACT.3

~15歳になったら~





(よく乾きそうだなぁ~)

 私立聖陵学院中学校3年の秋園貴史は雲一つない青空を見上げて、にっこりと笑った。

 その手にはプラスチックのかご。山盛りの洗濯物が入っている。

 彼は強豪バスケ部のマネージャーだ。
 昨年まではプレイヤーだったのだが、今は身体の事情でコートを離れている。

 一時は退部しようと思ったのだが、それを引き留めたのが、一年先輩で昨年中等部の主将を務めていた、中沢涼太だった。

 ずっと憧れを持って見つめてきた涼太に対して、それ以上の感情を覚えてからも、貴史は黙って見続けることしかしなかった。
 隣に並ぼうなどとはとても思えなかったのだ。

 しかし、そんな貴史の隣に、涼太はやって来た。自らの意志で。


 つい2ヶ月ほど前、お節介な級友たちのありがたい悪戯のおかげで、二人は互いの思いを伝えあうことが出来たのだ。

 そして…。
 夏合宿がやって来た。

 運動部というところは、ただでさえ洗濯物が多いのだが、それが夏ともなると、その量は尋常ではない。
 タオルだけでも、一日いったい何回洗濯機を回すだろう。

(僕って、ホント、洗濯上手になったよなぁ)

 そう思いながら、貴史は手際よく次々と干していく。

 中等部・高等部合わせてマネージャーの数は6人。
 もちろん、その6人で仕事を分担しているのだが、貴史はなぜか洗濯が好きだった。
 小さい頃から母の手伝いをしていたからかもしれない。

『パンッ』

 気持ちのいい音を立ててタオルを干す。
 最後の一枚を干す頃には、最初に干した物が乾き始めているくらいの暑さだ。

(これなら今日中にもう一回回せるな)

 そう思った時、後ろから貴史を呼ぶ声が聞こえた。

「貴史―! 高等部、休憩に入ったから手伝ってくれー!」

 高等部のマネージャーの声だった。

 今年も、聖陵学院バスケ部の強豪ぶりは健在だった。
 中等部・高等部ともに地区大会で優勝を果たし、間もなく全国の強豪との対決が待っている。

「あ、はーい! すぐ行きまーす!」

 足元のかごをひっつかみ、部室へ乾いたタオルを取りに戻る。

「あ、バカッ、貴史っ、走らなくていいっ」

 マネージャーの声に、貴史はペロッと舌を出した。

「は~い」

 走るなと言われても、早く行って、涼太にタオルを渡したかった。





「はい、先輩どうぞ」
「ありがと、貴史」

 涼太と貴史。
 二人にはまったく自覚はないのだが、部内ではしっかり公認カップルとなり果てていた。

 だから、あと5人いるマネージャーの誰も、涼太にタオルは渡さない。
 それは貴史の役目…と、暗黙の了解が成されているのだ。

 二人は普段からひっついているわけではないし、どちらかというと人前では気をつけている方なのだが。
 

「ふふ」

 遅れて休憩に入った中等部の副主将、相良浩二が不気味な笑いを漏らす。

「気色の悪い笑い方すんなよ」

 浩二の脇腹をつついたのは中等部の主将、川添真一郎だ。

 実はこの二人、涼太と貴史のキューピッドなのである。

「だって、中沢先輩と貴史のやつ、視線で会話なんか交わしちゃってさぁ…」
「羨ましいんだろ?」
「へへっ、そりゃあまあね。あぁもラブラブを見せつけられるとねぇぇ」

 そう言う二人も、涼太と貴史を見つめる視線は暖かい。

「ところでさ、どこまで進んだのかなぁ?」

 浩二が肘で真一郎の背中をつつく。

「お前なぁ…その、のぞき見趣味何とかなんねえか?」

 呆れた表情で肩を竦める真一郎だが、浩二の方はそんなリアクションにもどこ吹く風だ。

「何てったって俺たち、仲人さまだからな。二人の行く末には責任ってもんがあるだろーが」
「お前なんかに責任もたれたくないってよ」

 真一郎は後輩から手渡されたスポーツドリンクを一息に飲み干す。

「やっぱ、最後までいったかな?」

 浩二はどうしてもこの話題を続けたいらしい。
 真一郎は浩二の手から、スポーツドリンクを取り上げ、それもまた一気に飲み干してしまった。

「あー! 俺のっ!」

 叫んだ浩二の続くセリフを、真一郎は静かに遮った。

「中沢先輩が、『ではいただきます』とばかりに手を出すとは思えないな」 

 浩二が目を丸くする。

「先輩、マジだからな…」
 







「あ…」

 タオルが貴史の手から涼太の手に渡るとき、その手がギュッと握られる。

 とたんに頬を紅くする貴史。
 涼太はそんな貴史の反応を嬉しそうに見つめる。

 今夜は夕食後に一緒に本屋まで行く約束をしていた。
 二人が好きな雑誌の発売日だからだ。

「今夜、いつもの所で…」

 耳元で小さく言い、涼太は高校生の輪の中へ戻っていった。

 涼太はいつも貴史を見ている。
 ボールから離れた目は、必ず貴史を捜すのだ。

 貴史もそんな涼太の視線に出会うたび、こんなに幸せでいいのだろうかと、贅沢な不安まで感じてしまうのだった。

(今夜、いつものところ…)

 心の中で、涼太の言葉を繰り返す。

 しかし、その約束がよもや守れないとは、今の貴史には考えも及ばないことであった。








「貴史…遅いな…」

 夕食後、涼太は正門から少し雑木林よりの校内で、貴史を待っていた。
 貴史は、待ち合わせの時は大概早く来ると言うのに。

 腕の時計は、待ち合わせ時刻を15分過ぎている。

「何か、あったのかな…」

 それは漠然とした言葉であったが、なぜか涼太の心を締め付けた。

「貴史…」

 そう呟いた涼太の耳に、近づいてくる救急車のサイレンが耳に入った。
 心を締め付けていた、形のない不安が、一気にその姿を明確にする。

「貴史…まさか…」

 救急車は、正門から入ってきた。







 丸一日が過ぎた。
 練習を終え、涼太はようやく病院を訪れる。

 命に別状はない…そう聞かされたのは昨夜の深夜だ。
 しかし、この目で貴史の顔を見るまでは…。

 涼太は鳴り響く鼓動を深呼吸でどうにか納め、静かに個室のドアをノックした。

「どうぞ…」

 聞こえたのは柔らかい女性の声。

 そっと開けたドアの向こうには、真っ白なベッドと、貴史によく似た面差しの女性が座っていた。

「あの…」

 そう声をかけた涼太を、女性は笑顔で迎えてくれた。

「中沢…さん?」

 確かに聖陵学院高等学校の制服を着ているから、同じ学校の先輩であることはわかるだろうが、なぜ名前まで。

「あ、はい、初めまして。中沢です」

 名乗ると女性はその笑顔を一層華やかにした。

「いつも貴史がお世話になっています。貴史の母です」

 ああ、やっぱり…と涼太は思う。
 笑顔がとても似ているのだ。


「貴史は、学校の話をするときはいつもあなたの話ばかりで…」

 そう言われて、どう返事をしていいのか、涼太が戸惑う。

「あ、いえこちらこそ…、秋園くんにはいつも…」

 それだけいうのが精一杯で、続きがでてこない。 
 
「朝から検査ばかりで…。疲れが出たのでしょうね、熱を出してしまったんです。それで少し眠らせてもらってるのですが…」

 そう言うと貴史の母はちらっと、白い壁に掛かる時計を見上げた。

「もう起きると思うのですが…」 
「待たせてもらってもいいですか?」

 どうあっても、一言でもいいから、貴史と言葉が交わしたかった。

「ええ、もちろんですわ。いえ、こちらからお願いします。中沢さんがお見えになったのに、お話しできなかったってわかったら、あの子、きっと怒ってしまいます」

 そう言って貴史の母はクスクスと笑った。

「さ、どうぞ、お掛けになって」

 勧められた椅子に、涼太は静かに腰を下ろす。

「あの…秋園くんの容態は…」

 そう訊ねる涼太の視線は、ベッドの貴史に釘付けのままだ。
 しかし穏やかな顔で眠っていることに、心底ホッとした。

 
 目を閉じていても可愛いんだよな…と、安心したせいか不謹慎なことまで考えてしまう自分に、心の中で苦笑する。 

「少し疲れが溜まったのでしょうね。軽い発作が起きたんですが、大事には至らなくて、安心しました」

 疲れ…その言葉に涼太は再び不安を募らせる。
 やはり、マネージャーを続けることも難しくなって来ているのだろうかと。

「秋園くん…何事にも一生懸命なので…」 

 そう言うしかなかった。

 それを聞き、嬉しそうに微笑んだ貴史の母だったが、その後、少しの間重い沈黙が病室を包んだ。

 やがて、ポツッと言葉を漏らしたのは、貴史の母が先だった。

「この子は…学校が好きなんですね…」

 涼太が貴史から視線を外し、その母親を見つめる。

「今朝、主人と…貴史が喧嘩をしたんですよ」

 喧嘩? 貴史が?
 あの穏やかな貴史が、喧嘩。まして相手は父親だ。

「主人が、転校手続きをとると言いだしたもので…」
「転校っ?」

 思わず大きな声を出してしまい、慌てて口をつぐんだ涼太は、貴史に視線を戻した。

 顔色を変えることなく、貴史は静かな寝息をたてている。

「でも、貴史が絶対イヤだと言い張りまして…」

 言いながら、貴史の髪をそっと撫でる。

「主人の気持ちもわかるんです。病気を抱えた我が子を、遠く離れた寮に置いておくことは、それは…とても不安なんです」

 その気持ちは涼太にだってよくわかる。
 自分が貴史の親の立場だったら、絶対に手元に連れ戻しているだろう。

「でも私は…出来ることならば高校も聖陵へ行かせてやりたいのです…」

 涼太は少し驚いて、貴史の母を見た。

「この子の病気がわかったのは、聖陵に入学してすぐの健康診断でした。それまでは医者知らずの健康な子だったので、私たちも、この子の心臓が重荷を背負っていることに気づきませんでした。 健康診断の結果、私たちは入学を取り消されると思っていたのですが…」

 貴史が少し身じろいだ。しかし、すぐに規則正しい息を取り戻す。

「学校側はお医者様と相談の結果、入学を認めてくれました。寮という環境がかえって規則正しい生活を与えてくれて、しかも通学の負担がないから…ということでした。中1の時に担任をしていただいた光安先生にもずいぶんお世話になって…」

 突如湧いて出た、自分の担任の名に、涼太は眉をキュッと寄せた。

(直人のヤツ、貴史の担任してたことあったのか…)

 そんなこと、全然気づいてなかった。
 なんだかまた弱みを握られそうでイヤな感じだ。

 だいたい、今現在、自分の担任って言うのもおかしな話なのだ。
 普通は避けるだろう。現に、中学の3年間は、担任はおろか、教科担当にもならなかったのだから。

 それが今年、いきなりの『担任』だ。
 そういえば、1学期末の三者面談などは『お笑い』だった。

 涼太の成績の話などどこにも出ず、母は嬉しそうに歳の離れた弟の、幼い頃の思い出話をして帰っていっただけなのだ。

 まあ、ただでさえ、バスケ部に入っていることや、夏合宿に参加したり、大会に出場したり、果ては遠征に出ることすら母親に上手く誤魔化してくれているのは、担任である彼なのだから、何があっても頭は上がらないのだが。

 夏休み中の今は、直人と会うこともまずないのだが、新学期が始まったらイヤでも毎日顔を合わせる。

 貴史とのことは絶対にバレないようにしなければ…。
 涼太はキュッと口を結び、貴史の寝顔に視線を戻した。


「中沢さん…」

 貴史の母の呼びかけは、柔らかく心地よい声だった。

「貴史のこと、よろしくお願いします」
「あっ、は、はいっ。もちろんです!」

 慕われている先輩として、お願いされたのだということはよくわかっている。
 わかってはいるが、それでも嬉しかった。

 まるで、二人のことを認めてもらったような錯覚に落ちてしまう。


「りょ…」

 小さな声がした。

「先輩…」

 貴史が濡れた黒い瞳を涼太に向けていた。



「貴史、中沢さんね、あなたの目が覚めるのを待っててくださったのよ」

 母が毛布をかけ直しながら、髪の毛を梳く。

「お母さん、ちょっと出てくるから」
「おかあ…さん」
「先輩とお話ししたいんでしょ?」

 そう言って、一つ軽い会釈を残して、静かに部屋を後にした。

 それを見送って、涼太は静かにベッドへ寄る。

「貴史…。遅くなってごめんな」

 苦しかったか…? と、小さく付け加えて、さっき母親がしたように髪を梳いてやる。

「心配かけてごめんなさい。少し苦しくなっただけなのに、みんなが大騒ぎしちゃったから…」

 そう言って、儚い笑みを向けてくる貴史に、涼太は長身をかがめてその額に一つ、キスを落とした。

「俺、どうしようかと思った…」

 このまま貴史に万一のことがあったら…。
 そう思うと今でも胸が潰れそうになる。

「貴史…お前、無理してないか?」
「え?」
「合宿…」

 たったその一言で、見る間に貴史の瞳に涙が盛り上がった。

「ぼ、僕、やめたくない…」

 たった一つ、自分と涼太を結ぶもの。
 それが、バスケ。

「でもな、俺は、お前の方が大事なんだ…」

 言葉に続くキスは、今度は小さく開く唇に落ちた。






 3日後、夏の間は見学だけという条件で、貴史は合宿に帰ってきた。
 それでも他のマネージャーたちは涼太に渡すタオルだけは、貴史に託す。

「はい、先輩どうぞ」
「ありがと、貴史」

 手が触れた瞬間、キュッと握られるのもいつもと同じ。
 そして、部活のあとの行動も…。



 第一体育館の裏口、私服の二人が肩寄せあって座り込む。

「気分悪くないか?」

 その言葉に、貴史がクスッと笑いを漏らす。

「貴史~」
「だって、さっきからそればっかり。お医者さんもOKって言ってくれたんだから、もう大丈夫」 

 心配しないで…と続ける貴史に、涼太は視線を落として呟いた。

「だって俺、心配するくらいのことしかしてやれない…」

 思いもかけず、涼太の弱気を聞いた貴史は、慌てて言葉を付け加える。

「そんなこと、言わないで。僕は、傍にいられるだけで…」

『幸せだから…』と続けたかったのだが、恥ずかしくて言葉が出てこない。

「貴史…」

 そっと肩を抱き寄せて、唇を合わせる。
 やがて肩にあった手は、その身体をしっかりと抱きしめて…。

「そろそろいいかな?」

 ふいに唇を離し、涼太は腕時計に目をやった。
 時刻は7時過ぎ。寮内の食堂ではまだ賑やかに夕食の時間だ。

「どうしたの?」

 貴史ごと立ち上がった涼太は、その言葉にニッと笑って見せた。

「退院祝い、しよう」
「え?」

 涼太は貴史の手を引いて歩き始める。貴史の負担にならないように、ゆっくりと。

「こっちは…」

 校舎だ。しかも、特別教室ばかりの校舎へ涼太は向かっているようだ。
 しかし、この時間、校舎はしっかりと施錠されているはずで…。


「え? ええっ?」

 だが、涼太は鍵を開けた。行き着いたのは音楽室。

「どうして? 鍵、どうしたの?」

 不安そうな貴史の顔。

「そんな顔するなって。大丈夫。鍵の出所は、なお……うちの担任だから」 

 少し言い直しながら、それでもいたずらっ子の顔で、涼太は指に通した鍵をクルクルと回してみせる。

「そっか、担任、光安先生だったね。でも…それでも、どうして?」

「ああ、俺がピアノ弾くの知っててさ、ホールの方は管弦楽部員だらけで気兼ねだろうからって。こっちを使わせてくれてる」

「すご~い。やっぱり光安先生っていい先生だね。僕も中1の時、担任だったけど、いつも気をつけてくれて、すごく優しかったよ」

 貴史の目がキラキラしているのが何となく悔しい。

「ま、まあな。……それより、貴史。何か弾いて欲しいものあるか?」
「え? いいの?」

 さらにキラキラしてきた目に、今度はなんだか嬉しくなってしまう。

「退院祝いだってば。なんだってリクエスト聞いてやるぞ」
「じゃあ、『別れの曲』!」

 即答する貴史に、涼太は一つ大げさにため息をついてみせる。

「あのなぁ、縁起でもない曲言うなよ。退院祝いなんだから、もっと明るい曲言えよ」
「あ、もしかして弾けないの?」 

 貴史は確信犯的な笑顔を繰り出す。

「バッカ。あんなのちょろいもんだって」
「じゃあ、お願いします」

 ペコリと頭を下げる貴史に、ヤレヤレと言った表情で、涼太はピアノの蓋を開ける。

 少し指慣らしの音が続き、やがて…。

 貴史はその光景を、あの時と同じように、一緒に漂いながら眺めていた。

(ちっとも悲しい曲じゃないよね…。『別れの曲』って言うけれど、この別れの先にはきっと、新しいことがまってるんだ…)

 どんな別れがあったとしても、その先も、そのまたずうっと先も、涼太と一緒にいければいいのに…。

 そう願いながら、涼太の音に身を委ねる。
 やがて、最後の音が遠くへ去り…。


「貴史…泣いてんのか…?」

 階段状に座席が配された教室の中程で、貴史は膝を抱えて座り込んでいた。

 涼太が駆け寄り、隣に腰を下ろす。
 
「僕…何をお返しに出来るんだろう…」

 ポツっとそう言った。

「お返しって何だよ」
「だって僕…こんなにいい思いさせてもらったのに…。僕は何にも出来ない」

 心配かけるばっかりで…と、小さな呟きが落ちた。  
 
「バッカだな、貴史。お前はそのままでいてくれたらいいんだ。そのままで、俺の傍に…」

 くちゃっと髪を撫で、その手で肩を抱く。
 抱き寄せた肩が少し冷えているのに気づき、暖めるようにさすってやる。

「ね、何か欲しいものない?」

 貴史が見上げてニコッと笑う。一生懸命の笑顔だ。

「欲しいもの?」
「うん…僕が入院してる間に、誕生日過ぎちゃったよ…」
「あ、覚えててくれたのか」

 涼太の誕生日は、貴史が入院した翌日だった。

「当たり前でしょ? ね、何が欲しい?」

 屈託なく微笑む貴史に、涼太は思わず…。

「俺…」

 言おうとして、ドキンと心臓が鳴った。

「……が、欲しい」

 その声は今すぐにでも空気に溶けてしまいそうで。
 けれど、それは溶けこむ前に貴史の耳に届いてしまった。

「りょ、う…」

 一気に頬を染めた貴史を見て、涼太は突然、我に返ってしまう。

「ご、ごめんっ、貴史。驚かせるつもりはなかったんだ」

 むろん、怖がらせる気も毛頭ないが。

「悪かった。冗談だよ。冗談だからっ…」

 抱きしめて背中をさすってやりたいシチュエーションだったが、今抱きしめて怖がられでもしたらと思うと、それも出来ずにあたふたとやり場のない両腕を振り回すばかりで…。

「冗談…な、の?」

 見返してくるのは、不安を宿す瞳。

「貴史…」
「僕は…」

 言葉の終わりが少し潤んだの感じて、涼太は漸く貴史を抱きしめた。

「ごめん…冗談なんかじゃない。悪いけど、俺、本気で貴史のこと好きだから、その…」

 言おうとしても言葉がでてこない。
 どう言えば、貴史を怖がらせずに、不安にさせずにおけるのか。

「俺…な、お前が高校生になるまで待とうと思ってるんだ」
「それは…僕が子供だからってこと…?」

 その瞳からは、不安の色は少しも払拭されなくて…。

 頼むから、そんな縋るような目で見ないでくれ…。

 涼太は熱くなりかけた心と体を、大きく静かな深呼吸でゆっくりと収める。

「そうじゃない。そうじゃなくって、これは、その…俺の勝手なけじめなんだ」

 爆弾を抱える貴史の身体。
 自分が自分の気持ちに忠実になれば、きっと貴史の身体には負担になる。
 そんなことをして、その後、目の届かないところに帰すなんて、絶対に出来ない。
 二人は高校生と中学生。校舎も寮も違うのだから。

 …だから、せめて同じ校舎同じ寮になれば…。
 …それも、気休めに過ぎないのだが。

「いつだって貴史のこと守っていたいんだ…」




 月明かりの下、寮へ繋がる坂道を、貴史のペースにあわせてゆっくりと昇る。
 途中、道は二つに分かれ、それぞれの寮を隔てるのだ。

 涼太はいつも、ここで貴史を見送る。
 高校生が中学の寮へ行くと、目立ってしまうから。
 それが、どうしようもなくもどかしくて…。



 きっと涼太は自分の姿が見えなくなるまで立っているだろう。
 貴史は振り返りたい気持ちを押さえ込んで、寮の灯りに目を向ける。

 自分は涼太に負担をかけている。
 それはよくわかっているのだが、涼太を諦めることなど、もう、できない。

 自分はこんなにわがままだったのかと、今さらながらに呆れてしまう。 

 でも、きっともう一つ、自分はわがままを言うだろう。



 僕の誕生日は12月26日。
 まだ中学生だけれど、15歳になったら、きっと、言おう。

『何が欲しい?』って聞かれたら、きっと、言おう。

『涼ちゃんが…』

 最後まで言えなくても、きっと涼太ならわかってくれるはず…。


END

45678GET:まつ様からリクエストいただきました。


*Act.4~真っ白な誕生日~へ*
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