羽野くんの管弦楽部観察日記 6〜


〜6〜



 今日の部活、俺は久しぶりに中等部の練習に顔を出した。
 首席ミーティングがあるから、合奏や分奏なんかの通常練習は今日はナシ。
 だから、俺たち次席奏者は、こうやって中坊の面倒を見に来たわけだ。


『中等部Aグループ』

 この、中等部の中でもTOPメンバーで構成されている管楽器のセクション練習を見に来たのは、俺と浅井祐介の二人。

 Aグループはほとんどが3年生だから、俺たちにとってはたった一年下で、去年まで同じグループでやっていた気の置けないメンバーだ。
 だから、練習だって、緊張の中にも和気あいあいと…。

 ん? なんだか異様に緊張してる奴がいる。

 …フルートの藤原彰久だ。
 そっか、こいつ、まだ1年生だもんな。
 実力はピカ一っていわれてるけど、こうやってグルッと見渡す限り、1年坊主はこいつだけで…。

 そりゃま、緊張するに決まってっか。
 まあ、浅井はきついこと言わないし、大丈夫だろう。


 練習が始まると…。
 なんだ…。藤原ってちっとも緊張してないじゃん。
 めっちゃいい感じで吹いてる。
 確かに、こいつ上手い…。
 へたすると、来年の次席争いは浅井と佐伯先輩の一騎打ちじゃすまないかもな…。
 高2と高3が中2に抜かれるなんて、ちょっと恥ずかしいからな。
 浅井も大変だよな。
 奈月の隣の席取り合戦か…。

 な〜んてことを考えながら聞いていると、浅井が練習を止めた。

「な、羽野。今の和音ってちょっとおかしかったよな」 

 は? …しまった…。ぼんやりしてたぜ。

「なんだよ。しっかり聞いててくれよ」
「悪い」

 俺が謝ると、浅井は中坊たちに向き直って言った。

「今止めたところの和音。主和音だってこと意識しないとダメだぞ。…藤原!」
「は……はいっ!!」
「主音出して」
「はいっっ…」

 ……? え? 藤原…手が震えてる…。
 何で? ど〜して? さっきまでこともなげに吹いてたのに…。
 あ、でも、吹く前はド緊張の顔してたっけ…。
 なんなんだ? いったい…?

「いいか、藤原の音程はすごく正確で安定してるから、みんなちゃんとそれを聞いて」
「はいっ!!」

 浅井の言葉に、全員の元気な返事が返ってきたけど…。
 藤原は真っ赤だ…。浅井をみる目がちょっと潤んでて…。
 しっかし、こうしてみると、藤原って可愛い顔してるよなぁ…。

 練習が終わって、部屋を出ると…。

「羽野…?」

 ん?

「何? 浅井」

「お前、ちっとも練習聞いてなくて、藤原の方ばっかり見てたな」

 は…? はい〜?
 それはちょっと違うぞ。
 俺には、藤原がお前を見てたような気がするんだけど…。

「お前って、ああ言うのが好みなんだ」

 こ、こ、好みぃ〜?
 浅井はニマッと笑いやがった。

「橋渡し、してやろうか?」

 ち、違うっ! 違うぞっ!!

 俺は……ノーマルだーーーーーーーー!!!



〜10万Hitsスペシャル〜

長いので別ページです(笑)
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〜七夕スペシャル〜


 明日は7月7日。七夕だ。

 だからって、高校生にもなってはしゃぐこともないんだけど、なにしろそこは『娯楽』の少ない『男子寮』。
 なんでもお祭り騒ぎになっちまう。

 でも、おおっぴらに笹の葉が用意されるわけではないし、その必要もない。
 だって、裏の雑木林の中には立派な竹林があるんだから。

 だいたい5,6日の頃から短冊がちらほらとつき始めて、7日中にはたくさんの、色とりどりの短冊がぶら下がる。
 ある者は夜中にこっそり、ある者は日中堂々とつけにくるんだけど…。

「羽野―! 行こうぜ」

 そう、俺はやましい願いごとなんかしないから、日中堂々組だ。
 けど、昼休みなんかは混み混みになるからイヤだ。

 その点、今日の3時間目は自習。
 C組D組合同の選択科目の時間で、古文か漢文なんだけど、俺の選択してる古文の先生が夏風邪でダウンしちまったおかげでそうなったんだ。

 だから今は、1−Cか1−Dの古文選択のヤツらしかいない。竹林は結構広いから、周りの話し声もあんまり聞こえなくて…。

 俺は適当な笹の葉を見つけて短冊をつける。 
 俺の今年の願いごとは『夏のコンサートでヘマをしませんように』。
 どうだ。極めて健全かつ教育的な内容だろう。

「なんだ、お前の願いごとって、おもしろくねーな」

 いちゃもんをつけてきたのは、クラリネットの茅野だ。

「んじゃ、お前の願いごとってなんだよ」

茅野がぶら下げた短冊を覗き込むと…。

『奈月といちゃいちゃしてみたい』

 なに〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

「茅野っ! お前、恥ずかしくねーのかよっ」
「ねえよ。だって匿名希望だもん」

 …なるほど…。
 って、納得してる場合じゃない!

 だいたい、どいつもこいつも毎年毎年腐った願いごとをつるしやがってっ。

 周りの短冊を見れば、相変わらず『○○ちゃんとキスしたい』だの『××くんと結ばれますように』だの『△△とずっと一緒にいられますように』ってな願いごとばっかり!
 一人くらい、俺の仲間はいないのかっ!

「あれ、奈月だ」

 茅野の言葉に振り返ってみれば、奈月と浅井が手に短冊を持って坂道を上がってくるところだった。
 2人は少し離れたところで短冊をつけようとして…。

「相変わらずあいつら仲良しだな」

 茅野が言う。

 見ると、奈月が少し高いところに短冊を結ぼうとして背伸びをしてる。
 すると、浅井が後ろから手を伸ばして、奈月の手から短冊をとって、結ぶ。 

 う〜ん、なんであんなに様になるんだ?
 浅井の腕にスッポリと包まれた奈月がめちゃめちゃ可愛らしい。

 奈月が振り向いて、何か言った。
 遠くて聞こえないけど、その口はどうやら『ありがと、祐介』って言ったらしい。

 浅井が微笑んだ。まるでキスでもしそうなくらい、ひっついて…。
 俺はその様子を見て固まっていたんだけど…。

「おーい、奈月! 浅井!」

 デリカシーのない茅野は、いいムードの2人にわざとのように声をかけた。

「あ、茅野くんと羽野くんも来てたんだ」

 奈月が可愛い顔で笑った。
 浅井は…………。
 怒るなよ…、悪いのは茅野だからな…。

 俺たちは少しの間、周りの短冊を見てひとしきり盛り上がり、やがて奈月と浅井は仲良く坂道を降りていったんだけど…。
 

 がさがさがさ…。

 …これは、民族大移動の音だ。
 そこら中に散らばっていたヤツらが奈月の短冊を見に集まってきたんだ。

「おい、葵ってなんて書いてる?」

 誰かが、奈月の短冊をちょっと引っ張った。
 綺麗な字で書いてあるそれを見て、全員が固まった。

『バニラアイスと白玉だんごがいっぱい入って、コーンフレークの入ってないチョコレートパフェをお腹いっぱい食べられますように』

 こ、これが学院一のアイドルの願い…。
 しかし、チョコパには普通、白玉だんごなんて入ってないぞ。
 もしかして、京都のチョコパには白玉だんごがはいってるのか?

 みんなして呆然としていると、誰かがふと、短冊を裏返した。

「おいっ、裏があるぞっ」

 そこら中がざわつく。
 短冊の裏…もしかして、そこには奈月の本当の願いが…。
 誰もが固唾をのんで見つめた…。そこには…。

『京都のきつねうどんが食べたい』

 奈月…。
 安心したよ、お前も俺と同じ、筋金入りのノーマルだよなっ!!!






〜7〜


『もう一度話しておくれ、輝く天使。まさしくそうだ。あなたは人々がうち退いて見つめる、天上からやってきたお使いのように、ぼくの頭上にいるのだから』

 す…すんげぇ…。
 どうしちゃったんだ…悟先輩…。

 夜も8時を回って、ここは3−Cの教室。
 連日聖陵祭の練習が行われてる。

 もちろん、我らがC組、総力あげての出し物、『ロミオとジュリエット』の練習だ。
 ロミオは当然のごとく、悟先輩。そして、相手役のジュリエットは俺のクラスメイト、麻生隆也だ。

 悟先輩は去年の演劇コンクールで、『サロメ』の予言者ヨカナーンを演じた。
 そりゃあもう、めちゃめちゃかっこよかったし、上手かったんだけど、あれは当時の3−Bの委員長の企画勝ちってところがあったと思うんだ。

 だって、ヨカナーンって役どころは、冷静でストイックで…。
 そう、悟先輩が地のままでやればよかったんだから。演技力もへったくれも、いつものように喋ればヨカナーンの出来上がりって感じだったんだ。
 だから、それを見抜いて『サロメ』を企画した人ってすごいなと思うわけだ。

 けど、今回のはそうはいかない。
 だって、バリバリのラブストーリーじゃんか。

 俺、最初は無理だと思った。
 麻生のジュリエットはともかく、悟先輩のラブシーンなんて、固くて見てられないんじゃないかと思ってたんだ…。
 なのに、今、目の前で繰り広げられているこれは、いったい…。

『どうやってこの場所にやってきたのですか。どなたかの案内で来たのでしょうか』

 麻生はまだセリフが入ってないらしくて、チラチラと台本を見ながらの練習だ。
 う〜ん、麻生のジュリエットもかなり可愛いな…。
 あ…。悟先輩の右手が麻生の腰に…。そしてグッと抱き寄せて。

『愛に導かれてやってきました。案内人などいません。しかし、あなたがどれほど離れていようと、私はあなたのような宝を求めて旅に出ます』

 悟先輩はとっくの昔に全部セリフを覚えてしまったようで、麻生の目を見て熱演中だ。
 顔が…どんどん近づいて…。
 
『愛しています』

 …うっわ、麻生が呆然としたぞ。

 麻生だけじゃない。よく見ると、周りも固まってる…。
 しかも、頬を染めてるヤツが、先輩後輩問わず、多数…。
 演出の3−D委員長も声をなくしたらしい。

 静まり返る教室…。

「…よ…よしっ! 悟、最高のデキだ! 麻生も早くセリフ入れろよっ」
「あ…は、い…」

 おい、麻生…。声が掠れてるぞ…。

「ちょっと長くなったけど、今日はここまで!」
「おつかれー!」

 ふう、やっと解散だ…。
 時計を見ると、予定を15分もオーバーしてる。

「先輩。すみませんが、急ぎますので」 

 悟先輩が、3年の先輩方に声をかけて、慌てて教室を飛び出していこうとする。
 どうしたんだろ。あんなに慌てて。
 約束でもあるのかな?

「あ、ちょっと待て! 悟!」
「はい?」
「あのな。悟には無理だと諦めてたんだけど、練習を見てて、これならノリノリでいけそうだと思ったから」

 なんだろう?

「ベッドシーン、追加だ! いいなっ」

 ひょえええええええええええ。
 さ、悟先輩っ! どうするんですかっ!

「いいですよ」

 は? 
 悟先輩はこともなげにそれだけ言うと、表情も変えずに、走り去った…。
 後に残されたのは、目を見開いて固まっている麻生…。

「あ、麻生…」

 声をかけると麻生は疲れた表情で俺にしなだれかかってきた。

「羽野…僕、もうダメ…」

 可哀相に。
 俺たち健全なノーマル少年にはつらいよな、麻生…。

「羽野、代わってよ〜」

 麻生が俺にすり寄る。

「何言ってんだよ。俺がジュリエットなんかやったら座布団飛んでくるぜ」

 なんてったって、天下無敵の『へのへのもへじ』顔だからな、俺は。

「え?何?もしかして知らないの?」

 麻生が怪訝そうに俺を見る。

「何を?」
「ジュリエット役の投票結果だよ」
「んなもん、知らねー」

 俺が興味なさげにそう言うと、麻生はひょいと肩を竦めた。

「次点って、羽野だったんだって」

 は………………?

「羽野? どした? 羽野ってば!」

 麻生の声がフェードアウトしていく…。

 神様…どうか俺を、ノーマルのまま卒業させて下さい…。



 


「桃の国日記」にて不定期連載したものとスペシャル版をまとめました。
若干の加筆修正が入っています。
8もUPしていますv

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