私立聖陵学院・茶道部!
2
![]() |
僕らの部室であり、練習場所でもあるここは、『茶室』だ。 そう、僕たちの部は茶道部なんだ。 もしかしたら聖陵学院の中でもっとも知名度の低い部かもしれない。 きっと、存在すら知らないヤツも多いと思うし…。 第一、 部員3人なんて、はっきり言って思いっきり「廃部」の対象だ。 現部長の坂枝先輩が中学に入学してきたとき、部員は高等部に二人いただけだったそうで、その後、その二人が卒業してから1年間は、坂枝先輩はまだ中3だってのに一人きりだったそうなんだ。 で、高等部に上がったとき、外部受験で入学してきた加賀谷先輩が入部してきて二人になり、そして今年、僕が入部して3人になったってわけだ。 そうそう、何で廃部にならないかって話だ。 それは、この『私立聖陵学院・茶道部』が我が校でもっとも古い歴史を持つ部(なんでも学校創立の時にはもうすでにあったらしい…)であるということと、顧問の先生のご威光のおかげ…なんだ。 茶道部の活動は、月・木の週2回。 先生は超多忙な人なので、なかなか部活には顔を見せてくれないのだけれど、必ずいつも、ポケットマネーで『お茶菓子』を買ってくれるんだ。 先生が学校にいるときは、いつも僕が先生の部屋までいただきに行くんだけれど、先生は、たとえ出張でいないときでも、必ず知り合いの和菓子屋さんに連絡して、部活の時間に美味しくて綺麗な季節の和菓子を届けてくれる。 『40代の終わりの一年なんだ』って笑ってたけど、もっと若く見えて、どちらかというと美人さん系(でもれっきとした♂)の先生は、外見通りに穏やかで優しい人で、僕らはみんな、大好きなんだ。 ただ、外見の優しさとは裏腹に、実は相当な『やり手』だってのは、高校寮の斉藤先生から聞いた話。 というわけで、歴史と先生の威光に支えられて、僕らは今日も僕らのお城…茶室で、まったりとした中にも心地よい緊張の時間を過ごすんだ。 |
![]() 鮎を模したお菓子 『若鮎』 表はどらやき生地みたいなもので、中身は求肥。 |
まず、お湯を沸かして釜に移す。 そしてそれを炉にかける。 あ。今はもう6月だから、畳に穴を掘った『炉』じゃなくて、畳の上に置くタイプの『風炉(ふろ)』になってる。 |
お茶道具画像〜その1はこちらv |
で、その『風炉』にはもちろん火が入る。 本当は『炭』を使いたい所なんだけど、アブナイからって理由で、普段は電気(それでもちゃんと『炭』の形をした電気コンロがあるんだ)を炉や風炉に入れてる。 |
お茶道具画像〜その2はこちらv |
準備が整えば、ゆっくりと、所作に注意を払いながら坂枝先輩と僕と、それぞれ『平点前(ひらてまえ)』を2回ずつ。 お茶を点てる手順を『お点前』って言うんだけど、いろんなパターンがあるお点前の中でも『平点前』って言うのは、一番スタンダードなもの。 これがきちんと出来て、初めて応用が可能になるってわけだ。 美味しい『水無月』も堪能しながら、一通りの稽古を終えたところで、もう一人の部員、加賀谷賢(かがや・まさる)先輩が現れた。 「今からでもいいか?」 「おう、もちろん」 加賀谷先輩と坂枝先輩は大の仲良し。 端から見てても、妬けちゃうほどの『ツーカー』ぶりなんだ。 「桐哉、加賀谷に一服点ててやれ」 「あ、はい」 ちらっと見た(なぜか真正面から見られないんだ)加賀谷先輩は、今日も多分道場から直行してきのだろうに、すでに私服だ。 僕、先輩の胴着姿、好きなのにな。 袴の方が茶室には似合うから、着替えずに来ればいいのに。 そう、先輩は、2年生ながら剣道部のエースなんだ。 聖陵学院の剣道部と言えば、ごく一部の部活を除いておおむね強い、ここの運動部の中でも、バスケ、テニスと共に『三強』と言われている部だ。 僕も一時は憧れたんだけど。 中学時代から全国レベルで名の知れた選手だった加賀谷先輩は、去年外部受験で入学したんだけど、もちろん「スポーツ推薦」。 当然、1年の時からすでに、団体戦・個人戦ともにレギュラーとして大活躍。 あ、うちの高校は推薦を受けても試験の点数には一切手心が加えられないんだ。 特典は、バカ高い学費と寮費の減免のみ。 だから、加賀谷先輩は剣道部ではエースで、成績でも常にTOPクラスというスゴイ人なんだ。 しかも胴着姿も制服姿も…もちろん私服姿も、うっとりするくらい格好良くて…。 この学校って、とんでもないハンサムがけっこうごろごろしてる恐ろしいところなんだけど、そんな中でも加賀谷先輩はかなり目立ってる方で、剣道部の後輩にも、もてもてなんだって聞いてる。 すっきりした輪郭の中に、綺麗に弧を描く眉と、切れ長の涼やかな目。 形のいい鼻と知的に結ばれた唇。 顔立ちだけ見ると、運動部系と言うよりは、どちらかというと文化系。 でも、そこは長年の修練の成果か、全身に纏う精悍な雰囲気が、やっぱり『剣士』って感じで、僕は大好きなんだ。 そして、そんな加賀谷先輩が、実は剣道部と茶道部を掛け持ちしてるだなんて、知ってる人は皆無だ。 だって、本来「推薦」で入学した場合は、部活の掛け持ちは認められていないから。 でも、そこはそれ、やっぱり歴史の古さと…顧問の先生が認めてるんだからね。まったく問題ナシってことだ。 それに、茶道部の活動はのんびりしてるからね。 「ほら、桐哉、手がお留守だぞ、どうした?」 袱紗(ふくさ)をさばきかかったまま、物思いに入ってしまっていたらしい僕は、坂枝先輩に言われて慌ててしまい、利き手からするっと袱紗を落としてしまった。 「わ、すみませんっ」 慌てて拾い上げる手は、どうしても利き手でない左手になってしまう。 それはどうみても不自然な動作なんだけれど、幸い見咎められたことはない。 落ち着けば、なんてこともなく処理できるんだけど…。 「さては加賀谷に見惚れてたな」 ……ちょっと待ったっ! 先輩、いきなりツボをついちゃダメです〜。 「え? そうなんだ?」 ……かっ、加賀谷先輩までっ。 「ち、違いますっ」 僕は大慌てで、多分紅くなってしまっただろう頬を隠すように更に俯く。 こんなに動揺していては『はいその通り〜』って白状してるようなものかも知れないけれど、でも、でもそんなことに同意するわけには絶対いかなくて…っ。 目一杯否定した僕の、恥ずかしさで熱くなってしまった耳に、ふと、ため息のようなものが聞こえた。 今のは誰のため息? 坂枝先輩? それとも、もしかして…。 不安になった僕が顔を上げると、微笑む加賀谷先輩とばっちり目が合ってしまった。 「残念。見惚れてくれたのかと期待しちゃったよ」 こうしてわざと茶化して僕の緊張を解いてくれる加賀谷先輩。 でも、僕の緊張はなかなか頑固で、そのまま袱紗を持つ手は小さく震え続けてしまったんだ。 ああ、ただでさえコントロールの利かない手だってのに、情けない…。 「桐哉も上手に点てられるようになったな」 僕が震える手でどうにか点てた一服の抹茶を手に、加賀谷先輩が言った。 そう、始めの頃は、僕は茶筅(ちゃせん)も満足に扱えなかった。 細かい動きが出来ないんだ、僕の右手は。 でも、そのことについて『理由』があるなんて、先輩たちは知らないこと。 だから、僕もただの『不器用』を通している。 「は、はい、どうにか…」 僕はどうにか言葉を紡ぐんだけど、語尾はだんだんしょぼくれちゃう。 でも、嬉しい。 坂枝先輩も加賀谷先輩も、こうして僕を大切にしてくれるから、ここはとても居心地がいい。 もちろん、緊張もするけれど。 それになんと言っても二人とも『桐哉』って名前で呼んでくれるから、更に嬉しい。 こればっかりは、僕のややこしい名字に感謝ってところなんだ。 だって二人とも、最初に言ったんだ。 「綾徳院…って呼びにくいから、桐哉って呼んでもいいか?」って。 もちろんクラスメイトたちは端っから呼び捨てだけど、こうして大好きな先輩たちに名前で呼んでもらえるのって、すごく嬉しいことだもんね。 それに、ほんとの事を言うと、僕は加賀谷賢って人を、『後輩』になる前から知っていたんだ。 そして、憧れていた。ずっと。 地域的にも全く離れていた中学時代に、ずっと。 加賀谷先輩は、僕の点てたお茶を、大切そうに飲んでくれて、そして、僕は今いる場所を先輩に譲る。 今度は加賀谷先輩がお点前するんだ。 先輩たちは、お点前の個性もはっきりしている。 坂枝先輩は、身体の通り、おおらかな動きでゆったりとした、まるでそのものを楽しむようなお点前。 加賀谷先輩は、さすがにスポーツマンだからなのか、動作はかなりきびきびしている。 しかも集中力がすごいんだ。 それも自分の動作にだけじゃなく、周りの動きに対しても。 これは、先輩たちがこの茶道部に在籍している『理由』が大きくかかわってると僕は思う。 坂枝先輩は、実家が有名な老舗の御茶問屋さん。子どもの頃から家族みんなで茶道を『楽しんでいた』んだそうだ。 加賀谷先輩も実は小学生の頃から茶道教室に通っていたんだそうだ。 でもその理由がスゴイ。当時の剣道の先生から『精神修養に行って来い』って言われたからなんだって。 しかも『武士道たるものを茶室で学んでこい』だんなて、小学生に言っちゃうところがすごいよね。 でも、二人ともなんて言うか…一応きちんとした『理由』だよね。 それに引き替え、僕って…。 |
3へ続く |
次回の茶道部は…? |
きょとんとしてしまった僕に、坂枝先輩が 『管弦楽部の佐伯って知らないか?』って聞いてくれる。 …。ああ、あの人。 「もしかして、背が高くてちょっと髪の毛長めの ハンサムな人ですよね? フルートかなんか吹いてる…」 「そうそう、管弦楽部きっての『遊び人』だ」 |
*茶道部目次へ*
*君の愛を奏でて〜目次へ*