私立聖陵学院・茶道部!
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「おい、桐哉、聞いてるか?」 「え? …あ、はいっ!」 「やっぱり聞いてない〜」 「すみませんっ」 僕と坂枝先輩の会話を、加賀谷先輩がくすくす笑いながら聞いている。 ああ…またやっちゃったよ。 僕ってば、加賀谷先輩の事を考え始めると、とまんなくなっちゃうんだ…。 「あのな」 「はい」 今度はきちんと居住まいを正して「聞かせていただきます」という姿勢をとる。 するとまた加賀谷先輩がくすくす笑うんだけど…。 「お前と同じ、今年の『正真正銘』に奈月葵ってのがいるだろ?」 ああ。あの満点くん。僕ら新一年生の総代だ。 「はい、いますね」 「あいつって、京都出身なんだってな」 「あ、そうなんですか?」 知らなかった。 僕が持っている奈月くんに関するデータっていえば、入試が満点だったことと、終わったばかりの中間試験でもTOPだったこと。 それと、聖陵で最も有名な部活、管弦楽部の期待の新人だってことくらい。 でも、こんなこと、学院中の誰もが知ってることだから。 |
![]() みんな大好き『きんつば』 |
「京都と言えば、茶道の聖地」 …そりゃ、三千家とも京都にあるけれど…。 先輩は、『俺の言いたいこと、わかるだろ?』とばかりにニヤッと笑う。 はいはい、わかりますよ。よ〜くわかりますとも〜。 「せんぱい〜。京都出身だからって、茶道に親しんでるとは限りませんよ。ましてや男なんですから」 そう、僕が今、茶道部にいるのも、坂枝先輩のこうした恐るべき思いこみに端を発しているんだ。 「いや、京都で育ったってだけで、随分親しみ度は違うはず!」 「そんな無茶な〜」 坂枝先輩は、入学式の後に張り出された入試の成績発表の中に僕の名前を見つけて、『これはきっと由緒正しき家柄のおぼっちゃまに違いない』…と、とんでもない思い違いをしたんだ。 つまり『由緒正しきおぼっちゃま』は『茶道を嗜んでいるに違いない』。 どう? この乱暴な理論。 僕はもともと部活に参加する気はなくて――唯一やりたかった部活は、もう不可能だったし――気楽な『帰寮部』を決め込んでいたんだけど、こうして勝手な思いこみをしてしまった坂枝先輩の手によって、強引に引きずり込まれてしまったんだ。 ま、僕としては、その強引さに感謝なんだけどね。 それにしても…。 「先輩〜、いくらなんでも奈月くんの勧誘は無理ですよ」 だって、彼は『音楽推薦』のはずだ。 「確か奈月くんって言うのは『音楽推薦』だったよな」 加賀谷先輩も口にした。 「坂枝。まさか本気で勧誘考えてる?」 茶碗を茶巾(ちゃきん)で拭きながら、視線もそっちに寄せたままで加賀谷先輩が尋ねる。 で。 てっきり肯定だろう思っていた答えは意外や意外…。 「いや、全然」 …なんだ、がっくり。 いや、別に勧誘したかったのに…って意味じゃないけど。 「じゃあ、なぜ?」 僕とは正反対に、さして驚いた風もなく、一連の動作をよどみなく続けながら、加賀谷先輩はまた尋ねた。 そして、その答えを、坂枝先輩は、大まじめに言ったんだ。 「遊びに来てくれないかな…って思うんだ」 遊びに…。それこそ難しいんじゃないかな? だって、管弦楽部ってめちゃめちゃ忙しいって話だし…。 「それは、ご招待…って意味か?」 けれど、僕とは正反対に、やっぱり加賀谷先輩は落ち着いたまま。 「そう。正式にお客人としてご招待するんだ。俺たちだって、たまには日頃の成果を部外に披露するのもいいんじゃないかと思うし」 はあ、なるほど。 けれど…。 「だけど、そう言う理由なら、わざわざ多忙な奈月くんにお願いしなくてもいいんじゃないか?」 そうそう! 僕もそれが言いたかったんだ! 僕がうんうんと頷くと、加賀谷先輩は、それまで手元から離さなかった目線を、ふと僕に向けてくれて、しかも嬉しそうに微笑んでくれたんだ。 うわ。心臓ばくばく。 「あのな。どうせお客人を招くなら、むさ苦しい男より、楚々とした京美人の方がいいだろうが」 けれど、そんな僕の「ばくばく」におかまいなく、どうだ、正論だろう!とばかりに坂枝先輩は胸を張った。 「それはまあ、そうだけど」 珍しく加賀谷先輩が言いよどんだ返事をする。 やっぱ、先輩も美人には弱いんだなぁ。 う〜ん、確かに奈月くんは、男の目から見てもちょっとアブナイくらい綺麗だから…。 「それにな…」 急に坂枝先輩が声を絞った。 そんなヒソヒソしなくても、この山奥には僕ら3人だけだってのに。 でも、そんな先輩の仕草に、僕らも知らず、腰を落としたりして。 「これは佐伯からの極秘情報なんだが…」 「佐伯の?」 佐伯…って? きょとんとしてしまった僕に、坂枝先輩が『管弦楽部の佐伯って知らないか?』って聞いてくれる。 …。ああ、あの人。 「もしかして、背が高くてちょっと髪の毛長めのハンサムな人ですよね? フルートかなんか吹いてる…」 「そうそう、管弦楽部きっての『遊び人』だ」 「あっはは〜、わかります、それ。僕も入学した次の日に学食でナンパされちゃいましたから〜」 …って気楽に答えたんだけど、加賀谷先輩がいきなり顔色を変えたんだ。 「なんだって?! ナンパされたっ?」 うわ、びっくりした。 剣道の稽古中でもない限り(…って、僕はしょっちゅう剣道部の部活を覗き見にいってるんだけど…)、こんな大きな声を出す先輩、知らない。 僕の横では坂枝先輩がニタっと笑ってるし。 「…え、その、ナンパって言っても、それは言葉のあや…」 「何を言われた? まさか、何かされたのかっ?!」 ままままま、まさかっ!! 「と、とんでもないですっ! なんにもされてませんっ」 せ、先輩! 身体ごと乗り出したりして、どうしちゃったんですか〜。 「た、ただっ、『君、可愛いね、“正真正銘”だろ? 名前教えて。今度遊びに行こう』って言われただけです〜」 「それで名前教えたのか?!」 ひ〜。先輩、ちょっと怖い〜。 「お、教えてませんっ。僕だって冗談だと思ったから『また〜、ご冗談を〜』って笑ってすませちゃいましたからっ」 「ほんとに?」 「ほんとですっ」 確かに名前を教えてはいないんだけど、次にまた寮のロビーでばったりあったときには『やあ、桐哉くん、元気?』って言われたから、いつのまにか僕の名前は知れちゃってるみたいなんだけど、今それを言うのは、と〜ってもまずい気がするので、黙っておこう…。 「で、そろそろ本題に戻っていいか?」 笑いをかみ殺しながら、坂枝先輩が割って入ってきた。 もう〜、もっと早く助けて下さいってば〜。 いつの間にか加賀谷先輩も姿勢を戻して、ちょっと気まずそうな顔をしてる。 「あ、ああ、悪かったな」 どうしちゃったんだろ、先輩。 「その『問題児・佐伯』の極秘情報だがな」 遊び人・佐伯先輩は、いつの間にか問題児になっちゃってる。気の毒に。感じのいい人だから、僕は嫌いじゃないんだけどな。 「先生は、奈月がいたくお気に入りなんだそうだ」 先生? 「先生って…」 「あのな、この茶室で先生っつったら、あの人だけだろうが」 ああ! 僕たちの顧問!! 「だからだな、奈月を呼べば、どんな都合をつけてでも先生も来るぞ、久しぶりにな」 「なるほど〜」 僕が感心した声を上げると、いつの間にか機嫌の直ったらしい加賀谷先輩も、『いいな、それ』って言ったんだ。 うん、なんかお客さんって言うのも嬉しいし、先生が来てくれるならもっと嬉しいし…。 でも、僕は手放しで喜べる立場ではなかったのだ…。 「というわけだ、桐哉」 「はい?」 「奈月に話をつけてくれ」 …………。 「……えええええええええええええええっ?!」 |
4へ続く |
次回の茶道部は…? |
「お前ってば、何に見惚れてるんだよ、まったく」 見惚れてる? 僕が? 「どっちが狙いだ? …奈月? いや、お前の相手じゃ浅井かな?」 はぃぃぃぃ? |
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