私立聖陵学院・茶道部!





 そ、そんなっ!

「だ、だって僕、奈月くんとはクラスも違うし、寮の部屋だって離れてるしっ」

 そう、向こうは超有名人で全校生徒に名が知れていても、僕は単なる一般生徒だ。

 そんな僕がいきなり奈月くんに声をかけたって相手になんかされないって!

「おい、加賀谷」
「ん?」

 …って、先輩たち、もしかして僕の叫びを無視して話を進めようとかしてる?

「お前、奈月のルームメイトって知ってるか?」
「ルームメイトねぇ…。ああ、確か浅井が一緒だろ?」
「そういや、いつ何処で見かけても二人セットだよな」

 浅井くんって、確か中等部では生徒会長だったとかいう、あの、めっちゃかっこいい…。

「あ、あのっ、僕、浅井くんとも面識ありませんっ」
「ん〜。確かに浅井が相手じゃあ、奈月よりさらに声掛けにくいかもな」

 坂枝先輩の言葉に、僕はぶんぶんと、縦に思いっきり首を振る。もちろん『肯定』の意味だ。

「じゃあさ、お前のクラスの管弦楽部員に頼むってのどうだ?」

 そ、そんなぁ…。

「でもぉ、僕は持ち上がり組じゃないですし、まだ入学して2ヶ月ちょっとですよ〜。誰が管弦楽部員かなんて、はっきり知らないです〜」

 弱り果てた僕が、半泣きで抵抗すると、加賀谷先輩が助け船を出してくれた。

「確かに、まだ学校自体に慣れていない桐哉には可哀相じゃないか。なんだったら俺が昇経由で頼んでやってもいいぞ」

 昇…って、確か、桐生昇先輩…。

 そう、まるでフランス人形みたいな人が2年生にいるんだ。

 入学して2ヶ月の僕でも、そのウワサはしっかり聞いちゃってるくらい、聖陵学院で最も有名な3兄弟の真ん中の人。
 その人が、管弦楽部のコンサートマスターだってのは、いくら僕でも知っているくらいのことで…。

「ああ、加賀谷は昇と同じクラスだっけ」
「現在、席が隣だ」

 うわぁ、あんな綺麗な人と隣同士…。僕だったら隣が気になっちゃって授業どころじゃないだろうなぁ…。

 先輩もきっと…そうなんだろうなぁ…。



「ん〜。せっかくだけどなぁ」

 あれ? え? まさか断っちゃうの? 加賀谷先輩のせっかくの申し出をっ!

 思わず縋るように坂枝先輩を見つめてしまう僕。
 けれど、そんな僕に、坂枝先輩は最後通牒を突きつけた。


「奈月だって先輩から頼まれるより、同級生から誘われる方が気楽なはずだ」


 ひ〜!!! なんですかっ、それはっ!!

 目の端に、肩をすくめた加賀谷先輩がちらっと映る。

 ま、まさか先輩っ、僕を見捨てるのっ?


「と言うわけだから、桐哉。がんばってこい。こっちの都合は奈月にあわせるからな」

 あ、あんまりだぁぁぁぁ。




ご存じ『水ようかん』




 その日、ヨロヨロと山を下りた僕は、これからの事を考えるととても晩ご飯どころじゃなくて、夕食タイムはとっくに始まっていたんだけれど、食堂へ寄らずにそのまま部屋へ帰ろうとした。

 でも、そう言うときに限って必ず誰かに出くわすんだよな。



「おい、桐哉、今日はやけに遅いじゃん。飯まだだろ?」

 声を掛けてきたのは、クラスメイトにしてルームメイト、持ち上がり組の草野正(くさの・ただし)だ。

「ん。まだだけど、今日はいいや」

 ご飯食べてる場合じゃないって。僕はこれからの作戦会議を一人でしなくちゃいけないんだ。

 結局最後には、加賀谷先輩にまで『がんばれよ』なんて言われちゃったから、もう、後には引けないし…。

 でも…。


「何言ってンだよ。心配事がありそうな顔してっけど、まず腹にしっかり入れてからじゃねえと、まともな考えなんか浮かばねえって」

 僕は正にむぎゅっと腕を掴まれて、そのままずるずると食堂へと連行される。

「ただし〜」
「わかってるって。ちゃんと食ったら相談に乗ってやっから」

 …正、お前って、なんていいヤツなんだ…。


 まあ、こればっかりは相談してどうにかなるのかどうか、全くわかんないんだけど、とりあえず話を聞いてもらえる相手がいる…ってことで、僕の食欲はむくむくっと復活してしまった。ゲンキンなお腹だよ、まったく。



 で。


 今夜も食堂のおばちゃんたちに『とーやちゃ〜ん、今夜も可愛いねぇ』とか『と〜や〜、ピーマン残したら、明日から倍入れちゃうからね〜』なんてからかわれながら、美味しい晩ご飯(ピーマンを除く)を食べて、かなり気分が浮上したところで、正が『で、なんだって?』と言い出した。

 どうやら本気で聞いてくれるらしい。

 ま、他言無用とか言われてないから、ルームメイトに話すのはOKだよな。

「あのな…」
「おうっっ」

 …そんなに元気な返事はいらないんだけど…。

 って、僕は次の言葉をどう言おうかと考えて、視線を少し彷徨わせた。

 そして、その視線に入ってきたのは…。

 奈月くんだ…。

 隣にいるのは浅井くん。で、他の二人は…名前はちょっと定かじゃないけれど、確か運動部で活躍してる…。
 あの4人がルームメイトなのかな。

 うーん、それにしても絵になる連中だよなぁ。
 思わず、視線釘付け…。

「おい?」
「……」
「おいってば」
「………」
「と〜やちゃ〜ん」
「………は? ……何?」
「お前ってば、何に見惚れてるんだよ、まったく」

 見惚れてる? 僕が?

「どっちが狙いだ? …奈月? いや、お前の相手じゃ浅井かな?」

 はぃぃぃぃ?

「た、正っ、何考えてんだよっ」

 ゲンコ、一発!

「っって〜。ひでえや、桐哉」
「つまんないこと言うからだよっ」

 ったくもう〜。

「だってさ、お前、奈月の方じっと見てるから…」

 僕にゲンコをお見舞いされた頭を撫でながら、正が口を尖らせる。

 奈月くん…。

「ね、正」
「あん?」
「僕さ、奈月くんと話がしてみたいんだけど」

 って、僕はいきなり真正面から切り込んだ。

「すりゃあいいじゃん」

 …正論だね、まったく。

「だって、僕、一面識もないんだよ。いきなり声なんて掛けにくいって」
「…そうりゃそうだ」

 正は『ごもっとも!』って頷いた。そしておもむろに言ったんだ。

「俺も奈月とは全然つき合いないけど、同室の中沢にならOKだぜ。なにしろ同じバスケ部だからな」

 ああ、そうなんだ。

「よっしゃ、善は急げ…だ。いくぞ、桐哉!」

 はい〜?

 ちょっと待ってよ〜。僕、まだ心の準備が…!

 だいたい、『善は急げ』だんなて言うけど、話の中身、知らないクセに〜。



「おーい、中沢〜!」

 うわ。マジで声掛けちゃったよ。

「おう、草野、どうした?」

 ふーん、中沢くんっていうのか…。かなり男前だよな。
 隣の男前は…そうそう、確かテニス部だ…。


 って、のんびり感想を浮かべてる場合じゃなかった。

 僕は正の手によって、グイッと4人の前に突き出された。

 4人の視線が集まる…。

 ひ……。



5へ続く

次回の茶道部は…?
「あの、僕、茶道部に入ってるんだけど」
「えーーーーーーーー!」

 うわ、なに?!

 いきなりの奈月くんの叫びに、食堂中が
何事かと振り返った。

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