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私立聖陵学院・茶道部!





「こいつ、綾徳院桐哉。俺のルームメイトなんだ」
「あ、あのっ、ごめんなさいっ」

 …って、なんでいきなり謝るかな…。
 もっと気の利いた挨拶くらいあるだろうに…。
 ああ、僕ってば…。

 でも、4人から返ってきた反応は意外なものだった。


「ああ」
「『正真正銘』の」
「やたら難しそうな名前の」


 …あ。
 もしかして、このややこしい名前のおかげで印象に残ってたとか?

 ラッキー…かも。


「葵の言ったとおりだ。『りょうとくいん』で正解だったな」
「でしょ~?」

 …初めて間近で聞いた奈月くんの声は、入学式の総代挨拶の時よりも、もっと可愛らしい声で…って、そんなこと言ってる場合じゃない!


『りょうとくいん』で正解だった…ってどういうこと?

 僕がきょとんとしていると、奈月くんは『よかったら座らない?』って、隣の席…浅井くんの反対側…を勧めてくれた。

「そうだな。何か用なんだろ? 立ち話も何だから座れよ」

 中沢くんも勧めてくれる。

 で、僕たちが座った途端に奈月くんが話しかけてくれた。

「綾徳院くんって、ご先祖さまが京都…とかじゃない?」

 あ。

「うん、そう。僕んち、もともと京都なんだ」
「やっぱり~。お公家さんの家柄でしょ?」
「うん~」

 奈月くんの、柔らかくて当たりのいい口調と人懐っこい笑顔に、なんだかすっかり緊張が解けそうだ。

 でも。


「えー! お前、そんないいとこの坊ちゃんだったのかよっ!」

 目をまん丸にしたのは正だ。

「あ。昔の話だってば。僕んちは普通のサラリーマン家庭だよ」
「そっかー。いやー、ご大層な名前だなぁとは思ってたんだけどなぁ」

 うん、でも、そのご大層な名前のおかげで、こうして話はできるし、何てったって『茶道部』に入るきっかけになったんだし。

 たとえ画数が多くてテストの時に出遅れても、僕、この名前好きになってきたよ。  



 聞けば奈月くんは、例の『入学試験順位発表』の時に、僕の名前を見て「あれ?」っと思ったんだそうだ。


「綾徳院くんって、君だったんだね」

 綺麗な顔でじっと見つめられて、僕はドキドキしちゃう。

「葵、『どの人が綾徳院くんだろう?』って言ってたもんな」

 横から浅井くんも話に入ってきた。

 うわ。優しい顔で見つめるんだ。奈月くんのこと。
 遠くから見かける浅井くんって、結構クールな印象があったから、ちょっと驚き。


「うん。京都には『綾徳院さんのお屋敷跡』とか残ってるからね。珍しい名前だから、絶対関係あるって思ってたんだ」 

 そんなこんなで、ひとしきり京都の話題や、入試の時の話題で盛り上がった後、ふと、正が言った。


「桐哉さぁ、奈月に何か用があったんじゃねぇの?」

 あ。そうでした。

「お前って結構人見知りするからさ、わざわざ『奈月と話がしたい』って思い詰めるくらいだから、なんかあるんじゃねえかと思ってたんだけど」

 うーん、正って意外と鋭かったんだ…。感謝するよ~。

「えっと、そうなんだ。僕、奈月くんにお願いがあって」

 もう大丈夫。きっときちんと話してお願いできる。
 答えがYesでもNoでも、きちんとお願いは、出来る。

「なんだろ?」

 奈月くんは綺麗な目を更にキラキラさせてる。
 周りのみんなも興味津々って顔で…。

 僕はちょっと深呼吸をして話を始めた。


「あの、僕、茶道部に入ってるんだけど」
「えーーーーーーーー!」

 うわ、なに?!

 いきなりの奈月くんの叫びに、食堂中が何事かと振り返った。


「あ、ごめん」

 ぽわっと紅くなった奈月くん。めっちゃ可愛い…。

「もうっ、涼太と陽司のうそつきっ」

 食堂中の注目を集めてしまったせいか、今度は奈月くん、ヒソヒソ声で言った。


「え、だって俺もマジで知らなかったって、な、陽司」

「おう、俺だって知っててわざわざ隠すようなことしないって」

「まさか、涼太も陽司も『茶道部の存在』を知らなかったとか」

「あ、祐介は知ってたんだ」

「当たり前だろ。元中等部生徒会長を舐めてもらっちゃ困るね。もっとも僕が会長をやってるときは中等部に茶道部員はいなかったけど」  

「なんだ~、祐介に聞けば良かったんだ~」



 …これはいったい…。

 呆然としてる僕に、奈月くんが気付き、また『あ、ごめんね』と言った。


「実はね、入学してすぐくらいの時に、『聖陵って茶道部ないの?』って聞いたことあるんだ。そしたら涼太も陽司も『ないだろ? だって聞いたことないもん』って言ったんだよ。失礼な話だよね~」

 あはは、そうなのか。

「でも、それは責められないかも。だって、茶道部は部員3人しかいないし、聖陵でもっとも認知度の低い部って言われてるから」

 でも、奈月くんが興味を持ってくれた…ってだけで嬉しいや、僕としては。

 それに、これなら今から僕がする話も、もしかして……。

 僕はかなり膨らんだ期待を隠しつつ、『部員3人』ってとこで目を丸くしちゃった奈月くんに、僕は話を続けた。


「でね。いきなりなんだけど、奈月くんをお客様として僕たちの茶会にお招きしたいんだ」

 ありゃ、一気に本題に突っ込んじゃったよ。

 あ、奈月くん、大きな目を更に更に丸くしちゃった。


「ほんとに?!」

 あ、もしかして喜んでくれてる?

「うん、あの、唐突だと思うんだけど、京都出身の奈月くんだったら、お茶にも親しんでないかな…っていう、先輩の激しい思いこみから始まった話なんだけどね」

 ここは取り繕うより、正直言った方がいいだろうと、僕はほんとにバカ正直に話した。

「ありがとう! 嬉しい!」

 奈月くんはガシッと僕の両手を握った。

 うわ。細くて柔らかい手…。

 でも、でも、これって…。了解してくれたんだよね? ね? ね?


「あの、来てくれる?」
「もちろん、喜んで!」

 ……や、やったーーーーーーー!!

 と。そのまま一気に昇天しそうになった僕を、浅井くんの一言が引き留めた。


「ちょっと待った」

 んあ?

「何? 祐介」

 奈月くんも不審そうな顔だ。

「綾徳院くん」

 いつもっぽいクールな浅井くんの表情が正面から向けられて、僕はビビる。
 だってすんごい迫力なんだもん。これで同級生って、詐欺だよ~。


「は、はいっ」

「今、茶道部の部長って誰?」

「ええっと、2年の、坂枝俊次先輩です」

 …って、知ってるかな?

「ああ。坂枝先輩」

 …ほっ。知ってるみたい…。

「祐介、知ってるの?」

 奈月くんの問いに、浅井くんが頷く。

「中等部の時に、文化部会の評議委員をしてた先輩なんだ。当時しょっちゅう衝突してた放送部と新聞部の間に入って、上手くとりまとめることの出来る唯一の人でさ、生徒会長だった悟先輩も『坂枝がいてくれるおかげで随分助かってる』って言ってたよ」


 そうなんだ…。坂枝先輩ってスゴイ人だったんだ…。
 全然知らなかったって言うか、飄々としてて、そんな風に感じさせないんだもんな、先輩ってば。


「まあ、坂枝先輩が部長なら心配ないだろう」
「…って、祐介、何の心配だよぉ」

 …そうか。奈月くんのようにアイドルだと、『そんな心配』もしなきゃいけないんだ。

 うーん、美人さんって大変なんだなぁ。それと、それを守るナイトも…。


「ええと、あの…もし何だったら、浅井くんも一緒にどう?」 

 うん、我ながら良いアイディア。

「奈月くんの安全は僕が保証するけれど、その、そう言う意味じゃなく、みんなも一緒によければ…」

 そう言って僕はその場にいるみんなの顔を見た。
 でも。

「茶道って、正座…だよな?」

 正が言う。

「うん、もちろん。でも、『どうぞ』って言われたら、足崩してもいいんだよ」

 それでも反応は芳しくない。みんなそれぞれに、伺うように顔を見合わせて…。


「葵、久しぶりにのんびり楽しんできたら?」

 …と。浅井くんの一言で、話はついた。

 そんなに堅苦しく考えなくていいのになぁ。




某ネコ型ロボットの大好物



 その後も僕と奈月くんの話は尽きなかったので、僕は412号室へ招待されることになった。

 じゃあいこうかと、みんなで立ち上がったとき…。

「えっと。その…」

 奈月くんが僕の顔を伺うように言った。

「何?」

「綾徳院くん…って、やっぱりちょっと呼びにくいね」

「うん。みんなそう言うよ。僕も「桐哉」って呼ばれる方が好きだし」

「じゃあ、ぼくもいい?」

「もちろん!」

「その代わり、僕のことも『奈月くん』って呼ばないでね」

「……うん!」




 こうして、たった数時間前の茶室での会話が嘘のような展開――奈月くんが僕を桐哉と呼び、僕が奈月くんを葵と呼ぶ――を迎えた僕が、ふと視線を巡らせた食堂の出入り口には、坂枝先輩と加賀谷先輩の姿があった。


 二人ともすごく優しい笑顔で僕をみていて、そして『よくやった』って言ってくれているようだった。



6へ続く

次回の茶道部は…?
 珍しく思いっきり動揺している葵に、先生はにっこり笑ってみせる。

「な、なんか痛いくらい視線を感じたんで、顔を上げてみたら…」

 え? 視線?
 痛いくらいの視線なら、僕たち3人も送っていたはずだけど…。

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