私立聖陵学院・茶道部!





 それから僕と葵はどんどん仲良くなり、時間さえ合えば、朝ご飯や晩ご飯も一緒に食べるようになった(さすがに昼は全然あわないんだけど)。

 もちろん、葵の側にはいつも祐介。
 ほんとに仲がいいんだ、あの二人は。


 そして、音楽ホールの一斉点検で管弦楽部が休み、さらに剣道部も休みだという日に、ついに僕らの茶会は決行されることとなった。

 坂枝先輩は、そりゃあすごく張り切っちゃって、直前の休日にはなんと往復8時間もかけて、実家へ茶道具を取りに帰ったりもしてくれたんだ。

 
 7月初旬と言う季節にあわせて、茶碗や菓子器も涼やかなものに。水指しはガラス製。

 もちろん、茶菓子も夏仕様。

 干菓子は七夕にちなんで『星』と『笹の葉』。

 主菓子は葛桜(くずざくら)。上質の吉野葛を丁寧に練り上げ、丹波大納言小豆をこれまた丁寧に炊きあげた餡をくるんだ、見た目にも涼しげなお菓子だ。

 祇園育ちだっていう葵の口に合うといいんだけど…。




『葛桜』




 さて、室礼は万全。

 僕らは普段は私服で活動してるんだけれど――制服で正座すると、ズボンがすぐダメになっちゃうから。あ、それにジーンズも御法度。足が痺れちゃうんだ――今日ばかりはきちんと制服を着てる。


 加賀谷先輩も今日は最初から参加で、あとはお客様の到着を待つばかり。

 しかも『問題児・佐伯先輩』の情報どおり、葵をいたくお気に入り…という先生も、会議が済み次第駆けつけてくれることになってるんだ。






「うわ〜、ほんとにお茶室がある〜」


 葵だ!

 聞こえてきた可愛らしい声を聞いて、僕たちはもう一度、さっと茶室を見渡して準備を確認した後、大切なお客様を迎えに表へ出る。

 葵も制服だ。

「ようこそ、奈月くん」

 まずは部長として坂枝先輩が葵を迎えた。

「こんにちは、坂枝先輩。本日はお招きありがとうございます」

 先輩と葵は今回のスケジュール調整なんかのために、何度か会っている。

 けれど。

「初めまして、奈月くん。2年の加賀谷です。今日は忙しい中ありがとう」

「初めまして、加賀谷先輩」

 自己紹介した加賀谷先輩の顔をじっと見つめて、葵も挨拶を返し、そして……クスッと笑った。

 え? なに?

「ごめんなさい、加賀谷先輩。いつも桐哉から聞いている通りの方でしたので、嬉しくなってしまって」

 え。えええええええ! 葵っってばっ!

「桐哉が俺の話を?」
「はい。話していると必ず加賀谷先輩の話題が出ます」

 ちょ、ちょっと〜!!

「そっか、嬉しいな」

 ま、またそうやって僕をからかって〜!!

「桐哉〜、俺のことは〜?」

 僕にしなだれかかりながら坂枝先輩がアヤシイ口調で訊いてくる。

「あ、坂枝先輩の話も時々でます」

 はぁっ?

「え〜、酷いヤツ。桐哉のばか〜」
「う、嘘ですっ! 僕、坂枝先輩の…!」
「さ。始めようか〜」

 ちょっと、先輩っ。ちゃんと僕の話聞いてっ!

 …って。

 結局僕は3人から「遊ばれ損」ってことになり、つつがなく茶会は始まった。



 とはいえ、茶会といってもそんなに畏まったものではなく、一応きちんと形式を踏みつつも、それぞれが日頃の稽古を披露する…という感じの、どちらかというとざっくばらんなもので、美味しいお茶とお菓子で話も弾んだ。

 もともと「茶の湯」は「社交の場」(時としては「密談の場」にもなったらしいけど)として発展したものだから、これが正しい楽しみ方なのかもしれないな。

 でも、「茶道」と言うものに「堅苦しい作法」以外のものを感じていなかった僕が、そう思うようになったのは、二人の先輩と先生の指導のおかげなんだけど。





 僕ら3人の部員がお点前をしたあと、ついに葵のお点前を見せてもらえることになった。

「見せてもらえる」…というのには理由がある。

 なんと葵は、6歳の時から茶道をやっていて、今の年齢で取得できる免状はすべて持っているのだそうだ。

 それはつまり、部長よりもスゴイってことで…。



 葵のお点前が始まると、和やかに話が弾んでいた茶室は静けさに包まれた。

 坂枝先輩も、加賀谷先輩も、そしてもちろん僕も、葵のその所作の自然な美しさに目を奪われてしまったんだ。

 まさに、魅入られる…って感じ。 

 葵は日舞も名取だって言ってから、きっと指先まで神経を行き渡らせることも、気負わずに出来るんじゃないだろうか。

 そうそう、一度祐介が『葵にナイショな』って、『藤娘』を踊る葵の写真を見せてくれたっけ。

 写真からも伝わってくる、一分の隙もない身のこなし。
 でも、それは決して見るものに緊張を強いる類のものではなくて、どちらかというと、優しく包んでくれるような…。

 今のお点前もそう。

 静けさの中にも、空気はとても優しい。

 けれど芯に通っているのは揺るぎない集中力。

 これは、きっと竹刀を持つときの心構えと同じ。

 たとえ試合相手に対峙したときでも、本当に戦う相手は、内なる自分。

 最期の一瞬まで怯まない、集中力。

 そして、坂枝先輩も加賀谷先輩もきっと今、同じ気持ちを共有している。


 ああ、葵に来てもらえて良かった。
 そして、僕は茶道部に入って、本当に良かった。







 そんな心地よい空気がふと揺らいだ。

 見れば葵が「ホケっ?」とした顔をしている。

 その視線の先は、僕らの斜め後ろ…。

 先生だ! いつの間に!!



「い、院長先生っ!?」

 葵がポロッと袱紗を取り落とした。

「やあ、奈月くん、久しぶり。相変わらずの活躍ぶりで嬉しいよ」

「先生、いつの間に…」

 坂枝先輩も気がつかなかったらしい。

「ああ。奈月くんのお点前が始まってすぐくらいかな?」

 ええ〜?!

「全然気付きませんでした」

 加賀谷先輩も目を丸くしている。

「そりゃあ、気付かれないように入ってきたからね」

 す、すごい…。
 いくら僕らが葵のお点前に集中していたからって、この4畳半に気付かれずに入ってくるとは…。忍者じゃあるまいし。


「さ、茶道部の顧問って、院長先生だったんですか?」
「そうだよ」

 珍しく思いっきり動揺している葵に、先生はにっこり笑ってみせる。

「な、なんか痛いくらい視線を感じたんで、顔を上げてみたら…」

 え? 視線?
 痛いくらいの視線なら、僕たち3人も送っていたはずだけど…。


「先生、お見事ですね」
「ん? 何が?」

 坂枝先輩の言葉に、先生はどうやらわざとボケてるようだ。
 そんな先生に、今度は加賀谷先輩がちょっと呆れ顔でいった。

「奈月くんの集中力すら破るその眼力ですよ」
「ふふっ。一途な愛は何よりも強いんだよ」

 へ?

「愛しているよ、奈月くん」
「あのですねぇ…」


 せ、先生ってこんな人だったの?

 縋るように先輩方を見れば、二人とも、ひょいっと肩をすくめた。

 ま、まさか知ってた…?

 でも、でも、こんなお茶目な先生も素敵かも……なんて思ってしまう僕は、ちょっとヤバイのかなぁ。 






 そのあと、先生が『綾徳院くんのお点前が見たい』とか言い出してしまって、僕はペーペーながら、4人の『先輩』の前でお点前を披露した。

 まだまだ、葵や先輩のようにはいかないし、思うように動かないからって右手のことも諦めていたけれど、もしかしたら気持ちの上…そう、集中力なんかでカバーできる部分もあるんじゃないかって思うと、手の動きも軽くなるから不思議。



 そして、僕らの茶会は、いろんな意味で大成功に終わった。



7へ続く

次回、急転直下の茶道部は…?
加賀谷先輩の言葉が、態度が、
何度も何度も頭の中で繰り返される。

思わないでおこうとしても、
それは僕の脳味噌をかき分けるように侵略してくる。

もう、ダメだ。
声を上げて泣かないと、僕の頭はパンクしちゃう!

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