私立聖陵学院・剣道部!
加賀谷クンの部屋へようこそ!
ぬるいですが、とりあえずR18ですv
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震える手でノックをした加賀谷の部屋のドアはすぐに開き、いつも以上に甘い笑顔に迎えられて、桐哉は初めて、加賀谷の部屋に入った。 一年生の桐哉はまだ4人部屋だが、加賀谷の部屋は2人部屋。 幾度か入ったことがある坂枝の部屋と造りは同じでも、やはり主によって雰囲気は大きく変わるもので、これと言って特別なものは置いていないのに、随分と感じが違うように思えた。 緊張しているから…なのかもしれないが。 「寒く、ないか?」 言いながら、加賀谷はそっと桐哉を抱き寄せて、そのままベッドへと腰かけた。 実を言うと、桐哉のパジャマ姿を見ただけで、ありとあらゆるものが彼方へとぶっ飛んでいきそうだったのだが、そこをグッと耐え、情けなくも震えそうになる指を懸命に押さえ込んで、滑稽なほどわざとらしく冷静を装って、桐哉を包み込んだ。 そして桐哉は…と言えば、 「あ、だ…いじょ…ぶ、で、す」 と、これまた必死で平静を保とうと努力しているのがありありと見て取れる状態で、その様子に加賀谷はほんの少し、本当の冷静さを取り戻す。 とにかく桐哉に怖い思いや痛い思いをさせないこと。 そして、気持ちのいいことだけをしてあげたい。 これから先の、二人のために。 だから、自分がぶっ飛んでいる場合ではないのだ。 抱き寄せた肩をさらに引き寄せ、身体の密着を深くすると、確かに桐哉の体温は上がっていて寒そうには感じられない。 そのことに少し安堵をして、加賀谷は言葉を選んで静かな声で言った。 「…いったいどこまでばれてるんだろうな…」 「…え?」 唐突な疑問に、桐哉がきょとんと目を見開いて首を傾げた。 「ほら、今日守に言われたじゃないか。これがお前の子猫ちゃんか…って」 「…あ」 そう言えばそうだった。 コンサートが終わった後、偶然出会った守は、加賀谷と桐哉のツーショットを見つけるなり、なんとも艶めいた微笑みを零してそう言ったのだ。 「坂枝は『俺じゃないぞ』っていうし。そうなったらやっぱりアレか」 「あれ? って、どれ、ですか?」 「昇だ」 「の、昇先輩っ?」 意外と言えば意外、いや、やっぱりと言えばやっぱり…と言うべきか。 あの有名人たちは兄弟なのだから、情報を共有していても不思議ではない。 「でも、じゃあ、なんで昇先輩が?」 そうだ。そうなると、昇の情報源があるはずだ。 「いや、実はな、聖陵祭の時に、横山がボソッと漏らしたのを昇に聞きつけたられたことがあるんだ」 「横山…って、生徒会の横山先輩ですか?」 「そう、その横山だ。なんで横山なのか、未だに謎なんだけどな」 心底不思議そうに、だがさほど深刻でもなさげに加賀谷は言ったのだが、桐哉はそれを重く受けとめた。 一生懸命に隠してきたつもりだったから。 剣道部の先輩後輩になった今では『二人の接点』について気を遣う必要はすでにないが、桐哉は別の意味で緊張をしていた。 つまり、加賀谷は校内では当然有名人――なにしろインハイ優勝者にして成績優秀、しかも眉目秀麗ときているのだから――で、学年を問わず人気は非常に高い。 その中にはもちろん、桐哉と同じような気持ちで加賀谷を見つめている輩もいたりして、現に桐哉は『加賀谷に近い後輩』として、それとなく加賀谷の身辺について探りを入れられたり、果ては手紙の仲介を頼まれたことまでもあるのだ。 その度に桐哉は、心の中で『先輩は僕のものだから構わないで!』と叫んでいるのだが、もちろんそんな厚かましい――と、桐哉は思いこんでいる――思いは加賀谷にも告げていない。 ずっと憧れてきた人とこんな関係になれたのは、限りなく奇跡に近いことであるのだから、ともかく加賀谷の邪魔にならないよう、自分にできることは、誰にも気取られないようひっそりとしていることだけ…と信じている。 だから、困るのだ。人に知れてしまうのは。 まして、噂なんかになったりしたら…。 「こら、桐哉。何て顔してる」 すっかり沈み込んでしまった桐哉をギュッと抱きしめて、加賀谷が穏やかに笑う。 「心配いらないって。守も…昇だって、誰かれ構わず言いふらすようなヤツじゃないから」 それならいいんだけど…と、心の内だけでポツッと呟いて、桐哉はそれでもまだ、不安そうに加賀谷を見上げてきた。 「…桐哉…」 もう一度その身体をすっぽりと抱き込んで、肩口に顔を埋めてみれば、ほんのりと爽やかなボディソープが燻っている。 ――誰にも渡さない。絶対に。 加賀谷は心の内で誓う。 本当は、誰かれかまわず言いふらして、ガンガン噂にしてほしいところなのだ。 桐哉は可愛い。そして優しいから、彼に直に接した人間はその魅力に強く引きつけられる。自分がそうであったように。 また、入学早々ナンパなんてやらかしてくれた管弦楽部の佐伯などは、そんな桐哉にいち早く気がついていた口だろう。 あいつは無節操にみえるが――いや実際無節操なのだが――そう言う意味での『趣味』はいいのだ。 だが桐哉の控えめで柔らかな性格の所為か、夏が終わる頃までは、その存在はひっそりと埋もれていたはずなのだ。 ただ、『学年順位TOP5にやたら小難しい名前の新入りがいるよなあ。あれ、何て読むんだ?』という程度の認識で。 それが、剣道部に入ってからというもの、交友関係は一気に広がり、群がるオトコがやたらと増えた。 だいたい桐哉も誰かれ構わずに可愛らしい笑顔を向けてくれるのだ。 人の気も知らないで。 だから、自分だって大きな声で言いたい。 桐哉は俺のものだ。誰も触るんじゃない! …と。 現に何度も喉まででかかったことがある。けれどそれを我慢した理由はただ一つ。桐哉が嫌がるだろうと思ったからだ。 だから、黙って守るしかない。 だから、早く欲しかった。桐哉の、すべてが。 他の誰にも結べない、確かな繋がりを手に入れたいから。 「桐哉…」 呼びかける声に、いつにない艶が乗る。 その事に気付いた桐哉は、見上げてきて、一瞬目を瞠ったがそのまま頬を染めて俯いた。 こめかみに唇を当てると、腕の中の身体が小さく震えた。 そのまま唇を滑らせて、頬を伝い、固く結ばれている暖かい唇を啄むと、少しだけ身体の力を抜いて、加賀谷に身体を預けてくる。 その身体をしっかりと抱き留めて、触れあう唇をそっと舐める。 受け入れて…と。 ほどなくして桐哉はふわりとその唇を綻ばせた。 そこへするりと忍び込ませた舌で暖かい口の中をくすぐっていると、桐哉は加賀谷の二の腕を掴み、小さく喉を鳴らした。 堪らない…。 突き上げてくる情動のまま、加賀谷は桐哉の身体を抱き込んで、ベッドに倒れ込む。もちろん、唇は離さないままに。 「桐哉…」 ほんの少しだけ離して名を呼べば、桐哉がきつく閉じていた瞳をそっと開けた。 「…先輩…」 そして、視線を絡め取ったまま、加賀谷がその瞳に危険な色を浮かべて呟いた。 「…桐哉、誰にも渡さない…」 「先輩……っ!」 抱き込まれるばかりだった桐哉が、その腕を加賀谷の首に回し、しがみつく。 完全には戻らない右手が、離さないで…と告げているのを感じ、加賀谷はその手を取って恭しく口づけた。 ☆ .。.:*・゜ もどかしく着ているものを脱ぎ捨てて、互いの温もりだけを頼りに抱き合えば、やがて、緩やかにかかっている暖房が鬱陶しいほどに体温は上がってくる。 以前、二人きりの部室で、理性をぶっちぎって抱きしめた時には頼りないほど華奢だった桐哉の身体は、だが稽古を重ねてからは少しずつしなやかに育ってきたような感じがして、しっとりと抱き心地が良くなったような気がする。 そんなことを桐哉に言うと、火を噴くだろうから黙っているけれど。 「桐哉、これだけは約束してくれ」 横たわる桐哉を見下ろす形で、加賀谷が固い声で言った。 そして、僅かに首を傾げた桐哉の髪をそっと梳く。 「痛かったり辛かったりしたら、必ず教えてくれ」 「…先輩」 大丈夫なのに…と言おうとした桐哉の唇を、加賀谷は人差し指一本で塞いだ。 「ごめんな、桐哉。今日はもう、痛いといわれてもやめてやれない。でも、やっぱり痛い思いはさせたくないんだ。だから教えてくれ。桐哉が一番いいように、したいんだ」 とんでもないことを言われたような気がして桐哉は派手に赤くなったが、真剣な目をして気遣ってくれる加賀谷の気持ちが嬉しかった。 「…は、い。約束、します」 精一杯笑顔で応えた桐哉に、加賀谷もまた、柔らかく微笑んでくれた。 ☆ .。.:*・゜ 「…とうや、大丈夫、か?」 加賀谷の左腕にしっかりと抱えられ、その腕の中で桐哉は身を固くしていた。 「だ、だいじょ…ぶ…」 えっ? あっ! うそっ!…なんて思っているうちに、優しいけれど容赦のない手の動きで一度あっさりといかされてしまった後、息を整える間もなく、桐哉は加賀谷の長い指を受け入れた。 そして、首筋だの胸だのをこれでもかというくらい舐められながら、やたらと時間をかけて加賀谷自身を受け入れるための準備をされているのだが、桐哉の表情の変化を少しも見落とすまいとする加賀谷の眼差しを受けながらのそれは、桐哉をいたたまれない気持ちにする。 痛いのは覚悟していたし、我慢できるとも思っていた。 けれど、そちらの方にばかり気を取られていて思いつかなかった。 すべてを晒すということが、こんなに恥ずかしいものだったとは。 しかも、加賀谷の気遣いのおかげなのか、たいして痛くないのだ。 それどころか、自分の身体は何やら妖しい感覚を拾い集め始めているようで、身体の中が疼いて熱くて仕方がない。 ――どう、しよう…。声、でちゃ…う…。 戸惑いを深くした桐哉は、きつく唇を噛んだ。 とにかく、みっともない声を上げてしまわないように…と。 だが、それに気付いた加賀谷が柔らかく唇を合わせてきて、『桐哉…』と優しく呼んだ。 「…怖い?」 優しさの中にも不安げな声。 それを感じ取って、桐哉はフルフルと首を小さく振って否定を示す。 口を開いてしまえば、あられもない声をあげてしまいそうで。 「ほんとに?」 だが、加賀谷は納得しなかった。 とにかく桐哉は我慢強い。 だから額面通りに受け取ってはいけないときもあるのだ。 そして桐哉はと言えば、こんな場面に至ってもなお、加賀谷を不安にさせたり我慢をさせたりしていることが情けなくて、どうにかこうにか口を開いて、自分の言葉で大丈夫…と、伝えようとしたのだが。 「や…っ、あ、んっ」 運悪く、口を開いたときに加賀谷の指が、桐哉の敏感な場所を抉ってしまった。 堪らず漏れ出た、あまりにも甘ったるい嬌声に、桐哉は指の先まで真っ赤になる。 そして、加賀谷は瞬間硬直していた。 必死で声を押さえ込む桐哉に、やはり残酷なことを強いているのでは…と、躊躇いを感じ始めていたところへ、あまりにも艶やかで甘い声を聞かされて、かろうじて繋がっていたはずの理性の糸がプツッと音を立てた。 「とう…や…っ」 ぶつかるように唇を合わせ、深く舌を差し入れて、触れた桐哉のそれを吸い上げる。 何もかも自分のものにしてしまいたい。今すぐ。 左腕で背中を掬い上げるように抱きしめて、奥を探る指を性急に増やすと、桐哉の身体が更に体温を上げた。 加賀谷の二の腕を掴む桐哉の左手が小さく震えている。 「…とうや」 唇を解き、震える手に優しく口づけ、もう一度強く抱きしめた。 「いい、か?」 尋ねる声に、緊張が混じる。掠れてしまったのは、欲望のなせる業だろう。 そして、『何を』とも言わずに尋ねられた事柄について、桐哉は潤んだ目を向けて2、3度瞬きをした後、視線を合わせたまま、しっかりと頷いた。 桐哉を未知の感覚――これを快感と知るにはまだ経験が浅すぎて――に、追い立てていた加賀谷の指が去ると、桐哉はやっと詰めていた息を吐き、ほんの少し全身から力を抜いた。 ホッとした…というのも正直な気持ちだが、それを上回る喪失感を覚えて少なからず狼狽える。 その喪失感を埋めてくれるものは…。 のしかかる加賀谷の身体を挟むように開かされた足を恥ずかしいと思う間もなく、腰をぐっと引き寄せ抱え上げられ、下半身が加賀谷の膝の上に乗せられてしまった状態に目が回るほどの羞恥を覚えた桐哉が、縋るものを探して捉えた加賀谷の視線にはもはや少しの余裕もなく、見たこともないほどの危険な――獰猛といってもいい色を湛えていて、桐哉は堪らずに目を閉じた。 もう、何もかも委ねる他はない。 自分自身が望んだとおり、身体も、心も。 燃えるように熱いものが押し当てられて、瞑っていたはずの目をさらにきつく閉じて、桐哉は加賀谷にしがみついた。 加賀谷もまた、そんな桐哉をきつく抱きしめて、自身に言い聞かせるかのように一つ小さく息を整えた後、腕の中の、自分よりも随分と小さい体を引き寄せた。 「……!」 ぐっと入り口が広げられた感覚に、宙に浮いた桐哉つま先が突っ張って、勝手に全身に力が入る。 「桐哉、力、抜いて」 言われたが、そう簡単に行くものではない。 「……ぅ…」 上手く出来ない自分が情けなくて、瞑った目尻から涙が滑り落ちそうになる。 「大丈夫…。大丈夫だから、ゆっくり息を吐いて」 抱きしめる腕をほんの少し緩めて、暖かい手のひらで腰をそっとさすられ、目尻に柔らかいキスを受けて、桐哉はやっと小さく息を吐いた。 それを見計らったように、加賀谷はまた少し腰を進める。 最初に感じたほどの衝撃はないが、その異物感は指の比ではない。 けれど、これらすべてが大好きな人そのもので、それを自分の中の、こんなにも深いところで受けとめられるという幸せが、身体の辛さをあっさりと上回った。 そう感じた瞬間、桐哉の身体から緊張が抜けた。ほんの少し。 だが同時に、まるで吸い込むように加賀谷を取り込んでしまった。 「……っ」 小さく加賀谷が呻き、そのままぶつかるように合わせてくる唇を上がった息のまま受けとめると、身体の中にあったはずものが全部放り出されて、すべてが加賀谷に埋め尽くされたような気がする。 ちょっと苦しいけれど、もう辛くはない。 ただ、嬉しいだけで。 「桐哉…俺の、桐哉…」 何もかもがぴったりと寄り添った中で、熱い息の下、加賀谷が囁く。 堪らず、身体が揺れる。どちらからともなく。 ☆ .。.:*・゜ 絶え間なく聞こえる、シーツの擦れる音と熱い息。 重なるように濡れた音も混じっているが、すでに桐哉の耳には入っていない。 「…ん、……あっ…や…ぁ…っ」 一際深く押し入ったとき、艶やかな声を上げてきつく体を反らした桐哉に、加賀谷は『辛い?』と心配そうに聞く。 だが、呼びかけられて閉じていた目を開けた桐哉は、とろけきった瞳をしていて、小さく頭を振った。 「…ちが…。おなか…の、なか…」 「おなか?」 「せんぱ…い、で…いっぱ…い」 ちょっと掠れて、上擦った声。堪らず加賀谷は息を詰めた。 「…とう、やっ、それ、反則…っ」 煽られて、情けないほど反応してしまい、また一際膨れ上がってしまった欲望に、桐哉が全身を染めて身を捩る。 堪らなく愛しくて、ずっとこのままでいたくて、でも、欲望はもう限界で。 「…や…ぁっ…!」 小さく体を震わせて、桐哉が登り詰めた。 「……っ」 そして、収斂する熱い体内に耐えきれず、加賀谷も後を追った。 全身に受ける、誰よりも好きな人の身体の重みに、桐哉はふわっと微笑んだ。 ☆ .。.:*・゜ 「大丈夫?」 これで何度目だろう。 その度に、本気で『平気です』と告げているにもかかわらず、加賀谷はこれでもかというくらい心配げに尋ねてくる。 ほとんど意識の飛んだ中、温かいシャワーの下で丁寧に洗われて、真新しいのではないかと思われるふかふかのバスタオルで隅々まで優しく拭かれて、ほかほかの身体をベッドの中でまた抱きしめられている。 「桐哉…」 優しく髪を梳きながら呼んでくれる名に、特に意味はないようだ。 腕の中から見上げてくる桐哉の視線に、『なんでもないよ。呼んでみたかっただけ』なんて、どうしようもないくらい甘い声で答えてくれるのだから。 そしてその度、桐哉は照れまくって頬を染めるのだ。 そう言えば…。 あれは中学卒業を間近に控えた頃だった。 クラスメイトの女の子から、『終わった後、カレシが素っ気ないんだけど、これってアタシのことカラダ目当てだったってことなのかなあ』なんて相談されたことがあった。 何てこと聞くんだよ…と、桐哉の方が赤くなったことがあるのだが、その時はなんだか訳もわからずに『恥ずかしかっただけじゃないの?』と適当に答えたら、『え〜、男の子のクセに恥ずかしいんだ〜』なんて笑われて、『オンナ』という生き物がちょっとわからなくなったのだ。 あとからよくよく考えてみれば、『終わった後、素っ気ない』ってのは、やっぱりそれなりに問題だろうなあ、普通だったら甘い雰囲気になるんじゃないかなあ…なんて、まったくの未経験ながら想像を逞しくしていたのだが、いざ自分がその場に身を置いてみると――とは言っても、想像していた時と今とではちょっとばかり『立場が違う』が――『甘い』どころの騒ぎではなくて、どうにも照れくさくて仕方ない。 だいたい、経験する前は最中の方が絶対恥ずかしいはずだと思っていたのに、その時はもう何がなんだか夢中でよくわからなかった。 一段落して、正気に戻ってからの方がさらに恥ずかしくて、身の置き所がないではないか。 「桐哉?」 掛けられる声まで甘い。 はちみつか何かがかかっていて、そのまま溶けてしまいそうだ。 「このままずっと、ここに残っていたいな…」 暖かい腕に囲われて、切なげにそう言われてしまえば、冬休みでしばらく会えない日が続くことがとてつもなく辛いことのように思えてくる。 夏休みにも『寂しいなあ』とは思ったのだが、今度はその比ではないような気がする。 それもこれも、二人の関係がここまできてしまったからに違いないのだろうけれど。 「うちは帰ったところで口うるさい兄貴が待ってるだけだからなあ」 「え? お兄さん、ですか?」 そう言えば、そんな個人情報ははじめて聞くかも知れない。 寮生活という狭い世界にいて、さらに部活という狭いフィールドで必死になっていた間はそんな余裕すらなくて、なんだか笑ってしまう。 恋人同士になったのなら、まず知りたいと思うであろうことも、後回しになっていたのだ。 「そう。うちは二人兄弟で、兄貴はなんと8歳上」 兄がいる…というのは何となくわかるような気がするが、そんなに離れているとは驚きだった。ただし、桐哉のところはもっと離れているのだが。 「じゃあ…もう社会人、ですよね」 「ああ、バリバリのな。体育会系の役人だから、命令口調で偉そうったらないぞ。あれやこれやとしつこく構ってくるし、弟なんて下僕かなんかだと思ってるみたいだしな」 口を尖らせて言う加賀谷がなんだか可愛いくて、桐哉がプッと吹き出すと、『こら、なに笑ってんだよ』…と、洗ったばかりの髪の毛をぐちゃぐちゃとかき回されたが、その仕草も言葉もやっぱり甘ったるい。 「でも、お兄さんがいるなんて羨ましいです」 下僕扱いだとはいうけれど、その口調から察するに『あれやこれやと構われる』のも仲の良さの表れのように思える。 「桐哉は?」 「え?」 「桐哉の兄弟は? 桐哉はなんだか長男っぽい感じがするんだけどな」 見かけの可愛らしさに似合わぬ芯の強さからして、弟か妹がいるような気がすると加賀谷は感じているのだが。 「えっと、妹が一人、います」 やっぱり。 「妹か…可愛いだろう?」 桐哉の妹だったらきっと可愛いに違いない…と、加賀谷は頬を緩ませる。 「ん〜…可愛いんですけど、まだ小さいので相手をするのが大変で…」 えへへ…と笑う桐哉はやはりとてつもなく可愛らしいが、やっぱりこの『見かけを裏切るしっかり具合』は長男気質なのだと、加賀谷は激しく納得していた。 そしてそのまま暫し話し込み、このままだと夜が明けてしまうのでは…と思うほどの頃になって、ふと会話が途切れた数分の間に、桐哉がすうすうと寝息を立て始めた。 胸にぴたりと合わされた額が、気持ちよさげに押しつけられてきて、加賀谷は思わず目を細める。 ――可愛い…桐哉…。 あっと言う間に深い眠りに沈んでいった桐哉の寝顔をうっとり見つめていた加賀谷がふと視線をあげた時、机の上に置かれた小さなカレンダーが目に入った。 12月24日の欄に、小さく印がついている。 すっかり忘れていた。今夜はイブだったのだ。 「メリークリスマス、桐哉」 耳元に囁くと、桐哉がふわりと微笑んだ。 起こさないようにそっと抱きしめ直して、加賀谷もまたそっと目を閉じる。 これからずっと、クリスマスイブには今夜のことを思い出して、甘い気持ちに浸れるのだ。 ずっと、毎年、二人で。 |
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