私立聖陵学院・剣道部!
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Before茶道部 その2 |
「え? 僕が、ですか?」 中学の頃からの顔見知りの後輩――こう言うとき中高一貫校は何かと便利だ――を呼び付けて、『綾徳院桐哉』を呼びだしてもらった。 ご先祖様のプロフィールはわかったが、本人を見るのは初めてだ。 やっぱりツンとすました顔でもしてるのかな…なんて、何となく思っていたら、クラスメイトから何やら言われて不思議そうな顔でやって来たのは、妙にこじんまりとした可愛いらしい『坊や』だった。 突然の呼び出しを詫びて自己紹介した後、坂枝は単刀直入に、茶道部への勧誘を切り出した。 推薦入学ではないので、部活を選ぶのは自由だ。 もちろん掛け持ちもOK。むしろ茶道部は掛け持ちするのにうってつけでもあったりする。 「で、でもどうして僕に…」 明らかに困惑している桐哉に、坂枝はそれはそれは人の良い笑顔で、数日前に加賀谷が言った言葉をそのまま拝借した。 「いや、入試結果の掲示板で君の名前を見てね、これはきっと由緒正しき家柄のおぼっちゃまに違いない、由緒正しきおぼっちゃまは茶道を嗜んでいるに違いない…と思ったわけだ」 こんな支離滅裂の理論を振りかざしては、ヘタをすればますます引かれる可能性は大だ。 だが、坂枝の『どんなもめ事も納めてしまう』柔らかな物腰と物言いが、ここでも如何なく発揮された。 桐哉は、坂枝の飄々とした暖かさにあっと言う間に警戒を解いて、『めちゃくちゃ言いますね、先輩』…と、笑ったのだ。 ここで坂枝は『いただき!』と思ったのだが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。 「でさ、綾徳院くん……って、呼び難いな。えっと、桐哉くんって呼んでも良いかな?」 これも坂枝的手管の一つ。 『ファーストネームを呼んで、親しさを演出しよう』作戦なのだが、実際に呼びにくかったのも事実だからいいだろう。 「呼び捨てでいいですよ、先輩」 ニコッと微笑んだ桐哉はもちろん何の計算もしていないが、その笑顔を目の当たりにした坂枝が、『これは絶対ものにするぞ!』と誓ったのも無理はない。 そして、その瞬間に、坂枝の直感が告げた。 ――加賀谷はこいつのことを知ってるな。しかも…。 …まあ、惚れているだとかどうかだとか、そう言うディープな話は別として、気になって仕方がないに違いない。 だが、どうしてそれを素直に自分に打ち明けなかったのか。 ――ちぇっ、加賀谷のやつ、俺をコケにしやがったな。覚えてろよ〜。 だいたいあんな風に、心の中が透けて見えるようなヤツではないのだ。普段の加賀谷は。 それがどうだ。内心の揺れや高揚が手に取るようにわかるなんて、面白すぎる。 「で、どうかな、桐哉。茶道部に興味ない? 他の部活に決めちゃったわけじゃないんだろう?」 何気なく肩を抱いて、親しげに語りかけると、桐哉は『でも…』と、小首を傾げた。 「ご期待に添えなくて申し訳ないんですけど、僕、茶道なんて一度もやったことないんです。あの、抹茶を飲んだことはあるんですけど、でもそれって、京都の観光地で美味しそうなお菓子に釣られて飲んだくらいで…」 ――ぶっ。可愛すぎる。 バカ正直なところも気に入った。 「そんなの誰だって最初は初心者さ。むしろ俺的には手取り足取り教えられる後輩ができて嬉しいんだけど」 そもそも最初から本気で『茶道を嗜んでいるに違いない』なんて思っちゃいないのだから。 「…でも、僕不器用ですよ? 手も、ちゃんとは…」 「手?」 「…ええと、何でもないです」 急に表情を暗くして俯いてしまった桐哉に、慌てて坂枝は明るい声で言葉を継いだ。 「や、実は茶道部って言ってもさ、部員はたったの2人なんだ」 「え? そうなんですか?」 目を丸くして桐哉が見上げてきた。 「そう、俺と…もう一人は訳あって内緒なんだが…」 そう言ってわざとらしく声を潜め、秘密を演出してみる。いや、実際秘密なのだが。 「剣道部のエースで加賀谷って2年がいるんだけど、そいつなんだ。でもナイショな。推薦で入学してるヤツだから、掛け持ち禁止なんだよ」 一か八か…だ。加賀谷の名前をだして、桐哉は反応するのかしないのか。 坂枝の直感が告げた、『加賀谷は桐哉を知っている』と言うのが当たりなら、桐哉から何らかの反応が返ってくる可能性もある。 「…へえ…そうなんですか」 だが、反応は、ない。表情も、ない。 それだけで坂枝には十分だった。 先ほどまでの柔らかい雰囲気を、桐哉は不意に隠したのだ。あくまでも、さりげなく…のようには見えるが。 ――こいつも加賀谷を知ってるってか。 「…ってわけでさ。たった2人の弱小部に勧誘しちゃって悪いんだけどさ、ちょっとやってみない?」 ポンッと肩を叩くと、桐哉はパチッと目を見開いた。 一瞬遠いところへ行っていた気持ちが戻ってきたような面もちだ。 「あ、ええと…じゃあ…一度見学させてもらってもいいです、か?」 「おう! もちろん! ありがとな〜!」 がばちょと抱きしめられ、あわあわともがく桐哉に周囲が何事かと寄ってきた。 「あ、坂枝先輩ずるいー」 「俺も俺も〜!」 便乗して桐哉に触ろうとする輩の多いこと。 桐哉は早くも人気者のようだ。 小柄で可愛い一年生。しかも性格も柔らかそうだ。 ――これは面白いことになったな。 坂枝は桐哉の頭をぐりぐりと撫でながら、小さく笑った。 ![]() 「え? 右手、ですか?」 桐哉が茶道部に入部する――まだ見学段階だが、ここまで来ればこっちのものだ――と、坂枝が顧問である院長に報告に行くと、院長は『話があるから座りなさい』と、お茶を淹れてくれた。 そして、そこで告げられたのは意外な話だった。 桐哉は利き手である右手にハンディキャップを負っていると言うのだ。 「中学時代の怪我でね、神経を傷つけてしまったらしい。 当時はほとんど動かせなかったそうなんだが、その後の治療とリハビリの甲斐あって、今では日常生活も筆記も時間はかかるが一人できちんとこなせるそうだ。 まあ実際入試でもちゃんと時間内に答案が書けるのだから、本人はもう何ともないと言うのだそうだけれど、それでも動きによっては多少の不自由があるようだ。だから坂枝くんにはその点での考慮を頼みたいのだが…」 内容的には深刻な話になるのだろうが、院長の持つ柔らかい雰囲気が悲壮感を感じさせない。 「ええと、一つ確認なんですが」 「なんだろう」 「やってはいけない動作とか、そう言うものはありますか?」 腱鞘炎などでも、痛めた部位によって固定の方法も違ったりするものだ。 「いや、そう言う制約は特にないと聞いている。もう痛みもないそうだ。だから、かえって茶道での所作がさらにリハビリになるといいなとは思っているんだよ」 茶道の所作は、ゆっくりとはしているが、指先や手首、肘などにも神経を行き届かせなくては美しく見えないから、それなりに支える筋力が必要になってくる。 確かに腕のリハビリには良いかも知れない。 「そうですね。それに、痛みや制約がないのなら、僕も安心して引き受けられます」 坂枝がにこやかにそう言うと、院長は頼もしそうに茶道部部長を見つめ、大きく頷いた。 「頼むよ、坂枝くん」 「了解です。先生」 ![]() ――さて、どうしてやろうか。 とりあえず、加賀谷には洗いざらい吐いてもらうとして、桐哉のことを加賀谷にどう伝えるかだ。 あの様子では、恐らく桐哉も加賀谷を知っている。 なのに何故、お互いにそのことを隠すのか。 その辺りをしっかり知っておかないと、上手く立ち回れないではないか。 ――とにかく、先に加賀谷を料理してやるか。 坂枝は、剣道部の練習が終わる頃を見計らって、第2体育館へ向かった。 ![]() 「お疲れー」 稽古の汗をさっぱりと流し、制服をきちんと着込んで現れた加賀谷に声を掛ける。 「お。坂枝、どうした?」 どうした…と聞きつつも、加賀谷は坂枝の腕を引っ張って、体育館裏へと引きずり込む。 「勧誘のことか? どうなった?」 ――おいおい、目の色違うぞ、加賀谷クン。 「ああ、そのことなんだが…」 面白いからちょっと意地悪してみたい気分だ。 「…だめ、だったのか?」 俯いてしまった坂枝に、加賀谷が問いかけてきた言葉は、それはそれは残念そうなもので、さらに坂枝は可笑しくて仕方がない。 しかし、いじめっ子も引き時を誤ってはいけない。 「や、OK。ばっちりGET」 顔を上げてニッと笑うと、一瞬目を丸くした加賀谷が、『こいつっ』なんてつかみかかってくるマネなんかしたりして。 「あはは、悪い悪い。なんだかさ、結構トントン拍子に行ったから、嬉しくてさ」 「そうか、…よかった」 「いや〜、なんだか素直で可愛い子でさあ。あんなのが後輩になるかと思うと、マジ嬉しいね、俺は」 「…そんなにいい感じなのか?」 「ああ。いい感じもなにも、礼儀正しいし物腰も柔らかいし、声も可愛いんだぜ…って…、あれ? 加賀谷は知り合いじゃなかったのか」 言葉の終わりに、さりげなく――しかし思いっきりわざと――核心をついてみた。 「え? な、なんでだよっ。別に俺は綾徳院とは知り合いでも何でもないぞっ」 「ってさ、名前の読み方知ってるじゃないかよ」 「…あ、そ、それは俺だってこの1週間の間、坂枝にばかり頼ってちゃいけないと思ってそれなりに…」 「加賀谷」 正面から見据えられ、剣士すら飲み込んでしまうような迫力あるオーラを立ち上らせた坂枝に、加賀谷が一瞬怯む。 「さあ、キリキリ吐いていただきましょうか?」 ニヤリと笑われて、さしもの剣士も白旗を揚げた。 |
3へ続く |
次回の剣道部は…? |
「それ、右手の怪我…か?」 加賀谷が弾かれたように顔を上げた。 「…坂枝…知ってるのか?」 |