「第1校舎、1階、ど真ん中。」
〜君の愛を奏でて・番外編〜
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その1〜生徒会長のため息…の巻 |
春。 入学&始業式から2日目。 今日は4月10日だ。 全校生徒の6分の1ほどが新顔になって、なんだか校内も落ち着きがないんだけど、今俺がいる第1校舎、1階、ど真ん中の「高等部生徒会室」は見慣れた面子で、そういった点では落ち着いている。 落ち着かないと言えば、新学年に関する行事のあれやこれやで忙しい…ってことくらいかな? 「やっぱ、今年は様子が違うな」 そう言いながら入ってきたのは、真路。 この部屋の…いや、一応この学校のTOP、そう、生徒会長だ。 細っこい腕一杯に資料を抱えているのを見て、俺は慌てて駆け寄り、その手から資料を取り上げる。 「おい、一人で持つなって言ってるだろ?俺、ここにいるのわかってるんだから、声かけろよ」 ちょっと語気を荒げて言うと、真路はちょっと肩をすくめる。いつもそうだ。 「悪い。つい、面倒で」 何が『面倒で』だ。 だいたい、こいつは何でも一人で抱え込もうとするんだ。 生徒会から悟が抜けた穴があまりに大きくて、それを埋めようと必死なのはわかるんだけどな。 そんなに肩に力入れなくたって…って。 もともとあんまり体力もないし、身体はちっこいし、細いし。 無理して身体でも壊されたらどうしようって、心配なんだよ、俺。 緊張しまくってた卒業式の送辞だってばっちりだったし、入学式の挨拶だってめっちゃよかったから、生徒会長ファンは激増したって噂だし。 だから、なんにも心配はいらないって言ってやりたいんだけどな。 「何? 大貴」 う。俺、いつの間にか真路をじっと見つめていたらしい。 「や、別に」 「ふぅん」 真路は細い銀縁眼鏡の奥からチラッと俺を一瞥する。 だいたい、その眼鏡、気にくわないんだよな。 これ、伊達眼鏡なんだぜ。 ホントは両眼とも視力2.0。こんなもの必要ないのにさ。 不必要に冷たい印象を与えちまって、綺麗な顔が台無しだぜ。 …ったく。 「お前、なんでその眼鏡かけ始めたんだっけ?」 投げかけられた視線になんだかむかついて、今まで黙ってたんだけど、つい聞いちまう。 瞬間、真路は口を尖らせて、けど、すぐに何でもないと言う顔に戻った。 「大きなお世話だ」 おいっ、そりゃあ余計なことかもしれないけれど、そんな言い方ないだろっ。 ……って、内心叫ぶんだけど、俺ってそういうこと口に出せないんだよな。 いたたまれない沈黙が室内を覆う…。 しばらくの後、その沈黙を破ったのは、心底だるそうについた真路のため息だった。 …やっぱ、疲れてんのかな。 いらないこと聞いて、悪かったかな…。 「ごめん」 俺の口をついてでたのはそんな言葉だった。 けど、真路はもっと不機嫌になったようだ。 「なんで謝るわけ?」 口調は刺々しい。 「大貴、なんか俺に悪いことしたっけ?」 …真路、どうしたんだよ。なんか、いつものお前じゃない…。 「いや、そうじゃなくて…」 「なら、簡単に謝ったりするなよっ」 …こいつ、かなり気が立ってるな。なんかあったな、これは。 どうしよう…。 で、結局、 「な、何か飲むか?」 …って、俺ができるフォローってこんなもんなんだよな。 「コーヒーにするか? あ、疲れてるときは甘いミルクティーの方がいいかな?」 ごそごそと準備を始めた俺の背中に、ポツンと声が落ちた。 「ごめん…大貴」 「真路…」 俺はその頼りなげな声に慌てて振り返る。 「なんか、ちょっと…」 自分でもどう言っていいのかわからないらしく、真路はちょっと首を傾げた。 こいつ、こういう仕草ってかなり可愛いんだけどな。 「いいって。きっと疲れてるんだって。新学年の準備で春休みは大忙しだったもんな」 そう、部活と違って長期休暇はきっちり休めるのが生徒会のいいところなんだけど、さすがにこの春休みはそうはいかなかったんだ。 修学旅行から帰って、ゆっくり出来たのはほんの2〜3日。 あとは頻繁に連絡を取り合って、いろんな準備をしてきた。 俺は実家まで3時間もかかるから、さすがに学校までは滅多にでてこなかったけど、真路は1時間半ほどだから、しょっちゅう学校へきていたようだし…。 俺が肩をそっと押して椅子へと促すと、真路は素直にそれに従った。 「うん…きっと疲れてるんだよな…」 自分に言い聞かすように呟く真路は、なんだか酷く儚げに見えて…。 …………。 ……瞬間、見惚れてしまった俺は、慌てて話題を変えた。 それも、わざとらしく、あわただしくミルクティーの準備(インスタントだけど)をしながら。 「で、なんだっけ?」 真路、何か言いながら入ってきたよな。 「え…? ……ああ」 真路も話題が変わってなんだかホッとしたようだ。 「やっぱり今年は様子が違うな…って」 「様子?」 「今日は4月10日だぞ」 あ? 「ああ、なるほど」 俺は軽く相づちを打って、真路にマグカップを渡す。 真路の専用マグカップはス○ーピーがコックさんのカッコをした絵柄だ。 生徒会の先輩からのプレゼントなんだけど。 そういやあの先輩、真路の気持ちを知りたいって悟に頼んだんだっけ。 悟から『真路、先輩に特別な感情は持ってませんよ』ってばっさり切られて玉砕したよな。 ま、このいきさつ、真路は知らないけど。 「校舎も寮も…もちろん音楽ホールも騒がしいんだ」 ぼんやりマグカップの思い出話に浸っていた俺は、真路の声で我に返る。 「この頃の悟の雰囲気なら仕方ないよな」 この頃って言っても、もうかれこれ1年になるな。 悟が変わり始めてから。 そう、今日は特別な日だ。 世間で言うところのクリスマスや花まつりに当たると言っても過言ではない(過言だけど)くらい、ここ、聖陵では特別な日なんだ。 今日は、聖陵の顔・桐生悟サマがご生誕なさった日なのだ。 何にもなかったのは、悟が中学に入学して2日目だった時だけ。 だってその頃はまだ誰も悟の誕生日がいつかって知らなかったからな。 でも、翌年からは全校あげてのお祭り騒ぎと化したっけ。 もっとも悟がそういう騒ぎに軽々しく乗らないヤツだから、悟を中心にってわけじゃなかったけどな。 でも、そういうところがますますカリスマ性を助長することにもなったよな。 本人のあずかり知らないところでも、悟を肴に盛り上がっちまうってところが。 「今年はプレゼントの量も桁違いみたいだし」 「目撃したんだ?」 俺が訪ねると、真路は『うんっ』と頷いた。 よかった、ご機嫌は直ったようだ。 「だいたい新学年早々の誕生日なんて、忘れられがちなのに、すごいよな」 「いや、悟の場合、それが幸いしてるところもあるぞ」 本人にとっては幸いとは言わないかもしれないけど。 「どういうこと?」 真路がマグカップから顔を上げる。 「んー。みんな、春休み中にじっくりプレゼント選んでくるだろ?」 「あ、なるほど」 2年間の同室生活でよくわかったんだけど、悟って新しい物好きじゃないんだ。 気に入ったものをとことん使い込む…ってタイプかな? だから、身の回りもすっきりしてて…。 「でもさ、悟って毎年あんなにプレゼントもらって、どこに置いてるんだ?」 おっと、それは確かに、同室の俺にしかわかんないことだよな。 「部屋にはないぞ」 「え?」 真路が目を丸くする。 ちぇっ、その冷たい眼鏡さえなけりゃ可愛いのにな。 「去年も一昨年も、あんなにたくさんもらったのに部屋には一つもないんだ。だから俺、気になって守に聞いてみたんだけど」 「うんうん」 「全部実家送りだとさ」 「はぃ〜?」 何でも実家には段ボールの山積みがあるらしい。 しかも、どれも開けてないっていうからたいしたもんだ。 さすがに捨てるわけにはいかなくてとってはあるらしいんだけど。 「守とえらい違いだな」 真路が呆れたように言う。 守は守でちょっとすごすぎると思うけどな だって、今までにもらったプレゼントの中身と送り主、全部覚えてやがるんだぜ。 さすが聖陵ナンバーワン・スーパーフェミニストってところか。 「昇はどうなんだ?」 俺はちょっと好奇心が疼いて、真路に聞いてみる。 「あ? 昇はハッキリしてるよ。気に入ったものは側に置いてるし、そうでないものは…」 真路はまた、小首を傾げる。 「実家かな」 「そっか。でも…」 「それが普通の反応かな?」 そうかもな。それが一応、普通の反応ってヤツかもしれないな。 気に入ったもの、大切な人からもらったものは、側に置いておきたい…。 ……ん?……。 そうだ、本命からのプレゼントは絶対部屋に置いておくはずだよなっ。 今までその類のものは全部実家送りにしてる悟。 そんな悟が唯一側に置くもの。 その送り主が、悟の恋人だっ!! そう、何度裏切られても未だに捨てきれない『奈月葵・本命説』。 この可愛らしいスーパーアイドルの誕生日は春休み中…しかも俺たちが修学旅行中だったようなので、しっぽをつかむきっかけにはなり得なかった。 あ? でも、悟のヤツ、頻繁にどこかへ電話してたよな。 それって、特に20日が酷くなかったっけ? 『出ない…』とか呟いて、憮然とした表情してたよな。 あれって、まさか、奈月に電話…? おめでとうコールしてたとか。 けど、普通誕生日に恋人から電話があるってわかってたら、すぐ出るよな。 …ってことは、やっぱ、奈月じゃないのかなぁ…。 よっしゃ、今夜こそしっぽをつかんでやる。 悟の持ち物に要注意だっ! 決意に燃えて拳を握りしめる俺を、真路が不安に満ちた顔で見ていたことに、このときの俺はまだ…気づいてはいなかった。 |
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大ちゃんって、やっぱ鈍っ(>_<)
(2002.4.10 UP)