ACT.

〜Love all〜
【2】





 そして、その後の二人は…というと。


 遊びに行ったり喧嘩をしたり、以前の二人からは考えられないほど自然に、それこそまるで『親友』同士のように、気軽に声の掛け合える関係を築き始めているのだが。

 最初のうちはそれだけでも舞い上がってしまうほど嬉しかった。

 自分が気がつかないうちに、東吾がいつの間にか後ろに立っていて、ポンッと肩を叩いて『おはよう』と声を掛けられ笑顔を向けられる…それだけでも、信じられないほど嬉しかった。


 だけど、人間は欲張りなのだ。もう、それだけでは物足りない。

 自分は『オトモダチ』になりたかったわけではない。
『恋人同士』になりたかったはずなのだ。


 もちろん、『好き』という言葉は何度も告げた。

 この学校に4年以上いて、その意味を取り違えるなんてあり得ないし、そんなこと許さない。

 何より東吾だって、そう言われれば頬を染めて、ちょっとぶっきらぼうに『わかってるって』…なんて、照れ隠しのように、自分の胸をトンッと叩いてきたりするではないか。


『恋人になりたい』


 だから、それは、東吾も承知してくれているはずで…。

 なのに、二人でいてもちっとも甘い雰囲気にならない。

 東吾が、恥ずかしさから『そういう雰囲気』になるのを避けているのかと言えばそうでもない。

 どうもこの、可愛いクセに強気な先輩は、『そういうこと』にとてつもなく疎いようなのだ。


『好きです』と告白して、抱きしめることができたなら、次にはもちろん『キス』がしたい。

『キス』が出来たら次は…。


 健康な肉体を持つ男子高校生の望みは果てしないのだ。

 それを、未だにキス一つできないなんて…。


 一度、何かのきっかけを捉えて、そっと顔を近づけてみた。

 だが、『暑苦しいからひっつくな』と、真顔で言われてしまえばもう、どうしようもない。

 そして、二人は完璧な『オトモダチ』状態――おかげで話す口調はかなり砕けてきて、その点では『先輩後輩』の殻を破ることが出来たかな…と思わないでもないが――を維持したまま、季節は夏を過ぎ、聖陵祭で東吾の『令嬢姿』を見て鼻血を吹いてしまったり、葵の入院騒ぎが起こった秋を越えて、冬を迎えていた。






「え? 先輩帰らないの?」

 冬期休暇の退寮日を前に、部室の個人ロッカーを整理していた時のこと。

 どうせ同じ方向なのだからと、陽司が東吾に『途中まで一緒に帰ろう』と誘ってみれば、東吾の返事は『2、3日寮に残る』…というものだったのだ。


「うん。帰っても誰もいなくてさ」
「誰もいないって…」

 初めて耳にする『家庭の情報』に嬉しくなるのだが、『誰もいない』と聞けば、実家に何かあったのだろうかと心配になる。

「うちの両親、今仕事で大阪行ってるんだけど、26日頃まで帰ってこないだ。 みんなも一緒に行っちゃってるし、一人でうちにいてもつまんないし、不用心だし」

 みんな?
 みんなって誰だ? もしかして「○男○女の大家族」とかだろうか?
 …いや、今はそれどころではない。
 
 東吾は一人でうちにいるのは『不用心』だといったが、不用心なのは人気の少なくなる寮内の方がもっと深刻だと陽司は思う。

 だが、そうは思ってはみてもそんなことは口に出来ない。

 そもそも自分が『そう言う対象である』ということに、とことん疎いのだ。この人は。

 おまけに、万一何かあっても自分で何とかできる…などとマジで思っているらしくて、陽司の心配は尽きない。


「じゃあ、うちにおいでよ」

「へ?」

「うち、ちょうど学校と先輩んちの間にあるじゃん。2、3日のことなら残ってないで、うちへ来ればいいよ」

 退寮日初日から完全退寮日までの5日間、人数が減るに連れて危険度が増す寮内に、愛しい人を置いていけるはずがない。

「でも、そんなことしたらお前んちに迷惑かけるじゃないか」
「あ、うちは全然平気。『お客さん大好き』な家族だから」

 これははったりではない。事実だ。
 こんな可愛い先輩を連れて帰って大丈夫だろうか…とかなりの不安を覚えないでもないほどに、事実なのだ。

 言うと、東吾はちょっと俯いて、大きな瞳だけをクルンと陽司に向けてきた。ついでに口なんかがちょっと尖っていて可愛いったらない。

 そんな顔して寮内に残ってたら、襲って下さいと言っているようなものだ。


「…ほんとにいいのか?」
「もちろん!」



 それからの陽司のはしゃぎっぷりはすさまじかった。

 同室の3人は『陽司の頭に虫が湧いた』とからかったのだが、それがどうやら東吾絡みらしいとわかると、呆れながらもその進展を祝福してくれたのだった。



                   ☆ .。.:*・゜



 そして、退寮日がやって来た。

 家には前もって連絡しておいた。
 冗談抜きで『お客さん大好き』な両親は、今頃まだかまだかと到着を待ちわびているだろう。





「うっわ、これがお前んち…?」

 学校から1時間10分。
 寮生の中でももっとも近い部類に入るであろう陽司の実家は、深い緑に囲まれた、瀟洒な古い洋館だった。

 背の高い英国風の鉄扉を押し開けると、左右の生け垣が玄関までの小道を成している。そして、周囲に広がるのは、一瞬ここが日本だと言うことを忘れてしまいそうな、英国式庭園。


「なんか、意外…」

 思いっきりあたりをキョロキョロと見回しながら呟く東吾に『どうして』と、笑いながら聞いてはみるものの、自分でも自覚はある。

 この家のお洒落で繊細な外観と、いかにもスポーツマン然とした自分の『見てくれ』は、お世辞にもお似合いとは言い難い。

 一族の中で、自分だけが『そういう才能』を持たずに生まれてきて、自分だけが『体育会系』のちょっと異質な存在だったりするというそんな事情を、この家の外観と自分の見てくれは、よく表しているのだ。

 だが、それをどうこう思い悩んだことはない。両親がそんな陽司をきちんと認め、持って生まれたものを伸ばす方向へ育んでくれたから。



 大きなドアを開けると、そこは広い吹き抜けだった。
 そして、あちらこちらにバランス良く並べられた絵画の数々。

「わ…すごい…」

 東吾が感嘆の声を漏らす。

「うち、祖父さんが画家だったんだ」

 いいながら、東吾に上がるよう促す。

「画家…? すっごい…。 じゃあ、この家とか庭とかも、お祖父さんの趣味?」

「うん、家は祖父さんが建てたもの。でも庭は母親の作品なんだ」
「え? お母さん?」
「うん、母親はガーデニングデザイナーなんだ」

 画家にデザイナー。
 それはやはり、東吾にとっても『あまりにも意外な陽司の周辺』であったようで、見れば、東吾は言葉もないといった様子で目を見開いている。

「ま、とにかく上がって…」

 あんまり見つめられると妙に照れくさい。

「…あ、じゃあ、お邪魔し…」
「「いらっしゃーーーいっ」」

 出た…。

 いきなりこのテンションかよ…と、陽司は頭を抱える。


「森澤東吾クンねっ、初めまして〜っ、陽司の母で〜す。いつもうちのバカ息子がお世話かけてごめんなさいね〜。いや〜ん、もうっ可愛い〜っ!」

「あ、あのっ」

「これ、母さん。森澤くんが怯えてるじゃないか。いやいや、ようこそ。ささっ、疲れただろう。上がって上がって」

 どうやら陽司の存在は目に入っていないようだ。

 東吾はちゃんとした挨拶をする間も与えられずに、陽司の両親の手によってほとんど拉致状態でリビングへと連れ込まれていった。






「えっ?! お父さんって、あの『早坂啓司』さんなんですかっ?」

 夕食の席。

 陽司が危惧したとおり、両親は素直で明るい東吾を一目で気に入ってしまい、側から離そうとしない。

 そしてまた東吾自身が、『学校でのあの負けん気はどこへおいてきたんだ』と問いつめたくなるほどイイコで無邪気な可愛らしさをまき散らかしている。

 陽司はすっかり蚊帳の外で拗ねているのだが、それはもちろん両親の関心がすべて東吾に向いているから…などという子供じみた理由ではない。

 両親が東吾を離そうとしない…と言うのも少しはあるが、なにより『こんな東吾』を今まで見たことがないというのが悔しいのだ。

 依然『オトモダチ』状態であることには変わりなかったのだが、それでも、自分には誰よりも本当の姿を見せてくれているのだと思いこんでいたから。

 しかも今、父親が著名な写真家だというのがばれてしまい、東吾の関心は100%そちらへ向いてしまっている。

「で、どうだろうね、東吾クン」

 馴れ馴れしく呼びやがって…。

 自分ですらまだ面と向かって名前で呼べないと言うのに、両親は初対面から3時間足らずですでに『森澤くん』などという固い呼び方を放棄している。

「ほんの少しでいいんだが、モデルをやってくれないかな」

「え? 僕がですか?」

 僕ぅ〜? 
 そんな一人称、今まで聞いたことがないぞ…と、呆れてみるのだが、話はそれどころではない。


「親父、いいかげんにしろよ」

 ついに口を挟む。

「どうして。いい被写体にであったらシャッターを切りたくなるのが写真家ってもんだろうが」

 わざとらしく肩を竦めてみせる父親に、『ったく、こんな時だけ芸術家面しやがって』…なんていう視線を投げて、陽司は席を立った。

「あのな、先輩は俺の大切なお客さんなの。勝手に振り回さないでくれっ。ほらっ、先輩っ、行くよっ」

「あ、おいちょっと待て…って」

 後ろで『陽司っ、横暴〜!』などと騒いでいる両親に目もくれず、陽司は東吾の腕を掴むと、さっさとダイニングを後にして自室へと向かった。

 ったく、兄貴が留守でよかったぜ…と陽司は内心で胸をなで下ろしている。

 これであの兄まで揃っていたら、収拾がつかなくなっていただろう。

 インテリアデザイナーの兄は現在イタリア出張中らしい。

『当分帰ってくるなよ』なんて内心で毒づきながら、陽司は部屋のドアを開いた。




「先輩、大丈夫?」
「…あ、うん、平気」

 とは言うものの、かなり頬が赤い。

 特に弱いわけではなさそうだが、父親が調子にのって飲ませ過ぎた結果だろう。


「まさか先輩が写真の知識があるとは思ってなかったよ」

 よもや父親の名前を知っているとは思わなかった。

 かなりぶすくれた状態で陽司が告げると、東吾はだるそうに『ふぅ〜』と息を吐いて、ごろんとソファーに転がった。

 両親の前では気を張っていたのだろう。気が緩んで一気に酔いがまわり始めたようだ。


「ん〜、別に特に詳しくなくたって知ってるだろ〜。『写真家の早坂啓司』っていったら有名じゃん〜」

 置いてあったクッションを抱き込んで、ゴロゴロと懐く。

「でもさあ、お前、あんな有名なお父さんがいるのに、なんで写真部に入らなかったんだぁ?」

 聖陵の写真部は文化系の部活の中でも、管弦楽部・放送部についでレベルの高い部だ。現部長など、学生コンクール総なめ状態である。

 だが、聖陵の写真部員の誰一人として知らない。『大御所・早坂啓司』と『1−Dの早坂陽司』が親子であることなど。

「だって、俺、写真なんかに興味ないもん」

 事も無げに言ってのける。

「そもそも芸術的センスは皆無だし、それに俺、小さいときから身体動かす方が性にあってたから」

 これ以上でもこれ以下でもない。これがすべてだ。

「…そっかぁ〜、そうだよなぁ〜。それに、お前がテニス部に入ってくれてなきゃ、俺たち出会えてないもんなあ〜」


 心臓が一つ、ドキンと音を立てた。

 思いもかけない東吾の言葉に、慌ててその表情を伺うが、すでに瞳は閉じられていて、瞼までほんのりと酔いに染まっている。

 そして…。


『良かったぁ〜』


 それは小さな小さな呟きではあったけれと、確かに東吾はそう言って、目を閉じたままニッコリと笑ったのだった。

 半分『イシキフメイ』のようではあったけれど…。


【3】へ続く


次回のテニス部! は?

【陽司大暴走】の巻(笑)

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