ACT.4
〜Love all〜
【4】
*St.Valentine's Day*
1月になると、高校3年生――年内に推薦が決まっている生徒を除いて――受験一色になる。 校内での補講体制を完璧に整えている聖陵では、センター試験前後と入試本番前後を除いて、実家に戻る生徒はさほど多くない。 実家に戻るよりも学校に残っている方が勉強できる環境にあるし、なによりここの補講は塾よりもレベルが高いから、大概の3年生は校内で行われているコース別の補講に参加している。 だから、校内や寮内が急に寂しくなるということはあまりないのだが、それでも2年生以下は、正念場を迎えている3年生に、どこか遠慮がちに接するようになる。 陽司は、去年の今頃はまだ中等部の寮にいたのだから、当然こういう環境は初めてで、話には聞いていたが、思っていたよりもずっと張りつめた雰囲気なのだなと感じていた。 そして、その様子は、3年生たちがもうすぐここから永遠にいなくなる…という、避けられない現実を見せつけられたように思えて…。 そして、1年後には、その中に東吾の姿もあるのだ。 東吾がどの大学を目指しているのか、陽司は未だに聞いていない。 だが、東吾がどこへ進学しようとも、自分にはその後一年の準備期間があるわけだから、そんなに焦りはない。 ただ、東吾が何を考え将来をどう見ているのか…それは、今すぐにでも知りたいけれど。 年末、2泊3日で自宅に招いた東吾は、最初の夜こそ陽司の暴走で気まずいことになりかかったのだが、その後はご機嫌で――その点で両親の『おかげ』は多大であったのだが――年明けてからの再会にも不自然な様子は感じられなかった。 ただ、体温を感じるほど側近くによると、その身体はキュッと強張る。 改めて冷静に考えてみれば、意識のないうちに『初めて(のはず)のキス』を奪われて、しかもそのまま『あんな行為』に突入してしまったのだ。 ただでさえ『そういうこと』に疎かった東吾には、とんでもない出来事だったのだろう。 それを思えば、今、避けられたりしないだけでも奇跡なのだ。 だから、今度こそは――本当にいつになるかわからないけれど――東吾の気持ちが熟すまで待とう…。 陽司は、そう決意を固めて、今すぐにでも知りたい東吾の未来へのビジョンすら、無理に聞き出したりしないように…と、自分の気持ちに蓋をしたのだった。 ☆ .。.:*・゜ 2月に入って1週間が過ぎると、私立の試験を終えた3年生たちが少しずつ日常に戻ってくる。 とは言っても、聖陵は例年学年の約4割が国公立へ進学する学校だから、ほとんどの生徒がまだ正念場の最中にある。 だがそんな中でも――そんな中だからこそかもしれないが――バレンタインは今年も熱気を帯びている。 恒例の生徒会トトカルチョは今年も健在だ。 特に今年は『奈月葵』というスーパーアイドルの登場や、ここのところ急に色気(?)が増したと言われている『カリスマ=桐生悟』の影響で、ますますチョコ獲得順位は予想がつかなくなり、このお祭り騒ぎをさらに盛り上げていた。 「んー、今年はホント、予測つかないな」 夜の322号室。 ここのところ、本命でもあらわれたのか、めったに『深夜のお出かけ』をしなくなった守と、夜はいつも真面目に部屋にいる――生徒としてこれが正しい姿なのだが――東吾が生徒会発行の『投票用紙』を片手に話している。 「俺としては光安先生の首位は動かないと思うんだけどな」 東吾がそう言うと、例年光安直人に次ぐ2位に甘んじている守が『だろうな』と安易に同意する。 「お。あっさり言うなあ。今年こそTOPに立ってみせるとか、そう言う野望はないわけ?」 茶化して尋ねてみると守は『ないね』と事も無げに言う。 だが。 「特に今年は俺たち生徒には分が悪い」 守には守なりの分析があるようだ。 「葵と悟。二人の参戦で俺たちの数は割れると思うんだ。だけど、先生は全学年通じて幅広い支持層を持ってるからな」 「なるほどね」 まあ、いずれにしても桐生家の4人の兄弟たちが校内のほとんどのチョコを持っていくことには変わりないのだが。 去年の秋の、葵の入院騒動。 その顛末を守からうち明けられたときに、東吾が一番心配したのは悟のことだった。 あれほど葵を愛おしんでいた悟。 受けた衝撃はどれほどのものだったろうと、気が気でならなかった。 だからこそ、二人がこの問題を乗り越えたと守から報告を受けたときには本当に嬉しくて…。 「で、早坂にはちゃんと用意してるのか?」 いきなり話を振られ、そこで思考が中断する。 「何を?」 「何をって、バレンタインと言ったらチョコだろうが」 ああ、そのことか。 「何で俺がやんなきゃいけないわけ?」 そりゃあ守には遠く及ばないけれど、自分だって例年20個は固いのだ。 贈り主が何故かガタイのいい先輩方ばかりなのが謎だけど。 そんな自分がどうして陽司に贈らなきゃならないのだ。 自分がもらってしかるべきだろう。 「ははっ、東吾らしいな」 「なんでだよ」 「ま、せいぜい焦らしてやれよ」 「あのなあ、そうじゃなくって」 「はいはい」 「まもるっ」 「さ、久しぶりにCD聞きながら一緒にお寝んねしようか、とーごちゃん」 「ま〜も〜る〜」 ☆ .。.:*・゜ 2月14日 昼休み以降、校内は、『浅井祐介と奈月葵がキスをした』という話題で持ちきりになっている。 もちろん東吾には『それの意味するところ』がわかっているのだが、悟がさぞかし穏やかでないだろうなと思うと、なんだか可哀相になってしまう。 だが、自分も余所のことに構っていられる場合ではない。 陽司に言われているのだ。 部活が終わったら、そのまま部室に残ってくれ…と。 部活を終了して数十分。 それなりに戦利品を獲た者も、まったく今日のお祭り騒ぎに縁のない者も、好きなことを勝手に話題にしながら寮へと帰っていく。 「あれ? 東吾、帰らねえの?」 「うん、ちょっとやっておきたいことがあるから」 「そっか、じゃ、お先〜」 「お疲れ」 やがて部室は、陽司と東吾、二人きりになり…。 「で? なんだ?」 東吾から切り出した。 どうにも陽司は思い切れないらしいので。 「ええと、その…今日はバレンタインだなーと思って」 不気味な歯切れの悪さがなんだか可愛らしい。 「ああ、そうだっけな。そういや、昼過ぎてからはお宅のルームメイトたちの話題で持ちきりだったな」 わざとはぐらかしてみる。 「…ああ、まあ、あいつらはいつもラブラブだから…」 したい話はこんなことではない。 そんな気持ちがありありと見える。 だがそれも軽く無視して東吾は続けた。 「俺、今年も結構もらったぞ。まあ、『モテモテの早坂くん』には敵わないと思うけどな」 妙にテンションの高い東吾に、陽司はイヤな予感――ある意味確信はしているのだけれど――に襲われる。 「ほら、これだろ。それとこれとこれ…」 次々ロッカーから出てくるのは、これ見よがしな『バレンタイン用のチョコ』。 イヤな予感は……、 「で? お前は?」 …的中だ。 この人の性格からして、この日にチョコがもらえるはずがないことくらいわかってはいたのだけれど、それでもどこかで期待していたのもまた事実で…。 「…はあ…」 「…なんだよ、そのため息は」 ふくれた口調で言いながらも、東吾のご機嫌は悪くない。 だって、この展開はまさに予想通りなのだから。 きっと陽司は、『もらえないに決まってる』と思いながらも、どこかで『もしかしたら…』と思っていただろうから。 だが、東吾の予想通りにことが運んだのはここまでだった。 「…はい、これ」 陽司がリボンのついた箱を差し出したのだ。 「…え?」 自分で要求しておきながら、箱を見つめて言葉をなくす東吾。 「大好きな先輩に、俺からの気持ち」 東吾からもらえないことはわかっていたから、こっちから上げようと思っていたのもまた事実。 それでもいいのだ。自分こそが、東吾を愛しているのだから。 「…はやさか…」 その驚きが手に取るようにわかり、陽司は内心で苦笑する。 「…ん、受け取って」 その手を取り、そっと箱を乗せた。 そして、その箱をじっと見つめたまま、思いもかけない展開に東吾もまた、内心で狼狽える。 陽司はきっと、もらうことばかり考えていて、贈ることなんて考えていないと思いこんでいたから。 きっと、「よこせ」と言われて慌てて校外に買いに走るだろうと思っていたから。 「…お。さんきゅ」 だから、驚き過ぎてぶっきらぼうな言葉しか出てこない。 そんな東吾に、陽司は珍しく唇を尖らせて、言った。 「…ちゃんとお返しあるんだろうな」 「え? …ああ、ホワイトデーな。…ま、考えておいてやるよ」 陽司の言葉にすんなりと返事が出来たのは、このセリフが最初から予定にあったものだからだ。 陽司が慌ててチョコを買ってきて、自分に渡す。そして「お返し」のことを口にする。 そうしたら言おう…と決めていたセリフだから。 けれど、予定のシチュエーションとまったく違ってしまい、決めていたはずのセリフの端っこが震えていたような気がする。 「ん…期待せずに待ってるよ」 「……ま、その方がいいだろうな」 また小さく陽司が息をついた。 「…帰ろっか、腹減っただろ?」 「…うん」 二人して、なにやら寂しげな足取りで帰る寮への道。 いつになく言葉は少なかったけれど、東吾はその時すでに心を決めていた。 陽司の想いをすべて、受け入れようと。 自分からはきっとそんなこと言い出せないから、1ヶ月後にやってくる、『ホワイトデー』という日に便乗して。 だって、二人が一緒にいられるのは、あとたった1年しかないのだから。 |
次回のテニス部! は? 陽司と東吾、それぞれの思惑を乗せて 感動の最終回(笑)【ホワイトデー】へ突入! |