第1幕「Spring Sonata〜桜の季節」

【1】




 駅前は男子高校生の大売り出しだった。
 1125人の生徒全員が今日集まるのだから無理もないか。

 駅から学校までは約15分。
 美しい桜並木に僕はちょっと感動していた。

 ヨーロッパではこんな桜、見られない。
 やっぱり日本人は日本にいなくちゃダメだよなぁ。


 僕は、満開の桜の下。立ち止まって見上げている。

 後ろから追い越していく生徒たちは、みんな、同じように僕を振り返っていく。

 中には僕の側に立って上を見上げる人もいた。

 けれど、特別何も見えないとわかると、首をかしげて去っていく。

 見えるよ。ほら、こんなに、桜が。
 吸い込まれていきそうだ。桜の淡いピンクの中に…。

 僕はこんな中間色、暖かい色が好き。
 僕の大好きなあの人のイメージだから。

 桜の精…そんな感じが今でもピッタリの、僕の大好きな葵ちゃんに。


 時折、ちょっと遠くから『え? 奈月さん?』『…んなはずないじゃん。制服だし』『でもそっくりじゃね?』なんて声も聞こえる。

 まあ、それもそのはず。
 僕は葵ちゃんによく似ているんだ。
 管弦楽部の生徒なら、誰でも知っている、葵ちゃんに。


 ふと気がつくと、両隣にデカイ影。
 僕よりかなり大きい、同じ制服が、僕の両脇で僕と同じような角度で上を見ている。

「…なるほど…桜色に取り込まれてしまいそうだな、桂」

 え…? 

「…そうだな…吸い込まれていきそうだな、直也」

 な…なに? この人たち…。

 怯えて竦む僕を、彼らはニコッと笑い、見おろした。

「『正真正銘』の新入生だろ? 寮まで連れてってやるよ」

 両脇の彼らは、僕の荷物をさっさと取り上げ、しかも僕の両腕を拘束して引きずり始めた。

「ちょ…ちょっと待ってっ、僕は先に行かなくちゃいけないところが…」
「は?」
「ゆう…あ、浅井先生のところへ行かなくちゃいけないんだ」

 寮へ入る前に寄りなさいと言われてるんだ。

 ここ聖陵学院の音楽教諭で管弦楽部の顧問、そして何より、僕の叔父である人のところへ。


「浅井先生のところへ?」
「そ…そう、そうなんだ」

 僕は腕を振り解こうともがく。 

「んじゃ、浅井先生のところへ連れてってやるよ」

 2人はさらに僕をがっちりと拘束して…引きずって行った…。



 正門からゆうちゃんのいる部屋まで、結構あるみたいで。

 その間、僕を拘束している彼らは、楽しそうに話しかけてくる。

「君さ、なんて名前? あ、僕は麻生直也。んで、こいつが…」
「俺、栗山桂」

 2人はかなり背が高い。しかも体格がいい。力も強い。
 はっきり言って…コワイ…。

 僕が怯えて口を閉ざしていると…。

「ビビらなくっていいってば。俺たち君と同じ1年生だからさ。持ち上がり組だけどな」

 え? そうなの? 上級生かと思った…。

 ええっと、今喋ったのは…誰だっけ…。
 …えっと…なんて名前だったっけ?

 僕は人の顔を覚えるのが苦手なんだ。
 恥ずかしいのと怖いので、しっかりと見ることができないから。

 なのに、一度に2人なんて…。

「えっと、あの…」

 漸く顔をあげた僕に、2人が同時に微笑んだ。
 優しい瞳。
 これならなんとか見ていられる…かも。

「僕が、麻生直也」

 あそうなおや…。
 あまあま系のハンサムの方だな…。

「俺が、栗山桂」

 くりやまかつら…。
 ワイルド系の男前の方で…。

 あわわ…こうしてみると2人とも、超かっこいい…。

「あのさ、見とれてないで、名前教えてよ」

 そう言ったのは、ええと…麻生直也くん…だと思う。

 いや、見とれてたわけでは…。
 見とれてたんだけど…。

「あ、僕、桐生渉といいます…」

 そう言ったとたん、2人はニマッと笑った。

「大正解…」
「大当たり…」
「…なに? なんのこと?」

 思わず問い返した僕に、2人はまたニマッと笑って両側から僕の顔に接近してきた。

「浅井先生の甥っ子…だろ?」
「ってさ、その前に、『あの』桐生守さんの長男…だよな?」

 へ?

「な、なんで知ってるの?」

 ゆうちゃんのことと、パパの名前を当てられて、びっくりした僕なんだけど…。

「ああ、うちの母親から連絡あったんだ。渉くんが聖陵に受かったそうよ…ってな」

 え? どうしてこの人…ええとええと、ワイルド系の方だから、麻生くん…じゃなくて栗山くんのお母さんが僕のことを知ってるの?!

「あ、なんで…って顔してるな」

 にこっと笑って麻生くんが僕の頬をつついた。

「あのさ、栗山由紀って名前に覚えないか?」

 反対側を今度は栗山くんがつつく。

 くりやまゆき…って。

「え? 由紀おばさまのこと?」

 ええと、由紀おばさまっていうのは、葵ちゃんと血は繋がってないけど一緒に育った姉弟同然の人。

 でもって、葵ちゃんの育ての親であり師匠である栗山先生の奥さんで…って…。

 ちょっと待った。
 栗山…? 栗山桂って…。

「あ、もしかして君、栗山先生の…」

 そういえば、随分前にママがそんなこと言ってたような気がする。
 栗山先生のところの子供さんが、聖陵行ったって。

「なんだ。やっと思い出してくれたのか。そうだよ。ほんのチビのころだけどさ、ウィーンで遊んだことあるじゃないか」

 言いながら僕の背中を嬉しそうにバンバン叩く。
 ちょっと痛いんだけど。

「あ、ごめん。凄くかっこよくなってるからわかんなかった…」

 だってあの頃は6歳くらいで、まさかあの頃のおチビさんが、こんなにでっかくなって、こんなに男前になってるなんて思いもしなかったし、その後、会ったことなかったし。


「そうだろそうだろ」

 僕の言葉に、桂くんは大きく頷いてにこやかに納得している。

「桂、ずるい〜」

 そう言いだしたのは、ええと、麻生くん。

「何がずるいんだよ」
「だって、自分ばっか渉に接近してさー」

 …って、いきなり呼び捨て? 
 …ま、いいか、同級生だし。

「しょうがないじゃん。幼なじみだもんな、渉」
「ええと、うん」

 確かに幼なじみだ。覚えてなかったけど。

「あのさ、うちの父さんだって、葵さんとは親友同士なんだぞ」
「え? そうなの?」

 それはびっくり。

「そ。今でも葵さんが東京に戻ってるときは、うちの父さんと飯食いに行ってるし」
「あ、じゃあ麻生くんのお父さんも、ここのOBなんだ」

 何気なしに聞いたら、麻生くんはまず笑顔で『直也でいいよ』って言ってから、ほんのちょっとだけ、そのハンサムな顔を曇らせた。

「中学は卒業してるんだけど、高校は途中で変わってるんだ。あ、でも管弦楽部だったんだぞ」

 もしかして聞いちゃいけなかったのかも…と思って僕の胸がグッと重くなったんだけど、最後にはちょっと笑ってくれて、ほんの少しだけ、安心した。

 僕はこういうとこ、ええと、空気読めないっていうのかなあ…なんかいつも上手くいかないような気がして…。

 英は『渉はいつも気にしすぎだ』って笑うんだけど。

「葵さんがフルートの首席の時に、うちの父さんもセカンドヴァイオリンの首席だったんだ」
「あ、凄いね」

 管弦楽部の首席になるのは本当に大変なことなんだ…って言うのは、僕は物心ついた時からずっと聞いていることで。

「まあね」

 麻生くんがちょっと照れた。

「あ、じゃあもしかして、お父さんは、ゆう…浅井先生…とも、知り合い?」

「もちろん。だから、中2で浅井先生が担任だった時さ、面談がやりにくいって2人して笑ってた」

 それ、よくわかるかも…。

 もしうちのパパが面談に来たら同じようなことになりそうだけど、パパは一年のほとんどがヨーロッパだし、忙しいから、多分面談にはグランパやグランマが来てくれると思うんだ。
 だから大丈夫か。

 あ、でも。グランパはどっちもOBだったっけ……。

「ずるい、直也ばっかり」
「何言ってんだよ、先にずるかったのは桂だろ?」

 ぐるぐる考えてる僕の頭の上で、また2人がなにやら言い始めたんだけど。

「2人、仲良いんだね」

 僕がそう言うと、2人はちょっと嫌そうな顔をしてから、『まあね』なんてそっぽを向いた。

 ええと…僕、また何かまずったかなあ…。

 なんて、またぐるぐると考えはじめたところで、やっと目的の場所にたどり着いた。

 音楽準備室。
 僕の大好きな、ゆうちゃんのいるところ。


「せんせ〜!」

 ノックもそこそこに、麻生くんと桂くんは重そうなドアを開けて、僕を押し込んだ。

「甥っ子連れてきたよ〜!」

 そして、部屋によく似合った素敵なソファーセットには、僕が焦がれてやまない…。

「渉。よく来たな」

 ゆうちゃん!

「なんだ、2人して連れてきてくれたのか」
「へへっ、ちょうど張り込みの罠にかかったんで」

 桂くんがにやっと笑った。

 …僕、張り込まれてたわけ?

「ご苦労だったな。ありがとう。もう帰って良いぞ」

 そう言われて麻生くんが不満そうに口をとがらせた。

「え〜。せっかく連れてきたのに〜」
「そうそう。それに、寮までも案内しなくちゃだし〜」

 今度は桂くんがそう言うと…。

「大丈夫。僕がいるから」

 って、横から可愛い声がした。



【2】へ

君の愛を奏でて3、漸くスタートしましたv(*^_^*)
読んで下さってありがとうございますv

2008年に、君愛2の本編が終了しましてから6年近くたってしまいましたが、
こうして第3部をお目に掛けることができて、大変ホッとしています。

2000年のサイトオープン時には、この『君愛3』までプロットが立っていましたが、
文章にするのはなかなか大変でした。
ただ、いったん書き始めると案の定、キャラたちが一人歩きを始めまして、
なんだかサクサク進んだような気がします。

『君愛3』の大きなテーマはもちろん、渉とその周囲の子供たちの、愛と成長です(笑)
『君愛1・2』の面々もそのうち続々と現れると思いますので、
どうぞお楽しみに(*^_^*)

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