第6幕「Moonlight Sonata〜月明かりの季節」

【1】





 管弦楽部一年の集大成、定期演奏会に向けての練習が軌道に乗り出して、僕と各首席との一対一の練習も大詰めを迎えた。

 あとは直也、桂と最終合わせをしたら、もう、管楽器と弦楽器に別れての分奏になるから、全体合奏まで僕の出番はない。

 その間は自分の練習や、中等部の練習を見ることになっている。



「なんだか良い感じになったね」 

 直也との最終練習。
 2時間の練習はいつもに増して集中できて、僕と直也の掛け合いは、『気持ちが良い』って思えるレベルまで来ている。

 これで全体合奏に入ったら、どれだけ楽しいだろうって、ワクワクするくらい。

 楽器を片付けながら、僕は明日の桂との最終合わせもこんな風になるといいなあって思ってて…。


「…渉…」
「なに?」

 いつもより小さく掛けられた声に、どうしたのかな…って振り返った瞬間、僕はふわりと抱き込まれた。 

「な、直也?」

 それは、今までに感じなかった腕の熱さで…。

 思わず見上げてしまった直也の様子に、僕は言葉をなくした。

 いつもなら、優しく笑ってる瞳が、笑ってなくて、怖いくらい真剣な色を帯びていて…。

 今までになかった状況に、僕が思わず身体を固くすると、直也はその腕に力を込めてきた。

 そして、きつく抱きしめられた腕の中で、僕はその言葉を聞いた。


「渉…好きだ」

 …え? なん、て?

「好きだ…」
「なお…や…」

 これは…。

「初めて会ったときから気になって、一緒にいるうちに目が離せなくなって、気がついたらどうしようもなく渉の事が好きになってた」

 もしかして僕は、告白されて…る?

 …どう、しよう…。

 心臓の音がうるさくて、何にも考えられない…。

「渉…」

 直也の指が顎にかかって、僕はやんわりと仰向かされる。

 そこには、さっきと違って、いつもの通りに優しく微笑む直也の瞳。

「僕の気持ち、わかってくれた?」

 直也の気持ち…。

 何をどう考えたら良いのか、頭の中はもうぐちゃぐちゃで、でも、直也から目が離せなくて…。

「…ごめん、渉」

 直也が突然謝った。

 どうして?

「泣かせるつもりはなかったんだ」

 え、僕、泣いてる?

 そういえば、目が熱い。

 目尻からなんだか熱い筋が流れていることに気がついたその時、直也の指先がそっと目尻に触れてきた。

「お願いだから、泣かないで」

 そしてまたぎゅっと抱きしめられる。

 そのまま、暫く直也は何にも言わなくて、僕の心臓の音が漸く静かになり始めた頃、小さな声で言った。

「…びっくりした?」
「…うん」

「僕の気持ちは伝わった?」
「……うん」

 でも、僕はどうすれば…。

「でも、今ここで返事が欲しいなんて言わないから、安心して」
「直也…」
「明日からも、今まで通り、一番近い親友でいよう」

 それって…。

「でも、僕が渉が好きだって言うのは覚えていて。そして、渉の気持ちがどうなのか、ゆっくりで良いから考えてくれないか?」

「ゆっくり?」

「そう。ゆっくり。でも僕は、いつか渉が僕のことを好きになってくれるのを願ってる」

「直也のことは大好きだよ」

 そう、今までも、これからも。

 僕の言葉に、直也が小さく笑った。

「うん、知ってる。でも、渉の『好き』は、僕の『好き』とは多分違うと思うよ」

 …そう、かも、知れない…。

「僕の『好き』は、『愛してる』って意味だから」

 その言葉は、僕の身体の真ん中に、音を立てて落ちてきた。

『Like』とは全然次元の違う、もっと重い言葉として。

 思わず見上げてしまった直也の顔が、スッと近づいてくる。

 息が触れるほど近くなった時、直也がキュッと唇を噛んだ。

「フェア…じゃないな…」

 なんの…こと?

「帰ろうか。和真が心配するといけないから」

 直也は僕をそっと解放した。

「行こう」
「…うん」

 それから僕たちは、ずっと黙ったまま、寮への道をゆっくり上がっていった。

 少し見上げて覗き見た直也の整った顔立ちは、月明かりの影であんまりよく見えなかった。




 その晩僕は、あんまり眠れなかった。
 ずっといろんな事を考えてしまって。

 和真が言っていた、『直也が恋してる』っていうのが、まさか僕のことだったなんて思ってもいなかった。

 だから和真、あんなに大笑いしてたんだって気がついた時、和真って本当に鋭いんだなあ…なんて、妙な感心もしちゃったり。

 そうやって記憶を遡っていくと、もしかしたら軽井沢合宿の時にはもう、直也は僕のことを好きになっていてくれたんだろうか…って、思いついた。

 可愛いとか、食べちゃいたいとか、舐めたら甘いとか。
 そんなこと言って、いつもべったり側にいて。

 もしそうだったとしたら、僕は何ヶ月も気がつかずにいたんだ。

 ほんと、相変わらず鈍いっていうか…。

 直也、なんて思ってたんだろう。
 僕が気づくの、待っててくれたんだろうか。

 でもきっと、言われなかったら僕はいつまでも気がつかないでいたんじゃないかと思う。

 でも多分、僕は直也の気持ちを嬉しいと思ってる。

 直也の気持ちが全部、他の誰かに向いてしまったら寂しいなあと思っていたほどには、僕もきっと直也が気になっていたんだと思う。

 でも、直也の気持ちと僕の気持ちが同じかどうか、僕にはまだ、よくわからない。


 答って、いつか出るんだろうか。

 答をだしたら、そこから先は、どうなるんだろうか…。

『Yes』でも、『No』でも。




 次の日、朝ご飯の時間から、やっぱり僕と和真の側には直也と桂。

 まったくいつもと同じ朝。

 直也の様子もいつもと全然変わりがない。
 朝から元気で、桂とわいわい騒いで、みんなとじゃれ合って。

 まるで、昨日のことが夢だったみたいに。

 でも、夢じゃないって思い知らせるのは、ふとした弾みにそれとなく触れてくる直也の手の熱さだったり、目が合った瞬間の、今まで以上に甘い微笑みだったり。


 結局授業中もなんだか集中できなくて、上の空になってしまって、終礼の時には森澤先生に『調子悪い?』なんて心配させてしまった。

 当然、万事に察しの良い和真には、気づかれてるんじゃないかと思うんだけど、和真は何も言わないし、いつもと変わらない。


 ともかく、こんなの状態でちゃんと今日の部活――桂との最終合わせ――ができるんだろうかと不安でいっぱいだったんだけど、いざ音を出してみれば、僕は自分とヴァイオリンの音に集中してしまって、2時間はやっぱりあっという間だった。

 そして、桂の集中力も凄くて、今の段階ではもう、これ以上はないってところまで引き上げられたと思う。
 あとは全員が揃ったときに、バランスを調整するくらいで。

 でも、練習が終わった途端、僕はまた、落ち着かない気分になってしまった。


「渉」

 ヴァイオリンケースを閉めて、いつもと変わらない声で、桂が僕を呼んだ。

「なに?」

 僕はまだ、ぼんやりと座ったままチェロを抱いている。

 そんな僕の前まで来て、桂は片膝をついた。

 こんな仕草も様になるなあ…なんて、少し視線の下にある桂の顔をやっぱりぼんやりと眺めていたら、今度はいつもより固い口調で、桂が言った。

「昨日、直也に何か言われたか?」

 ……え…どう、して?

 動揺はそのまま身体に出てしまった。

 思わずチェロを抱きしめてしまい、ブレザーの袖のボタンが一番下の弦に引っかかって低い音を鳴らす。

 辺りの空気まで揺れたような気がするくらい。

 桂はゆっくりと立ち上がり、僕の右手から弓を取り、左腕をチェロから外すと、そのまま部屋の隅に置いてあるチェロケースに収めに行った。

 その間も、僕は立ち上がることすら出来ず、桂の後ろ姿を視線だけでかろうじて追っていて。

 パチン…と、チェロケースが閉まる音がして、桂が振り返った。

「直也に告白された?」


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