第3幕 「風薫る」

【2】





「次、行こうか、桂」
「了解、直也」

 な、なんのこと? 次って、何っ?

 オロオロしてたら、2人は僕の手を取ったまま、ベッドから立ち上がって僕の前でいきなり跪いた。

 な、何?

「俺たちは、渉とずっと一緒にいたいと思ってる」
「ここを巣立ってもずっと、渉と桂と僕とで一緒に」

 …え…。直也と桂と僕?

「つまり」
「世間で言うところの、『結婚を前提にお付き合いして下さい』ってことだ」
「そう、それ」

 誰と、誰が? しかも、結婚って、何?

 訳わかんなくなって、また頭の中でひとりで考えてかけたんだけど。

 そうだ、わからないことは、ちゃんと口に出して聞かないとダメなんだ。

「あの…」
「ん?」
「何?」

 直也も桂も、僕の次の言葉を優しく待ってくれる。

「なんか、よくわかんなかったんだけど、誰と誰がお付き合いするの?」
「俺と渉が」
「僕と渉が」

 ええと、いっぺんに言われても…。

「僕と…」
「俺」
「僕」

 …それちょっと、おかしくない?

「直也と桂がお付き合い?」

 僕の中で勝手に修正がかかっちゃったんだけど。

 2人が盛大に吹き出した。

「有り得ないし〜」
「ってか、ビジュアル的に最悪だよな」

 や、ビジュアルはどっちもいいから…ってそういう問題じゃない。

 ともかくイマイチ状況がつかめてない僕は、次に何を聞いたらいいかさえもわからなくなり始めてるんだけど。

「つまり、僕も桂も渉が好きだ」
「うん」

「渉も、俺と直也が好きだ」
「うん」

「じゃあ、僕たち2人でこれからずっと、渉を愛していこうって話」
「ここを出てもずっとな」

 へっ?

 いや、ちょっと待った。
 いくら鈍い僕でも今の説明はよくわかったんだけど…。

「な、なんでそんなことになったのっ?」
「なんでって、簡単な話じゃないか」
「そうそう。みんな両思いで万々歳って話だろ?」

 それ、違うと思うんだけど…。

「あ、あのね、直也も桂も落ち着いて聞いて」
「落ち着いてるよ、僕たちは」
「ああ、最初からな」

 じゃなくて!

「僕は、嬉しいよ。2人が好きだって言ってくれて、僕も、好き、だし」
「「うんうん」」

 や、そんな蕩けそうな笑顔してる場合じゃないって。

「でもね、おかしいだろ? それって」
「どこが」
「なにが」

 えええ〜!

「普通はほら、一対一だよ、お付き合いってのは」
「普通って言われたら普通かもしれないけどさ…」
「そもそも普通って何?」

 わああああ、そういう哲学問答じゃなくて〜!

「渉」

 不意に桂が真剣みを帯びた声で僕を呼んだ。

「俺たち、常識なんて関係無いと思ってる」

「そう、誰に迷惑かけるわけでもないし、そもそも法律で守られてるわけでもない」

「大切なのは、俺たちの気持ち、だけじゃないか? 今のところは」

「今の、ところ?」

「うん。いずれ自分たちだけの問題じゃなくなる日も来ると思う。でも、それでも僕らの絆がひとつなら、必ずわかってもらえると信じてるし、そう努力したい」

 直也…桂…。

「でも…でも…そんな無茶な…」

 むちゃくちゃだよ、そんなの。

「どうして…、どうしてそこまでして僕の我が儘を許してくれようとするの?」

「別に我が儘を許すとか、俺たちが渉に合わせてるとか、そんなんじゃないからさ」

「僕たちが、渉から離れないって決めたんだ」

「そう、渉の意志じゃない。俺たちの意志だ。だから渉にも邪魔はさせない」

 あああっ、もうっ、わけわかんないっ!

「何言ってんの! ダメだよ、そんなこと絶対!」

 って、つい大きな声を出しちゃったら…。

「しーっ」
「一応消灯だからな」
「あ…ごめん」

 思わず自分で口を塞いでしまった僕の前で、跪いたままの直也と桂がしゅん…とうなだれた。

「そっか…渉は俺たちとずっと一緒って、いやなんだな…」

「僕たちの気持ち、受け入れてくれたと思ったのに…」

「えっ、だからそうじゃなくて」

「…そうじゃなくて?」

「どうだっての」

 2人が恨みがましそうに見つめてくる。

「ぼ、僕だって好きだってば。ずっと一緒にいたいと思ってるよ」

「じゃあ、四の五の言わずに僕たちとハッピーエンドになろう」

「絶対幸せにするからな」

「そうそう」

 …だめだ、目が回ってきた…。

 や、ここで流されちゃダメだ。ちゃんと話をしないと、また同じことになる、

「でも、でもね、僕は器用じゃないし、2人が望むようにはいかないかも知れないし…」

 そう、上手く振る舞えずに、2人を苛つかせてしまう可能性は大…だと思う。

 そうなったらまた、僕はバカみたいに地球の底まで落ち込んで、またみんなに心配かけて…。

 2人が僕の手を、またギュッと握った。

「心配しなくても、渉は渉のままでいいんだよ」
「そう、今まで通りの渉でいい。俺たちに合わせることはないんだから」

 そんなんじゃダメだ。
 だって…。

「直也…桂…。そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕だって、受け取るばかりじゃなくて、ちゃんと気持ちを返したいんだ。好きになって、一緒にいるって、そういうこと…じゃない?」

 一生懸命説明しようと思ったんだけど、上手く言葉にならない…。
 こんなんじゃ、ちゃんと伝わらない…って、あれ? なんで2人とも赤くなってんの?

「なんか今、すっごく嬉しかったんだけど…」
「うん、かなり、きた…」

 ええと、よくわかんないけど、それなりには伝わったのかな…。

「じゃあ、渉はひとつ約束して」

「約束?」

「そう。僕たち2分の1ずつじゃダメだから」

「そうそう。俺にも直也にも、それぞれ100%の愛プリーズだから」

「渉の愛は200%必要になってくるわけだから、頑張って。それだけ約束して」

「でもさ、俺たちからそれぞれ100%愛されるから合計200%ってことで、収支はばっちりってわけだ」

「わお、桂、上手いこと言うじゃん」

「だろ〜?」

 …なんだそりゃ。

「ほら、渉」
「うんって言って」

 僕を真剣に見つめる4つの瞳。

 もしかして、直也と桂も、僕を失いたくないって思ってくれたんだろうか。
 僕がそう思ったのと同じように。

 どうすればいいのか、一生懸命考えてくれたんだろうか。
 僕が目を閉じて、耳を塞いでいた間にも。

 正直言って、自信はない。

 2人が言う、200%が怖いんじゃなくて、いつまで2人から100%を向けてもらえるのかってことが。

 でもきっと、ここを踏み出さないと何にも始まらない。

 わからない未来に怯えても仕方無いのはわかってる。

 僕は、直也と桂と一緒にいたいという、叶うはずもない想いを断ち切れずに苦しんだ。
 でも、2人は僕と一緒にいたいと言ってくれた。

『本物』になれるかどうか、わからないけれど、ここで閉じてしまえばもうなにも残らない。

 出来るかどうかわからないと悩むよりも、出来るように頑張らなきゃいけないんだ。


「直也…桂…」

 絶対泣かないって決めてたのに、だんだん視界が霞んで来た。 

「ありがとう…」

 小さな小さな声になったけど、2人はちゃんと拾い上げてくれた。

「答はYES?」
「うん」

 その瞬間、立ち上がった2人に僕はきつく抱きしめられていた。 
  
 この前抱きしめられたのは、いつだったっけ…。
 もう、随分前のことのような気がする。

 僕はずっと、この腕が欲しかったんだ。

「よっしゃ、いくぜ、直也…」

 僕の右肩に顔を埋めたまま桂が呟いた。

「望むところだっ、桂…」

 左肩から直也が答える。

 な、なにっ?

「「最初はグー! じゃんけんぽん!」」

 …は?

 2人がいきなりじゃんけんを始めた。

「な、なに? いきなり…」

 僕の疑問に、2人が動きをとめた。

「え? どっちが先に渉にキスするか決めてるんじゃないか」

 はあっ?

「とにかく一番公正なのはこれだからな」

 な、なに言ってんの…。

「ちょ、ちょっと待って!」
「なに?」
「渉にも邪魔させないぞ」

 じゃなくて。

 キ、キスとか言われて、頭半分真っ白になった僕は、思わず…。

「僕がどうこう…とか言わずに…さ、先に…」
「先に?」
「なに?」
「2人で、先にすれば?」

 なんて、訳のわかんないことを口走ってしまった。

「ちょっとまって、渉…」
「頼むからそれだけは勘弁してくれ…」

 2人が心底嫌そうに顔を背ける。

 や、だからといって、でも、僕、ええと…。

 狼狽えてしまったのが顔に出たのか、直也も桂も優しい目で僕を見て、小さく笑った。 

「じゃあ、とりあえず今日のところはこれで勘弁してあげる」
「じっとして、渉」

 今度はなにっ?と思うまでもなく、両側から頬に触れる熱い…。

「うわあああっ」
「渉、真っ赤だ」
「…かっわいい」

 頬にキスだなんて、は、恥ずかしすぎるんだけど…。

 でも、なんだか初めてって感じがしない。

 そうだ…夢の中で…?
 え、でも…もしかして…。

「あの」
「ん?」
「なに?」

 僕に降ってくる笑顔は、去年の夏頃からずっと僕に向けられていたものと同じ…ううん、それ以上で、つい、うっとりと見上げちゃうんだけど…。

「もしかして、今日、静養室に…」
「行ったよ」
「渉、よく寝てた」
「和真が教えてくれたんだ」
「英も心配してたけど、今日のところは俺たちに任せてくれるっていったし」

 そうか…。
 やっぱり英も和真もゆうちゃんも、知ってたんだ。
 直也と桂が今夜僕と話すのを。

 ゆうちゃんは、話の内容までは知らないみたいだから、良かったんだけど。

 …って、ちょっと待った。
 僕、夢の中でなんか口走ったよ。

「あの、僕、寝てる時になんか言った?」
「なんかって?」
「どんな?」
「えと、その、寝言…みたいな」

 その瞬間、直也と桂は何とも言えない笑い顔になった。

 ほら、アリスに出てくる、派手な色の縞々の猫みたいな…。

「いや、別に」
「うん、特に何にも」
「ほんと…に?」
「「ほんとほんと」」

 わざとらしいほどにこやかに頷いて、2人はまた、僕を抱きしめた。

「これからゆっくり、いろんなことを一緒に考えていこうな」
「うん」

「たくさん、話そうな」
「うん」

 そして2人は、僕の手をもう一度ギュッと握ってから、そっと離す。 

「おやすみ」
「また明日」


 ドアが静かに閉まって、僕はひとつ息をつく。

 正直、これで良かったのか、まだ僕にはわからない。

 でも、僕はどうしようもなく嬉しかったんだ。
 諦めていた想いを掬い上げてもらえて。

 だから、今一番どうするのが良いかって言われたら、直也と桂が言うように、『これからゆっくり、いろんなことを一緒に考えながら、たくさん話す』ってことなんだと思う。

 ちゃんと信じて、ちゃんと確かめて、ちゃんと伝える。

 幸せでいられるようにするには、まず自分が頑張らなくちゃいけないって、みんなに教えてもらった。

 きっと、頑張れる。

 好き、だから。




 次の朝。

 やっぱり部屋まで迎えに来た英に、『心配かけてごめん』って言ったら、頭をぐちゃぐちゃにかき回された挙げ句、『送り迎えはこれまで通りだからな』って宣言されて、和真と沢渡くんには笑われるし、後ろで直也と桂が頭抱えてるし、なんかこれから……やっぱり大変かも…。



END

幕間〜羽化、するとき』へ


和真くん、お疲れさまm(__)m

『おまけ小咄〜和真くんはホッと一息?』

 


 渉としっかり話が出来るように、僕は直也と桂に部屋を譲った。

 まあ、大丈夫だろうとは思ったんだけど、何せケダモノ盛りの高校生だから、想いが通じ合った途端に狼藉に及ぶ可能性もゼロとは限らない。

 まあ、あのオコサマわたちゃんに速攻手が出せるとは思わないけど。

 って言うか、これからNKコンビも大変だと思うな。
『そっち』の方は。


 結局、直也と桂は日付が変わる頃に自分たちの部屋へ戻って来た。

 もう、男前台無しの顔面総崩れでへらへら幸せそうに笑ってて、それだけで結果はわかった。

「ありがとう、和真」
「いろいろ心配かけて悪かった」
「いえいえどういたしまして」

 僕が一番に大切なのは、渉だから。

 ま、こいつらでなければ、こんなにあっさり渡せなかったと思うけど。
 それは多分、英も一緒。

『一応』見守る気になったのも、こいつらだから…ってのはあると思う。

「とりあえず、渉のこと、ヨロシク」
「おうっ、任せとけ」
「もう、心配かけるようなことはしないよ」

 いや、絶対違う方向の心配が増えるに違いないって。



 部屋に戻ってみると、渉がぼんやりとベッドに腰掛けていた。

 服装に乱れはなさそうだな。よし。

 …って、渉のほっぺ、ピンク色じゃん。

「和真…」

 うわっ、なにこれっ。
 オコサマのくせに、潤んだ瞳からお色気垂れ流し状態…。

 オコサマな分、余計にアブナイって言うか…。ロリくさいって言うか…。

 よくまあ、あの2人がこの渉を目の前にして大人しく帰ってきたもんだ。
 
 ある意味、エロい…じゃなくて、エラい。

 しかし、これはちょっと英には見せられないな…。
 ヤツの『お兄ちゃん大好き』は、若干方向が危ないからな。

 ま、でも…。

「よかったね、渉」

 けど、よく考えたら、2人の想いを引き受けるってことは、キスもアレもソレも倍ってことだよね。

 渉…体力ないのに大丈夫…?

「うん。和真、本当にありがとう」
「何言ってんの、僕たち親友だろ?」

 って、ほんとにいいのか? これで?

 渉が壊れちゃったら、どうしよう〜。




 翌朝、ご飯の時には渉の周りには、桂と直也が戻ってきて、総勢6人。

 僕と渉は小さめだけど、直也も桂も英も沢渡も、180cm超えの長身男前。
 なんだか嵩高くて目立つったら。

 通りかかった凪が、『なんだかすごいね。逆ハーレム?』なんて耳打ちしてきた。

 この面子で『ハーレム』ってのもヤだけど、『逆』ってのはもっとヤダ。

 あ〜も〜……。

「むさ苦しい…」

 ポツッと呟けば、英が『なんか言いました?』って覗き込んできた。

「あ、ううん」

 なんか、英って……。
 
 
おしまい


☆ .。.:*・゜

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