第6幕 「東風(こち)」

【1】





 あれから和真と英は、僕たち――直也と桂と僕――の前限定で『バカップル』になり果てた。

 どこか必ず触れてるし、視線を絡ませては嬉しそうに笑ってるし。

 まあ、『兄、親友』と言う僕の立場からすると、嬉しいことこの上ないんだけど、ちょっと暑苦しい。

 和真が前に、直也と桂に『暑苦しい〜』って言ってたことがわかるような気がする。

 でも、正直、英がこんなに恋愛体質だとは思ってなかったから、かなりびっくり。
 日に日に激甘ダーリンになってる気がする。

 和真も英も、甘えるの苦手っぽいから大丈夫かなと心配してたんだけど、取り越し苦労もいいとこだったかな。

 直也と桂はこれで英の監視が緩くなると思ってたみたいなんだけど、登下校は相変わらず一緒だし――だって、和真と僕が一緒だから――校内的にも『スーパーブラコン』の認識は全く変わってなくて、僕的にもあんまり変化は感じてない。

 少なくとも卒業までは、僕たちのことを見守るつもりらしいし。


『ま、土曜のお泊まりが公認になっただけでも良しとするか…』

 なんて、直也と桂は言ってたけど。


 で、僕たち以外の前では、和真も英も以前と全く変わりがない。

 英は『安藤先輩』って呼ぶし、和真もひとりの後輩として扱ってるし。

 いっそのこと、公認カップルになっちゃえばいいのに…と、思うんだけど、そうもいかないらしい。

 失恋での大泣き以降、一層可愛くなってた和真だけど、英と両想いになってからというもの、その可愛らしさといったら更に尋常じゃない感じで、少し前までの『切れ者和真様に告白無用』的なオーラがなりを潜めて『切れ者だけとやっぱり超美少女』になっちゃったもんだから、危ない視線が激増で。 

 ただ、切れ者なところは相変わらずで、管弦楽部でも管楽器リーダーに就任して、コンマスの桂や部長の直也のサポートを完璧にこなした上に後輩の面倒を見て、その力を発揮してるんだけど、それはそれ、これはこれ…って感じ。

 だから、英が憑いてる…じゃなくて、付いてるってことがわかった方がいいんだけどなあ…って思ってるんだけど。

 どうやら和真には、気にかかっていることがあるみたいなんだ。
 誰かのことを気にしてるみたいで。

 そういえば、聖陵祭のちょっとあとに、寝つきの悪い日が続いたことがあったみたいで、あの頃に何かあったのかもしれないな…って思ってはいるんだけど。

 まさか、古田先生じゃないだろうし。

 ただ、沢渡くんが気が利いてて、和真の周辺にはさりげなく釘を刺してくれている。

 事の顛末は英から打ち明けられたって言ってて、まさか英が『難攻不落』を落とすとは思ってなかったって、そりゃもうびっくりしてたんだけど、つい最近も、『この前、安藤先輩が好きだって言う1年生がいたんで、『先輩は300%玉砕だぞ』って、釘刺しときました』…なんて頼もしいこと言ってくれてたし。

 っていうか、どんどん玉砕のパーセンテージ上がってくなあ…。

 あと、『オコサマは圏外らしい』とか『告った教師のクビが飛んだ』とか『実はバックに大物が付いてる』とか、どんどん『和真伝説』が増殖してて、知らぬは当人ばかりなり…って思ってたら、『最近僕のことについて、変な学院伝説が増えてるみたいだけど』…なんて、ちゃんと気がついてた。

 さすが和真。僕だったら絶対気づかないし。

 ま、『バックに大物』ってのは強ち嘘じゃ無いけど。
 副院長先生がついてるもんね、和真には。

 そうそう。その沢渡くんは、なんと水野くんに片想いだったそうなんだけど、定演の後、クリスマスにデートする約束を取り付けたらしい。

 ちなみに水野くんも、和真と英のことに気がついたらしくて、英に直接聞いてきたみたい。

『どうなってんの?』なんて。


 その後、水野くんは僕に、『安藤先輩が相手じゃ、勝ち目はなかったですね』なんて笑ったんだけど。

 水野くんが英に告白してたなんて、これっぽっちも知らなかった僕は、そのまま固まってしまって。

 まさか僕が知らないとは思ってなかったらしい水野くんは、『ちゃ〜、しまった〜』って頭抱えてた。

 英から聞いてると思ってたらしい。

 僕は他には絶対喋らないし、その点は心配いらないから…って言ったら、『先輩のことは信用してますけど、自分が恥ずかしい〜』って。

 なんか、可愛いなあ。

 まあ、英みたいに束縛体質の重いヤツじゃなくて、もっと素敵な相手がきっと側にいるから…って、当然沢渡くんを念頭にプッシュしたんだけど、『渉先輩、優しい〜。もう、先輩に乗り換えちゃおうかな』なんて言われて、また固まってしまった僕だった。



                    ☆ .。.:*・゜



 聖陵祭から定演まで、ただでさえ短い期間なのに、その間に英と和真のことがあったりして、本当にあっという間に定演の日が来てしまった。

 今回は、1回の公演でどうしても入場希望観客数が捌けなくて、異例の2日公演になった。

 聖陵祭コンサートは、どんなに希望者があっても、他の行事や催しとの兼ね合いで1回公演の時間しか取れなくて、せいぜいリハーサルを公開するくらいの措置しかできないので、その分、定演では出来るだけたくさんの人に…ってなったらしい。

 最初は『生徒の負担が重くなりすぎる』とかの反対意見も先生方の中にあったらしいんだけど、直人先生が、『体力のある10代がそれくらいの負担に耐えられなくてどうする』って一喝しちゃったらしい。

 確かに、プロになれば、2日公演どころか1週間連続公演なんてことだって当たり前のようにあるわけだし。

 まあ、その点は僕がこれからプロの音楽家を目指すとしたら、一番のネックかもしれないところ…だけど。

 そうそう、今回はもし取材希望があっても一切受けないことになったって、ゆうちゃんが言ってた。

 そういうことは、もう少し大人になってから慣れていけばいいから…って。




 今回の演目は、前半が中等部の『モーツァルト:交響曲第35番〜ハフナー』とサブメンバー全員に弦楽器のメインメンバーのサポートチームが加わった『交響詩フィンランディア』。

 後半がメインメンバーの『ベートーヴェン:交響曲第6番』。
『田園』のタイトルで知られている名曲。

 僕は、『交響詩フィンランディア』を振ったんだけど、サブメンバーとメインメンバーの混在というのはなかなかバランスが難しくて、しかもサブメンバーの実力アップが主目的だから、メインメンバーの力に頼るわけにもいかなくて、結構苦労した。

 でも、メインメンバーのサポートチームは出過ぎず、引っ込みすぎず…の絶妙なサポートをしてくれて、そのおかげで僕はなんとか乗り切ったって感じ。

 ほんと、まだまだ…どころか、課題山積で一歩も前へ進めてない感じ。

 でも、やっぱり『どうしたいのかわからない』とか『もどかしい』という感じはない。

『なんとかしなくちゃ』とか『どうしたら良くなるだろう』とか、とにかく前へ行きたいって気持ちの方が強いから、楽器を持っていた頃とは本当に全然違うなって思ってる。


 で、メインメンバーの演奏が凄いのは今さら言うまでもないんだけど、いざ定演の1日目が始まってみれば、あっと驚く出来事が待っていた。

 最初のステージ。
 中等部だけの『モーツァルト:交響曲第35番〜ハフナー』。

 ゆうちゃんが、メインメンバーの下振りを僕に任せてまで、強化に取り組んでいた中等部の仕上がりは、とんでもない出来になっていた。

 多分、来年以降も在校するメインメンバー全員が、次のオーディションはヤバイかも…って感じるくらい、中等部はレベルが上がっていたんだ。


 そしてこの一件で、ゆうちゃんの指導力は改めて評価が高まることになり、僕も英ももちろん唸った。さすがゆうちゃん…って。

 だって、メインメンバーはそもそもレベルが高くて、合奏にも慣れているけれど、まだまだ合奏の経験も浅くて個人のレベルも発展途上の中学生を、たったこれだけの期間にここまでまとめ上げるなんて、指導能力の高さ以外の何ものでもないと思うんだ。

 ほんと、ゆうちゃんに教えてもらえるって、幸せなことなんだって、改めて思った。




 そんなこんなで、確かに2日公演はきつくて身体はぐったりだけど、気持ちはやけに高揚していて、やり遂げた感に満ちていたと思う。みんな。

 そして、その『やり遂げた感』に満ちた舞台袖では、高揚した気持ちのままに撤収作業班と打ち上げ準備班に分かれて作業が始まってて…。

「渉、お疲れさま」
「あっ、理玖先輩。お疲れさまでした」

 僕に声を掛けてくれたのは、前部長の理玖先輩。

「渉と一緒にやれて、楽しい毎日だったよ。ありがとう」
「先輩…。僕の方こそ、いろんなこと、たくさん教えていただいて、ありがとうございました」

 人見知りな僕でもすぐに話ができるようになった、数少ない先輩のひとりで、里山先輩とはまた違った優しさに満ちていた理玖先輩は、さりげなくいつもサポートしてくれて、困った時にスッと助け船を出してくれて、本当に見た目の通りに中身まで綺麗な人。


「今日の演奏を聴いてて、ここはこれからも安泰だなって、嬉しくなったよ」
「次のオーディション、大変そうですけど」
「まったくだ」

 卒業する先輩と、オーディションを受けない僕だから、無責任に笑い合っちゃったりできるわけだけど。

「ね、渉」
「はい」
「安藤って、幸せになった?」
「…先輩」
「いや、失恋したって言ってたから気になってたんだけど、最近一層可愛くて柔らかくなってるから、もしかして新しい恋に出会えたのかなあ…なんて」

 先輩の言葉に、僕は、もしかしたら和真が気にしてたのは理玖先輩のことじゃないかと思った。

 だって、何か大きな理由がない限り、和真から失恋の話をするとは思えないから。

「和真、幸せです」

 それ以上のことは、僕の口からは言えないけど。

 でも、先輩はわかってくれた。

「そっか、良かった。これで安心して卒業できるよ」

 そう言った理玖先輩の笑顔は、今まで見てきた中で一番綺麗で。

「あ、今の会話、安藤にはオフレコで頼むね」
「ないしょ…ですか?」
「そう、僕と渉の、永遠の秘密」

 ふふっ、っと悪戯っぽく笑って、僕を軽く抱きしめると、『さ、打ち上げ打ち上げ。そうだ、送別会のリクエスト何にしようかな〜』なんて言いながら、行ってしまった。


 …先輩、もしかして和真に…。

 もしそうだとしたら、あんな素敵な人もいたのに英を選んでもらえて、本当に良かったなあ…って、理玖先輩には本当に悪いんだけど、思ってしまった。




 そうして僕たちは冬休みに入った。

 直也は熊本、桂はオーストリア、和真は『年末年始、一番忙しくてヤなんだよね』とぶつくさ言いながら群馬へ、それぞれ帰省――沢渡くんと水野くんは都内らしい――して行った。 

 ま、どうせ毎日メールするんだけど。

 でも、会えないのは寂しいな…って、やっぱり思う。

 それを直也と桂に言ったら、2人は『寂しいを通り越して辛い』って。

 2週間の冬休みだけど、ちょっと長く感じちゃうかも…。



                     ☆★☆



 夏に比べると冬は課題もちょっとだけど少な目で楽だったから、英と一緒に2日で片付けた。

 恒例のグランマのクリスマスパーティーも、今年は英がいたから助かった。

 知らない大人と話すのはいつまでたってもやっぱり苦手。

 自分が大人になったらどうするんだろう…って心配になるんだけど、英は『そんなこと、大人になって必要に迫られてから考えればいい』…なんて言うし。

 で、今年はパーティーの日から30日まで昇くんと直人先生が、27日から年明けまで悟くんと葵ちゃんが帰って来て、すごく賑やかになった。

 悟くんと葵ちゃんは、なんと完全オフで、こんなこと珍しいって佳代子さんも言ってた。

 でも、完全オフの間も2人で何度も練習室――しかも、一番大きいグランドピアノが入ってるグランマの練習室――に籠もって、何か打ち合わせしてたみたいで。

 おまけに昇くんとも直人先生とも何事か相談してるみたいで。

 英も『何かあるのかな』って。

 で、そこで黙って考えこんじゃうのが僕で、直球で聞きに行くのが英…なんだ。 

 けれど、グランマの答えは『うふふ。それはね、もう少し後のお楽しみよ』だって。

 で、また僕はぐるぐる考えちゃうんだけど、英は『そのうち分かるみたいだし、いいじゃん』…って。 

 なんで兄弟でこんなに性格違うんだろう。
 ほんと、不思議。


 でも、悟くんと葵ちゃんとは本当に久しぶりにゆっくり話が出来て楽しかった。

 あと、めちゃくちゃびっくりしたのは、葵ちゃんがこっそり僕に、『英、もしかして恋人できたんじゃない?』…って、聞いてきたこと。

 で、そういう場面で絶対ポーカーフェイスの出来ない僕は、一言も発しないうちに葵ちゃんに『やっぱり』…なんて言われちゃって。

 もしかして相手も解っちゃってるのかと思ったんだけど、さすがにそれは、『そこまで千里眼じゃないって』…って笑われた。

 なんで解ったのかなと思ったら、雰囲気の柔らかさと、僕との距離感…らしい。

 すごいな、葵ちゃんってば。

 そう言えば、葵ちゃんと和真って、何となく似てるような気がする。
 見た目じゃなくて、中身が。

 葵ちゃんも管楽器リーダーで、部長のゆうちゃんをばっちりサポートしてたって聞いたし、後輩の面倒見もすごく良かったって、あーちゃん言ってたし。

 それにいっぱい告白されてるってところも。

 昇くんから聞いてるんだ。
 葵ちゃん、すっごくモテて、高1の間は1日に複数の手紙を受け取ってたって。

 で、ゆうちゃんと葵ちゃんが『不動のカップル』って言われ始めた高2の頃から、ゆうちゃんが相手じゃ叶わないって、みんな諦めたって。

 でも、ゆうちゃんが失恋したのって、高1の時って言ってたから…。


 なんか、ゆうちゃん、ちょっと不憫かも…。
 


【2】へ

お待たせいたしました。久しぶりに大魔王降臨です。

『おまけ小咄〜クリソツな『悪魔のオジサマ』と『天使の甥っ子』の会話』

☆ .。.:*・゜

「そっか〜、英も一人前に恋人つくっちゃうような歳になったんだねえ」

「生意気だよね。まだ15歳のクセに」

「あはは、そう言えば渉は17歳だよね。見えないけど」

「葵ちゃん、一言多いよ」

「ふふっ。でも懐かしいなあ。あの頃は僕たちもみんな、部活に恋に大忙しだったなぁ」

「今の僕たちと変わらないんだね」

「お。渉も恋に忙しい?」

「そ、そうじゃなくて、ぶ、部活に忙しいってこと!」

「ふぅん…(にやり)」

「あ、あのねっ」

「なぁに?」

「えと、あの…っ。そ、そうそう! 英の恋人ってね、葵ちゃんに似てるんだよ!」

「えっ、英の恋人って、まさか渉っ?!」

「……なんで僕〜!?」

「だって、僕に似てるっていったら、渉のことじゃん」

「ち〜が〜う〜!」

「なんだ、違うんだ」

「当たり前でしょっ」

「んじゃ、どういうところが僕に似てるって?」

「えっと、『聖陵ナンバーワン美少女』って言われるくらい可愛いくてね、『過去に「ゴメンナサイ」した相手が50人以上』っていうくらい、めちゃくちゃモテて、実力ナンバーワンで管楽器リーダーしてて、部長やコンマスのサポートを完璧にこなして、後輩の面倒みるのも万全で、頭のいいところがよく似てるなって」

「わあっ、英の恋人って、安藤くんなんだ!」

「えええええっ?」

「さすが英。競争率高いのゲットしたねえ〜。これはもう、ご褒美あげなきゃだな」

「あ、あのっ、葵ちゃんっ」

「いや〜、見た目は悟にソックリだけど、やっぱり中身は守の血が濃いな〜、英ってば」

「だ、だからね、葵ちゃん」

「ところで、渉の恋人は?」

「ぼ、ぼぼぼ、僕はっ」

「コンマス? それとも部長?」


 …渉、撃沈。悪魔の勝ち。

ちゃんちゃんv

☆ .。.:*・゜

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