第3幕 「青葉の頃」
【2】
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もうすぐ6月と言うある日、僕はゆうちゃんに呼ばれた。 夏のコンサートのソロ演奏に、和真と英が決まったと言う話だった。 「2人には今日中に伝えようと思ってる」 わあ、すっごく楽しみ。 英は聞き慣れてるけど、和真のソロ曲は実はほとんど聞いたことがないんだ。 オケの中でソロ部分を吹くのと、全くのソロ曲とは全然違うから。 「曲はなに?」 「ああ、英は『アルペジョーネ・ソナタ』で、安藤は『アダージオとアレグロ』だ。 アルペジョーネはともかく、アダージオもオリジナル楽器じゃないが、そもそもオリジナルでやることも少ないからな」 『アルペジョーネ・ソナタ』はシューベルトの名曲で、そもそもは、チェロを小ぶりにした『アルペジョーネ』という6弦の楽器のために作られた曲なんだけど、この曲が出版された当時にはもうすでに『アルペジョーネ』という楽器はすたれていて、今はもう現存してないんじゃないかな? あっても博物館だろう。 なので、主にチェロで弾かれる事が多い。 葵ちゃんはフルートでやってたけど。 和真がやる『アダージオとアレグロ』はシューマン作曲で、もともとホルンの曲。 ここのOBで、宮階珠生さんっていうフランス在住の有名なホルン奏者がいるんだけど、その人がこれが得意で、僕も一度生で聞いたけど、すっごく素敵だった。 で、これもチェロで弾くことが多くて、父さんはどっちもアルバム出してる。 葵ちゃんもやっぱりやってたっけ。 葵ちゃんって、父さんや昇くんが出したアルバム見て、自分が出す曲決めてるんだ。 一から探すの面倒だからって。 なんか葵ちゃんらしいなと思ったんだけど、そもそも師匠の栗山先生からしてそう言うタイプらしい。 リサイタルの曲決めるのに、CDラックの前で、目をつぶって一枚抜いて、その中から選ぶとか。 なんか、意外なんだけど。 それにしても…。 「これ、オーボエで吹くのって、かなりきついんじゃない?」 「ああ、きついだろうな。特に後半のアレグロは、他の楽器でやるより難易度高いだろう」 「…ゆうちゃんって、結構オニだよね…」 「そうか? 安藤ならやると思うけどな」 ニヤッと笑うゆうちゃんは、和真ならやりきるだろうって確信した顔。 まあ、実力的には問題ないかもだけど、でも和真はオケの首席奏者も務めなきゃ…だし。 練習時間的に厳しそうだな。 「あ、伴奏は? 非常勤の先生?」 「いや、心当たりがあって、まだ調整中なんだが多分そこに決まると思う」 ふうん。どんな人だろ。 ま、ゆうちゃんが『この人』って言うんなら、確かだろうけど。 「実はな…」 ゆうちゃんが組んでいた長い足を解いて、僕に向かって身を乗り出した。 「年度末に一度、栗山にコンチェルトを打診したんだかな、断られたんだよ」 「えっ? なんでまた…」 その話、初めて聞いた。桂、何にも言わなかったし。 「ここにいる間はコンサートマスターに専念したいんだそうだ。あいつらしいよ、まったく」 苦笑するゆうちゃんは、どこか誇らしげで、僕も『桂らしいな』って、ちょっと嬉しくなる。 まあ、コンチェルト自体は、桂ならこれからいくらでも機会はあるだろうし、何よりも、桂が『ここ』でやり遂げたいと思っていることを全うしようとしてることが、本当に凄いなと思えて…。 「あ、でも、ゆうちゃん」 「なんだ?」 「直也の可能性は? ないの?」 実力的には直也もまったく対等なんだけど。 「ああ、麻生に関しては、実はちょっと壮大な企みがあるんだ」 「え? なに?」 企みとはなんだか穏やかじゃない感じだけど。 「あいつがここへ戻ってきたいっていうの、聞いてるだろう?」 「あ、うん」 ゆうちゃんも知ってるんだ。よかった。 「職業として音楽は選ばないけれど、笛は一生続けて行きたいって言ってるからな。いつか現役国語教師のソリストにしてやろうかと思ってるんだ」 うわあ! 「凄い! それ面白そう」 「だろう? 実力があれば、肩書きなんて何でも良いことだからな。夏か聖陵祭あたりでやらせてみたいなと思ってるんだ」 「うんうん」 僕、絶対聴きに来る! 「で、その時には渉、客演指揮に来るか?」 「えっ!?」 僕が? 「ほ、ほんとに?」 「ああ。その代わり、その頃にはコンクールのひとつくらい獲っとけよ」 「え〜。そんな無茶な〜」 ようやく『指揮』って言う方向性をつかめたばっかりの僕に、そんなハードル高すぎるってば。 「ほんと、ゆうちゃんって、オニ〜」 「何言ってんだ。そんなこと言ってたら、今年の定演どうする気だ?」 「え? 定演で何かあるの?」 僕も、去年と同じように、何かひとつ振らせてもらえると思ってたんだけど。 「定演のメインは、渉に振ってもらうからな」 は? 「え? えええっ? めめめ、メイン振るのっ?」 あ、この場合の『メイン』は、メンバーのことじゃなくて、『メインプログラム』のこと。 つまり、最後の曲。 「そりゃそうだろ。卒業なんだぞ。せっかくだから、大学行くのに箔つけて行けって」 …なにそれ…。 でも、ちょっと嬉しい…かも。 やっぱりメインのシンフォニーを振れるのは、ちょっと特別だし。 「僕、がんばる」 控えめに宣言したら、ゆうちゃんは優しく笑って頭を撫でてくれた。 …よく考えたら、18にもなって、頭撫でられる僕って、いったい…。 でも、気持ちいいけど。 ☆★☆ 6月に入って、僕はメインメンバーの下振りと、自分の本振りも始まって忙しくなってきた。 でも、和真の比じゃない。 和真はソロの練習で、空き時間のほとんどを練習室に籠もってる。 当然(?)英は自分の練習なんか二の次で――英はもう何回も弾いてて完璧に暗譜も済んでる曲だから――和真に張り付いて、色々世話を焼いている。 でもアドバイスはしないようにしてるみたい。 それは、もう少ししたらアニーが来るから。 和真も、留学のあれこれは少し心配みたいなんだけど、ソロをステージに乗せる前にアニーに見てもらえるのはものすごく心強いと思ってるみたい。 あ、夏のコンサート本番で僕が振るのは、中等部と高等部混成のメンバーの『ペルシャの市場から』。 メンバーの入れ替わりが激しかったから少し心配だったんだけど、ゆうちゃんが去年、時間をかけただけあって、中等部の層はグンと厚くなってて、僕が助けてもらう場面もあるくらい。 練習を重ねるごとにいい音になっていくのは本当に楽しくて、嬉しい。 で、前期中間試験も無事終わって、直也に3点差まで迫られたものの、なんとか1番をキープして、やれやれと思っていたところに、『生徒会主催の音楽鑑賞会』ってのが催されることになった。 なんでも6年ぶりらしくて、結構早くから準備に入ってたらしいんだけど…。 誰が来るのかと思ったらなんとっ。 悟くんと葵ちゃんだったんだ! 葵ちゃんのフルートに悟くんの伴奏で、悟くんはピアニストの正式復帰を秋に控えてて、その前哨戦としてのステージに母校を選んだってわけなんだ。 年末年始の頃に、葵ちゃんたちがコソコソと打ち合わせしてたのはこのことだったらしい。 で、僕も英ももちろん大喜びなんだけど、先生たちが凄く喜んだんだ。 みんな、悟くんが病気でピアニストをやめた事を知ってるから、それはもう、我が事のような喜びようで。 悟くんも、先生たちに愛されてたんだなあ。 まあ、当時『聖陵のカリスマ』とか『聖陵の頭脳』とか言われてたらしくて、本当に信頼の厚い生徒だったらしいから。 さらに。 管弦楽部のみんなが喜んだのが、悟くんの『オーケストラ・クリニック』が行われることになったこと。 しかも、葵ちゃんは木管分奏見てくれるらしいし。 でも、2人が来るまで1週間しかなくて、練習が間に合わない…なんて、みんなが騒いでたら、ゆうちゃんが『何の練習だ? 普段のありのままを見てもらうのがクリニックだろ? 普段の練習が足りていたら慌てることは無いはずだ』…なんて。 ま、確かにそうだけど。 ☆★☆ 結局1週間なんて本当にあっという間で、悟くんと葵ちゃんがやってきた。 土曜日の午後、1時間ほどのミニコサートなんだけど、普段クラシックに興味ないって言ってる同級生たちも、『有名人が来る。しかもイケメン。おまけに片方は渉に激似で、もう片方は英にクリソツ』って、違う意味で楽しみにしてるみたいで。 午前中、僕たちの授業中にリハーサルをしたり、先生たちに会ったりしてたらしくて、僕たちは、コンサートが終わるまでは会えなかったんだけど、そのコンサートはとんでもなく素晴らしいもので――葵ちゃんの演奏はいつも聴いてるから凄いのはわかってるんだけど――悟くんの『本気』のピアノは僕の心を掴んで揺さぶった。 どう表現していいのか、難しいんだけど、強いて言うなら…ピアノが喜んでいる…って感じ、かな。 ピアノが『歌えて嬉しい!』って言ってるみたいな感じがする演奏なんだ。 管弦楽部のみんなはもちろん、『なんか凄かった…』って魂抜けたみたいな顔してたんだけど、『有名人がくる』っていうくらいの興味しかなかった生徒のみんなも、『あっという間だった』って言ってくれてたから、きっと楽しんでくれたんだと思う。 葵ちゃんたちはいつも言うんだ。 『『楽しかった』ってのが基本だからね』って。 コンサートの後、僕と英は漸く2人に会えた。 ゆうちゃんの部屋で。 一緒に呼ばれたのは、コンマスと部長と管楽器リーダー。 つまり、桂と直也と和真。 桂はもちろん悟くんとも葵ちゃんとも面識があるんだけど、悟くんに会うのは7年ぶりくらいらしくて、悟くんが『大きくなったなあ。見違えたよ』って驚いてた。 だって7年前っていったら10歳だもん。そりゃあ見違えるって。 直也は、葵ちゃんが師匠だから、色々思い出話に花を咲かせてて、悟くんとは実は初対面。 悟くんと直也のお父さんはもちろん知り合いなんだけど――直也のお父さん、悟くんにピアノ習ってたことあるらしいし――直也が全然お父さんに似てないってびっくりしてて、葵ちゃんから『直也くんはお母さん似なんだよ』って解説されてた。 で、どっちとも初対面で、珍しく――アニーが来た時以来の大緊張をしてるのが和真。 葵ちゃんと僕、悟くんと英を見比べて、『近くで見るとさらにそっくり』なんて呟いたりして。 和真は、悟くんと葵ちゃんから、『渉と英がお世話になってありがとう』って言われて、『とんでもないです。こちらこそお世話になってます』なんて返してたけど、葵ちゃんってば、『英』って言うところにちょっと力が入ってたような気がするんだけど。 僕の思い過ごしかなあって思ったら、英が僕をチラッと見たから、もしかして英も感じたのかも知れない。 なんでかわかんないけど、英と和真のこと、葵ちゃんにはバレちゃってるみたいだし…。 「ああ、大事なことを忘れてたな」 色々話が弾んでるさなか、ゆうちゃんが不意に言った。そして。 「いいですか?」 と、悟くんに振った。 すると悟くんは頷いて、和真と英に向き直った。 「夏のコンサートの2人の伴奏だけど、僕がやらせてもらうことになったから」 うわ、凄い! もちろん即座に反応したのは英だった。 「えっ? マジで?! やった、めっちゃ嬉しい!」 桂と直也も、顔を見合わせて『凄いな』って頷きあってる。 で、ここにひとり、状況を把握しきれずに固まっている美少女が…。 「…和真? 生きてる?」 僕が声を掛けたら、和真はゆっくりこっちを向いて小さく言った。 「今、なんて?」 あ、ダメだ、こりゃ。驚きすぎて魂が抜けてるよ。 「和真の伴奏、悟くんだって」 うーん、反応薄いな。もしかして、意識不明レベル? 「おーい、安藤。気を確かにもてって」 ゆうちゃんってば笑ってるし。 「せ、先生…」 「ん? なんだ?」 「英はともかく、どうして僕なんかの伴奏まで…」 あれ、和真ってば声がちょっと震えてる。 英が心配そうに見るんだけど、まさかここで抱きしめる訳にもいかないしなあ。 まあ、和真が不安に思うのはもっともかも知れない。 僕たちにとっては血の繋がった『伯父』だけど、和真にとっての悟くんはまだ、多分遠いところの人。 今や、『世界的』と頭につけられる指揮者になった悟くんだから、そんな人からいきなり『伴奏だよ』って言われても、俄には納得できないかも。 でも、そんな和真の不安を受け止めたのは、悟くん本人だった。 「僕は、指揮者としてはそこそこの年数とそれなりのステージをこなしてきたけれど、ピアニストとしてはまだまだ経験不足の新人だから、安藤くんと一緒に勉強して良いものをつくりたいと思っているんだけれど、どうかな?」 悟くんが優しく微笑んだ。 うーん、英にはまだまだ出来ない顔だな。 和真が目を見開いた。 そして、ほんの少し逡巡した後、頬を染めて悟くんを見上げて、『ありがとうございます。頑張ります。よろしくお願いします』って、ちょっと潤んだ声で応えて、感激しきりって感じ。 隣で英が面白くなさそうな顔してるのが、すごく可笑しいんだけど。 「あ、それと、名前で呼んでくれていいよ」 「桐生だらけでややこしいからね」 悟くんと葵ちゃんが笑いながら言う。 って、葵ちゃんも英のふくれっ面に気がついてるみたいで、もう少しで吹き出しそうな感じ。 そういえば、この夏に録音するらしいアルバムを、葵ちゃんがいつもの『奈月葵』じゃなくて『桐生葵』で出すって話をチラッと事務所の人に聞いたんだけど、あれ、本当かなあ。 その後、2時間のオーケストラ・クリニックと葵ちゃんの木管分奏が行われて、2人は帰ったんだけど、秋の正式復帰までは、悟くんは指揮のステージを入れてないらしくて、聖陵にも度々来てくれるみたい。 まあ、それだからこそ、和真と英の伴奏も引き受けてくれたんだと思うけど。 ☆★☆ 「和真、お疲れさま」 長い1日が終わった。 悟くんに会って、葵ちゃんの木管分奏では、管楽器リーダーとして場を取り仕切って、和真は大変だったはず。 「あ、うん、ありがと。でもそんなに疲れてないんだ」 「あれ? そうなんだ」 「うん。驚いたり緊張したり感激したり…って、ジェットコースターみたいな1日だったけど、なんか、色々と嬉しくて」 はにかんだような笑顔を見せる和真は、一層可愛いらしいんだけど、和真がこんな感じの笑顔を見せるようになったのは多分最近のことで――直也と桂も言ってたし――こんな可愛らしさをあっちこっちで巻き散らかすようになったら、英もまあ、大変だろうなって思うんだけど。 でも、それもこれも、英の所為だろうし。自業自得ってことか。 「ね、渉」 「なに?」 「悟さんと英って、よく似てるじゃん」 「うん」 英は、僕より悟くんと兄弟って言った方が近い感じだから。 「英が大人になったらこんな感じかなあ…とか思ったら、なんか無駄にドキドキしちゃって」 あらま。めっちゃ可愛い。 伴奏合わせの時は気を引き締めなくちゃ…って、呟く和真の顔を英に見せたかったよ。ほんと。 ☆★☆ 『今年は大物ラッシュだな』 最近、管弦楽部員のみんなが言う。 5月には去年に引き続いてあーちゃんが来てくれて、6月に悟くんと葵ちゃんが来て、悟くんはその後も度々来ていて――和真と英の伴奏合わせの為だけど、いつもついでに合奏見てくれる――7月半ばにはアニーが来ることになってて…ってところで、父さんまでやってきたからだ。 チェロを担いで。 一応来校の目的はいつもの通り、僕と英の三者面談なんだけど、今年は時間作ってチェロパートのレッスンしてくれることになったんだ。 でも…。 「直也の三者面談、明後日なんだって…」 今年は会えないんだ。父さんたち…。 僕が父さんにそう言うと、父さんはちょっと笑って僕の頭をかき混ぜた。 「お前たち、大きくなったな」 「え? 僕、1センチしか伸びてないよ。英もここへ来てからはあんまり伸びてないみたいだし」 僕が応えると、父さんと英が大笑いして。 なんで? ここ、笑うとこ? 「ここは、良いところだろう?」 父さんが、少し遠い目をして、懐かしそうに言う。 「うん。僕、ここに来て良かった。英も、だよね」 って、なんでオデコ小突く〜? 別に和真のことだけ言ってるわけじゃないのに、もう〜。 こんな僕たちの様子を、父さんは笑って見てるんだけど…。 なんと今回三者面談はなしになったんだ。 その分の時間を全部チェロパートのレッスンに回して、夜に森澤先生と坂枝先生と3人で、プチ同窓会するんだって。 で、そこで『一応お前たちのことも聞いておくから心配するな』だって。 別に心配なんかしてないし、どうせ三者面談したって同窓会のノリで僕たちの話なんてほとんどないだろうからいいんだけど。 それよりも、坂枝先生ってやっぱり『教職員ナンバーワン酒豪』らしいから、父さん、潰されないか、そっちが心配なんだけど。 |
END |
『幕間〜君は誰のもの?』へ
やんちゃでもイクメン。パパ、登場です!
『おまけ小咄〜パパとゆうちゃんは今日も悩む』
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「ところで祐介」 「はい?」 「渉の恋人って、どっちなんだ?」 「ぶっ!」 ゆうちゃん先生、お茶を吹きました。 「いきなりなんですか、も〜」 「いや、お前なら知ってるかと思って」 「って、だいたい情報源はどこです?」 「葵」 「やっぱり…」 センセ、ガックリ。 「ところが、その葵をして、どっちか掴めないって言うんだから、どういうことだって話だ」 「ああ、まあ、確かにね…」 「で、どっちなんだ?」 「どっちって、そもそも誰と誰を想定してます?」 そう、そこが違えば大変だ。 「桂くんと、直也くん」 「…さすがですね。そこはちゃんと掴んでるんだ…」 「そりゃそうだろう」 「僕は麻生だと思ってるんですけど、あきは、栗山だって言うんですよ」 「あっきーが?」 「ええ。2年続けて黄金週間強化合宿の講師に来てくれたんですけど、その時の印象では、栗山だって」 「そうなのか?」 「離れた場所からでも、目と目で会話してるって言うんですよ。去年も今年も」 「そりゃまた…。渉が目で話せるとなると、相当な信頼関係なのは確かだな」 「そうなんですよ」 「指揮者とコンマス…って関係故ってわけじゃないのか?」 「それを僕も言ったんですけどね。合奏と全然関係ない時間で、それらしいんです」 「なら、極めて個人的な信頼関係だな」 「ただ、麻生にも新情報があって、『想い人』とはすでに両想いのようなんですよね」 「なんだそれ、ややこしいな。桂くんと渉ができあがってるとすると、直也くんには別の恋人がいるってことで、その直也くんの恋人がもし渉だとすると、桂くんとの関係は単なる親友止まりってことになるわけか…」 「でも、相変わらず校内の噂はきっちり二分されてて、しかも、最近では新説が…」 「…まさか、新手のオトコが現れたってか?」 「ええ、まあ、その、つまり、栗山と麻生はカモフラージュで、実は…」 「実は…?」 「真の恋人は、英だと」 パパ、目が点。 「まあ、英の『ウルトラスーパーブラコン』はすでにここの名物と化してますから」 「その上、あの『ロミジュリ』だからなあ」 「あれ? 知ってたんですか」 「母さんが送りつけて来たんだよ。DVDとポスター」 「あちゃー」 「あのポスター、さやかと奏が気に入っちゃってさ。額装してリビングに飾ったんだよ。 そしたらお客たちに大ウケで、『SatoruとAoiか? それともWataruとSuguruか?』って、めっちゃ盛り上がって、次々見にきてしばらく大変だったんだぞ。わざわざアメリカから来たヤツまでいたくらいでさ〜」 確かにさやかなら大喜びしそうだが、奏まで気に入るとは、末恐ろしいお姫様だ。 「悟と葵は『紛らわしいからリビングに飾るな』って、奏の部屋へ持って行ってたけどな」 「ご愁傷様です…」 「まったくだ」 「…で、もしかしてDVD見ました?」 「…あれはなあ…さすがにまだ奏には見せられないと思って隠してたんだけど、勝手に探し出して見ちまってさあ」 「えええっ、奏がっ?」 「渉も英も素敵って、目がハートだぜ? なんでうちの子供たちはみんなブラコンになるんだ?」 「…そりゃ、血筋でしょう」 「あ?」 「で、DVDの件、姉貴はなんて言ってました?」 「今度会ったら英に説教するってさ」 「えっ? そ、それはやっぱりあのシーンで…」 「ああ。『あれが渉のファーストキスだったらどう責任取る気?!』って言ってやるって」 「…そこなんだ、ツッコミどころが…」 浅井センセ、脱力。 「それはそうと」 「はい?」 「渉の同室の和真くんだけど」 「ああ、はい、もうすぐアニーが来るんで、話をする予定ですけど」 「いや、そのアニーに聞いたんだけど」 「何かありました?」 「奏がアニーに、『和真くんのお嫁さんになる』って、宣言したらしい」 「はあっ?!」 「奏は和真くんに会ったことないはずなんだか…」 「いったい、どこで何が…」 こうして、本人たちの預かり知らない所で、不毛な『兄と妹、愛のバトル』のゴングが鳴らされ、パパとオジサマは苦悩を深くするのであった。 |
ちゃんちゃん。 |
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