幕間 「THE 聖陵祭!」
【1】
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今年もまた、ここ聖陵学院にこの日がやってきた。 9月2日。 前期授業を再開したばかりの放課後。 3年A組の教室は、高等部の1年から3年までの総勢120名がすし詰めになっている。 言うまでもないが、他のクラスも同じ状態である。 が。 今年のA組は少し様子が違った。 例年の、むさ苦しいほどの熱気がないのである。 「マジ、どうなるんだろ」 「なんかちょっと…な感じだよなあ」 「ま、でも、B組よりはずっとマシなんじゃね?」 「だよなあ。あっちは野郎ばっかだもんなあ」 3−A委員長が、副委員長や1・2年の委員長達と何やらごそごそと打ち合わせ中なのを横目に、すし詰めのオールA組生が、やはりごそごそと囁きあっている。 「で、和真は相変わらず後ろで糸引いてるわけ?」 そんな辺りの様子を変だとも思わずに、渉が半ば開き直った顔で和真に問う。 そもそも演劇コンクールに思い入れも良い思い出もない渉には、いつもと違う雰囲気だろうが何だろうが関係はない。 ただ、自分が平和でありたいだけだ。 毎年思っていることだが、『雑用及び裏方ならばいくらでもやるのに』…と。 「やだなあ、ホント、人聞き悪いったら」 と、言いつつも、やっぱりその顔には何か確信めいたものがありそうで、渉はジロっと横目で睨む。 「ま、ただ今年は偏りが酷いからさ、春の時点からかなり深刻な相談内容だったってことは否めない」 腕組みをしてふんぞり返る和真に、『何が否めない…だよ』と内心で突っ込む渉だが、突っ込んでも無駄なのは、過去2年間で嫌と言うほど学んでいる。 「まあまあ。そんなに逆毛たてなくても、今年は僕も腹括ってるからさ。渉も安心して」 訳あり顔でニタッと笑う和真に、渉は無駄だと認識しているのに突っ込んでしまった。 「何に腹括ってるって? まさか今年は舞台に上がるとか言う訳じゃないだろ」 どうせそんなはずは…と続けようとしたその時。 「まあね。最後の年だし?」 「…えっ? それって…」 どういうことかと思ったら。 「いいか、諸君!」 委員長が声を上げた。 途端に大歓声が応えるのは、すでに『条件反射』のようなものだ。 例え『この現状』に、ぶつくさ言っていたとしても。 そして、『この現状』と言うのはこれだ。 「何の因果か今年のA組は、可愛い子ちゃんだらけであるっ!」 そう。各学年の『美少女』及び『美人』が勢揃いしたのである。 その中心はもちろん、渉と和真と真尋だが、総勢なんと、10名。 誰もが認める高等部の『可愛い子』を、全て集めた状態にあるのだ。 「この状況を鑑みれば、演目について、不安に思う向きもあるだろう! しかし案ずることはないっ。我等には安藤和真がいるではないか!」 この瞬間、3−Aの教室は、今度こそ揺れるほどの歓声に包まれた。 和真に寄せられる期待は大きいのだ。 こいつがいれば、万事上手くいく…と。 ただし、今のところはまだ、黒幕として…だが。 野郎どもの歓声に、軽く手を上げて和真が応えると、渉は隣で呆れ顔だ。 どうせまた、ろくでもないことを考えているに違いないと、すっかりやさぐれた気分で。 何人にも代え難い無二の親友ではあるけれど、こと聖陵祭に関しての、渉の不信感は並みではない。 「史上類をみない可愛い子ちゃん総動員の、オールA組必勝の演目は…!」 辺りがシンと静まった。 「白虎隊〜!」 一瞬の静寂、後、辺りは蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。 それは、余りに意外な演目だったのと、これを美少女軍団に演られた日には、萌えすぎで悶絶必至なことが予見されたからだ。 「さすが安藤だよな〜」 「萌えのツボ押さえてるよなっ」 「渉の少年剣士なんて、俺、鼻血出そうだぜ」 ――はあっ? 「ちょっと、何で僕が出る前提で、もの言ってるわけっ?」 去年まではまだ先輩がいたが、今年は最高学年だ。 しかもクラスの雰囲気は良くて、進級から半年も経てば、気安くバカも言える間柄の友人ばかりで。 こうなったら、遠慮なく文句を言わせて貰おうと、この際『引っ込み思案』も封印だとばかりに立ち上がると、クラスメートである委員長がきっぱり言った。 「案ずるな、渉。今年は和真も舞台に立つからな」 「へっ?」 そうなの?…と、和真を見下ろせば、ニコッとVサインを掲げられて、辺りはまたしても大歓声に包まれた。 「ま、ちょっとした思い出作りってやつ?」 「女装がないからだろ」 「まあね」 渉の突っ込みにもどこ吹く風で、和真は可愛い舌をぺろっと出してみせる。 だが辺りではすでに、『ついに伝説の美少女が秘密のベールを脱ぐ』だとか『今年度聖陵祭最大の見物』だとかで勝手に盛り上がりまくっている。 「っていうか、和真」 「ん?」 「もしかして4月に貸してくれた本って、こんな裏があったってこと?」 『これ面白いから読んでみる?』と、進級したばかりの頃、和真が貸してくれた一冊の本。 それが、幕末の会津藩とその周辺に関する歴史小説だったのだ。 そもそも、チビの頃から身体が弱かった所為なのか、渉の趣味と言えば、『とあるモノ』のDVD鑑賞と読書くらいのもので。 だから本を読むのは大好きで、しかも国外のインターナショナルスクールに通っていたため、日本の歴史といえば、教科書――もちろん日本の教科書だ――に載ってる事くらいしか知らないから、とても興味深く読んだのだ。 そして、『白虎隊』に関する悲劇にも、うっかり涙して…。 「ご明察〜!」 「…あのねえ…」 あの時から仕組まれていたとは、やはり……気づくべきだったのだが、気づいても和真に勝てるはずがないかと、渉はがっくり肩を落とす。 「いいじゃん、渉。舞台の上でも親友やろう?」 と、その時、B組の様子を覗っていたスパイが帰ってきた。 「B組、新撰組です!」 その言葉に教室内が騒然となる。 「おいおい、幕末で被ったぜ」 「ってか、あっちはイケメン揃いは良いけど、カワイコちゃんゼロだもんな」 「むさ苦しさマックスだろ」 「ってことは、野郎くささで勝負するしかないってことさ」 渉と和真が顔を見合わせた。 「新撰組って? 聞いた事はあるんだけど、あんまりよく知らない…」 「あ〜、まあ、時代背景は同じだねえ。 ってか、あっちは確かにカワイコちゃん皆無だもんなあ。NKに英に沢渡に紘…じゃなくて岡崎がいる上に、剣道部とバスケ部のイケメン軍団が揃ってるからなあ。それしか選択肢がないって感じだな、もう」 と言いつつ和真の表情に不安げなものはこれっぽっちもなく、むしろ、『勝ったな』…という確信めいたものすら見え隠れする。 「ま、せっかくだからさ、講堂を涙の渦にしてやろうじゃん?」 渉の肩を抱いて、和真はニタッと――例の縞々の猫のように――笑った。 ☆★☆ その頃、隣のB組では。 「ってか、A組って何する気だろ?」 「あっちはカワイコちゃんだらけだぜ? 収拾つかねえだろ」 「しかも『黒幕・和真』がいるからな、とんでもねえ演目持ってくるんじゃね?」 「『マリ☆て』でもやるしかねえんじゃねーの?」 「ぎゃはは、それ言えてる〜! ってか、是非にだよ〜!」 「や、『プリ☆ュア』とか『セー☆ームーン』も捨て難いって!」 「うは〜、お仕置きされて〜」 辺りで盛り上がる『憶測』に、直也と桂が顔を見合わせる。 何だかんだで今年も舞台に上がる羽目になった。 まあ、それはそれ、最後の聖陵祭でもあることだから、ノリで楽しむだけだが、やっぱり気になるのは自分のことよりも隣の組で…。 渉は今年も絶対なにかやらされるはずだ。 それが楽しみなような、不安なような、複雑な思いでいるのだが、みれば英もどことなく落ち着かない様子だ。 だが、和真が舞台に上がることはないだろうから、もっぱら心配なのは、自分たちを同じで、渉のことだろう…と、直也も桂も、それぞれが思ったその時。 「A組、白虎隊です!」 間者の報告のその瞬間、教室内は静まりかえった。 そう。まさに『予想外』の演目に他ならない。 B組生の頭の中には、麗しくも百合百合しい場面しか展開されていなかったのだ。 飛び交うのはミニスカやフリルやレースやセーラー服…等々で。 だが、よくよく考えてみれば、10代前半の『悲劇の少年剣士』をカワイコちゃんたちが演じるとなれば…。 「…ちょっと、マジでヤバくね?」 「…俺、ハマりそう…」 「…なんかさ、余計な想像しちゃいそうだよな…」 「…実世界と混同しそうじゃん?」 「虚構じゃなくて、本物に見えちまうってか」 そう。なまじの『女の子物』より破壊力がありそうで、周囲は静まりかえったまま、密かにざわめいていたのだが…。 「大変です! 大スクープですっ! 安藤先輩がメインキャストに入ってますっ!」 続く密偵の報告に、今度こそB組は騒然となった。 『最終兵器』の投入に、B組委員長’sまでもが言葉をなくす。 「おい、マジかよ」 「渉と和真がタッグを組むってか?」 そりゃ勝ち目ないって…と、戦う前からNKコンビは白旗をあげて、ため息をついた。 そして、その視界に…。 「英、魂抜けてるぞ?」 「あ、ほんとだ」 『よもやの演目』と『まさかのキャスティング』がもたらした破壊力は、英ですら一発で粉砕してしまったようで、『ヤツも、自分が演じることなんて、もうこれっぽっちも眼中にないんだろうなあ…』と、ため息をつくNKコンビであった。 ☆★☆ 「ま、いいけど」 衣装合わせの日、渉の機嫌は悪くなかった。 演じるのはイヤだけれど、ちょっと良い気分なのだ。 「こういうの、カッコいいね」 ドイツ育ちのクオーターだが、心は生粋の日本人。 袴姿は気分も引き締まって気持ちが良い。 「渉先輩、めちゃくちゃ似合いますね」 「安藤先輩もすっげえ良い感じですよ」 衣装担当の下級生が手放しで褒めてくれる。 「え? ホントに? 似合ってる?」 ジュリエットだの白雪姫だの、似合ってると言われてもこれっっっっぽっちも嬉しくなかったけれど、この姿が似合うというのはやはり、日本男子としては喜ばしいことだ。 「渉、こんなのって着たことないだろ?」 「あ、ううん。七五三の時に着たよ。羽織袴は」 3歳の頃はまだ英は赤ん坊だったが、5歳の時には3歳の英と一緒に羽織袴を着せてもらった写真が残っている。 どう見ても、2人とも同じサイズの着物を着ているようで、しかも『どっちも5歳児』に見えてしまったのは永遠にナイショだが、実は当時、『英が5歳で渉が3歳に見える』と言われていたことを渉は知らない。 「…なんか、渉先輩の七五三って、めっちゃ萌えません?」 「萌えません」 「千歳飴とか持って、可愛かったんだろうなあ」 「だからっ」 「慣れない草履で歩けなくなってピーピー泣いて、『パパ抱っこ〜』とか〜」 「あのねえ…」 尽きることのない下級生たちの妄想に、ぐったりと疲れ果てる渉の隣で、和真が笑いをかみ殺している。 そんな和真には、実は『七五三における黒歴史』がある。 なんと言うことはない。ただ、双子の従姉妹が着ている飾り紐のついた朱色の可愛い着物が羨ましくて、『僕もあれが着たい』なんて口走ってしまっただけだ。 ほんのチビの頃の無邪気な冗談だが、一応『黒歴史』なので永遠に封印してある。 「ま、今でもそんなに七五三と変わんないと思うけど、渉は凛とした雰囲気があるんだから、それを最大限にアピールしてもらうとして…」 「和真…」 渉が和真の言葉を遮った。 「なに?」 「後半はともかく、前半のコメント、引っかかったんだけど」 仮にも18。 ドイツにいれば成人年齢だと言うのに、よりにもよって、七五三とはあんまりだと抗議してみれば、やっぱり和真には馬耳東風で、あっさりと言い返された。 「何言ってんの。幼い中にも凛とした…なんて、少年剣士そのものじゃん。自信持てって」 「…」 2人のやり取りを、笑いをかみ殺しながら聞いていた下級生たちが、遂に笑い出した。 「渉先輩〜。安藤先輩に口で勝てる日なんて永遠に来ないですよ〜」 そんなことはわかっているけれど。 「でも、安藤先輩もあんまりですよ。いくらなんでも七五三はないっす」 「だよねっ」 思わぬ援護射撃に渉が身を乗り出すと…。 「はい。どうみても、12歳はいけますって」 ――それ、小学生じゃん…。 援護射撃に被弾して撃沈した渉の頭を、和真がヨシヨシと撫でた。 |
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