幕間 「THE 聖陵祭!」

【2】





「渉先輩!」
「あ、岡崎くん」

 部活開始直前、ホールの舞台袖で呼び止められて向き合うと、紘太郎は穏やかな笑顔で聞いてきた。

「A組、どうですか? 噂によると、立ち稽古から涙の嵐…とか」
「そういうB組も、カッコ良すぎて目のやり場に困るとか」

 直也と桂が時代劇やるなんて、かなり萌えちゃうなあ…と、自分のことは棚に上げて、渉は本番を楽しみにしている。

「あはは。確かにカッコいい先輩多いですね。しかも剣道部のイケメン多いんで、立ち回りとかサマになってて凄いんですよ」

「そりゃ、ホンモノだもんねえ」

 そう言うA組にも1年生に剣道部の美少女がひとりいるのだが、彼の刀さばきもそれは見事で、毎回見惚れているのだ。


「でも、その剣道部に負けてないのが、麻生先輩と栗山先輩だったりするんですよね、これが」

「あ、そうなんだ。木刀なんか持ったことないからって、2人とも戸惑ってたけど」

「いえ、剣道部の面々が、筋が良いって褒めてました。 楽器で使う筋肉と違う所に負荷がかかるから、 管弦楽部員は構える程度で、あんまり振り回さなくてもいい演出にしてもらっているんですけど、構えた立ち姿が決まってるって」

 直也と桂が誉められるのは、やっぱり凄く嬉しくて、勝手に顔面が緩んでしまう。

 そんな渉の様子を、紘太郎は眩しそうに、嬉しそうに見つめていて。


「あ、ところで英はどう? ちゃんとやってる?」

 渉の問いかけに、紘太郎は曖昧に笑った。

「ええと、まあ、それなりに…って感じですね」
「やっぱり」

 去年あれだけ熱演だったのは、やはり側に和真がいたから…なのだ。

 今年は和真が側にいない上に、その和真はよもやのキャストだから、気もそぞろ…なのだと簡単に想像がついてしまう。

「やっぱり…って?」

「あ、ううん、何でもないんだけど、とにかく英はこういうお祭り騒ぎにはあんまり乗っからない方だから」

 クールでドライ、でもブラコン。その上、年上の恋人にはメロメロ。
 …なんて言うと、なんだかとっても怪しい感じだが。

「え、そうなんですか?」
「え、なんで?」

 紘太郎の意外そうな顔が意外で、思わず問い返してみれば、返ってきたのはとんでもない返事だった。

「俺、去年の演劇コンクールのDVD見たんですよ」
「…え。あれ、見たんだ…」

 出所が何処かは知らないが、あんなものが当たり前のように出回られては堪らない。

 あれはもう、渉にとって間違いなく『黒歴史』だ。

 演劇コンクール史上では、『初の完全勝利』として記録に残ってしまったが。


「はいっ! 渉先輩、めちゃくちゃ綺麗で可憐でした。俺、もう感動しちゃって…。それに英先輩も格好良い上に熱演で、気合いの入り方が半端じゃなかったですよ。だから俺、英先輩もこういう事には積極的なんだろうなあって思ってたんですけど」

 ――恋をするとオトコは変わるんだよ。

 それは英だけでなく、直也も桂も和真も自分も…そうだけれど。

「キスシーンも嘘みたいに綺麗で、ほんと、兄弟なのがもったいないくらいですね」

 ニコニコとそれは嬉しそうに言う紘太郎に、渉はもう脱力するしかない。

「…あれは、事故…って言うか、嫌がらせだから」

 そう呟くと、紘太郎は辺りをこっそり回して後、声を潜めて言った。

「あ、もしかして、麻生先輩に…ですか?」
「えっ」

 キミはなんて察しがいいんだ。でも、もうひとりいるんだけど。

 …なんて、口に出せるはずもないけれど、紘太郎はうんうんと、ひとり納得している。

「英先輩の気持ち、わかるなあ。大事なお兄ちゃん取られちゃって、悔しかったんですよね。なんか、可愛いなあ」

 英をつかまえて『可愛い』などと言える後輩はほとんどいない。
 少なくとも渉の周りには。

「あ、合奏開始だ。渉先輩、今日もよろしくお願いします!」
「あ、うん。こちらこそ、よろしくね」

 毎年この時期は色々な意味でダメージを受ける事が多いけれど、とりあえず切り替えなくちゃ…と、渉はタクトをギュッと握って、ひとつ深呼吸した。


                     ☆★☆


「そうそう、B組ってさ、衣装とか実際に映画の撮影で使われたやつなんだって」

「え、それは凄いね」

 消灯後、小さな灯りの下でいつものように、眠くなるまで話しているのは渉と和真。

 大概10分も話していると、眠くなるのが常だ。

「紘太郎のお父さんが一肌脱いだらしいんだ。ま、確かにあのお父さん、相当親ばかだし」

「そうなんだ」

 確かに紘太郎を見ていると、愛されて育った感じがするな…と渉は思う。

 一途で真面目で…でも、柔らかくて優しくて、それに頭も良くて、物事の判断も的確だ。

 最初の頃、想いが高じて少しだけ行き違ったけれど、そんなことはもう、渉の心の中には残っていない。

 きっと彼となら、この先も音楽の世界で共にいられるような気がしている。


「うん、でもいい人なんだよ。丁寧で優しくて。本物の大物って感じ。渉のお父さんもそうだけど」

「…うちの父さんは、やんちゃだよ?」

「やんちゃ? あの超カッコいいお父さんが?」

 確かに『優等生然』という感じは無くて、ざっくばらんで、『お父さん』というよりは『お兄さん』に近い感じの、『すぐに仲良くなれそうな』人ではあるけれど。

「うん、ここにいたときも、悪さばっかりしてたみたい。森澤先生も言ってたし。僕が父さんと違ってやんちゃしないから助かるって」

 それはまた…と、和真は首を捻る。

「…じゃあ、渉と英って、誰に似てんの? あ、外見じゃ無くて、中身のことだけど」

 そう言われてみれば、中身が誰に似てるかなんて、渉は考えたことがなかった。
 葵に似れば良かったのにと思うことはあったけれど。

「えっと、英は…ゆうちゃんが言うには、悟くんと父さんを足して2で割った感じ…って」

 それに関しては、実は『言い得て妙』だなあと、思っているのだが。

「僕、誰にも似てないのかも…」

 こんなに人見知りで引っ込み思案は誰もいない。
 みんな、ポジティブで社交的だ。

「あのさ、6月に初めて会ってから…の印象だから、正確じゃないのかもしれないけど、もしかしたら渉って葵さんに似てるんじゃないかな」

 へっ?…と、渉は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「ああ、だから中身のこと。外見が似てるのはそれこそ『今更』じゃん」

 それだったら、なおのことおかしな話だと渉は思う。

「それはないよ。だって葵ちゃんは活発だし物怖じしないし、誰とでもすぐに仲良くなっちゃうし」

 似ているどころか真逆だ。
 自分的には、和真こそがよく似ているなと思っているのに。

「あー、うん。表面的には確かにそうだろうけど、なんかもっと奥の深いところが似てるような気がするんだなあ」

「うー」

 唸った渉に、和真は『ごめんごめん』と笑いながら言う。

「悩ませるつもりはなかったんだ。僕も、詳しく説明出来るわけじゃないし。でも、ずっと渉と一緒にいて感じた素直な感想ってとこだから」

 とは言うものの、口にしてから和真は、自分の考えはかなり当たっているのではないだろうかと考えていた。

 人見知りというのは、所詮初対面から慣れない時期の話だから、時が解決してくれる。現に渉は、馴染んでさえしまえばもう、普通に接することができる。

 引っ込み思案の方は、渉の生来の性格なのかどうかわからないけれど、渉の世界がこれから大学、その後…と、広がっていき、彼が指揮台に上がる回数が増えて行くにつれて、変わって行くような気がしている。

 それは、ここへ来てからの2年半を見るだけでも明らかなことで。


「ま、とりあえず、明後日の演劇コンクール、頑張ろ?」

「あ、うん。こうなったらもう、毒を喰らわば…だし、その次の日も和真のおかげで大変なことになっちゃったし、その次の日はコンサートだし…ね」

「ふふっ、最後のひと暴れ…だよ」

 枕元の灯りが消えて、暗くてよくわからなかったけれど、きっと今、和真はシマシマのネコみたいに笑ってるに違いないと、渉は思った。



                    ☆★☆



 脚本兼演出も担う和真の『指示』は『舞台の上で絶対に泣くな』で、『泣くのは客席だけでいい』…だった。


『白虎隊』の前に演じられた『新撰組』は、長身のイケメン軍団の魅力を最大限に発揮した演出で、見せ場の『池田屋騒動』では、見事な立ち回りが披露されて、拍手喝采の上、あまりのかっこよさに客席は悶絶してしまった。

 …のだが。

 A組の演出は、その上をいくものだった。

 前半は、まだ幼い少年剣士たちの無邪気さを存分に出し、後半、会津を護るために戦場に赴く直向きさを描く。

 そして、最大の見せ場――鶴ヶ城の落城を見た少年剣士たちの自刃のシーンでは、余りにも高潔に、故国と運命を共にする凛とした姿に、客席からは盛大に嗚咽が溢れ出した。

 そう、余りにも哀しくて、そして演じる『彼ら』が余りにも美し過ぎて。


 幕切れは、役どころでも『親友同士』の2人が、魂になっても会津を護ろうと誓い合って、お互いの胸に刃を突き付けて抱き合うシーンだった。

 その時、講堂二階席で舞台を見守っていた、出番を終えたB組の浅葱色の集団は…。

「ヤラレタ…」
「反則だろ、これ…」
「ヤバ…泣けてきた」

 新撰組の隊士たちが、鼻をすすっている。

 中でも、声もなく目を真っ赤にしているのは、土方歳三・沖田総司・坂本龍馬の3名。

 目の前で自刃する『彼ら』が、『恋人の素の姿』にうっかり重なってしまったのだ。

 この後しばらくの間、『彼氏たち』がやたらと束縛体質になったのが『白虎隊』の所為だったとは、さすがの『切れ者』にもわからなかったのであった。



 ちなみに結果は、A組の圧勝に終わった。

 さすがに主演及び助演女優賞はA組に該当がなく、よその組に渡ったので、完全勝利にはならなかったのだが、最後に自刃した『親友同士』が男優賞をどちらも取ったので、イケメン軍団との勝負には完全勝利と言うわけだ。

 しかも、『切れ者』は助演男優賞と脚本賞と演出賞の3タイトルを獲得して、その名を記録に残したのだった。

 ちなみに彼の叔父が打ち立てた『3年連続主演女優賞』の記録は未だに破られていない。


 そして、主演男優賞を手にした『聖陵の天使』は一言、『僕…主演だったんだ…知らなかった』と呟いたのだった。


 更に…。

「…やっと男子校らしい演目にお目に掛かれたぞ…」

 着任から苦節(?)○十年、審査委員長である院長が、呟いたとか、呟かなかったとか…。


【3】へ

白虎隊について、詳しくはググって下さい(笑)
ちなみに、ここでは、『鶴ヶ城落城を悲観して』という説を採用していますが、
実は違うと言う説もありますので、ご了承下さい。


君の愛を奏でて 目次へ君の愛を奏でて2 目次へ君の愛を奏でて3 目次へ
Novels Top
HOME