幕間 「THE 聖陵祭!」

【3】


 


 2日目。
 一般公開日初日で、校内は多数の来場者で賑わう。

 ライブステージでは様々な出し物が繰り広げられているが、毎年目玉は管弦楽部の首席・次席奏者によるアンサンブルで、今年は木管楽器が担当することになった。

 演目は『グノー作曲 小交響曲変ホ長調』

 一般的には『プチ・シンフォニー』と呼ばれている室内楽曲で、フルート1本に、オーボエ・クラリネット・ファゴット・ホルンが各2本の9人で演奏する木管アンサンブルの名曲だ。

 どんな年度でも管楽器の実力は高い聖陵だが、今年は特に実力派揃いと言われていて、持ち上がり組の直也・和真・章太に加えて、『コンクールの方がまだ楽』と言われるほどの激戦を勝ち残った『正真正銘』が2人もいて、この機会にこの曲をやらなければいつやるんだ…という状況だった。


 そんな9名の奏者の熱演を聴きながら、渉はふうっと息をつく。

 ――直也、やっぱり上手いなあ…。

 さすがに葵仕込みだけあって、ふとした音色の変化が葵によく似ている。
 特にフルートのソロがメインの2楽章では、目を閉じると一瞬葵と間違えそうなほどだ。

 そして和真も、アニーとしっかり話し合って進路を決めて以来、ますます音色に艶が出て、うっとりするような出来映えで。

 全4楽章、約20分。
 拍手と歓声に包まれて演奏が終わった。

 その時、渉の耳に、管弦楽部の下級生の声が入ってきた。

「麻生先輩も安藤先輩も、来年はもういないんだなあ…」

 そのしんみりした声に、渉の胸がキュッと縮む。

 そしてまた、葵の言葉を思い出した。

『ここはゆりかごみたいなところだから』

 そのゆりかごから巣立つ日は近くなっている。

 今まで目の前で演奏されていた音楽が、留まること無く一瞬一瞬を積み重ねてエンドマークに到達したように、 否応なく、時は流れて変化していく 。

 そう、いつまでもこの光景が続くのではないのだと、改めて思い知って、渉は制服の胸元をキュッと握った。

 そして、身体に溜まった切ない吐息をはき出してしまおうと思ったその時。

「ね、麻生くんってカッコいいよねえ」
「あ、私は栗山くんの方が好みだなあ」
「いやいや、桐生弟でしょ。やっぱり」

 可愛い女の子の声が背後から聞こえてきた。

 渉の両隣にはその『栗山くんと桐生弟』がいるのだが、どうやら彼女たちの所からは見えていないようで、囁くような声だけれども盛り上がっている。

 チラッと隣の桂を見上げれば、パチンと気障なウィンクなんか返してきて、渉の肩を抱いてきた。

 その手をペシっとひとつ叩くと、英が小さく笑う。

 そう。時は流れて取り巻く環境は変わっても、桂はきっと、こうしてずっと側にいてくれる。それは直也も同じ。そして自分も同じだと渉は思う。

 英と和真もきっとそう。

 だから、きっと大丈夫。



「どうだった?」

 直也と和真がやってきた。

「ホールと違って、講堂って音の鳴りが違うからちょっと戸惑っちゃったよ」

 ぺろっと舌を出す和真を、これでもかというくらい優しい目で見つめて、英は細い肩を抱いた。

「大丈夫。ちゃんとバランス良くハモってたから」
「ほんと? それなら良かったんだけど」 

 和真がホッと息をつく。

「うん、もう、バッチリだったよ。聞き惚れちゃった」
「ああいう小編成の曲って、勉強にもなるし、楽しいな」

 渉に及第点をもらえて、直也も嬉しそうだ。

「それにしても貴重な曲だよな。弦楽器に比べて木管アンサンブルって曲自体が少ないし」

 コンマスらしい発言を桂がすれば、直也も大きく頷いた。

「だよな。オリジナルでこれくらいの編成って本当に少ないから…」

 と、話が盛り上がりかかった時、ふと、和真が腕時計を見た。

「あ、直也も桂も英も、そろそろ準備に行かないと間に合わないんじゃない?」

「え、もうそんな時間?」
「うわ、ホントだ」

「…気乗りしないけど…」
「何言ってんの。僕、楽しみにしてるんだから頑張ってよ、英も」

 和真にニコッと微笑まれた途端に英は、『仕方ないな』と言いつつも、やけに嬉しそうで、渉は隣で『胸焼けしそう…』なんて、心の中でそっと呟いていたりする。

「じゃ、行ってくる」
「うん、頑張ってね。応援してるよ」

 渉にニコッと微笑まれて、NKコンビはさらにグニャグニャだが、今度は隣で和真が『暑苦し〜』と呟いている。

 結局、お互いさま…だ。





 そうして3人が走って行ったグラウンドの真ん中では特設ステージが組まれていて、今年の目玉となる催しの準備が着々と進められていた。

 その名も、『聖陵ボーイズコレクション』。

 つまり、ファッションショーだ。


 言い出しっぺはなんと、姉弟校の関係にある『Y女学院生徒会』。

 こんなにイケメン揃いなのを持ち腐れにしてはダメだ!…と、企画を持ち込んできたのだ。

 それに乗っかったのが、聖陵の生徒会というわけで、中高6学年の各学年から5人ずつの総勢30名が投票で選ばれて、ランウェイを歩くことになった。

 管弦楽部からは、『そりゃ当然だろう』と言われた、直也と桂、そして英と斎樹、紘太郎たち長身男前に加えて、可愛い系の真尋と中学生の子が数人。

 その他は、やはり昨日の演劇コンクールで活躍した剣道部・バスケ部のイケメンたちや柔道部の大物などが選ばれたのだが、渉と和真は入っていない。

 そのことについて、学院内ではかなり激しいブーイングの嵐が起こったのだが、主催の生徒会が、『度重なる説得にもOKが出なかった』と説明し、渉自身も、演劇コンクールとコンサートで手一杯で、体力に自信がないと、それは気弱な表情で訴えたために、さすがに周囲も『やれ』とは言えなかったという次第だった。

 更に和真に至っては、『演劇コンクールに出たのだからもしかして…』と周囲が淡い期待を寄せたのだが、『アレに出ただけで満足しろっ』と言い放たれてしまい、二の句が継げなかったというわけだ。



「それにしても、ほんと、いろんな事考えるよねえ。生徒会も和真も」

 呆れたような、感心したような複雑な口調で言う渉に、和真は上機嫌だ。

「ま、最後の置き土産ってこと。…ふふっ、学院中を震撼させてやろうね、渉」
「あのねえ…」

 巻き込まれる身にもなってくれない?…なんて言っても和真にはもちろん通じない。

「さ、僕たちも急ごう」
「…うん」

 2人は小走りにグラウンドの端っこを駆け抜けた。

『あっ、桐生くんと安藤くんよっ』なんて言う、女子高生たちの声が追いかけてくる中を。 



                     ☆★☆



 聖稜ボーイズコレクション本番の時間がやって来た。

 特設ステージとランウェイをぎっしりと取り囲む人の群れは、7割方が女子中高生で、残りが父兄やOB、そして在校生といったところだ。

 軽快な音楽とライティングの中を、この日のためにウォーキングの特訓までさせられた『聖陵ボーイズ』がそれなりにノリノリで登場すると、あたりは黄色い歓声に包まれる。

 一応ファッションショーなので、服がメインのはずなのだが――ちなみにスポンサーは、聖陵OBがCEOを務める大手アパレルメーカーだ――7割の観客のお目当てはもちろん『服の中身』で、早くも服ではなく『中身』の品定めが始まっている。



 そして、そのイケメンたちを、舞台袖の誰もいない一角から、何故か渉と和真が覗き見ていた。

「直也も桂もカッコいい〜。ほんと、様になってる〜」

「英も、クールビューティーって感じで、堂に入ってるよねえ」

「でもさあ、直也と桂はノリノリでやるだろうなとは思ってたし、その通りになったけど…」

「英って、なんだか面倒くさそうに見せつつ、実は密かにノリノリなんじゃないかって気がするんだけど」

「うん。なんかそんな気がする。母さんとかみたら、びっくりしそう。こういうこと、やりそうにないタイプだからねえ」


 とは言いつつ、渉には心当たりがある。

 そう、今回の演劇コンクールも、本番だけは熱演だったのだ、英は。

 理由は簡単。和真が次のA組の準備で舞台袖にいたからだ。

 そして今も、どこかで和真が見てるはずだから、あれだけ気合いが入ってるわけで。

 ――ふふっ、可愛いんだ、英ってば。

 ここへ来てからの自分のことを英は『変わった』というけれど、そう言う英だってとんでもなく変わったじゃないか…と、渉は思う。

 もちろんそれは、とても望ましい変貌で。

「あ、いたいた。桐生くん、安藤くん、こっちこっち」

「あ、は〜い。行くよ、渉」
「……」

「返事は?」
「…はぁい」


                     ☆★☆


 ステージでは30人の『聖陵ボーイズ』がずらりと並んでいた。

 ショーも大詰め。
 ステージでは出演者たちへのインタビューが始まっていた。

 お目当ての『彼』の名前や学年、部活などを知るチャンスとばかりに女の子たちが聞き入り、中にはトークもOK!と言う聖陵ボーイズ――例えば聖陵ナンバーワン漫才コンビNKとか――もいて、場を盛り上げる。


 そして、これでフィナーレかと思われたところで、司会を務めるY女学院の生徒会長がゲストの登場を告げた。


「さて、ここで特別ゲスト、我が校自慢のワンツー美少女をご紹介させて下さい!」

 その声に色めき立つのはもちろん聖陵の野郎どもだが、女子中高生たちも、『あのY女のワンツーとは…!』と興味津々だ。

 音楽と照明が変わった。

 キュートでポップなそれに合わせて、軽いスキップのノリで、とんでもなく可愛い女の子が2人、手をつないでやってきた。

 もちろん常は『化粧禁止』の校則が存在するY女学院だが、もちろんこんなお祭りファッションショーの時には本職顔負け…どころか、本業でも通用するだろう完璧フルメイクで、これまたウィッグであろうけれど、小ぶりな顔に自然に沿うようにクルクルと巻かれた金茶の髪の毛がふわふわ跳ねて、まさに『お人形さん』だ。

 このまま『読モ』で通用する。

 しかも服装と来たら、ピンク系のロリータ。

 胸や腰にふんだんに大きなおリボンがあしらわれ、縁を飾るのはもちろんフリフリのレース。

 ヘッドドレスも欠かせない。当然おリボンだ。

 更に極めつけは、腕に抱いたウサギとクマのぬいぐるみ。もちろんピンク。

 そして膝上10cmのスカートの中はもちろんチュールで埋め尽くされていて、そこから伸びる足は細くて真っ直ぐに伸びている。

 靴の高さに慣れていないのか、やや戸惑いがちなところがまた可愛くて、辺りからはどよめきにもにた歓声が上がり、聖陵の野郎どものテンションがマックスになろうとしたその時に事件は起こった。


 ランウェイを往復した2人の美少女を取り巻くように、30人の聖陵ボーイズが勢揃いしたところで、ウサギを抱えた美少女が、英の側に近づいて伸び上がり、その頬にキスをしてしまったのだ!

 瞬間に上がった絶叫は、まさに耳をつんざくレベルで。

 だがその瞬間、キスされた英は気がついてしまった。


「か…っ」
『シー』


 そして、英の側にいた斎樹と真尋は真っ青になっている。『安藤先輩に殺される〜』と。

 そんな彼らの葛藤(?)を余所に、2人の美少女にマイクが向けられた。

「みなさんも、我が校の美少女の素顔、知りたいですよね〜」

 ここで盛り上がるのは当然聖稜の野郎どもだ。

「2人は管弦楽部なのよね」

 ところがY女学院に管弦楽部はなく、あるのは軽音楽部だけ。

 辺りがざわついた。

「じゃあ、クラスとお名前と、部活でのポジション教えて下さ〜い」

 クマのぬいぐるみを胸元にギュッと抱えて、ずっと恥ずかしそうにうつむき加減だった天使のような愛らしさの少女が、小さく声を出した。

「えっと」

 その最初の一言で、辺りが静まり返った。

 それは、親しい人間にとっては聞き覚えのある声。
 そうでない人間にとっては、『女子にしては声が低めじゃないか』と。


「3−A、桐生渉…です。生徒指揮者、やって、ます」


 本人的にはもう、人見知り&引っ込み思案発動マックスだ。

 何しろ周りは知らない人だらけ。その上このカッコだ。

 いっそのこと最後まで正体を晒さずにすむのなら、もう少し大胆にもなれようものなのに。

 だが、そんな渉を無視するかのように、そこら中が蜂の巣を叩き落としたような大騒ぎに包まれた。


「ウソ…だろ」
「渉…って? マジで…」

 直也も桂も、呆然とする以外に何もできない。

『これはまた、可愛い子がいるもんだなあ』と、他人事目線で男子高校生らしい健全な評価をしていたその子がまさか、誰よりも愛おしい恋人だったなんて。

 しかも、渉がよく承知したものだと言う驚きもある。
 しかもしかも、騙されたのだ。

『この上にファッションショーだなんて、体力もたないよ、僕』

 小さな声でそう言われては、もう『そうだね』と、ヨシヨシと抱き締めるしかなかったのだ。

 だが、確かにアレは渉の本音だったのだろう。彼が『こんなコト』を喜んでやるとはこれっぽっちも思えないから。

 けれど、それにしても可愛い。 
 このままどこかへ連れ去りたい気分だ。


 一方、英も当然目を見開いて固まっていた。

 キスされた相手に気を取られていて、もうひとりの『その可能性』を完全に失念していたのだ。

『ウサギを抱いた彼女』が『彼』ならば、『クマを抱いた彼女』が渉である可能性はとんでもなく高かったはずなのに。


「渉くんは、そこのイケメン、桐生英君のお兄さんなのよね」 

 えっ、そんな話までするの?!…なんて青ざめてるのはもちろん渉。

 そして、『これが噂の桐生家の兄弟か』と、一般客も騒然としている。

 現在のところ、対外的にも最も有名な兄弟生徒の、とんでもない姿に、さすが聖陵…の声が上がる始末で。

「お兄さんがこれやるの、知ってた?」

 質問に、英の横から別のマイクが向けられて、答えを促す。

「…いや、全然聞いてなくて…」

 聞いてないどころか、しっかり騙された。しかも、揃って『2人』から。

「ちょっと並んでみてくれない?」

 司会の生徒会長が英を呼んだ。

 英はもう、どうにでもなれ…の心境で、言葉に従う。

 けれど、近くへ寄ってみれば、渉はやたらと可愛くて。

 渉でこれだけ凄いのだから…と、もうひとりに視線を向けたいのだが、衆人環視の元ではそうもいかない。

「お似合いだと思いませんか〜?」 

 兄弟でお似合いだと言われても…と、兄弟が揃って脱力しても、観客はもう、ノリノリで拍手喝采だ。

 しかも『よっ、ご両人!』なんてヤジまで飛ばされて、渉はハタと思いついた。

 そうだ、さっさともうひとりに意識を向けさせないと…と。


 渉は手を伸ばし、『ウサギを抱いた彼女』を引っ張り、英と自分の間に立たせた。

 そして、『美少女のひとりが渉と言うことは、もうひとりはいったい誰なんだ』と、会場はざわつく。

 けれど、聖陵の生徒も教師も、それが『彼』であるかもしれないという可能性は頭から否定していた。


 絶対に有り得ないと。
 天地神明に誓ってあり得ないと。


「さて、お待たせだったわね〜。もう、めちゃめちゃ可愛い彼女。クラスとお名前と、部活でのポジションどうぞ〜」

 美少女は、ウサギのぬいぐるみにキュッと頬をつけて、ニッコリ笑って言った。

「3−A、安藤和真で〜す。オーボエ吹き、やってま〜す


 語尾にハートマークがついているように感じたのはもちろん、渉だけではない。

 しかも和真はご丁寧にも、フリフリのスカートの端っこを摘まんで、ちょっと膝を折ってみせたのだ。

 その場で驚愕の叫び声をあげなかったのは、『普段の安藤和真』を知らない一般客と父兄、そしてその正体にほんの少し早く気付いた英だけだっただろう。

 いや、一般客も父兄も、アレが男子というだけで、絶叫ものではあったが。


 ――あれが安藤だって!? ウソだろ〜?!

 管弦楽部の生徒が一番多いからと言う理由で監視役をさせられていた祐介は、ステージ脇で呆然と美少女を見つめている。

 実は、渉は一目見たときに何となく予感があったのだ。
 高1の夏、化粧品のCMに出たときの葵によく似ていたから。

 けれどもうひとりの可能性は絶対にあり得なかった。


 そしてここに、もうひとり、唖然としている教師がいた。

 ――和真?! 有り得ないだろっ!

 生徒会の主催だからという理由で、これまた監視役に引っ張り出されていた、高等部生徒会顧問の篤人だ。

 生まれた時から知っていて――いや、生まれる前からだ。お腹の中にいる時から知っているから――自分も甥っ子同然に可愛がってきた和真が『難攻不落の美少女』と言われているのを篤人も知っていた。

 こんなに驚いた出来事は、おそらく人生でも一番か二番のことだ。

 和真にいったいどんな心境の変化が訪れたと言うのか。
 最も考えられるのは、『卒業』という節目を迎えること。

 だが、もしかしたら…の、思いもある。

 18年と少し、ずっとその成長を見守って来たのだから、その変化はよくわかっているつもりだ。

 とにかくチビの頃から頭のいい子で、いつも中身は同年代の子供の遙か先を歩いていた。

 そんな和真が年相応の様子――ある意味、可愛らしさ――を頻繁にを見せるようになったのは、年末年始辺りからだった。

 その様子は、気持ちを預けられる『誰か』を見つけたようにも思えたから、『もしかして、恋でもしたかな』…なんて、翼と話していたのだが、どうやらそれは当たりのようだ。

 だが、今年度になってから噂になっていたのは、今年の話題の『正真正銘』だったが、2人が幼なじみなのは篤人も翼も知っていたから、それはないとわかっていた。

 しかし、今、相手まではっきりわかってしまった。 


 ――浅井は知ってるのかな…。

 そう思った時、ふと思い出した。

 ――もしかしたら、和真を桐生家が預かるって話は、『それ』込み…か。

 まったくあの一族には敵わないな…と、篤人はひっそりと笑いを漏らす。

 ――今度奈月に会ったときには、よろしく頼むって言っとかないとな。どうせヤツのことだ、すでに何もかもお見通しに違いないからな。


 そう思い巡らせた時、大騒ぎの中をランウェイから戻ってきた和真と目があった。

『Good job!』とサインを送ると、スカートの裾を摘まんで膝を折り、ニコッと笑い返して投げキスまで寄越してきた。 

 やはり和真は、やるとなったらとことんだ。

 ――翼の白雪姫といい勝負だな。

 と、その時。

「古田先生、今の子知り合い?」

 いつの間にか、後ろに翼がいた。

 生徒会同士の繋がりが深いY女学院の生徒たちと交流があるのは以前からのことで、翼も院長の代理として、また篤人も生徒会顧問としてY女へ出向くこともあるため、顔見知りの女生徒はそれなりにいるが、ここまで可愛い子は見たことがない。

「なんか凄い歓声だから来てみたんだけど」

 本日、院長と副院長は来賓の相手で忙しい。

 けれど、時々こうして息抜きに出てこないとやってられないのだ。
 エラい人の相手など。
 特に翼のような性格の教師には。


「今の美少女、安藤和真ですよ」

 そこら中に耳がある中、甥っ子とは言えなくて、いつものように『外面仕様』の返答をすれば、翼は『……へ?』と、副院長にあるまじき間抜けな声を発した。


「ちなみにその隣にいたのは、浅井先生の甥っ子です」 

「ななな、なんてっ?!」 

「今の美少女2人組は、本校3年A組の、安藤和真と桐生渉です」

 ことさらゆっくりきっぱり言うと、翼の口から魂が抜け出るのが見えたような気がした。

「ま、気持ちはわかりますけどね」

 さ、撤収始まりますよ…と、篤人は翼を引きずって行きながら、笑いが止まらなかった。


【4】へ

君の愛を奏でて 目次へ君の愛を奏でて2 目次へ君の愛を奏でて3 目次へ
Novels Top
HOME