幕間 「THE 聖陵祭!」
【4】
![]() |
「なんか、凄かったね」 あんなにウケるとは思ってなかった…と、渉がポツッと呟いた。 「ふふっ。これも渉が付き合ってくれたおかげだよ。ほんと、大満足のデキだな」 和真は周囲の反応にいたく満足している。 自分がやるからには、『絶対』でなければならないのだ。 「和真は似合ってるから良いけど、僕はなんだか…って感じだよ」 「何言ってんの。『聖陵の天使』は本物の天使だったって、女の子たち騒いでたよ」 バックヤードに戻ったとたん、さっさと『色々なアレコレ』を脱ぎ捨てて制服に戻った渉と和真は、Y女の生徒会の面々と『近いうちに打ち上げしようね〜』と約束して、音楽ホールに向かった。 1時間後には、明日の聖陵祭コンサートの公開リハーサルが始まる。 彼らにとっては、これこそが『聖陵祭』だ。 「それにしても、口紅って相変わらず気持ち悪い物だよね。女の子たちって、よく平気であんなの塗ってるよね」 渉が自分の唇をそっと撫でる。 白雪姫もジュリエットも、ばっちり口紅をされていたが、あの時も同じ感想を持った。 今も、一応顔は洗ったものの、なんだかまだぬるぬるしているような気がして気持ちが悪い。 「…だよね。あれでご飯食べてんだよ。信じらんないし」 和真も、自分で仕掛けたものの、想像以上に『化粧』と言う行為が気持ち悪くて、もう二度とゴメンだな…と、心に決めている。 「でも、キスしてもつかないなんて、不思議な口紅だよね」 和真が口づけた英の頬には、何の痕跡もなかった。 去年のジュリエットの時は、キスシーンで『想定外』の色移りをしてしまい、暗転の時にメイク担当の美術部長がすっ飛んできて英の唇を拭いていたのだ。 「ああ、そこんとこ、メイク担当の悠香ちゃんに確かめてあったんだ。でなきゃ、やんないよ」 和真の言葉に渉は『あ、そ。確信犯だったわけね…』と、脱力する。 「でも、きっと大騒ぎになってるよ。和真、ここのところ、岡崎くんと噂になってたし」 「あれ? 気づいてたんだ」 「そりゃ気づくよ。英ってば、ご機嫌ナナメだし」 すっかり『わかりやすく』なってしまった弟のご機嫌を取るのは、それなりに大変なのだ。 「ふふっ、だから…だよ」 和真が謎の言葉を呟いたところで、2人はホールに辿り着いた。 ☆★☆ 案の定、リハーサルのために集まって来た管弦楽部員は『まさかの和真』に、興奮覚めやらない。 直也と桂をはじめとした管弦楽部の面々が出演していたために、見逃したと言う部員はほとんどいなかったのだが、撮影に成功した者は少なくて、数少ない画像と映像に群がっている状態だ。 みな、音出しも忘れて話題に盛り上がっているのだが、誰かがポツッと呟いた。 「ってことは、よく考えたら英にキスしたのって、安藤先輩ってこと?」 「だよな…」 そこへ英がやってきた。 最前列の定位置に座り、隣の真尋と言葉を交わすと、楽器を構えて軽くチューニングを始める。 「おい、英」 同級生が声を掛けた。 「何?」 「最初、Y女の美少女にキスされて、舞い上がったんじゃね?」 からかうような口調に、『ああ、それ』…と、気のない言葉を返す。 「いや、確かに一瞬驚いたけど、すぐ安藤先輩だって気付いたから、そっちの方が驚きだったかな」 何て事のない風情で返されて、辺りは一瞬『そんなもんか?』…なんて思ってしまったのだが。 「え? 何で安藤先輩だって気付けたんだよ。完璧な美少女っぷりだったじゃん」 周囲もそうだそうだと同調する。 確かに、間近で身近な人間が見ても、アレは絶対にわからない。 素でも、とんでもない美少女だが、さっきのアレは、また違うタイプの超美少女だったのだから。 「ん? ああ、唇の感触だな」 辺りが沈黙した。 「頬に触れた感触で、安藤先輩だってわかったから」 しれっと爆弾発言を落とされて、辺りが『今の、何?』…と、呆然とした時、直也が部員たちにホールの開場を告げた。 見学者が入場してくるから、アホな行動は慎めよ…と言うことだ。 公開リハーサルは、1000枚の整理券が10分で捌ける騒ぎとなった。 例年も人気は高いが、今年は特に希望者が多かった。 渉たちがいるからという理由の他に、夏のコンサートに悟が来たことによる注目度のアップもあるのだろう。 30分ほどかかって入って来た、ぎっしりの見学者を前に、部長の直也が指揮台の横に立って『お願い』を告げる。 リハーサル中の出入りや私語、携帯電話の使用に関する注意事項だ。 リハーサルだからいいだろうと勘違いする見学者も中にはいるから。 丁寧な口調でゆっくりと話し、『ご協力お願いします』…と結ぶと、客席最前列から『麻生くん、かっこいい〜』なんて呟きが聞こえてきて、思わず苦笑が漏れる。 だが、それで終わらないのが直也だ。 「音もバッチリ聞いてね」 そう言って声の主に微笑むと、周囲から小さな悲鳴が上がる。 「…麻生先輩って、『タラシ』の才能ありますよねえ」 紘太郎が呟いた。 見てしまったあのラブシーンも、高校生にあるまじきエロさだったのを思い出す。 そして、その呟きに、桂が速攻で反応した。 「だろ〜? 純情なオレ様には到底真似できない芸当なわけよ」 「…なんか言いました? 栗山先輩がこの前、中等部の子をハグしてメロメロにしたの、俺知ってますよ?」 一番客席に近いトップコンビの会話は当然聞こえていて、笑い声が漏れる。 まだウォーミングアップの好き勝手な音が溢れている段階だから、ステージも客席もざわざわとしていて、『栗山くんと岡崎くんが並ぶと絵になるよね〜』なんて声も聞こえてくる。 桂は中学の頃から有名人だが、紘太郎も、『あの』岡崎礼二の息子だというのは、女の子たちにはとっくに知れ渡っている情報だ。 そんな最前列のコミュニケーション(?)を余所に、和真はさっさと『いつも』に戻って音出しを始めている。 全身から『今回の件に関しての質問は一切受け付けない』との無言の圧力を滲み出させていて、誰も声が掛けられない。 けれどただひとり、そんなことも、ものともせずに話しかけてくるヤツがいた。 そう、雑用を片付けて、和真の隣――フルートの首席の位置にやってきた直也だ。 「…お前さぁ、思い切ったなあ。よもやあんな姿が拝めるなんて、夢にも思わなかったぞ」 まさか…の衝撃は渉以上だった。 「あ? まあね。でも、やってみて大切なことに気づいたよ」 「何?」 「女の子って大変なんだよ。顔塗って、髪の毛いじって、面倒くさい服着て、足すーすーで寒くて、歩きにくい靴履いてさ〜。あんなの毎日やってらんないって。1時間早く起きなきゃダメじゃん。ホント、 男に生まれたことに感謝しちゃうよ」 2人のやりとりは小さな声だったが、管楽器の数人と弦楽器の最後列には聞こえていたようで、殺した笑い声が漏れてくる。 その時、渉がやってきて指揮台の横に立った。 頃合いを見てチューニングを促そうと、辺りの様子を確認する。 そこで。 「なんだ渉、着替えちゃったのかよ〜。残念〜」 コンバスの位置から首席の遠山七生が声を掛けると、客席も巻き込んで大爆笑になった。 しかしそこで、今までなら言われっぱなしだった渉が、まさかの反撃に出た! 「だって、あのワンピース、腕上がらないんだよ」 よもやの切り返しに、あたりはまたまた爆笑の渦に巻き込まれる。 「渉も言うようになったねえ」 …と、感慨深げに呟いたのは、和真だ。 「そりゃ同室者に鍛えられたんだろうって」 しれっと言い返すのは当然直也で。 そしてそこで、コンサートマスターからトドメの言葉が発せられた。 「ってか、あの短いスカートで指揮台上がられたら、俺の席からの眺めが超ヤバくね?」 その『バカウケ』発言に、さらにトドメを刺したのは、またしても『まさか』の渉だった。 「それだったら、コンマスの席よりも客席最前列の方がきっとよく見えるよ。あっち、行く?」 これでチューニングの開始が5分遅れになったのを、舞台袖で祐介が笑いながら見ていた。 ☆★☆ 翌日のコンサート本番。 朝からヴァイオリンパートはバタバタしていた。 サブメンバーの中学生が高熱で病欠する事になったのだ。 誰がピンチヒッターで乗るのか、コンマスと部長が顧問と生徒指揮者と話し合っているのを、ヴァイオリンパートの面々はじっと見守っている。 管楽器も弦楽器も、病欠が出た場合に備えての代役は決まっている。 だが今回はサブメンバーの下位の生徒だったので、そのあたりは曖昧になっていた。 最悪、『無し』でやるという選択肢もなくはないからだ。 だが、祐介が出した結論は違った。 弦楽器は2人で一組が基本だから、乗れる人員があるのなら乗せるのが『当たり前』なのだ。 「じゃ、よろしく頼むな」 コンマスに言われて生徒指揮者は『うん』と頷く。 自分の楽器は持ってきていないから、桂の予備を借りることにした。 何度か弾かせてもらったことはあるから、クセは掴んでいる。 桂は、『俺が弾くより良い音がする』…と拗ねていたが。 譜面も、ずっと下振りしていたから完全に頭に入っている。 だから、ピンチヒッターとしてはうってつけの人員なのだ。 渉は。 「ええっ、わ、渉先輩っ?!」 通しリハーサルで、ファーストヴァイオリンのサブメンバー最下位の子の隣に渉が座ると、驚いたその子は立ち上がってしまった。 「あ、うん。僕がピンチヒッターやることになったんだ。迷惑かけないように頑張るから、よろしくね」 ニコッと微笑まれて、中2のチビくんはぶんぶんと首を振る。 「こここ、こちらこそ、よよよ、よろしくお願いしますっ」 実際にその演奏を聴いたことはないが、渉の実力がコンマスより上だと言うのは、当のコンマスが吹聴して回ったことだ。 だが、演奏が始まった途端に中2のチビにも、コンマスの言葉が本当だったことがすぐにわかってしまった。 『渉先輩、マジで異次元の人だって…』 とにかく渉の隣で同じ楽器を弾けるなんてチャンスは二度とないと、病欠した友人には申し訳ないが、ラッキー!と思ってしまったことは、永遠に内緒…だ。 そして、渉はと言えば、久しぶりに奏者としてステージに乗って、指揮をしているからこそ気づくことがたくさんあって、やはり病欠した子には悪いけれど、おかげで勉強になったなと感じていた。 とりあえず、指揮者という道を模索することにした以上は、たくさんのことを経験して身にしていきたいと、以前には考えられなかったほど前向きに…ある意味貪欲になってきた自分に少し驚いてもいるけれど、それらを少しも負担に感じないことに渉は気がつき始めていた。 今日も、メインメンバーの前プロ『だったん人の踊り』と中等部選抜の『フィンランディア』を振って、直前のピンチヒッターだとか、席順の入れ替えだとか、バタバタ度合いは昨日・一昨日の比ではない。 けれど、疲れ具合は昨日・一昨日の方がはるかにキツい。 ――こんなバタバタなら平気なんだなぁ…。 そうして、音と共に時は留まることなく流れていき、自分たちはまた、新しい音と時間を誰かと共有し、別れて行き、そしてまた出会い…を、きっと繰り返していくのだと、気持ちのどこか遠いところでぼんやりと感じている。 そう思うのは多分、音の世界で生きていきたいと自覚したからだと、渉は思った。 ――はあ…。やっぱり僕の居場所はここ、だよね。 最後の聖陵祭を終えて、渉はホッと、息をついた。 |
END |
『幕間〜僕は君のもの』へ
お久しぶりの『彼ら』です。
『おまけ小咄〜先輩はミタ!』
![]() |
その現場に彼はいた。 某音楽大学の打楽器専攻2年にして、学内オーケストラ『チームA』の首席奏者を務める彼は、すでにプロのオケからエキストラを頼まれる実力の持ち主だ。 更に『来年は僕のツアーを手伝ってくれないか?』と声を掛けてくれたのは、中学高校大学の先輩にあたる、あの世界的指揮者にして大事な後輩の叔父である桐生悟氏だったりして、音楽家としての人生はまだハタチを過ぎたばかりだと言うのに順風満帆の滑り出し。 しかも母校に残してきた愛しい恋人も、来年には同じ大学に進学して来てくれそうで。 何もかもハッピーに事を運んでいるその彼――2代前の管弦楽部長・里山貴宏が、母校の指導OBとして訪れたその日は聖陵祭の2日目。 明日の本番は、自分の本番が重なってしまったので聴きに来られないから、公開リハーサルを聴いて、頑張る恋人を激励し、打楽器の後輩たち――自分が卒業した途端に年中モメ始めた――に、活を入れようとやってきた。 そしてそこで見てしまったのだ。 『聖陵ボーイズコレクション』を。 イケメン揃いなのは見慣れているからどうってことはなくて、『NKコンビは相変わらずノリノリだなあ』とか『英ってこんなこともやるんだ』なんて、ありきたりの感想を心の中で垂れ流していたのだが。 ちなみに英とは入れ違いだったが、凪が懐いているので、指導OBとして訪れるたびに話をするようになった。 そうこうしているうちに、叔父の悟氏とも懇意になり、今に至ると言うわけだが。 そんな貴宏の目の前で、とんでもないことが起こった。 そう。特別ゲストと紹介された、コワいほど可愛い少女2人が、寄りによって可愛がっていた後輩たちだったのだっ。 しかし、ひとりは『白雪姫』姿を見ているし、本人はやりたくないのだろうけれど、乗せられてしまうとイヤだと言えないタイプなので、まあ、理解できないこともないとして…。 けれど、もうひとりはと言うと、これはもう絶対にあり得ない出来事で、『いかなる時にも冷静沈着なる有言実行の男』と評されてきた自分が、あわや取り乱してしまいそうになるほど驚いてしまったのだ。 しかし、『さすが里山!』と賞賛されるであろう行動を、彼は咄嗟に取っていた。 そう、『ピンクのクマを抱えた美少女』が『桐生渉です』と言った瞬間に、スマホを取り出して録画を始めていたのだ! そしてそれは、その後に行われた『ピンクのウサギを抱えた美少女』の衝撃の告白の瞬間を捉えていた! 「3−A、安藤和真で〜す。オーボエ吹き、やってま〜す ![]() ふりっふりのピンクロリータに身を包んで可愛らしく膝を折った姿は、誰がどう評したところで『超美少女』。 けれど声は確かによく知っている、『彼』の声だ。 その瞬間、あたりは絶叫に包まれた。 そして、その美少女は小首を傾げてニコッと笑い、手なんか振ってるし。 ――これはもう、送りつけるしかないだろう。 貴宏はニタッと笑って、今録ったばかりの映像を、何処へかと送信した。 ☆★☆ その頃、東京から遠く離れた北海道で。 土曜日の午後。 札幌の自宅の自室で、大学から帰宅したばかりの先代管弦楽部長・沢本理玖がパソコンを立ち上げた。 そのまま東京に残るか、それとも札幌の実家へ戻るか。 暫し悩んで理玖が選択したのは『実家へ戻って進学する』という道だった。 現在は地元の国立大学に通っていて、子供の頃からの夢だった獣医を目指している。 小さな電子音が、メールの新着を告げる。 ――あれ? 里山先輩からだ。パソコン宛てって珍しいな。 普段2人のやりとりはスマホでのメールもしくは電話だ。 なのにどうして今日に限ってパソコンに…と、思って開いてみると、『面白い物録ったから送るぞ。驚きすぎて腰が抜けないように心の準備よろしく』などという、どことなくふざけた文章に、映像ファイルが添付されていた。 ――ああ、容量デカイからパソコンなのか。でも、なんだろ? 何の警戒心もなく、ファイルを開いた。 まさかウィルスではないだろうし…と。 まもなく新しいウィンドウが開き、映像再生の画面が現れると、そこにはこの春巣立った母校のグラウンドが写しだされていた。 ――ああ、聖陵祭の時期だ。1年経ったんだなあ。懐かしいなあ〜。 なんて、暢気な感想を浮かべた理玖の目には、クマのぬいぐるみを抱えたとんでもなく可愛らしい女の子。 なんで聖陵祭のグラウンドステージに女の子がいるのか、さっぱりわからないが、きっと何かの催しだろう。 それにしても、まるで天使のような愛らしさの少女だ。 そして、司会の女の子の声はあまりよく聞き取れないが、どうやらマイクを向けられているのは英だ。 『お兄さんがこれやるの、知ってた?』 『…いや、全然聞いてなくて…』 会話はかろうじて聞き取れたのだが。 ――お兄さん? 英に『お兄さんがこれやるの』って聞いたよな、今。 英のお兄さんと言えば、渉だ。そんなこと、聖陵の誰もが知っている。 ――渉が何やったんだろ? そうこうしているうちに、英が呼ばれて美少女の隣に並ばされた。 少女の恥ずかしげに俯く様子が初々しい。 『お似合いだと思いませんか〜?』 ――まあ、確かに似合ってるとは思うけど。 それにしても、貴宏はわざわざ何を送ってきたんだと、理玖は呆れ顔になって画面を見る。 ――っとに、何だっての、この人はもう〜。凪ってものがありながら、わざわざ可愛い女の子の映像なんて嬉しそうに録っちゃって。 しかも送りつけてくるって、何考えてんだか。 だいたい、誰のおかげで凪と幸せになれたと思ってんの。 そう、貴宏と凪の愛のキューピッドとしては、まったくいただけない話だ。 告白して玉砕した時も、『里山と理玖はデキている』という噂を払拭したのも、その他諸々のフォローも、渉と七生という強力な助っ人が現れるまでは、全部理玖がやって来た。 まあ、凪は目に入れても痛くないほど可愛い大切な後輩だから、頼まれなくても大いに世話は焼いたが。 そんな、今となっては良い思い出になったあれこれを反芻していた時、画面の中でもうひとりの超美少女が言った。 『3−A、安藤和真で〜す。オーボエ吹き、やってま〜す ![]() ――………。 映像の中では大騒ぎになっている。 ――今、何て? 映像を戻してみる。 『3−A、安藤和真で〜す。オーボエ吹き、やってま〜す ![]() ――安藤……? 確かに声は、5年間想い続けたあの子の声だ。 けれど、その姿は絶対にあり得ないもので、理玖は思わず目をゴシゴシと擦る。 そしてもう一度…。 『3−A、安藤和真で〜す。オーボエ吹き、やってま〜す ![]() 一時停止した静止画に映るそのあまりにも美しい少女は、縦から見ても横から見てもナナメから見ても間違いなく女の子だ。 声以外は。 次の瞬間、理玖は猛然と返信を打ち始めていた。 『里山先輩! 今の、何なんですかっ?! あれ、見たんですか? マジで安藤なんですか?』 取り急ぎ、『送信』をポチる。 ほんの数分で返事はあった。 『今、公開リハの直前なんだけど、もう管弦楽部中、安藤の一件で持ちきりだ。 ヤツにいったい何が起きたんだって、先生方も騒然だぞ。ちなみに演劇コンクールにも出たらしい。 これも映像入手次第送ってやるから楽しみにしてな。そうそう、最初に映ってる美少女は渉だから。あ、おかげさまで凪とはラブラブだからな。安心しろ』 おかげさまで…以降はまったく目に入らなかった。 凪さえ幸せなら、この際貴宏はどうでもいい。 どうせ幸せに決まってるのだから。 いや、それどころではない。 とにかくあの美少女は和真なのだ。 そして、英の隣に並ばされていた天使は渉なのだ。 ――彼らにいったい何が……。 いや、渉ならわからないでもない。 『やらされた』もしくは『巻き込まれた』のだ、きっと。 だが、和真に限って『やらされた』と言うことは絶対にない。 彼は自発的にやったのだ。これを。 ――……恋の力は大きい…ってわけか。 理玖の目には、その姿はまるで、纏っていた鎧を脱いだかのような変容に映った。 和真はきっと新しい恋をして、上手くいっているのだ。 できることなら相手は知りたくないけれど、多分、あいつだろう。 とりあえず、この映像は永久保存だ。 そして、冬休みに入る頃に携帯にメールしてやろう。 『見ちゃったよ〜ん』…なんて。 どんな返事が帰ってくるか、楽しみだなと思いつつ、映像をもう一度頭から再生する。 和真が英の頬にキスをした瞬間が録画されていなかったのは、幸い…だったのだろう。多分。 |
おしまい。 |
☆ .。.:*・゜