第5幕 「初雪の頃」

【4】





「…なんか、嘘みたいだ」

 寮への帰り道。和真の呟きに、 口から魂が半分はみ出てた状態だった僕は、やっと我に返った。

「あの、さ、僕は最高に嬉しいんだけど、グランマたちが盛り上がって決めちゃったみたいで…迷惑じゃなかった?」 

 有言実行は里山先輩だけじゃなくて、うちの父さんもそうなんだけど、それは、グランマ譲り――血は繋がってないけど――なのかもしれない。 

 悟くんは無言実行タイプだけど。 


「まさか。そんなはずないよ。だってホントに嬉しいんだ。まだまだ渉と一緒にいられるなんて、思ってもなかったし」

 そりゃもう、僕だってこれからも和真と暮らせるなんて夢みたいなんだから。

「それに、カッコ悪いからあんまり言いたくなかったんだけど、実はひとり暮らしってちょっと寂しいなあって思ってたんだ」

「え、そうなんだ」

 和真はしっかりしてるから、平気なんだろうなって勝手に思ってた。

「うん。僕さ、今までひとりの部屋って持ったこと無いんだよ。中学入るまでは、優里と愛里と一緒だったし、中学3年間は4人部屋だろ? 高校からはずっと渉と一緒だったし」

「帰省した時は?」

「ん〜と、1年目から怪しかったんだけど、高等部へ上がった頃にはもう完全に優里と愛里に占拠されちゃってたんだ。けど、あいつら『一緒に寝りゃいいじゃん?』とか言うんだよ。僕の前で平気で着替えるしさ。マジ、女子の恥じらいとかないのかよって感じでさ」

 …ってか、それってもしかして、和真が男子として認識されてないんじゃ……なんて、本人には口が裂けても言えないけど。

「だから、おじいちゃんの部屋で一緒に寝てた」
「そうだったんだ」

 帰省したら部屋がなかったって言うクラスメイトも結構いるけど、和真もだったんだ。うち、部屋数多くてよかった…。

「うん、だから、ほら、1年の最初の頃に渉が2週間入院しただろ? あの時初めてひとりきりで寝て、マジで寂しかったんだし」

 あー。あの時は、和真にも桂にも直也にもほんとに迷惑かけちゃったんだよね。

「その節はお世話になりました」
「いえいえ、とんでもございません」

 僕たちは漸くいつもの調子で、顔を見合わせて笑った。

「これからも渉と一緒に暮らせるなんて、最高!」
「英も帰ってくるしね」

 ウィンク付きで言ってみれば、和真はまた盛大に朱くなった。

「ま、まあね」

 可愛い〜。照れてるよ。

 でも、外堀が埋まり始めてることは、いつ言おうかな…。

 やっぱりそこのところは英に任せるのが『吉』…だよね?

 うちへ来るってのは、きっと和真が自分で英に話すだろうけど、かなりの範囲にバレてるかも知れないってのは、もしかして英も気づいてない?

 や、そんなことはないはず。英に限って。



                    ☆★☆



 次の日、朝から英はこれでもかって言うくらい上機嫌で、沢渡くんも水野くんも、『なぜ?』を通り越して『不気味』がってるほど。

 もちろん理由はと言えば、それはもう昨日の一件しかないわけで。

 多分気になって仕方なかったんだろう。
『英、なんかあったんですか?』って、部活の時に沢渡くんが聞いてきたから、正直に話したら、『超納得しましたけど、英も人のこと言えないほど、わかり易くなりましたねえ』なんて笑ってた。

 沢渡くんも、その後ゆっくりと上手くいってるみたいで、水野くんを見つめる顔が幸せ過ぎて、多分周囲にはバレバレ。

 ほんと、お互いに人のこと言えないほど…だよね。


 で、昨夜は和真が『渉も一緒に』って言うから、2人で英に報告したんだけど、でも、話していて僕は何となく気づいてしまった。

 英、グランマたちにバレてること、気づいてないみたいなんだ。

 校内では噂になっちゃった――ってか、意図的に噂にしちゃったようだけど――から、ゆうちゃんや翼ちゃんの耳に入るかもって覚悟はしてたみたいなんだけど。 

 でも、実はその噂自体がすでに沈静化してるんだ。

『あれ、やっぱりネタだったんじゃないの?』って。

 それは2人が人前で一切甘い雰囲気を見せないから。

 岡崎くんと結城くんは、一度だけ、2人が素知らぬ顔でこっそり小指を結んでるの見ちゃったらしいんだけど。

 そんなわけで、もしかしてゆうちゃんや翼ちゃんにもまだバレてないのかも…って、僕も思わないでもない…かな。

 まあ、葵ちゃんも言ってたからなあ。

 ゆうちゃんも翼ちゃんも、特に『そう言うこと』には鈍いから…って。

 でも、グランマと葵ちゃんにバレてるのは確かだし、かなりの確率で母さんが知ってるかも…って懸念もある。

 だから、やっぱり言っておいた方が良いのかなあとも思ったんだけど、でもしばらくはこのままの方が良いのかなあとか、僕はかなり、ひとりで葛藤した。

 それに、英に言って、和真に言わないってわけにもいかない気がする。

 あとでそれを知ったら、絶対和真怒ると思うんだ。

 それと、和真は大学の4年間もその後の留学でも、 僕のうちで暮らすのだから、バレちゃってることを知ったら、もしかしたら負担になるかもしれない。

 それは多分、グランマも望んでないはず。

 …ってことは、やっぱり英も和真も知らない方がいい…ってこと、か。


 きっといつか、英は自分の口で、和真と生きていきたいって、父さんたちにも言うはず。

 その時まで、僕は黙って応援してた方がいいのかもしれないな。

 ってところまで漸く考えをまとめたところで、ふと思いついてしまった。

 英と和真なら、少なくともうちの身内は理解があるはずだから問題ないとしても、僕のことはいくらなんでも『あり得ないだろう』ってレベルだってことを…。

 そう思うと、これから先のことが不安になるけれど、でも、それでも僕は頑張らないといけないんだ。

 直也と桂が、僕の所為で辛い思いや嫌な思いをしないように。
 2人がずっと、幸せでいられるように。




 で、その直也と桂だけど。

 やっぱり、和真がうちへ来るという話はすでに知っていたんだ。 

『4人のお母さん』が、メールや電話で話し合ったらしい。

 どんな話だったのかの詳細までは、直也も桂も聞いてないって言ってたけど、ともかく和真と僕がこれからも一緒にいられることにはついては、凄く喜んでくれてる。

 和真は『なんで黙ってたんだよっ』って、ちょっとお怒りモードだったんだけど、直也と桂的には、『お前だって、翼ちゃんの甥っ子だって黙ってたじゃん』ってことらしくて、これでリベンジしたつもりみたい。

 ふふっ。直也も桂も可愛いんだから。

 和真は『お前ら、ガキかっ』ってさらに噛みついてたけど。



                    ☆★☆



 定演の日がやって来た。

 今年も定演は2日間行われることになった。

 英たち『新体制』は去年の反省点を今年の運営に生かして、色々と頑張ってきた。

 そんな英の姿を見て、僕は不思議で、嬉しくて、頼もしいな…って思う。

 僕がドイツを発つ頃には思いも寄らなかった展開だから。

 それに、英がゆうちゃんみたいに、ここへ戻って来たいと思ってるって聞いた時には、心底驚いた。

 まさか、英が学校の先生になるなんて、それこそ思いも寄らなかったことだったし。

 でも、凄く嬉しくて幸せな感じ。

 僕たちは卒業まであと3ヶ月をきったけれど、ここ――聖陵学院で学んで経験したことはずっと、僕たちの大切な部分に残り続けて、僕たちを支えてくれる。

 そして直也と英はいずれここへ戻ってきて、僕たちと同じ思いを後輩たちに伝えていく。

 僕も、受け継いだ大切な物をまた次へと引き継いでいくための、『繋がりのひとつ』になりたいと強く願っている。

 グランパたち、パパたち、みんながそうしてきたように。


 
 最後の定演で、僕はメインプログラムを振らせてもらってる。

 曲はドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』。

 多分、これを振ったことのない指揮者はないっていうくらい、よく演奏される人気の曲だ。

 4楽章のすべてが、有名なメロディーで彩られている希有な曲でもある。

 グランパも悟くんも、数え切れないほど振ってるし、録音も何度もしてる。

 管弦楽部でも、数年に一度はやっているから、直人先生もゆうちゃんも、何度も振ってる。

 そんな曲を、僕もここでやれるなんて、本当に幸せで。

 でも、ここで、このメンバーでやる最後の曲だから、それはやっぱり特別な想いが胸に一杯あって、幸せをちょっと上回る寂しさも感じちゃってる。

 そうそう。和真も前の晩にポツッと言ったんだ。

『直也の隣で吹けるの、最後になるのかな…』って。

 首席になって3年間、隣同士で支え合ってきた2人。

 その前の2年間も、次席として両側から一緒に首席を支えていた。

 フルートとオーボエは、合奏中の関係はそれはそれは密接なものがあって、フルートとオーボエがオケの真ん中に陣取っているのでわかるとおり、コンサートマスターとは違う部分で『中心』なんだ。

 だから、フルートとオーボエの関係次第で、オケ全体の士気も影響を受けてしまうほど。


『こんなに気の合うフルートと、また出会えるのかなあ』

 プロを目指して一歩を踏み出す僕たちに、これから数え切れないほどの出会いがあるだろう。

 きっと、かけがえのない出会いもあれば、辛い結果になる出会いもあるのかもしれない。

 ちょっと遠い目で呟いた和真の寂しさを、僕はこっそり直也に伝えちゃったんだけど、直也はちょっと唇をかんで、何かを堪えるように一度きつく目を閉じてから、小さな声で『最高に嬉しい』って笑った。



 定演1日目は、満席の客席の8割は在校生。

 入学1年目こそ、管弦楽部とクラス以外の場所をほとんど知らなかった僕だけど、2年になってからこれまで、委員会や行事を通して、僕にしては本当にたくさんの友達が出来た。

 そんなみんなが、『これが最後だと思うと寂しい』なんて言ってくれて、僕も本当に寂しいけど、でもそんな風に言ってもらえることが嬉しくて。


 定演2日目も満席のお客さん。一般枠は抽選になったらしい。

 2日公演は確かに身体は大変だけど、同じプログラムを2回させてもらえるのも本当に贅沢なことだなあって、みんなとも言ってるんだ。

 でもその分、2回目は何かやっぱり胸に来るものがあって…。




「がんばろう!」

 みんなそう言いながら、僕とハイタッチをして舞台へ出ていく。

 岡崎くんだけは、ハグしてくれちゃったりして、周囲の高1の子たちが『紘太郎、ずるいっ』なんて言ってたけど。


「僕がまた渉の指揮で吹ける日って、来るのかな」

 直也が言った。

「直也がここへ帰ってきて、僕がここへ呼んでもらえたら、その時はきっと共演になるよ」

 直也はまだ知らないんだ。
 ゆうちゃんがいずれ、教師になった直也をソリストに据えてコンチェルトをする気でいることを。

「そんな日が、来る?」
「うん、必ずね」

 確信に満ちた僕の言葉に、直也は見惚れるような笑顔を返してくれて、そして舞台へ出ていった。

 その背中を見送り、奏者の中では最後に舞台に出ていく桂が、僕の肩を抱いて静かに言った。

「最高に熱いステージにしような」
「うん」

 全員が定位置に座ったのを確かめて、桂が出て行く。

 袖からは見えないけれど、和真の『A』が静まりかえったホールに響き、それを受けて桂が『A』を鳴らし、やがて全員が『A』を紡ぐ。

 それは、単に音を合わせるだけではなくて、気持ちを集める大切な『儀式』。

 そしてまた、無音の世界が広がって…。


「渉、思う存分、やってこい」
「はい!」

 ゆうちゃんの優しくて力強い後押しを受けて、僕は、生徒として乗る、最後の指揮台へ向かう。

 出来ることならば、いつの日にか、プロの指揮者としてここへまた戻ってくることが出来ますようにと願いながら。


 僕たち高校3年生の、ラストステージが始まった。



END

『終幕〜桜咲く頃〜桜再び』へ


そして、大魔王再び。

『おまけSS〜すぐるん、舞い上がる。』
副題〜仕組まれた嫁入り。



「ふふっ…」

 妖しげに色づいた笑いが、消灯を過ぎた暗い部屋の中にこぼれ落ちた。

「…なに?」
「え?」
「いや、だから、え?…じゃなくて、何」
「何って、何が?」

 どうやら本人は無自覚に垂れ流したようだ。

「今さあ、不気味に笑ったんだけど」
「誰が?」
「お前だよ、英」
「空耳じゃないか?」

 あっさり返されて、斎樹は黙り込んだ。

 おかしい。これは絶対におかしい。英がこんな風になるなんて、何かあったに違いない。

 明日真尋に相談して、それでも解決しなければ、渉に聞こうと決めた。


                   ☆ .。.:*・゜


「〜♪」

 低音の、ちょっと色気づいた鼻歌が小さく音楽準備室を浮遊した。

「…えらくご機嫌だな」
「え?」

 数日後に迫った定演の、最終打ち合わせをしているのは、新部長の甥っ子と顧問の叔父。

「何か良いことでもあったのか?」

 昨日、香奈子が来て渉と和真を呼び出した、あの一件に起因しているのはこれでもかと言うほど明らかだが、そのあまりの浮かれっぷりに、自分よりデカくなりつつある甥っ子も、やたらと可愛く見えて可笑しくなる。

「や、まあ、色々と順調だし♪」

 やっぱり語尾に浮かれた尻尾が見える。

 物わかりのいいオジサマは、必死で笑いを堪えながら、『そうだな』と返した。




 そう、定演間近で目が回るほど忙しいこの時期に、気をつけていないとスキップまでしてしまいそうなほど、管弦楽部長は浮かれている。

 愛しくてたまらない恋人が来年の春から自分の家で暮らすなんて、これはもう、嫁に貰ったも同然だと。

 まったく渉サマサマだ。

 渉を溺愛している祖母は、大学へ進学して生活が激変する渉のために、行動を起こしたに違いない。

 まあ、次の1年間が離れ離れなのはいずれにしても同じだから仕方ないとして、その後はもう、ウハウハの同居が待っている。

 これはもう、浮かれるなと言うのが無理な話だ。


 ――や、ちょっと待てよ。浮かれてばかりもいられないな。この冬休み中に和真の部屋をどこにするか、俺がきっちり渉に指図しとかなきゃだな。

 いくら何でも同じ部屋と言うわけにはまだいかないだろうけれど、絶対隣はキープしなくてはならない。

 理想をいえば、離れを占拠したいところだが、あそこはそもそも両親が結婚した時に建てた家で、今でも夏には両親と妹が帰ってくる。

 今、自分が帰省したときに使っている部屋は、昇がいた頃に使っていた部屋で、昇と直人は帰って来たら離れの和室を使っている。

 渉は、父親が結婚するまで使っていた部屋にいて、自分の部屋とは隣同士だ。

 その向こうは今でも悟の部屋でそのまた向こうの東南角は葵の部屋だ。

 2人とも年に数ヶ月しか日本にいないが、それでも2人はここが現住所で『自宅』だから、あの部屋は使えない。


 ――どうしたもんかな。

 あれこれシミュレーションしてみたが、どうにも上手くいかなくて、気が焦る。

 今から焦っても仕方がないのだが、和真の件に関しては、どうにも我慢がきかなくて困る。


 ――とりあえず、渉に相談してみるか…。

 あまり当てになりそうもない気もするが、ひとりで悩むよりマシか…と、兄に向かって甚だ失礼な感想を抱きつつ、英は気持ちを定演へと切り替えた。


                     ☆★☆


 冬休みに帰省すると、意外な展開が待っていた。

「え? 和真に葵の部屋を?」

 珍しくこの年末年始も休暇を取って戻っていた葵が、『安藤くんが春からここへ来るって聞いたんだけど』と切り出したのだ。

「僕の部屋、東南角の一番良い部屋で元々客間だったんだけど、僕がここへ来た時に、僕のためにって改装までしてもらったんだ。でも、僕も今ではいつでもいるわけじゃないし、もったいないなって思ってたところだから」

 ニコニコと言う葵だが、空けていることが多いとは言え、ここは葵の『自宅』だ。現にこうして帰ってきているし。

「じゃあ、葵ちゃんはどうするの?」

 渉の疑問に、葵はプランを語って聞かせた。

「客間の奥の二間を、レッスン室つきの、僕と悟の部屋にリフォームしようかって言ってるんだ。来年からは悟とリサイタルツアーもできるし、そうなると2人での練習時間も増えるし、いつでも思い立ったときに気になるところをやってもおけるし」

 葵の口から何気なく、『僕と悟の部屋』という言葉が出たことに、さすがに渉も気がついた。

「あ…えっと」 

 ウロウロと視線を泳がせてしまえば、葵が『ふふっ』…と艶めいた笑いを零す。

「渉も英も、もう知ってるんじゃないの?」

 誰のこと…とは言わないが、『それ』しかないだろう。

「あ、うん」
「知ってる。悟にそう言ったよ、俺」

 その真っ直ぐな返答に、葵は満足そうに頷いて、『だから、そういうこと』と、微笑む。

「いつかは話そうと思ってたんだ。2人が大人になったらね。でも、意外と早く英にはわかっちゃったみたいだし、もう、良いかなって」

 それから葵が2人に聞かせたのは、英が想像した通り、兄弟とわかる前に恋人になってしまった…と言う話だったが、その間にあったであろう懊悩には、葵は『ま、それなりに色々あったけどね』と笑っただけだった。

「ま、僕の話はともかく、僕たちも安藤くんにはできる限りのことをしてあげたいからね。家のことだけでなく、これから彼も音楽家を目指すわけだから、その辺りでも…ね」

「葵…」
「葵ちゃん…」

 葵の言葉に、英と渉がうっかり感動に震えたその時。

「ただし」

 元祖・大魔王がニヤリと笑った。

「隣の悟の部屋は、渉が使うこと」
「えっ!」

 英が声を上げて、腰まで浮かせた。

「なに? なんか問題ある?」

 ニコッと意味深に微笑まれて、英は浮かせた腰を仕方なく下ろす。

「東南角が安藤くんの部屋で、その隣の悟の部屋だったところが渉の部屋。それからその隣の、今まで渉がいた『旧・守の部屋』が今度は英の部屋。それで決まり。OK?」

「なんで、渉が隣って決まってるんだよ」

 OK?なんて言われても、英としては承服しかねる話で。

「だって、安藤くんは渉の親友じゃん。それに、英はまだ1年高校があるし。それでまっっっっったく問題無いと思うけど?」

 小首傾げは未だにキュートな葵だけれど、今日のその微笑みには裏がありまくりの体で恐ろしい。

 言葉を無くして黙り込む英と、その様子に密かに狼狽えている風の渉に、今度はまた満足そうに微笑んだところで、玄関の方から物音がした。

「あ、悟、帰ってきた」

 バタバタと出迎えに行く葵を見送り、英がポツッと言った。

「…まさか、葵、気づいてるのか?」
「ええっと…」

 くどいようだがポーカーフェイスは大の苦手だ。

「渉…もしかして…」

 知っていたのか…と、疑惑の目を向けられて、渉の腰が引ける。

「あ、あのさ、僕もびっくりしたんだよ? 葵ちゃんってば、察しが良すぎっていうか、ほら…」

「いつから」

「あ、ええと、きょ、去年の今、ごろ?」

 渉の告白に英が目を見開いた。

「1年も前?!」

「や、その、成り行き? みたい…な?」

 更に腰が引けていく。

「他には?」

 腰が引けた分だけ詰め寄られ…。

「…え…と」
「…誰か知ってるんだな? 誰?」
「あ、あの、た、多分英が予想出来る…人、かな?」

 こんな風に曖昧に言ってみたところで、英には見抜かれるのだ。
 いつも、すぐに。

「グランマか……って、もしかして母さんもか?」
「や、母さんは確かめたわけじゃないし」

 そこだけは自信(?)があると、ちょっとしっかり主張してみたのだが。

「ってことは、グランマは確認済みなんだな?」
「あわわ…」

 ちなみに墓穴を掘るのはわりと得意だ。

「まさか和真が知ってるってことないよな?」
「知ってるわけないじゃん、そんなの〜」

 それこそ、英に丸投げする気でいたことだ。

「…だよな」

 頷いて、暫し考え込む英の顔をおずおずと覗き込み、渉は小さく言った。

「…で、どうするの? 和真に言う?」
「…や、言わないでおく。ビビって『行かない』とか言われたらヤバいし」
「…だよね」

 こうして兄弟たちの間で封印された『和真・嫁入りの真実』。

 事実が明らかになって、『新・大魔王 和真さま』の怒りが噴火を起こすのは、いつ?

 くわばらくわばら…。


おしまい。

☆ .。.:*・゜

文中の言い回しについて、少しばかり言い訳です。

文化庁は、H19年2月「敬語の指針」で、以下のように述べています。

『「とんでもございません」(「とんでもありません」)は、相手からの褒めや賞賛などを
軽く打ち消すときの表現であり、現在では、こうした状況で使うことは問題がないと考えられる』


と言うわけでございますので、何卒ご了承のほどを…。

☆ .。.:*・゜

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