終幕 「桜咲く頃」

【3】





 いよいよ直也の本命受験の日がやってきた。

 昨日、滑り止めの私立の合格発表があって、直也は当然の結果だった。

 これで一安心…なのは僕たち周囲だけで、昨夜の直也はいよいよやって来た本命にやる気満々。

 ちなみに、東大は2段階選抜っていうのがあるらしくて、一定以上の倍率になったらセンターの結果で足切りがあるんだそう。

 ま、そんなの直也には関係無いって話で、同じところを目指すみんなも全員突破してて、しかも国公立志望組は全員滑り止めに通ったから、ここもまた一安心ってところ。

 私立組は、直也の滑り止めが第一志望って同級生は多いんだけど、坂枝先生曰く合格率は上々で、滑り止めも本命もダメだった…って生徒は今のところいないそうなので、この調子で全員進路が決まった状態で卒業式が迎えられたらいいなあ…って言ってた。

 国立の後期日程は卒業式の直前で、合格発表は卒業式後だから、先生たちは前期日程で決着つけて欲しいって切実に願ってる。

 そうそう、直也の誕生日は、まさに滑り止めの受験日そのものだったから、直也の意向もあって、お祝いは自粛になった。

 それは、いつもチョコやプレゼントを持ってくる後輩たちにも行き渡ってて、その分、試験が終わった後は凄いだろうな…と思ってたんだけど…。



                    ☆★☆



「「「かんぱ〜い!」」」
「お疲れ〜!」
「ちょっと遅れたけど誕生日おめでと〜!」

 直也の誕生日のはずなんだけど、前期日程を終えたみんなもよってたかって、3年の面談室は大賑わいの満員御礼。

 あ、乾杯って言ってもジュースとかお茶だし…って、当たり前か。

 合格発表はまだ先だけど、とりあえず終わったって開放感はすさまじくて、この日ばかりは多分、相当騒がしくても見逃してもらえそうな感じ。

 1・2年生の後期期末も終わってるから、一層歯止めはかからない。

 って、ほら、1・2年生もたくさん混じって来て、まさに無礼講状態。もう、どうにでもして…って感じ。





「ほんと、お疲れさま」

 一通りの大騒ぎが終わって、あっちこっちでいろんな塊が出来て話は尽きない状態だけど、僕たちも漸くゆっくりと話が出来るようになって隅っこの一角に腰を落ち着けてる。

「ま、先生方も、『麻生は理科3類でもいけただろう』って言うくらいだから、文科3類なんてかなりチョロいんじゃない?」

 終わった今だからこそ…って感じで和真が言うんだけど、それはみんなも言ってた。

 とにかく直也は応用力に長けているから、変則的な問題でも難なく対応できる。

 僕はその点、決められたことをこなすので精一杯だから、授業の内容を復習する内容ならいいんだけど、ちょっと捻られたら落とすことも多いんだ。

 和真は『渉は考え過ぎるから時間が足らなくなるだけだよ』って言うけど。
 つまり、枝葉の全てにまで思考を伸ばしてしまう質だから…って。

 ま、融通がきかない…ってこと、かな。


「理科3類って、医学部でしたっけ?」

 いつの間にかちゃっかり参加してた英が、直也に聞いた。
 少し向こうには沢渡くんと水野くんの姿もあって、前生徒会副会長と盛り上がってる。

「そう。さすがにあそこだけは特殊って感じ。今年も理科受けたヤツ3人いるけど、みんな1類だったからな」

「でも、直也がお医者さんって、なんかカッコいいね」

 白衣とか似合いそう。

「え〜、こいつはお医者さんごっこの方が似合ってるって」

 桂が直也を小突いた。

「ふふん。ごっこでもいいさ。その代わり患者役は渉だけだけどな」

 直也がニヤッと笑って僕を見る。

「え〜! なんで僕っ」
「うわ〜、やだ〜、こんなエロ医者〜」

 桂が『ム★クの叫び』になってる。

「変態白衣マニアだな…」

 和真が呟いて、直也ならありそう…なんてひとりで納得したんだけど、英まであっさり『それわかる』…なんて乗っかってるし。

「や、患者役が渉だったら俺も白衣着るぞ〜」

 七生が言い出した。

「あのねぇ…」

「なになにっ? 渉とお医者さんごっこが出来るって?!」

「できないよっ」

 なんでみんな、こんなことだけ耳敏い?

「ええっ? 渉がナース服着るって?!」

「なんでそんな話になるのっ!」

 もう〜、なんでみんなして僕をダシにして遊ぶかなあ。

「でもそれ、渉がアリなら和真もアリじゃん〜!」

 聖陵祭のことを思い出したのか、凪が言い出した。

「ああっ、それいいっ! 天使のフリしたドSのナース!」
「もしくは白衣の悪魔!」

 どっかから掛かった声に、辺りは大爆笑。

「いや〜、このガッコ、変態だらけっ」

 和真が『助けて、渉〜!』なんて言いながら僕の後ろに隠れるんだけど、なんだかやたらと可愛くて、この調子だとまた『ダメ元玉砕』が現れて、和真がお説教垂れるんじゃないかな。

 ほら、和真に集中する辺りの視線に英が面白くなさそうにしてるし。

 僕が言うのもなんだけど、英ってちょっと不機嫌な顔もさまになるタイプなんだ。

 っていうか、和真といちゃいちゃして顔面崩壊してる方が違和感あるかも。

 まあ、あとひと月足らずで卒業で、離ればなれになっちゃう2人だから、僕的には色々と大目に見てあげようと思うんだけど。

 あ、でも春休みの後半は、和真はもううちへ来ることになってるから、その間はほんとにいちゃいちゃし放題か…。

 なんか、悔しいかも。


 そうそう、お正月明けから家のリフォームは始まっていて、2月の初旬には葵ちゃんと悟くんの部屋が完成して、その後、和真のために葵ちゃんが使っていた部屋の内装工事が続いてる。

 グランマは随分張り切っていて、本当は和真自身に壁紙とか床材とかカーテンなんかを選ばせてあげたかったみたいなんだけど、一応ナイショってことになってて、完成したところへ和真を迎えて驚かせよう…なんて企んでるもんだから、仕方ないって我慢したみたい。

 ベッドや勉強机も入れ替えてて、ピアノは昇くんが置いてったのを一度工房へ預けて、全部バラして再調整してるらしい。

 それと、佳代子さんが一層料理の腕に磨きを掛けてるってグランマが言ってた。

 何しろ和真が実家で食べて育ったものって、料理長さんが作ったご飯だから。

『まかない料理だよ?』って和真は言うけれど、素材も作る人も『超一級』なんだから、凄いに決まってる。

 そうそう、泊めてもらったときも凄いご飯だった。

 でも、その和真をして、『寮食、美味しいよねえ』って言うくらいだから、本当にここの生徒は幸せだと思うな。

 そんな美味しいご飯も、あと少し。

 僕は家に帰ってもご飯美味しいし、プリンも毎日あるけど、でも、みんなと賑やかに食べるのはまた違う楽しみだから、やっぱり寂しいなあって思う。



                    ☆★☆



 次の日、桂に『行っておいで』と見送られて、僕と直也は裏山の例の場所まで来ていた。

 放課後…とは言っても、3年生の授業は全部終わってて、登校はしなくちゃいけないんだけど、もう誰も補講も受けてないから、やってることと言えば、卒業に向けての準備だけ。

 部活やってた組は、後輩の面倒みたりもしてるけど。

 やっと受験の終わった直也も音楽ホールに顔を出して、後輩たちは喜んでる。


『ここのところ、ずっと俺が渉を占領してたからな』

 そう言って桂は、直也と僕を送り出してくれた。

 3月目前なのに寒い日が続いていて、裏山に人影はない。



「大丈夫?寒くない?」

 直也の大きな手が僕の肩を暖めてくれる。

「うん、平気」

 そう言いながらも僕は、直也にくっついて甘えてしまう。 

「あと半月だな」

 そう、卒業まであと半月。

 3年間しかいなかった僕でさえ感じるところはとてつもなく多いのだから、6年間ここにいた直也たちにとっては、この節目は本当に大きいと思う。


「うん、ほんとにあっという間だった」

「そうだろうな。6年いた僕たちだってあっという間だったから」

 その言葉に、僕は小さく頷く。

「中学の3年間も充実してたけどさ、渉に会えてからの3年間は、本当に何にも代え難い大事な毎日だった」

「僕も、ここに来て本当に良かった。こんなに好きになれる人に会えるなんて、思ってもなかった…」

「渉…」

 直也が僕の頭を抱え込んだ。

「これからは、今までのように渉の側にいられない。僕は寂しいけれど、不安はないんだ。桂がいてくれるから」

「僕も、寂しいよ」

 直也の温もりが、いつも側にあったから。

「あ、でも今はスマホに便利な機能いっぱいあるからな。しょっちゅうメールやラインして縛っちゃうかも」

 そう言いながら、直也は僕を膝に乗せる。

「ふふっ、いいよ。直也にだったら縛られても」

「言ったな」

 直也が妖しい笑みをもらして僕をギュッと抱きしめた。

「…ほんとに、閉じ込めておけるのならそうしたいくらいだよ…」

 その言葉の響きが少し切なくて、僕は直也の頭を抱え込む。
 そうすれば、やってくるのは優しいキスで…。


「桂は優しくて温かい」

「うん」

「僕も、桂の思いやりに甘えて6年間を幸せに過ごしてきた」

 直也が『甘えて』なんて言うのは初めてで、僕はジッと直也を見つめて次の言葉を待つ。

「ライバルだったけど、でもそれ以上に誰よりも大切な親友で、そして同じ子を好きになった」

 それは、僕に聞かせると言うよりも、直也自身の呟きのようで…。

「最初は、なんでよりによって2人とも渉を好きになってしまったんだ…って悩んだけど、今はもう、それが必然だったって確信してる。僕たち3人は、出会うために生まれて来たんだ…って」

「…なおや」

 それは、いつだったか、英が僕に言った言葉と同じで。

 でもあれは、直也のお父さんと僕たちの父さんのことがあっての言葉だった。

 まさか、直也が知っているはずはないと思うけど。

 …ううん、きっと知っていても知らなくても、それはどっちでもいいんだ。

 僕たちはこうして出会った。

 そのことに感謝して、僕たちへ命を繋いでくれた父さんたちの想いを大切にして、生きていきたいなって思う。


 少し遠いところを見ていた直也の目が、僕をしっかりと捉えた。

「桂もそう思ってる。だから僕たちは、ずっと一緒だ」

「うん。ずっとずっと一緒だね」

「ずっと、離れない…」

 言い終わりに唇を重ねて、僕たちは誓いの言葉を閉じ込めた。



                    ☆★☆



 卒業式まで1週間を切った、快晴の日。

 待ちに待った合格発表があって、直也は見事に難関を突破した。

 本人的には『当然』って感じで、周りの僕たちの方が喜んでるくらいなんだけど、もちろん先生たちも喜んで、ホッとしてる。

 国公立受験組の全てが合格出来たわけではないんだけど、みんなすでに私立難関に通ってるから、卒業式までの『全員進路決定』はどうやら実現できたらしくて、坂枝先生も『やっとゆっくり寝られる〜』…なんて言ってた。

 それと、こっそり『ハタチになったら奈月と3人で世界征服始めような』って言ってもらったから、元気よく返事しちゃった。

 あ、『世界征服』って言うのは、世界中のお酒を片っ端からやっつける…ってことなんだけど。

 僕は二十歳まであと13ヶ月。楽しみで待ちきれない感じ。




「改めておめでとう、直也」
「ほんと、よくやったよな」
「ありがと。ま、実力だけどな」
「言うと思った」

 桂がわざと呆れた顔を作る。

 消灯点呼が過ぎて1時間ほどしたところで、僕は直也と桂の部屋に来ている。

「ま、いずれにしても俺たちよりずっと大変だったと思うから、お疲れさんだったな」

「それはそうかもな。12月に決めちゃった渉と桂が羨ましかったってとこは確かにあるな。ってか、もう少し早く試験してくれたらいいのにさ。2月末まで引っ張んなっての。センターの次の週くらいにしてくれりゃいいのにさ」

「お前、それ日本中の受験生を敵に回す発言だぞ」

 笑いながら言う桂に、直也はしれっと返す。

「んなもん、間際に1週間2週間やったところで地力が上がるかっての」

「う〜ん、やっぱり敵に回してるかも」

 僕も同意しちゃうと、桂がご機嫌で僕の肩を抱いた。

「なっ」
「うん」
「え〜、なんでさ〜」

 ぶーぶー言いながら、直也が僕を引っ張って抱き込んで。

 卒業してしまったら、こんな風に過ごす日も少なくなる。

 どんな毎日になるんだろうって不安も確かにあるけれど、僕は、この幸せを離したくないから、頑張れる。

 直也と桂が幸せであれるように、頑張れる。


「ついに、それぞれの道へ…だな」

 直也が呟いた。

「…だな」

 桂が静かに応えて、僕も頷く。

「少し前から桂と話してたんだ。渉…大学生の間に、いろんなとこ行こう?」

「いろんなとこ?」

「そう、渉が育ったところ、俺や直也が生まれて育ったところ」

「思い出の場所や、見てみたいもの」

「見せたいもの…ってのもあるな」

 聞かせてくれる2人は幸せそうで。


「たくさんあるね。頑張って計画しないと回りきれないかも」

「だな。でも、まずはドイツ・オーストリアツアーかな」

 直也はそう言うんだけど。

「えー、僕、熊本行ってみたい」

「あ、俺もそれ乗った。最初は熊本行こう」

「えー、そこは後でいいだろ〜」

 直也が異議を申し立てたんだけど、僕と桂は、熊本にいる有名なクマのゆるキャラの可愛さについて論じ合ったりしてて。

 あ、でも熊本だけじゃなくて…。

「僕、京都も行きたいよ」

「えー、京都はいつでも行けるじゃん。新幹線でたった2時間半だぞ?」

 桂も異議申し立てしてくるんだけど。

「いいのいいの。あ、熊本も新幹線で行こうね」

 東海道と山陽と九州、通して乗ったら面白いだろうなぁ。腰痛くなっちゃうかな?

「渉…もしかして…」

「…え?」

「新幹線乗りたいだけだろ!」

「……。えーっ、そ、そんなこと、なくはないけど、ないよっ」

 だけ、なんてこと絶対なくてっ。

「た、たまたま直也と桂の育った場所が新幹線の沿線にあるだけじゃん!」

 これをラッキーと言わずして何という…ってだけなんだけどっ。

「これはもう、最初の行き先はドイツだな、桂」

「ってことだな、直也」

「え〜!なんでなんで〜!?」

 暴れる僕をものともせずに、2人はもう、プランを口にし始めてて…。


「そうだ、ドイツなら英と和真も誘うってのどう?」

「あ、それ良いかも。和真もいずれ留学するんだから、見ておけばいいし」

 桂と直也がうんうんと、頷き合ってる。

 …うん、それはいいアイディアかも。


「…んと、それなら、いいかな」

「だろ?」

「そうと決まったら、旅費貯めなくっちゃな」

「泊まるのは僕んちがあるから、問題は交通費だね」

「それがデカイよな。エアチケットって、夏休みとかバカ高いからなあ」



 その夜、僕たちは夜中を過ぎても、『これから』のことを熱心に語りあった。

 楽しいことばかりを話したのは、もしかしたら、未知の『これから』に対する不安を払拭したいという思いもあったのかもしれない。

 きっと、辛い時が来たり、悲しいことがあったりもするだろう。

 でも、『これから』を語り合ったこの夜の温かい気持ちを忘れないでいれば、きっと乗り越えられる。

 そう、思った。
 


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☆ .。.:*・゜

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