2001年バレンタイン番外編

まりちゃんのSt.Valentine's Day

お願い
「I Loveまりちゃん」の最終話を読まれていない場合、ネタバレになりますので、
先に「まりちゃんの結婚式」までお読み下さいね。




直の思いつき

 俺がそれを思いついたのは、2月になったばかりの頃、このあたりでは珍しく雪がちらついていた寒〜い午後のことだった。

 俺が通う高校の最寄りの駅前は商店街で、結構賑やかだ。
 ファーストフードにファミレス、コンビニもあるからかなり便利。
 少し規模は小さめだけど、大手のスーパーも出店してるし。

 睫の先を掠める白く小さな結晶に時々目をやりながら、いつものように、智と、駅に向かって歩く帰り道。

 ふと目に付いたのはウィンドウに映る俺と智の姿だ。
 頭一つデカイ智は、チャコールグレーのピーコートがめっちゃかっこいい。


 うちの高校は珍しくも『指定のコート』がない。
 制服はブレザー、ネクタイ、スラックス…って言う『お約束』な格好なんだけど、コートは自由なんだ。
 
 けど、それは俺にとって悲劇以外の何者でもなかった…。
 うちのおふくろってば、年明けのバーゲンで俺に真っ赤のダッフルコートを買ってきたんだっ!

 冗談じゃねぇ。俺はめちゃめちゃ怒って『絶対着ない』と言い張った。
 そんなもん着るくらいなら、風邪ひいた方がましだ…と暴れた俺に、おふくろは『似合うのに…』とため息をついて返品しに行き…そして…。



「どうした?直」

 ウィンドウに映る俺は、紺のダッフルコート姿。 
 これがおふくろの精一杯の譲歩だったらしい。

 中学時代は結構みんなこんなの着てたけど、高校になってから、またこんなのを着る羽目になろうとは…。

 俺、去年はもうちょっと大人っぽいカッコしてたような気がするんだけどな…。



「直…直ってば」

 は?
 呆けてる俺のほっぺを智がひっぱる。

「いてて…なにすんだよっ」

 智の手を叩き落として軽く睨むと、智は不審そうに眉を寄せた。

「なにボケッと見てたんだ?」

 へ?
 …そんな、まさかウィンドウに映る智と俺の姿を見比べて、どんより沈んでました…なんて言えるわけがねぇ。

「べ…別に…」

 ふと視線を逸らした先に入ってきたのは、色とりどりのディスプレー。
 綺麗に包装されたいろんな箱が積まれていて、大小さまざまのハートが飛び交っている。


『St.Valentine's Day』


 あ、そうか、バレンタインが近いんだ…。
 不毛な男子校生活には無縁な行事だったからな。
 でも、もらったこと…ある…けど。

 ちらっと智を盗み見ると、智も結構真剣な表情でディスプレイを見つめている。

 智も、なぜか校内で毎年チョコをもらってる。
 もちろん下級生からだけど、その中に、系列の女子校の生徒からの物がたくさん混じってたのを俺は知ってる。

 今年も智はたくさんもらうのかな…。


『今年はOK?素直に愛を告白する日』 
 

 ウィンドウのキャッチコピーが…俺の胸を掴んでしまった…。
 素直に愛を告白する日…。

 そういや俺って、智に『愛してる』なんて言ったこと、ないよなぁ…。
 智は言ってくれるのにな…。






智クンの決意

 少しの間、ウィンドウを見つめる直の横顔を観察する。

 中1の時からずっと見てきた直の顔を、それこそなんの遠慮もなく見つめられるようになってまだほんの数ヶ月。
 この頃やっと見つめ返してくれるようになった。  

 そして、この頃、前にも増して何もかもが可愛らしい。
 愛くるしいと言ってもいいほどだ。

 本人は嫌がっているようだけれど、紺のダッフルコートがよく似合う。
 赤…とかでもよかったのにな…。
 よし、次の冬は赤のダッフルコートを着せよう。
 …それにしても、直、何を見てるんだ? 


「どうした?直」

 返事がない。

「直…直ってば」 

 柔らかいほっぺをムニュッとひっぱってみる。

「いてて…なにすんだよっ」

 やっと我に返ったらしい直は、俺の手を叩き落とすとキッと睨んできた。
 でもね、直。直はそんな顔も可愛らしいんだよ。

 しかし、それにしても…。


「なにボケッと見てたんだ?」
「べ…別に…」

 直が視線を逸らす。その先には華やかなディスプレー。
 あ、そうか、バレンタインが近いんだ…。
 直、去年も結構もらってたよな。男子校だってのに…。

 一つ渡されるたびに、困った顔をしてたのが可愛かったけど、その度に俺がむかついたのも確かだ。
 頼むから誰も俺の直にちょっかい出さないでくれ………ずっとそう思ってきた。

 チラッと見ると、直はまだディスプレーを見つめている。
 チョコ、欲しいのかな。

 …よし、今年は俺が手作りしてやるっ。
 でもって、14日はそのままお泊まりコースだっ!!






がんばれ、直

 バレンタインまでにはまだ間があるってのに、それこそチョコ売場は大盛況だ。

 おそろしいほどの数の女性陣に思わず怯んでしまう。
 こんなところに男がいたら目立つよな…う…カッコ悪いかも…。
 コート、赤だったらかえって目立たなかったかも…って、俺ってば何を情けねぇことをっ。

 けれど……どうも俺はこの場の雰囲気に違和感なく馴染んでいるようだ。
 かなり悲しいけれど、今日のところはよしとするか…ううっ…。



 女の子で溢れかえる売場を横目に、俺は目的の物を探した。

 そう、俺はなぜだか『手作り』しようと思い立ったのだ。
 智のおかげで卵も割れるようになったし、卒業したら一緒に暮らすつもりなんだから、俺もいろいろと出来るようになっとかなくちゃいけない。


 こそこそと売場を徘徊しているうちに『手作り派のあなたの為に…』ってコーナーに行き当たった。

 しかし…何を買ったらいいんだ…?
 この、チョコの割れたヤツは…必需品だよな…。きっとこれを溶かして丸めたりするんだろうな、うん。


「お手伝いしましょうか?」

 ウロウロしている俺の背後から、優しそうな声がかかった。
 振り向くと、そこには店のマークが入った名札を付けた、綺麗なおねーさん。

「あ…あの…」
「彼に手作り?」

 そう聞かれて思わず頷いてしまう、俺。…うぎゃー。

「お菓子作ったことある?」

 俺は無言で首を振る。お菓子どころか料理すらしたことないし…。

「んー、じゃあ、簡単においしいものが出来るセットがお薦めよ」

 そう言ってお姉さんは箱を取り上げた。

「これね、セットされてる粉類を混ぜて焼くだけで美味しいケーキが出来るの」

 ケーキか…。すごいな。それで智のヤツをあっと言わせるのもおもしろいかも…。


「オーブン使える?」

 オーブン?
 キョトンとした俺に、お姉さんはニコっと笑った。

「使ったことないかな?」

 俺はまたも無言で頷く。

「じゃ、電子レンジは大丈夫よね」
「あ、はいっ、それは大丈夫!」

 やっと声を出した俺の頭を、お姉さんはイイコイイコ…とばかりに撫でる…。うー。

「じゃあ、こっちのセットはどうかな?電子レンジで3分で出来るの。型も付いてるから買わなくていいしね。で、仕上げ用のチョコも全部セットされてるから、説明書の通りに順番にやっていけばいいだけよ。理科の実験みたいなものね」

 へぇー、理科の実験かぁ…それなら俺でも大丈夫そうだな。うん、便利なもんがあるんだ。


「じゃあ、これ…ください」
「ありがとうございます」

 お姉さんは丁寧に頭を下げると、俺から金を受け取ってセットの箱を包みに行った。

「お待たせいたしました」 
「あ、どうも…」

 俺が包みを受け取ると、お姉さんは俺の耳元でコソッと囁いた。

「両想いでしょ?」

 はへ?
 呆けた俺に、お姉さんはクスッと笑いを漏らした。

「ごめんなさい。でもね、見るとわかるの。これから告白する子、もう思いの通じている子…。みんなそれぞれの思いを込めて選んでいるのね」

 お姉さんはこの仕事が楽しくてしょうがない…と言った様子だ。
 
「あの…いろいろ教えてくれて、ありがと」

 そう言って俺がぎこちなく笑うと…。

「きゃんっ、もうっ、可愛いっ」

 いきなり抱きしめられた。おいおい…。

「きっと素敵な彼氏なのね」

 はい、そりゃあもう。

「幸せ祈ってるわね、ぼ・く…」
「ありが……と………」

 ?

 えーーーーーーーーーーーーーっ!今、なんてっ?

 ぼぼぼ、ぼくぅ?

 固まる俺に、お姉さんは『じゃあね』と手を振って、行ってしまった。
 うー、今回だけは、女の子に間違われたままでいたかったのにぃ…。



 慣れないことをして疲れて帰ってきた俺は、それでも夜中に自分の部屋でセットを取りだし、入念に説明書を読んだ。何てったって実験には予習が必要だからな。




 そして、やって来た2月13日。
 その夜、俺は両親が寝静まるのを待って、実験を決行した。

 しかし…。
 予習は万全なんだけど、台所のどこにボールとかがしまってあるのかわかんないー。
 ごそごそやってるうちに、背後に人の気配が…。


「何やってるの?」

 げ、おふくろ。

「や…あの…じ、実験」
「実験?」 
「そ、そう、か、化学の実験」

 おふくろは思いっきり首をかしげてくれた。

「こんな時間に?」
「あのさ、明後日からテストじゃん。で、明日、智雪が勉強みてくれるからさ、ちょっと予習をと思って…」

 って、これはホント。
 明後日からいよいよ卒業試験なんだ。

 ただ、もう大学は決まってるし、大学へ送られる成績も2学期の期末までだし、今回の成績が悪くて卒業できない…なんて事態もまず起こらないから、みんなたいした準備はしていない。

 でも、なぜか智は勉強をみてやるから泊まりに来いって言うんだ。
 きっと、漢文の成績を気にしてくれてるんだと思う。

 俺、漢文は大の苦手だったから、3年になって当然選択科目から外そうと思っていたのに、漢文大得意の智が、俺の名前を勝手に登録しちゃったんだ。
 きっとその罪滅ぼしだろう。


「ふ〜ん。そうなの」
「そうなの、そうなの」

 思いっきり愛想笑いまでして、俺は取り繕う。

「じゃ、ちゃんと火の始末とかお願いね」
「はいはい、もちろんです。おかあさま」
「おやすみ、まり」
「おやすみなさいませ、おかあさま」 


 結構あっさりと引き下がってくれたおふくろに、なんだか一抹の不安を感じたけど、ま、目先の危機が回避されたんで、俺はとりあえず実験を再開した。






直パパの苦悩?

「あれはやっぱり智雪くんに渡す分だろうかねぇ…」

 照明の落ちた、真夜中のリビングのドアをほんの少し開け、奥に見えるキッチンに目を凝らしているのは、直の父親、熱田祐三氏、46歳。

「当たり前でしょ。他に誰に渡すのよ」

 ヒソヒソと、それでも毅然と言い放つのは、直の母親、熱田優美子さん、42歳。

「あなた、まさか自分にも欲しいとか思ってないでしょうね」

 ずばり痛いところをつかれて父は黙る。

「まりはあなたの息子なんですよ」

 当然でしょう。その通り。

「だ、だから…今回のことだって私は反対してるじゃないか。いくら何でも男同士だなんてっ…」

 思わず激高してしまった父の口を、母が塞ぐ。

「静かにして。まりが気づくじゃないの」



 母はそっと息子の様子を探る。
 直は何も気がつかずに『自称、理科の実験』に励んでいる。
 その様子にホッとした母は、きつ〜い目つきで父を振り返る。

「あなたにとっては息子でも、私にとっては娘なの」

 ちょっとおかあさん、そんなご無体な。いくら娘が欲しかったとは言え。


「だからって嫁に出すことはないだろうっ」

「あなた、往生際が悪いわね。だいたい、まりの人権を無視して勝手に婿養子に出す話を決めてきたのはどこのどいつ様なのっ。いまさらあの話は『なし』だなんて、虫が良すぎない?」

 母、かなり切れかけてます。

「ったくもう…。相手が智雪くんでよかったわよ。わがまま放題に育ったとんでもない娘が相手だったらどうする気だったの?そんな女に可愛いまりを盗られるくらいなら、智雪くんのような素敵な男の子と一緒になる方がよっぽど幸せだわっ」

 なるほど、そう言うわけでしたか。

「お前ねぇ…」

 こうなると父は母に絶対に逆らえない。

「ちょっとコートを買うタイミングが早かったわね」
「何のことだ?」
「別に…」

 冷たい視線を旦那に投げて、母は『さ、寝るわよっ』と言ってリビングをあとにした。

 すごすごとあとをついていく父は、まさか母が『今なら赤いダッフルコートでも着てくれそうだわ』な〜んて思っているとは考えもつかない。

 しかし、『私の分はないのかな…』と、まだ息子の手作りケーキに未練を残している父だったりするのであった。   




 

素直に告白?

「うっそだろぉ〜」

 …いったいどうしてだか、俺の『実験』はこれでもかというくらい、見事に失敗した…。

 おかしいっ、絶対におかしいっ。
 だって俺、実験得意だし、プラモ作るのだって得意だ。
 だから不器用なんてこと絶対ないんだからっ。
 難関の卵割りだって、案外うまくいったし…。

 何が、どうまずかったんだろ…?
 俺は無惨な姿をさらしている黒い固まりをほんの少し囓ってみる。

 ……うまいじゃん…。 

 でも、やっぱりこの見かけはいただけないよな…。
 いかにも不味そうだもん。

 う〜ん、困った。どうしよう……もうバレンタインデーの夜が明けてしまう…。
 学校に行く前に、セットを買いに行って作り直す…なんて暇は絶対ない。
 学校休む…なんて言ったら、おふくろにぶん殴られる。

 あああああああ、どうしよう。
 
 俺はしばらくの間、悶々と考えた。

 …………。

 待てよ。俺だって男だ。
 何も作ってやることなんてないじゃん。
 俺がもらってやろうじゃん。

 俺は勢い良く立ち上がった。








「おはよ、直」

 騒がしい朝の教室。
 徹夜明けで寝ぼけ眼の俺に、爽やかな笑顔で声をかけてきたのは、超男前の前田智雪だ。

「…おはよ」
「どうした?目、真っ赤だぞ」

 智の顔が急接近してきた。

「わわわ」

 唇が触れそうなところまで顔を寄せられて、俺は慌てて立ち上がる。

「なっ、なんでもないっ」

 そう言い繕った俺に、智は不審そうに眉を寄せ、耳元で囁いた。

「まさか、また一人で泣いてたんじゃないんだろうな…」

 なんでそうなる。

「あのなっ、そうそう泣いてなんかいられるかってんだっ」
「ふ〜ん」
「寝不足だっ、ただの寝不足っ」

 必死で主張する俺に、智はニヤリと笑った。

「今夜徹夜で勉強だってのに…知らないぞ」

 徹夜ぁ?

「そんなの聞いてないぞ!だいたい、卒業試験の漢文ごときに何で徹夜なんか…」
「誰も漢文の勉強なんて言ってないよ」

 はぁ?

「んじゃ、何の勉強だよ。俺、漢文以外の明日の科目は余裕だぞっ」

 掴みかからんばかりの俺に、智が余裕の笑みを見せつけたとき、予鈴が鳴り、俺はいったい何の勉強をするのか聞きそびれてしまった…。
 




 そして放課後、智の家への帰り道、俺たちはほとんど口をきかなかった。

 喧嘩してしまったのだ。
 理由は…。
 

「たくさんもらったんだな…」
「うん、今年はなんだか多い」
「もらうたびにデレデレしちゃってさ」
「だ、誰がいつデレデレしたよっ。お前だって女の子に待ち伏せされて、嬉しそうだったじゃねーかっ」
「ふ〜ん、妬いてくれるんだ」
「誰が妬くかっ」


 ……たったこれだけ。バカみたい。



 智が黙ってマンションのドアを開ける。
 俺は気まずい思いで後ろについていたんだけど、ドアが開いたとたん、腕が取られてあっと言う間に引きずり込まれた。


「何すんだよっ」

 そう言った瞬間に…きつく抱きしめられた…。
 鈍い音をたててドアが閉まり、俺たちの気配を察知して、オレンジ色のライトが玄関に灯る。


「とも…」
「頼むから…俺以外のヤツに、あんな可愛い顔見せつけないでくれ」

 …呆れた…。何考えてんだ、こいつってば。

「あのさ、智。そんな心配しなくっても、俺…」

 う…困った…恥ずかしくって言えやしない。
『智だけだから…』なんて…。

 言い淀んでしまった俺に焦れたのか、智はまた俺の腕を掴むと、そのままリビングへ入っていく。

 そして、いきなり俺のカバンを開けると…。


「あー!何すんだよっ」

 俺がもらったチョコを、ぜ〜んぶゴミ箱へ放り込んでしまったんだ…。
 唖然としてる俺をそのままに、智はダイニングのテーブルから何かを持ってきた。


「直には、これひとつでいいんだ」

 差し出されたそれは…銀色の紙で綺麗に包装された箱。

「智?」
「直は、俺が渡すのだけ受け取ればいいんだ」


 もしかして…。


「開けて…いい?」

 訊ねた俺に、真剣な眼差しで頷く智。
 中からでてきたのは、粉砂糖やアーモンドで綺麗に飾られた小さな丸いチョコレートたち…。


「まさか…手作り…?」

 智はほんの少し桃色の頬になった。
 たまらずに俺は、ギュッとしがみつく。

「智…ありがと…」

 智は無言できつく抱きしめ返してくれる。
 その広い胸に顔を埋めたまま、俺は小さく告白した。

「…あのさ、俺も…作ったんだけど」
「え?直が?」

 そんなに驚くことねーだろうに…。


「うん…でも失敗しちゃった…ごめん」

 智の大きな手が、俺の髪を優しく撫でる。

「ありがとう、直。大好きだよ」

 心を溶かすその言葉を聞いて、俺はうっとりと、でも小さな声で、途切れながら、やっと呟く。


『智…あ…い…して…る』


 智は…体中で答えてくれた…。


 そして、しばらくそうしていたんだけれど…。



「直、あーんして」

 智がチョコを一個つまみ上げ、俺の口の前に差し出した。
 は、恥ずかしい真似を…。

 けど、俺は智の気持ちが嬉しくって、火を噴きそうな顔のまま、決意を固めて小さく口を開けた。
 チョコはすぐに口に入ってくる…と思っていたのに。


『ぱく』


 え?ええっ?
 智が…食べちゃった…?
 と、思ったら…。


『ふがっ』


 チョコを受け入れるために少し開いていた俺の口に、勢い良く智の口がかじりついてきた。

 いきなり何すんだー!!

 ジタバタ暴れる俺の後頭部をしっかり押さえ込んで、智はますます唇を密着させてくる。
 そして、暖かく甘いものが押し込まれてきた…。

 胸がキュンと縮まるくらい、甘くて、優しい感触…。
 智の作ったチョコが、智の気持ちを俺の口に運んできてくれた……。

 あまりの心地よさに、身体が崩れ落ちそうになった…んだけど、俺はそのまま抱き上げられてしまった。

 耳に、チョコより甘い、智の声が吹き込まれてくる。

「今夜は徹夜で勉強だからな」
「ちょっと待て、だから、何の勉強だってば」
「俺が直の身体を勉強するの」

 ……………………。

「こ、このスケベおやじっ」
「はいはい。どーせ俺はスケベですよ」

 開き直ってんじゃねーーーーーー!!
 
 そのままバスルームへ連れ込まれた俺が、翌日の試験をまともに受けられたかどうかは…ナイショだ。






 さて、そのころ熱田家では…。

「おおっ、これはっ」

 ダイニングテーブルに奇妙な黒い物体が…。
 横には、まりちゃんの直筆メッセージ。

『おやじへ 食べていーよ』

 見かけは不味くても、お味は満点。
 まりちゃんのパパ、幸せいっぱいのバレンタインであった。



 
END

お・ま・け

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