50万への準備アンケートご協力お礼

「僕と俺との境界線」





「ホント、女の子みたいだよな」

 それって、もう、聞き飽きたよ。

「なあ、ちょっと触らせて」

 いやだよ。

 …心の中ではそういうものの、僕はその言葉を口にできない。

 だから、ちょっと身を捩って『拒否』を示すんだけど、クラスメイトの手は遠慮なく僕の体に触れてくる。

 本当の女の子だったら、こんな風に触られたりしないし、クラスメイトたちも軽々しく触ってはこないだろう。

 でも、僕は男だ。
 だから『遠慮』もしてもらえない。

『好奇心』丸出しで触れてくる手を僕はもう一度、態度だけで『拒否』をする。
 でも、そんな態度すら、クラスメイトたちにはこう映るんだ。


「かわいーなー、やっぱり」
「ホント、ホント。ほっぺなんかピンク色になってるし」
「女子部の奴らなんかよりよっぽど可愛いよな」
「だって、直の方がかわいげあるもん」
「今時の女の子って、恥じらったりしねーもんなぁ」


 恥じらってるわけないじゃないかっ。僕は『嫌がって』るんだ!

 でも、僕は『やめて』ってなかなか言えない。
 言ってしまって『我が儘なヤツ』だと思われるのが、イヤなんだろうか…。



「直、嫌がってるよ。やめてあげて」

 突然後ろから声がかかった。
 振り返らなくてもわかる。

 智だ。

 僕がどんなに嫌がって見せてもやめてくれないクセに、みんな、智の一言でぱっと僕から手を離す。

 智の言葉は決して威圧的ではないのに…。




 入学して半年も過ぎると、クラスメイトも部活の仲間もみんなうち解けて、入学当初のぎくしゃくした感じが嘘のように思えてくる。

 僕のクラスも部活も、みんないい友達ばっかりで学校はとっても楽しい。

 そう、この過剰なコミュニケーション――僕にとっては嫌がらせ――以外は。



「直、急がないと遅れるよ」

 優しい声で智が促す。
 そうだ、練習に遅刻すると体育館の周りを5周っていうハードな罰がまってるんだ。

「うん」

 僕は慌てて荷物を抱え込む。
 その間、智はじっと僕を見つめて待っていて…。

「お待たせ」

 そういうと、とっても優しい顔で微笑んでくれるんだ。

「じゃ、行こうか」
「うんっ!」

 僕は智の前に立って歩き出す。
 だって、智は絶対僕の前を歩かないから。

 通学の時も、教室移動の時も、いつもそう。
 必ず、僕の肩に触れるくらいの『後ろ』を歩くんだ。
 それも、僕の歩く速さに合わせてくれて。

 だから僕も一生懸命智の前を行く。
 そうしないと、僕たち二人の移動は亀よりものろくなっちゃうから。

 智は足も長いし、走るのも速いからきっと、もっと早く歩けると思うんだけどな…。


「ねぇ、智」

 歩きながら、ほんの少し振り返って僕は智を呼ぶ。

「なぁに?直」

 聞き返してくる智は、やっぱり優しい笑顔で…。

「ううん…、なんでもない」

 本当は『ありがとう』って言いたいんだ。
 いつも、周囲の過剰なコミュニケーションから救ってくれる智に。

 でも、僕はそれを口にしようとするといつも、すごく情けなくなるんだ。
 僕だって、智と同じ、男…なのに。

『いつも助けてくれて、ありがとう』…なんて、そんな情けないこと…。
 



 部室のロッカールーム。 
 僕はユニフォームに着替えながら、ちらっと横目で智を盗み見る。

 すると、真っ白のポロシャツから顔を出した智と、目が合ってしまった。
 なんだかいけないことをしてしまったような気がして、慌てて目をそらした僕に、智は相変わらず優しい声をかけてきた。


「直、どうしたの?さっきから変だよ」


 智はなんにも言わない。
『イヤならはっきり言った方がいい』とか『黙ってないで、言い返せば』とか、そんなこと一切言わないんだ。

 いつも僕が困ってるときに、スッと助け船を出してくれるだけ。
 そして、後は何事もなかったような顔をしている。



「ううん、なんでもない」

 そういって、僕はさっさとロッカーを閉める。

「おかしな直」

 智の、ちょっと含み笑いのような声が僕の背中を押した。


『このままじゃだめだ』


 僕は、そのとき強くそう思った。

 このままだと、いつかきっと、智は僕に呆れてしまう。
 ううん、もしかしてもう、そうなのかもしれない。

 一人じゃなんにも言えない僕。
 そんな僕を、僕よりずっとずっと大人な智は、見ていられなくて助けてくれてるんだ。

 そして、いつか、こんな僕が面倒になって…。

 …そんなの、イヤだ!

 僕、ずっと智と仲良くしていたい。
 親友でいたい。

 じゃあ、僕は…どうすればいいんだろう…。 






 直の様子がおかしい。

 土曜日の午後、HRで相変わらずクラスメイトたちのおもちゃにされている直を助け出し、部活に向かったまでは、いつもの直だったんだ。

 けれど、それから直は、なんだかもの言いたげな顔をしていて…。




 たった一日、日曜日に顔を合わせなかっただけだって言うのに、月曜の朝、駅前のいつもの場所に現れた直は、もう、いつもと違っていた。


「おはよう!智っ!」


 …直って、こんな大きな声してたっけ…?


「お、おはよう、直」

 なんだかこっちが気圧されしてしまう。

 そして、それは教室に入ってからも同じだった。
 クラスメイトたちは一様に目を丸くして…。


 そして、決定的瞬間は昼休みに訪れた。

 昼ご飯を終えたクラスメイトたちがバスケをしに行こう、と、僕と直に声をかけてきたんだ。

「直、どうする?」

 僕はいつも直にこう聞く。
 直が行くと言えば僕も行くし、直が行かないと言えば、僕も行かない。

 けれど、直の最初の答えは100%決まっている。
『智はどうするの?』…だ。

 今日も、きっと……。

「うん、俺、行くけど智はどうする?」

 ほらね、『智はどうする』………って……。
 
 …今の違和感はなんだ?


 見下ろした先にある直の顔は、すこし高揚しているようで……。

 あたりが静かになった。
 クラスメイトたちも今の奇妙な感じを察したようだ。


「どうしたの?早く行こう。昼休みが終わっちゃうよ」
「直、今なんて言った?」

 僕がそう聞くと、直は少し首を傾げる。

「昼休みが終わっちゃう」
「その前…」
「んと…。智はどうする……って」
「その前っ」

 僕は知らず大きな声になっていた。
 直が少し、びっくりしたように大きな目をさらに見開く。

「俺、なんか言ったっけ?」

 ………それだ!

 周囲も『違和感』の正体に気づいたようだ。ざわざわしている。

「直…『俺』って……」

 今まで『僕』って言っていたはずの直が、どうしていきなり、こんなに、急に…!

 なにがあったんだ、直!

 聞こうとしたんだけれど、直は僕の腕を引っ張って走り出す。

「早く行こうって!」

 それにつられるように、クラスメイトたちも移動を始めた。

 そして、その日の直は、怖いくらいに活発で、人一倍飛び回り、周囲をさらに混乱に陥れたんだ。


 直、いったいどうしたんだ。

 僕はなにが何でも、その変化の理由を聞き出そうと思った。
 なにもないのに、直がこんな風になるはずがないんだから。

 それから放課後、そう、部活が終わるまで、僕は直と二人きりになることができず、ようやくそのチャンスを得たのは、駅までの帰り道のことだった。



「直」
「なに?智」
「なにがあった?」
「え?」

 直が心底不思議そうに僕を見上げる。

「どうして急に、あんな風になったっていうんだ?」

 今日の直は、それは…そう、痛々しいほどに張り切っていて……。

 心に溜めているものがあるのなら、吐き出させてあげたいと思う。


「あんな風って?」

 僕の物言いに、直は少し感じ取ったようだ。
 僕がなにを言いたいのか。

「今日の直、いつもと違った」

 それだけ言ってみる。
 直は、何かを話すだろうか?

「変……かな?」

 うつむいた直からポツっと漏れた言葉は、それは自信なさげで消えていきそうな語尾で…。
 今にも泣き出してしまいそうな様子に、僕は慌てた。

「あ、その…変とかじゃなくて、様子がいつもと違うから…」

 取り繕うように言った僕に向けて、直は顔を上げた。

「な…お」

 唇をきつくかんで、目一杯大きな瞳を開いて…それが潤んでいるように見えたのは錯覚じゃないと思う。

「だって、だって…ぼ……」

 声が大きくふるえた瞬間、直は言葉をぐっと飲み込み、そして大きく息を吸い込んだ。

「俺、強くなりたいんだもんっ」




 その時、僕にいったい何が言えただろうか。
 悲壮なまでの決意を滲ませて強くなりたいという直。

「そう…なんだ…」 

 それだけ言うのが精一杯で、さらに突っ込んで聞くなんてこと、できなかった。

 そうすれば、もっと直を追いつめてしまいそうで。






 そうして、その日から直は変わっていった。

 最初は無理してはっきりした物言いをしていたようなんだけど、それも次第に馴染んでいき、勉強も部活も頑張る直に、ある日僕は声をかけた。何気なく。

「がんばるね、直」

 すると、直は笑顔を満開にして、こう言ったんだ。

「だって俺、ずっと智の親友でいたいから」
「え?」

 その、とてつもなく凶悪な笑顔に僕は続く言葉を失った。

 僕の身体を走った電気に触れたようなしびれと、直の身体全体から向けられる僕への『友情』。

 その奇妙なアンバランスに、僕はどうしていいかわからなくなった。

 言葉なく立ちつくしてしまった僕に、直は『だから、守ってもらってばかりじゃだめなんだ』と、照れたように付け加えてウォーミングアップの輪の中に駆けていった。

 残された僕は、なぜか焦った。
 僕はいったい何を考えているんだ。
 直に、何を求めている?


『ずっと親友でいたいから』


 嬉しいはずのその言葉がもたらした、この胸のつかえは、いったい何なんだろう。

 僕はその正体をつかみきれないまま、焦った。
 僕は、『このまま』でいていいんだろうか…? 






 それから数ヶ月後、僕らは2年生になり、クラスこそ離れてしまったものの、相変わらず駅前で待ち合わせて通学し、放課後は部活でずっと一緒…という毎日を送っていた。 

 初めての『後輩たち』にも、元気で明るい直は人気者で、その面倒も一生懸命見ている。

 直の変化は決して悪い変化ではなかったから、僕たちもやがてその変化を『日常』と受け止めるようになり、その『きっかけ』が何であったのかを深く考えないようになっていったんだ。

 ただ、僕の胸のつかえは残されたままで…。


 そして、僕は胸にのこった錘の正体を、やがて知ることになる。






 それは2年の夏。部活の合宿でのことだった。

 1週間のハードな練習を終えて、明日は解散という『最後の夜』。

 この日ばかりは徹夜で騒ぐことも許されていて、僕たち2年生は一部屋に集まっていろんな話題に花を咲かせていたんだけれど…。


「ホント、直っていつも元気ではね回ってるよな」

 何の話からか、話題が直の事に移った。
 直は人気者だから、そういうことはよくあることで…。

「そうそう、ちっこい身体で元気にはねてるところなんか、まるで『ゴムまり』だよな」
「あ、それ!ゴムまりってぴったしじゃん!」

 いきなりゴムまり呼ばわりされて、当然直は文句を言う。

「なんだよ、それっ!俺、そんなんじゃないぞ!」

 怒る直に、同級生たちは顔を見合わせ…。

「おい。『ゴムまり』やだってよ」
「確かに、言いにくいけどな」

『ん〜』…と、顔を見合わせて、誰かがぽんっと手を打った。

「じゃあ、かわいく『まり』ってのはどうだ?!」
「あ、それいい!サイコー!!」
「まりちゃん、ってかわいいじゃん。直にぴったりだぜ」

 …あ〜あ、直、怒るぞ…。

「だっ、誰が『まり』だっ!!」

 …ほらね。

 怒る直が可愛くて、またみんながじゃれる。
 直は顔を真っ赤にして怒っていて…。


「直がかわいそうだよ」

 僕がポツンとそういうと、みんながパタッと黙った。
 そして、直はというと…。

「智っ、やっぱりお前は親友だっ!!」

 うわっ。いきなり飛びつくなって!

 僕は、軽いとはいえ、弾みをつけて飛びついてきた直を受け止めきれずにひっくり返った。

 ボディシャンプーの香り――いや、これはきっと直自身の甘い香り――が残る身体が密着する。

 そして、僕の身体をまた、胸が締まるようなしびれが駆け抜ける。

 腕は無意識に、飛び込んできた小さな身体を抱きしめていて…。



 そう、このとき僕は、初めてはっきりと自覚したんだ。

 僕が直に対して持っている『好意』という感情の本当の姿を。 

 僕の思いは、『友情』という境界線を、越えてしまっているのだ…と。


 そして、その向こうには、狂おしい『想い』が待っていた。




 僕が自分のことを『俺』って言うようになったのは、それからすぐのことだった。



END



 これは2002年4月に実施しました『50万企画へ向けてのアンケート』にお答え下さったみなさまに、お礼としてURLを配布させていただきましたお話でした。

 お礼のSSと言うことで、サイトUPを控えてきましたが、1年が経ち、その後新しく来て下さった方もいらっしゃいますので、90万Hitsを機会にUPさせていただくことにいたしました。
 
 まりちゃん大学生編も、秘書さんたちのお話もまた少しずつ書いていこうと思っています。
 
 90万Hits本当にありがとうございます。
 これからも、桃の国をどうぞよろしくお願い申し上げます。
                            2003年4月14日 高遠もも

まりちゃん目次へNovels TOP
HOME