I Love まりちゃん
2003年クリスマス企画
〜Present for …〜
後編
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次の日。 智の甲斐甲斐しい世話のおかげで(って、当たり前なんだけどさ)昼過ぎに漸く復活した俺は、智と二人、終業時間の5時30分過ぎの到着を目指してMAJEC本社へ向かった。 MAJECって会社はあんまり残業のない会社だ。 徹底した能力主義。不測の事態の発生でもない限り、時間内に成すべきことをこなすのは当然のこと…なんだそうだ。 もちろん5時30分ジャストに人気が絶えるってことはないんだけど、それでも6時過ぎにはほとんどの社員さんが会社を出るらしい。 そんな中、別格に忙しい――24時間勤務態勢といってもいい――のは、その会社を背負う会長であるおとうさんで、そうなると『片腕』である秘書さんたちも当然忙しいはずで…。 今日もおとうさんは海外へ飛んでいる。 だから、俺も智も、多分長岡さんがお供をしてるんだろうと思っていたんだけど…。 「やあ、いらっしゃい。珍しいね、二人揃ってここへ来るなんて」 そう言って、めちゃめちゃ可愛い笑顔で迎えてくれたのは、その長岡さんだった。 「あれ?出張じゃなかったんですか?」 「ええ、会長はドバイへ向かわれましたけれど、今回のお供は春奈さんなんですよ。なんでもあちらの取引先に友達がいるとかで…」 言いながら、俺たちに座るようすすめてくれる。 「智雪くんはコーヒーでよかったよね?」 「あ、どうぞお構いなく」 「ちょうど僕たちも一休みしようと思ってたところなんだ。つき合ってくれると嬉しいんだけど」 コーヒーサーバーを手に、にっこりと微笑む長岡さん。 はっきり言って凶悪なほど可愛い。 これで29歳だなんて、ほんと詐欺だよな。 「すみません。じゃあ遠慮なく…」 それにしても『僕たち』って? ここ秘書室には長岡さんの姿しかないんだけど…。 智と長岡さんの会話を聞きながらキョロキョロしていると、長岡さんがまたしても凶悪な笑顔を放った。 「あ、まりちゃんにはちゃんとホットミルクを用意するからね」 …へ? 隣で智が吹き出した。 「いてっ」 ざまーみろ。思いっきり足踏んでやった。 「あのっ、長岡さん、お構いなくっ」 俺が慌てると、長岡さんは必殺の笑顔を繰り出しつつ、俺の頭を撫でた。 「無理しなくていいよ。コーヒー飲めないでしょう?」 …なんでそんなこと知ってるの…。 「今、小倉さんがミルク買いに行ってくれてるから」 「えー!?」 泣く子も黙る秘書室長さんになんてことをっ。 「ああ、心配しなくてもいいよ。このビル、20階にコンビニが入ってて便利なんだ」 そういう問題じゃない〜! …って騒いでいるうちに、本当に小倉さんはミルクを抱えて帰ってきた。キリッとした顔で…。 ![]() 「クリスマスプレゼント?」 コーヒーブレイクも一段落ってところで、俺は智に促されて本日の訪問の理由を口にした。 忙しい秘書さんたちにこんな事まで相談していいのかなって気持ちはぎりぎりまであったんだけど、小倉さんも長岡さんも真剣に聞いてくれて、しかも二人してその明晰な頭を捻ってくれて…。 で。色々な案がでたんだけど、やっぱり『物』にこだわるより『真心』だ!…なんてベタな展開になってきて…。 「お手伝い券なんてどう? 食器洗い5回分のチケットとか…」 なっ、…長岡さん…小学生主催の『母の日』じゃないんだからぁ…。 「淳、何をボケたことを言ってるんだ」 長岡さんの――天下のMAJEC・第2秘書とは思えない――大ボケ発言に、さすがに上司としても黙って聞き流せなかったんだろう…小倉さんから真面目なツッコミが入っ…。 「会長宅のキッチンにはちゃんと食洗機がある」 …………。 …あ、ジョークね、ジョーク。 第1秘書ともあろうもの、臨機応変にジョークで切り返すのも…。 「それよりまりちゃん」 真顔で俺を見つめる小倉さん。 「肩たたき券なんてどうだろう?」 ……俺、やっぱこの会社への就職は考え直そう…。 結局、そこへちょうど『ドバイ到着』のメールを入れてきた第3秘書の春奈さんに、小倉さんが俺の話をしてくれて、15分後に再び春奈さんから入ったメールには、今おとうさんが欲しがってるもの…がはっきりと書かれていた。 どうやら直接おとうさんに聞いてくれちゃったらしい。 でないとこんな展開になるはずないんだ。 だって、春奈さんからのメールには…。 『会長は『まりちゃんと一日デート券』が欲しいと仰っています。望めばどんなものでも手に入れられる立場の会長ですが、唯一自由にならないのはまりちゃんとの時間なんでしょうね。まりちゃん、どうか会長のご希望を叶えて差し上げて下さい』 そして、このメールをみて小倉さんと長岡さんまでが俺に言うんだ。 『ストレスの溜まる毎日を送ってらっしゃいます。会長の『ガス抜き』だと思って、ぜひつき合って差しあげて下さい』…ってさ。 …『おとうさんと一日デート』か…。 うーん、ちょっとキケンな香りがしないでもないけれど…。 智はめっちゃ不機嫌だしさ〜。 でも、本当に『感謝の気持ち』を贈るとしたら、こう言うのが一番いいのかもな。 俺が『わかりました。俺でよければ』って返事すると、小倉さんも長岡さんもすごく喜んでくれて、ついでに智を説得してくれた。 さすがの智も、チビの頃から面倒を見てもらっていた『家族』も同然の秘書さんたちの言葉には、渋々でも頷かざるを得なかったらしい。 ![]() 24日。クリスマスイブ。デートの日がやって来た。 本当は忙しいのだろうに、おとうさんがこの日を休みにできたなんて、きっと小倉さんたちは大変だったに違いない。 そして、今朝早くに成田に着いたばかりだというおとうさんは、出張の疲れを微塵も見せずに俺を迎えに着た。 しかも、スーツ姿じゃなくて、めっちゃお洒落な私服への着替えまで済んでいて。 「まりちゃん、会いたかったよ」 1週間ぶりの自分のうちだっていうのに、おとうさんは上がろうともせずに玄関先で俺を抱きしめる。 「お、お帰りなさい」 いきなりの濃厚な抱擁に、思わず言葉に詰まる俺を、おとうさんはにこっと笑って見つめてから…。 「さ、行こう。一日はあっという間だからね」 …って、 「うわあっ」 い、いきなり抱きあげるかぁぁぁ! 「お父さん」 背後からかかった氷点下の声はもちろん智。 「ん?なんだお前もいたのか」 「当たり前です。ここは俺と直のうちですから」 「あ?ああ、そうだったっけ。じゃあ、しっかり留守番頼むぞ」 おとうさん〜、不要に智を煽らないで〜。後がコワイんだから〜。それと、早く降ろして〜。 「さあ、まりちゃん。まずはお台場を目指してドライブしようね。それからお台場でたっぷり遊んで美味しいものを食べて最後は二人きりで観覧車から夜景を楽しもう」 はあ?お台場ぁ?観覧車ぁ? 「なんですか、そのお決まりのベタなデートコースは」 呆れた声で智が言う。 「何を言う智雪。このコースは『初めてのデート』の定番だぞ」 おとうさん…、それ、どこで仕入れてきた情報ですか…。確かにそうだけど…。 「初めてもへったくれもありませんっ。これが最初で最後なんですからねっ」 「さ、行こうね、まりちゃん」 おとうさんはもがく俺を楽々と抱えたまま、智の言うことを軽く無視して、これでもかっていうくらいにこやかに微笑んだ。 でもって、俺はお父さんの肩越しに、思わず智に縋るような目を向けちゃったんだけど…。 …うわっ、智、めっちゃご機嫌ななめ…。 俺、今夜帰ってきたら絶対壊れるぅ…。 マンションの地下駐車場まで迎えに来てくれていたのは、いつものおとうさん専用の車と、もう20年近く前からおとうさんの信頼を得ているベテランの運転手の小林さん…だったんだけど、抱っこされたままで現れた俺をみて、驚くどころかいつも以上ににこやか――それどころか異様に嬉しそう――に『おはようございます、直さん』なんて言われちゃって、俺はますます身の置き所がなかったり…。 そして、顔から火を噴いている俺と、めちゃくちゃハイなおとうさんを乗せて、車は静かに走り出した。 俺に接するおとうさんはいつも優しい。 今この時でも、おとうさんは俺をぴったり横に座らせて、自分がいなかった1週間のいろいろを話して聞かせてくれたり、聞いてくれたり。 実際の年齢よりもみかけが若いせいもあるのかも知れないけど、こうしていると「おとうさん」というよりは「歳の離れたお兄さん」…って感じすらして、なんだかすごく心地いい。 だからなのか…、俺は一度聞いてみたいなと思っていたことを、素直に口にしてしまった。 「ね、おとうさん」 「ん?なんだい、まりちゃん」 「智を…18歳なんて若さで結婚させようと思ったのはどうして?」 「そりゃあ、『まりちゃん』という可愛い子を見つけたからさ」 おとうさんは俺をみてにっこりと笑う。 「あの時にまりちゃんを男の子だと見抜けなかったのは、私にとってまさに『一生の不覚』だったがね」 …それって…。 「…やっぱり、最初から男だとわかってたら、こんなこと…」 最初の間違いがあったからこそ、俺と智は…。 「そりゃあそうさ。最初からまりちゃんが男の子だとわかっていたら、智雪との結婚話などすすめやしない。女の子だと思っていたから智雪に…と思ったんだ」 言いながら俺の肩をギュッと抱きしめるおとうさん。それはきっと、俺の中にグッとこみ上げてきた『申し訳なさ』に気を遣ってくれ…… 「最初から男の子と知っていたら、誰がむざむざ智雪になど渡すものか。速攻で私がいただくところだったのに。まったく…」 …た、……………わけじゃなかったのか。 「まあ、他のどこの馬の骨ともわからないヤツにとられるくらいなら、まだ智雪の方が我慢も出来るというものだな。こうしてデートも出来るし」 「…うわぁっ」 …って、おとうさんっ。今度はお膝抱っこってかっ。 「ん〜、まりちゃん、ほっぺたすべすべだな。可愛い〜」 ぎゃぁぁぁ、ほっ、頬ずりまで〜! 運転中の小林さんに助けを求めたくても、この車、運転席と後ろは遮断されるようにも出来ていて、今は『大事な商談』なんていうシチュエーションでもないのに、小林さんは妙な気を遣ってくれちゃって、視界も音声も遮断されちゃって…。 『会長、長岡さんから連絡がありました。行き先を変更します』 小型スピーカーからいきなり聞こえてきたのは、その小林さんの声。 「どうした?」 『智雪さんが事故に遭われたとのことです。詳細は連絡待ちです。搬送先の病院へ向かいます』 …なんだって? 「わかった。すまないが急いでくれ」 『承知いたしました』 …智が、事故? どうして? なんで? 思わずおとうさんの顔を見上げると、おとうさんは何も言わずに俺をギュッと抱きしめた。 …智…。 急に何かに縋りたくなった俺も、おとうさんにギュッとしがみついて…。 …智……っ。 頭を過ぎる、智の笑顔を逃すまいと、きつく目を閉じた俺の頭上に、ふいに呟きが落ちてきた。 「智雪…」 おとうさん…。手、震えてる……。 どれくらいかかっただろう? とてつもなく長くかかったような気がするんだけど、ともかく車は病院に着いた。 「淳!」 「会長、まりちゃん」 病院の廊下で長岡さんの姿を見つけ、おとうさんがかけた声に振り返ったその顔を見たとき。 俺の力は急に抜けた。 長岡さんがニコッと微笑んだからだ。 「いったい何があったんだ」 それはおとうさんも同様だったようで、隣で崩れそうになった俺を『おっと』といいながら抱き寄せて、それでもかなりホッとしたような声が零れた。 長岡さんの説明によると、ことのいきさつはこんな感じだった。 おとうさんと俺が出かけて程なく……智は駅前の本屋へ行こうとしてうちを出たんだけれど、たまたまマンションのエントランスを出たところで、道路に飛び出してきた近所のちびっ子に走ってきたバイクが突っ込んでくるのが目に入ってしまい、咄嗟にチビを庇った結果、バイクと軽い接触をして転倒。脳震盪を起こしてしまった……と言うことらしい。 「ほんと、みんな大げさなんだから」 ベッドに腰かける智の額には大きなガーゼが貼られている。アスファルトで擦った傷からの出血は結構あったらしい。 「何言ってんだよ。スノボなんか転倒した3日後に急に意識不明になったりすることもあるんだからな」 一応念のため頭部の精密検査を受けることになった智は、明日の午後まで入院してなきゃいけなくなった。 もちろん俺としても、きっちり検査を受けておいて欲しいから、智が何と言おうが今夜は大人しく言うことを聞いてもらうつもりでいる。 「スノボはバランス悪いから咄嗟に頭が庇えないんだろ。俺はちゃんと自分の身体も庇ったつもりだからさ」 「つべこべ言わずに、今夜は大人しく寝てろっ」 「まりちゃんの言うとおりですよ。智雪くん」 いきなりかかった声に振り返ってみれば、いつの間にか、病室の入り口には小倉さんの姿があった。 穏やかではあるけれど、いつも以上にキリッとして、はっきりした物言いの小倉さんに、さすがに智も殊勝な様子で応える。 「…すみません、小倉さんにまでご心配おかけして」 「大事ない様子で安心しました」 智の姿をその目で確かめたせいなのか、小倉さんは心底安心したように、柔らかく微笑んだ。 そして、俺たちの側に静かに立った。 「智雪くん。明日は頭部の検査だけでなくて、体中くまなく調べてもらえるように手配しましたから、しっかり検査を受けるように」 「えー!そんなっ」 「お父様が病院長と直々にお話されて決められたのですから、口ごたえは許しません」 スッと目を細める小倉さん。はっきり言ってすんごい迫力だ。智も思わず口をつぐんだ。 …そういえば…。 「あ、あの…おとうさんは?」 病院に着いてからバタバタしちまってろくに話してない。 「先ほど社に戻られましたよ」 うって変わった笑顔で小倉さんは俺の頭を撫でる。 「一泊の入院だけれど不自由のないようにしてやってくれ…と仰っておられました。もう暫くしたら淳が必要な物を揃えて持ってくるでしょう」 …うわ。ただでさえ忙しい秘書さんたちの仕事を増やしちまった…。 「…すみません、ほんとに…」 智もそう思ったんだろう。普段の智からは考えられないくらい深刻な声で謝る。 けれど、そんな俺たちを小倉さんは優しい表情で見つめてきた。 「智雪くん、まりちゃん。あなた方にもしも何かあったら、会長は会長でいられなくなります。世界中を敵に回しても何とも思わないような方ですが、そんな会長の唯一の弱点があなた方なんです。いいですね。そこのところはよく自覚しておいて下さい」 その言葉は、優しく穏やかに…でも、とても深く俺の心に落ちてきて…。 きっと智もそれを感じたんだろう。俺の手をギュッと握ってきたから…。 そして、俺は超マヌケなことに、おとうさんとの一日デートがすっかりポシャってしまったことに、翌朝漸く気がついた。 そんな俺に、出勤前にまた智の様子を見に来てくれた小倉さんは、いつものように、穏やかなポーカーフェイスで言ってくれたんだ。 「お二人が元気でいること…これが会長にとって何よりのプレゼントですから」…って。 もちろん、その時の俺に、おとうさんがリベンジに燃えていることなんて、思いつくはずもなかった。 |
END |
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