あい らぶ まりちゃん

H・M氏の華麗なる誕生日
〜2004birthday企画〜





 名の通った財界人にとって、誕生日と言うのは一般とはまた違った意味合いを持つものかも知れない。

 何かの機を捉えてどうにかしてその取引先の一端に食い込もうとする輩は、ここぞとばかりに『お祝いにぜひ一席設けさせてくれ』だの、『心ばかりのお祝いの品を献上したい』だの、こちらの都合などお構いなしに猛烈なアプローチを繰り返す。

 ましてや世界的企業のTopともなれば、その数はそれこそ数える気も起こらないほどで、そう言った『どうでもいい』……いや、はっきり言ってしまうと『迷惑な』アプローチの数々を捌く秘書たちにとって、これらは全くもって『余計な仕事』なのである。

 しかし、そうはいってもすべてを無下に断るわけにいかないのも確かだ。
ましてやその相手が『有力政治家』だったりしたら…。



「ですから、出来るだけ早く引き上げられますよう、手配いたしますので…」
「いやだ」
「会長。この席だけは外すわけにいかないことは重々ご承知でしょう?」
「いやだったら、いやだ」
「我が儘をいってる場合ではありませんっ」
「い・や・だ」
「会長!」
「べ〜だっ」



 さて、ここで駄々をこねているのは、その世界的企業のTOPだ。

 いつもなら、ぶつぶつ文句を垂れながらも、一応秘書の言うことはきいてくれるのだ。

 だが、今回はやけに強硬に抵抗を繰り返す。

 その理由はただひとつ。


「誕生日は今度こそ一日中一緒に過ごしてくれるって約束したんだ!」


 日頃からの多忙。度重なる海外出張。
 可愛い嫁がいる我が家にもなかなか帰ることができない。

 もちろん秘書とてオニではない(一応)。

 せめて誕生日くらいゆっくりと我が家で過ごさせてあげたいし、休んでももらいたい。

 おまけに無理矢理時間を作った去年のクリスマス休暇では、初っぱなで長男の事故というアクシデントが発生して、『一日デート』は『お預け』になってしまったのだ。

 しかし、彼の肩には『MAJEC』そのものがかかっている。

 世界中の支社とそこに籍を置く社員…そしてそれに連なる数え切れないほどの人間の『明日』がかかっているのだ。

 それは、とある経済誌で『世界一聡明な経営者』とまで絶賛されたことのある彼にはもちろん、わかっているはずなのだが…。



「とにかくっ、私はまりちゃんと過ごすんだからな。絶っ対っに邪魔するなっ」

 しかし、ここまで聞き分けのない会長も珍しい。

 第1秘書と第2秘書は顔を見合わせてため息をついた。

「…どうしましょうか」

「仕方ないな。可哀相だが 『最終兵器』(奥の手) だ」

「…はいっ、『最終兵器』(奥の手)ですねっ」



                    ☆ .。.:*・゜



「え?お父さんがそんなことを?」

 大きな黒い瞳をぱっちりと瞠って、H・M氏ご自慢の可愛い嫁はそう言った。

 生成のセーターに黒い細身のスラックス。

 それだけのシンプルな姿にも関わらず、この溢れ出る愛らしさはいったい何だろうかと第2秘書は思う。

 長男の嫁は名は「まりちゃん」。19歳の大学1年生。
 もちろん…♂だ。


「はい。ともかく『まりちゃんと約束した』の一点張りで、ガンとして聞き入れて下さらないのです」

「ごめんなさい、長岡さん。俺がお父さんのスケジュールも確認しないで約束しちゃったばっかりに…」

 弱ったような表情も…可愛い。

「いえいえ、そうではないんですよ、まりちゃん」
「…まりじゃありませんっ」
「はいはい。」

 軽くいなされて、まりちゃんはぷうっとふくれてみせる。
 そんな顔もやっぱり可愛い。

 愛されると輝きを増す…とは言うが、もともと可愛らしかった上に、彼の伴侶(と、その父親)は彼を文字通り『溺愛』しているのだ。 

 その結果は自ずと全身から漏れてくる。


 …もしかして自分も気をつけないといけないかな?

 そんな腐ったことをつい、考えてしまい、第2秘書は我知らず頬を赤らめた。


「長岡さん?」
「ああ…ごめんなさい。まりちゃん」

 にっこりと笑うと、嫁も安心したように微笑む。

「会長のお誕生日のスケジュールは、まりちゃんが一番最初のお約束なんですから、それを最優先させるのは当然です」

「…ってことは、どうしてもはずせない大切な用事があとから入ってきた…ってことですよね」

「そうなんです」

「それで俺に…」

「はい、会長を説得していただきたいのです」

 第2秘書の真剣な表情に、嫁もまた、表情を引き締める。

「わかりました。お願いしてみます」



                   ☆ .。.:*・゜



「なんだって?」

 会長室のホットラインが自宅からの着信を告げたのは、夕方、ほんの一時の休息の時間のことだった。


『大切なご用だって』

「…あいつら…」


 電話の向こうにいるのは、目に入れても痛くない、嫁。


『だからお父さん、お仕事頑張ってきて』

「まりちゃん、秘書たちの言うことなど聞かなくていいんだよ?」

 食い下がるH・M氏。
 しかし、嫁は優しい声音で甘えるように告げた。

『実は、お父さんがお仕事がんばってる間に、俺も頑張ってケーキ作りに挑戦しようと思ってて』

「ケーキ?」

『うん、バースデーケーキ。お父さんのお留守の時間に頑張って仕上げておくから、帰ってきてびっくりして』


 それはとてもとても、抗いがたい魅力的な話だ。

 しかし、ケーキなら自分が留守でなくてもできるはず。
 しかし、『びっくりして』と嫁が言うのだから『びっくりして』あげたい。
 しかし、せっかくの約束を馬鹿馬鹿しい(いや、決して馬鹿馬鹿しいものではないのだが)政治家との会食などに潰されたくない。

 しかし……。


「でも私はまりちゃんと過ごす誕生日を、それはそれは楽しみにしていたんだよ?」

『俺も、今度はちゃんと…って思ってたんだけど…。ほら、この前のクリスマスはあんなことになっちゃったから…』

 遠慮がちに言った嫁の一言に、H・M氏がキラリと目の端を光らせた。

 あの時『楽しい初デート』がポシャッたのは一重にも二重にも長男のせい――『計画的犯行』の疑いは捨てきれないが――なのだが、嫁がそれをとても気にしていることも、H・M氏はよくわかっていて…。


「そうだったね。あの時は本当に楽しみにしていたんだが…」

 ちょっと弱った声色を演出してみる。

「でも、智雪の怪我がたいしたことがなかったからね。本当によかったと…」

 語尾をちょっと濁してみたりして。

『…うん』

 電話の向こうの嫁は、その時のことを思い出したのか、ちょっと涙声になった。


 ――今だ。


「ねえ、まりちゃん?」

 恋人の耳元で囁くように呼んでみる。

『…はい』
「仕方ないね。誕生日のデートは諦めるとしよう」
『お父さん…』

 だが。

「その代わりに、少し我が儘を言ってもいいだろうか?」

 当然転んでもタダで起きるような人間ではないのだ。この『経済界の怪人』は。


『なに?』

「お祝いに私の希望を一つ叶えてくれると嬉しいのだが…」

 言葉の端々に、『もちろん無理にとは言わないよ?』といったニュアンスをわざとらしくちりばめて。


「えっと、俺にできること、なら」


 前田家に嫁いでもうすぐ一年。

 今までのあれやこれやで少しばかり勘が良くなった嫁は、意識の端っこで『ちょっとイヤな予感がするかも』な〜んて感じてはいるのだが、受話器の向こうで切なげにため息を漏らされてはたまらない。


 ――ま、誕生日だから…な。

 …と思って、『うん』と言ってしまうところがこの嫁のカワイイところである。


「そうか!ありがとう、まりちゃん」

 途端に溌剌とした声になるH・M氏。
 転んだら、起きあがるついでにそのあたりのものを拾って…いや、むしり取って立ち上がらねば、転んだ意味がない。


「仕事、ちゃんとがんばってくるからね」

 そして、心にもないことでも平然と言えなければ企業のTOPなど務まらない。



 ホットラインが切れた後、H・M氏は第1秘書を呼びつけて、『お前たちの言うとおりにしてやるよ』としおらしい風情で告げた。

 第2秘書は『さすが最終兵器(まりちゃん) !』と単純に喜んだのだが、第1秘書はもちろん、言葉の最後にニッと口の端を上げた会長を見逃してはいなかった。



                    ☆ .。.:*・゜



 さて、2月28日がやって来た。

 その夜、予定より1時間も早く――それでも22時を回ってしまったのだが――帰宅したH・M氏を待っていたのは、ちょっといびつだがお味は抜群の『まりちゃん特製バースデーケーキ』だった。

 それを美味しく平らげた後…。



「さて、まりちゃん。お願いしていたことなんだがね…」

 その声に、嫁はちょと肩を緊張させ、長男はスッと目を眇めた。
『お願いごと』なんて、そんな話、一言も聞いていない。


「お父さん、なんですか。直にお願いって」

 険悪な長男の声にも、H・M氏はもちろん動じない。

「ふふっ、心配するな、智雪。お前もきっと気に入る」

 本当は長男にも見せたくはないのだが、同じ家にいる以上仕方がない。


「これを見てご覧」

 取り出したのはシンプルな衣装箱。スーツでも入っているのかと思いきや…。


「ほらっ!カワイイだろう?これをまりちゃんに着てもらおうと思ってね」

「……」
「……」

「もちろん、これもセットだ」

 言いながら、H・M氏は自ら『それ』を羽織る。

「いや〜、懐かしいな〜。白衣なんて大学の研究室以来だなあ〜」

「………」
「………」

「さ、まりちゃん、着てみて」


 ぴら〜っと広げられたのは、目にも麗しい、男子垂涎・永遠の憧れ(もちろん通常の男性は着用するために憧れているわけではない)、『ナース服・しかもピンク・キャップもついてるよ〜ん』…だった。


 そして。

 衝撃のあまり言葉も出ない嫁の隣、先に我に返ったのは長男だった。


「こっ、こんなものっ、どこで手に入れたんですかっ?」

 どうみても、そのあたりのアヤシイ店で、アヤシイ目的の為に売ってるようなシロモノではなく、布の質と言い、縫製と言い、ホンモノのナース服だ。

 …確かに似合いそうだが。



「どこで…って、そんなもの病院に決まってるじゃないか。ナースと言えば病院だろう」

 しれっと正論を吐くH・M氏の表情は、奇妙なまでに無邪気だ。

「だからっ、どこの病院からこんなものを…っ」
「ああ、お前が入院した、あそこだよ」

 小さい時から病気らしい病気をしたことはなく、健康にはこれでもかというほど自信がある長男の入院と言えば、あれしかない。

 そう、2ヶ月ほど前のクリスマス。『初デート』だと浮かれる父親と、その父親に拉致されるように連れ去られた最愛の人を見送った後、自分も出かけようとした矢先に近所の子供をかばって被った、ちょっとした怪我のことだ。


「大切な跡取り息子が世話になったのだからな、ちょっとした感謝の気持ちで寄付をしたんだが、その領収書と一緒にこの『一式詰め合わせ』の箱をもらったんだ」

 …そんなアホな。
 どこの世界にそんなものを寄越す病院があるんだ…。

 あまりのアホらしさに長男が頭を抱える。

 だが、H・M氏はそんな長男を不思議そうに見つめた。

「なんだ、智雪。お前も欲しかったのか?ピンクのナース服。それならそうと素直に…」

「何言ってんですかっ。どうせ着るなら白衣の方がマシですよっ」

「…ふーん。それならお前が白衣を着て、私が患者役でもいいぞ」

「…何の話ですか」

「おまえなぁ。白衣にナースに患者と言ったら『お医者さんごっこ』に決まってるだろう。そんな察しの悪いことでは経営者は務まらんぞ。まったく」

「そんなことに察し良くなりたくありませんっ」

「ほらほら、いつまでも吠えるな。楽しい夜は短いんだ。さ、まりちゃん、着替えを…」

 その言葉に長男もチラッと考える。


『まあ、俺も一緒にいるんだから、そうややこしいことにはならないだろう。それより、直のナースってカワイイだろうなあ〜』…な〜んて。


 だが。


「…あれ?直?」
「まりちゃん?」

 広いリビング。あたりをキョロキョロと見回す父子。
 しかしそこにカワイイ嫁の姿はすでになく…。


「「逃げたー!」」


 その後、カワイイ嫁がどうなったのかは…神のみぞ知る。


END

この父にしてこの息子あり。または『同じ穴の狢』(笑)
パパの暴走誕生日、いかがでしたでしょうか?

ええと、4年前の誕生日には『H・M氏への100の質問』って言うのをUPしたのですが、
お宝イラストのページにリンクしてあるため、見つけにくいようです。
ここからも飛べるようにしてみましたので、パパへの100の質問、
神経をすり減らしながらおつき合いください(笑)
こちらからどうぞv

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