いつまでも、どこまでも
1years Ago

智と直、1年前の春。




 淡い色の間接照明がほんのり灯るホテルの室内。

 微かにシャワーの音が聞こえてくる。
 今その中にいるのは、俺の5年越しの想い人だ。

 ここは長崎。ハウステンボスの中のホテル。

 高校3年になったばかりの俺たちは、1週間かけて九州を回った修学旅行の最後の夜をここで迎えている。

 そして、今夜だけは二人部屋…。

 昨日までは5人から10人っていう部屋で、わいわい楽しんだ。

 けれど今夜は二人きり。

 中1で同じクラスになって以来、ずっと一緒の俺たちだったけど、こうやって一晩を二人きりで過ごすのは実は初めてなんだ。

 中学の修学旅行ではクラスが違ったから同じ部屋になれなかった。

 部活の合宿は、いつも雑魚寝ではしゃいでいて…。

 二人きりの今夜、俺はどんな顔をして直を待っていればいいんだろう。
 


 俺は中学の入学式で初めて直に逢ったときからずっと、直一人を想ってきた。

 ただ、最初の一年は、まだ子供だったせいか、それこそ『恋愛感情』とも『行き過ぎた友情』ともつかない、曖昧なところを漂っていた。

 けれど、中2の夏、部活の合宿でふざけたふりをして抱きしめた直の身体。
 その温かさと甘さを知った時、俺は自分の中の『恋愛感情』をはっきりと自覚した。

 そしてそれは、いつまでも大切にしたいと言う思いと、すべてを自分の支配下に置いて意のままにしたい…という、相反する感情の同居したやっかいなものだった。

 直のすべてが欲しい…。

 そう思ってから今日までの年月、俺はずっと耐えてきた。

『いつまでも大切にしたい』という感情だけを大げさに育て、その下に醜い欲望を隠したまま…。



 中高6年間の今年が最後の一年。
 この一年間で二人の関係がどうにかなるとは思えないし、思わない。

 直はまだまだ子供だから…。
 俺の想いを知ったらきっと、逃げていくだろう…。

 けれど、そんなことはさせない。
 大学も同じところへ行って、俺は必ず大人になっていく直の中に入り込んでみせる。



 去年の終わり――2年の2学期末――に直が進路希望を『工学部』と書いて出したときには正直焦った。

 俺はどちらかというと文系だから。

 俺たちの学校は、学年の8割がエスカレーターで上の大学へ行く。
 だから、高3になっても文系理系にコースが別れることはない。
 すべてが『必修科目』というきついカリキュラムなんだ。

 で、そのせいで直が何を目指しているのか、気づくのが遅れてしまったんだ…。

 直を追って、無理にでも工学部へ行くか…。

 正直、成績の面での心配はなかった。
 俺の成績なら、どの学部への推薦も受けられるから。

 ただ、俺は経営か経済へ進もうと思っていたんだ。
 父親の会社を継ぐか継がないかは別としても、やっぱりその方が自分にあってると思っていたから…。

 そんなことを悶々と悩んですごした冬休み。

 正月に直から電話がかかり、『俺、経営にしようと思うんだ』って聞いたときは、ホントに小躍りしてしまった。

 ただ、その気持ちの変化の原因は、未だに教えてくれないんだけど…。




 
 シャワーの音が止んだ。

 途端に情けないほど跳ね上がる俺の心拍数。

 何が何でも、自分を押さえなければいけないと言う気持ち、そして、その反対の気持ち…。

 直を自分のものにしてしまいたい…。

 小さく響くノブを回す音。
 そして…。

「智!ビール!!」

 いつもと同じ、元気いっぱいの直の声に、俺もいつもと同じ声で自然に返事をした。

「はいはい」


 小さな足音をたてて、紺と白のチェックのパジャマを着た直がでてきた。

 まだ髪に残っている雫が照明に光って、その頬はほんのり上気して、唇は…。

「智?どうしたんだ」

 思わずジッと見つめてしまった俺は、キョトンとした顔の直から慌てて視線を逸らし、冷蔵庫を開ける。

 もちろん最初から入っていたビールに手を着けるようなバカなマネはしない。

「よく見つからずにこれだけ調達できたよな」 

 直は冷えたビールを眺めて言う。 

「ま、最終日だからね、みて見ぬ振りってこともあるかも」
「うちの担任ならあるかもな、それ」  

 言いながら直は俺の手からビールを取り、プルを引いた。

「ほい、かんぱ〜い」

 鈍い音を立てて缶がぶつかり、直はビールを一気に流し込む。
 その白い喉が…。

「智?」

 う…。また目が釘付けになってしまった…。

「お前なんか変だぞ。どっか具合でも悪いのか?」

 そう言って直は俺の額に手を当てた。

「なんか、ちょっと熱いような気もするけど…」
「そんなことないって」

 いや、実際俺の顔はかなり火照っていたかもしれない。

「具合悪いんなら先に寝てもいいぞ」

 直は真面目に心配してくれているようなんだが、せっかく直と二人きりの夜、一人でさっさと寝てどうするんだよ。

 …でも、起きていても地獄が待ってるだけのような気もするけど…。

 大丈夫…と言った俺に、直はふぅん…と一度だけ首をかしげたけれど、それで納得したようだ。
 そして…。


「やっぱ風呂上がりってビールだよな」

 直は冷えた缶を頬に当ててニッコリ笑う。

「なにそれ、オヤジくさいセリフ」

 そう言ってからかっても、直はニコニコと嬉しそうだ。

「智と二人でこうやって飲むのって初めてだよな」

 …直もわかってたのか…。

「そうだな」

 窓辺の可愛いらしいソファーの上に、ちょこんと乗って、膝を抱える直。

 何もかもが可愛らしくて……そして……誘っているように見えてしまう…。

「いつも一緒につるんで、しょっちゅう遊びにも行ったけど、飲みに行ったりはしなかったもんな」

 嬉しそうに言う、直。
 普通はそうだろ?俺たちまだ『未成年』なんだからな。

「そりゃあ、俺が真面目だからね」 

 そう、実際の中身がどうあれ、俺は普段から品行方正で通ってる。
 真面目で穏やかな優等生なのだ。

 俺の言葉を聞いて、直はさっきからの『ニコニコ』を引っ込めて、今度は『にやっ』と笑った。

「俺、智が乱れるところ、みてみたいな」

 ……。

 言ってくれるね、直。
 俺の中はもう、乱れ放題だよ。

 俺の頭の中で、直、お前自分がどんな目に遭ってるか知ってるか?

 俺だけじゃない。お前だって乱れてるんだぞ、俺の妄想の中では…。
 

 けど、俺はそんなことを思えば思うほど、表面的には穏やかに笑っているんだろうな。

 でも、やばいことに身体は正直に反応しそうだ…。

「そうだな…。俺が乱れるとしたら…」

 俺は慎重に言葉を選びながら、自分の心と体を宥める。

 そんな俺を、直は興味津々に見つめていて…。

「乱れるとしたら…?」
「それは…」
「それは…?」

 直がズズッと身を乗り出す。


「ないしょ」

 言い切った俺に、直の開いた口が、塞がらない。

「ともー!お前なぁっ!!」
「うわぁっ」

 まてっ、なおっ、いきなり飛びかかるなっ!
 避けようと身を捩ったとき、直がバランスを崩した。

「うわっ」 
「なおっ、危ないっ」

 とっさに抱えて、俺たちはそのまま後ろのベッドへ…。

 腕の中の直は、想像していたよりも、もっと細くて小さくて…。

 そして、ふんわりとシャンプーが香って…。
 直の甘い息が俺の首を掠めた…。

 も…限界か、も…。


 俺が体中を渦巻く熱に耐えかねて、直を抱えた腕に力を入れそうになったとき、俺の身体の下から可愛い笑い声がした。

「あははっ、ごめんな、智」

 直は一片の曇りもない顔で、俺をジッと見つめていた。

「それにしてもお前って力強いのな。部活じゃ対等の成績なのに、こうなってみたら、俺、全然お前に敵わないや」

 ま、あれは集中力勝負の競技だからな…と、続ける直の表情を、俺はきっと不思議なものを見るような目で見ているんだろう。

 だって、負けん気の強い直が、素直に『敵わない』と口にすることなんて、滅多にないから。

 こんな直に…。何ができる…? 

 力で勝っても仕方がない、よな…。


「…そりゃしょうがないさ。身長差もウェイト差もかなりだからな」

 そう言いながら、俺は無理やり身を起こし、直の腕を引っ張る。

「あーあ、俺も智みたいに大きくなりたかったな…」

 小柄であることをずっと気にしてる直。

「男は中身…だろ?」

 そう言うと、直はまた、ニコッと笑った。

「そうだよなっ!俺も智に負けないぐらい、男らしくなる!」

 …そう言ってもらえるのは嬉しいけど、実際の俺はそんなんじゃないよ。

 いつの日か、絶対直を手に入れようと企んでるんだよ、俺は…。
 騙してでも…丸め込んででも…。
 そう、どんな手を使ってでも…。

 ただ、力ずくで奪うことだけは絶対にしない。

 俺が欲しいのは、身体だけでなく、心も丸ごと…だから。



 
 それからしばらく他愛もない話で盛り上がったんだけど、いつしか直はソファーにもたれて小さな寝息を立て始めた。

 アルコールのせいか、頬がほんのりとピンクに染まっている。

「なお…。ベッドに入らないと風邪ひくよ…」

 声をかけて揺すってみたけれど、直はもう、ぐっすりと寝込んでしまったようだ。

「仕方ないな…」 

 誰も聞いていないのに、俺はまるで弁解するようにそう呟いて、直の身体を抱き上げた。

 軽くて俺の腕にスッポリと納まってしまう小さな身体…。

 その肌からも、ふんわりと直の甘い香りが漂ってくる。

 このまま抱いていたいけれど…。

 俺はそっと直をベッドに降ろす。
 毛布を掛けると、直が小さな声をあげた。

「う…ん…」

 鼻にかかる甘い声。

 …俺、今夜寝られないかも…。

 直、こんな俺、すっごく可哀相だろ?
 だから、一つだけ許してくれよな。

 俺は…直の額に軽く唇を押し当てた。

 そこからじんわりと広がる甘い疼き。

 墓穴を掘ったと気付いたときにはもう後の祭りで…。

 俺は動こうとしない自分の手足に呆れ、理性を総動員させて直から離れた。
  



 直、約束するよ。
 俺はずっとお前を見つめ続ける。想い続ける。
 それが俺の『男らしさ』なんだ。

 すべては直のために。

 いつまでも、どこまでも…。 



END


我慢に我慢を重ねてきた智くん。
晴れて新婚さんの今、暴走してしまうのも無理はない?

というわけで、このお話からちょうど1年後にあたる、『まりちゃん、入学式の夜』は
『まりちゃんの入学式〜後編』の最後にくっついていますv

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