『智くん、危機一髪!?』
〜智くん、高校1年のある日〜
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いつになく冬が長くて、春の訪れは随分遅くなったけど、それでもこの4月、俺はいつにもまして浮かれた気分で高校生活を送っている。 だいたいこの春休みは最低過ぎた。 普段の春休みなら部活があるんだけど、中学を卒業して高校へ入るまでの、この宙ぶらりんな身分の間は、部活すらなかったからだ。 つまり、部活がない=学校へ行かなくていい=直に会えない…っていう最悪の図式ができあがるわけだ。 俺と直は家が遠いせいで学校以外ではなかなか会えない。 遊びに行こうと誘えば直は学校の近所まで出てきてはくれるけど、直の場合、一人息子で両親に溺愛されてるから、部活もない休日となると離してもらえないらしい。 そうなると電話しかコミュニケーションの手段がなくって…。 せめて携帯電話を持ってくれるとなぁ…。 けれど、待ちに待った高校の入学式(中学からのエスカレーターなんだけど、一応入学式はある)ではめちゃくちゃいいことがあった。 中学1年以来、2年ぶりに直とまた同じクラスになれたんだ! もう、毎日が楽しくて仕方ない。 学校さえ始まれば、日曜日だって部活があるからな。 だから俺は、例年のごとく『クラス委員長』なんて面倒くさいものを押しつけられても、喜んで引き受けた。3年前と同じように直を副委員長に指名すれば、委員会も一緒になるからだ。 そんな風に、この上なく楽しい学校生活を送っていたある日の放課後。俺は何故か高校生徒会から呼び出しを受けた。 生徒会室は旧校舎の最上階。 面倒だけど、無視するわけにもいかなくて、仕方なく俺はそこへ『出頭』した。 |
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「やあ、きたね。1年C組、前田智雪くん」 「お呼びでしょうか」 俺は表面上はあくまでも『穏やか』だ。 「どうぞ、中へ。ああ、緊張しなくていいよ」 …。この程度のことで緊張なんてしませんってば。 「はい、失礼します」 中へはいると、椅子をすすめられたので遠慮なく座る。 見渡しても中にいるのは一人だけ。 そう、高等部生徒会長…歴代の生徒会長の中でも、ちょっと毛色の変わった人っていう評判…だ。 「今日は君に重要な『お願い』があるんだ」 『お願い』のところをやたらと強調しながら、会長は俺の隣に椅子を引きずってきて座った。 「…なんでしょうか」 少し不安を装ってみる。 「眉目秀麗成績優秀、先生方の信望も厚く、クラスメイトからも信頼されている君に、たってのお願いだ」 いいから、もったいつけないで早く言って。俺、早く部活に行きたいんだから。 「君に、生徒会に入って欲しいんだ」 ……そんなことじゃないかと思った。 「もちろん役員は選挙で選ばれるが、それ以外の執行部員は僕の権限で選べる枠が数人ある。その枠に、僕は君を選んだ」 あのねえ、『どうだ、嬉しいだろう』とばかりに言われても…。 「まあ、君の器なら放って置いても2年後には生徒会長の椅子が待っているだろうけど、僕が今のうちからそこへの確かな道を引いてあげようと思うわけだ」 …はっきり言って、迷惑です。 「すみません。せっかく誘っていただいたのに申し訳ないのですが、僕には部活があります」 そう、俺には部活がある。 直は高校に入ってからさらに部活に精を出すようになり、成績も全国レベルになってきている。 この調子でいけば、団体戦だけじゃなく、個人戦でも1年生ながら全国大会への切符を手に出来るかも知れないんだ。 直が行くなら俺も行く。 俺は何が何でもついていかなくてはいけないんだ。 ずっと、いつでも、いつまでも、側にいたいから。 「部活…ね」 だが、敵も俺のその答えは予想の範囲内だったようだ。 「蔵原は両立させているよ」 そう来ると思った。2年生の蔵原先輩は、1年の時から生徒会執行部と部活を両立させて、今年は選挙で選ばれて役員になった。 「蔵原先輩は努力家ですから。残念ですが、僕には先輩のような器量はありません」 …と、きっぱり断ったつもりなんだけど…。 「ふふっ、君のそういう謙虚なところも気に入ってる」 …おめでたい人だな…。 「熱田くんとの時間がそんなに大切?」 …え? しまったと思ったときは、もう、遅かった。 唐突に直の名前を出されて、俺は一瞬仮面を取り落としてしまったんだ。 「もし、執行部入りすることで熱田くんとの大切な時間が失われるというのなら、熱田くんも執行部入りすればいい」 …こいつ、まさか直が目当てなのか…? そうだとしたら、絶対許さない。 「残念ですが、直はうちの部のエースになる人間です。そんな彼に、生徒会と部活の両立なんて中途半端なこと、させられません」 「ふうん、思ってた以上に熱田くんにご執心なわけだ」 なんとでも。 「親友ですから」 「今の君の顔見てると、そんな感じじゃないけど」 嘘ばっかり。さっきみたいなヘマはやらない。俺は今、完璧にポーカーフェイスだ。 「どう思っていただいても結構です」 「余裕だね。…って事は、もうやっちゃったんだ」 …こいつ、しつこい…。 「直は親友です」 「へぇ、まだなんだ」 カマをかけても無駄だよ。 俺は直を守るためだったらどんな仮面も被るし、嘘もつく。 「じゃあさ、いつか君がその手に可愛い熱田くんを抱く日のために、ちょっと練習してみないか?」 なんだって? 冗談もたいがいにしろっ。 …と内心で憤慨した瞬間、俺の肩に手が掛かった。 次の瞬間にはグッと引き寄せられる。 相手は俺と同じくらいの上背…。 「先輩…冗談は…」 「冗談なものか。僕は君をずっと見てた。君が熱田くんをいつも見ているようにね」 密着しそうになった身体を、腕を突っ張ることで引き離した俺は、今度はその腕を掴まれて机に押し倒された。 …ったく、人が大人しくしていればいい気になって…。 「先輩、やめて下さい」 「ふふっ、怯える君も可愛いね」 なに〜?怯えるだぁ?可愛いだぁ? あんた、何処に目を付けてるんだっ。それともその目は節穴かっ。 怯えて可愛いのは、直みたいな……。 …ってそんな事考えてる場合じゃなかった。 いい加減、このバカをなんとかしないと…。 「大声出しますよ。人が来たら困るのは先輩でしょう?」 「僕がそんなヘマをすると思う?」 嬉しそうに笑いながらそこら中をなで回すのはやめてくれって。気色悪い。 まあ、真顔でやられても気色悪いけど…。 「今日は前田くんを説得するから…って役員全員には言い置いてある。誰も、この階に近づかないように…ってね。ちょっとやそっとの声は聞こえやしない。だから、安心して声を上げてもいいんだよ」 げ。なんの声だよ。声の種類が違うだろっ。 「君の、その綺麗で穏やかな顔の下に隠れているものを、僕が引き出してあげるよ」 うえぇぇぇ。どーしたらこんなくさいセリフ思いつくんだ。 ええい、面倒な。これが最後通告だっ。 「先輩、お願いします、やめて下さい」 ところがこいつは、生ぬるい指先で俺の頬をスッと撫でて言いやがった。 「ふふっ…。可愛い声で鳴いてごらん。と・も・く・ん」 ……………………。ぶち。 「えっ…う、うわぁっ!!」 俺が力で抵抗していたわけじゃないから、相手もかなり力を抜いていた。ま、それも作戦のうちだけど。 それにしてもバカだね。油断大敵。形勢逆転。 俺は、俺の身体をいやらしくなで回す生徒会長の右手首を掴み、くるっとひっくり返してそのままその手を後ろ手に捻りあげた。ついでに首根っこを掴んで机に押しつける。 うちの秘書さんたちに教えて貰ったとおり。完璧だな。 「な、なにをっ…」 「いいかっこですよ、生徒会長。あなたこそ、鳴かせて貰う方がお似合いなんじゃないです?」 耳元で囁いてやると、下敷きになってる身体がビクッと震えた。 …まさか今ので感じたとか言うなよ…。 「…き、君がそっちの方がいいっていうのなら…」 ……………勘弁して…。直以外の男だなんて、考えただけでも寒気がする。 「あいにくですが、僕はこう見えても趣味がいいんです。誰でもいいというわけにはいきませんね」 とどめとばかりにもう一度腕を捻ると、小さくかみ殺した悲鳴が上がった。 「心配いりません。これくらいのことで、骨は折れたりしませんから」 「……わ、わか……った。もう、しない。君のことは…諦めるから…。た。頼むから、その手…」 なんだ、まだ喋れるんだ。 俺は、もうほんの少しだけ力を入れる。 「う、わ…っ」 「ついでにもう一つ約束してもらいます。僕がなびかなかったからって、直にちょっかいかけようと思わないで下さいね。僕が本気で怒ったら、こんなものじゃすみませんよ」 相手の顔から血の気が引いたのを確認して、俺はやっとその手を解放してやる。 その瞬間、生徒会長は転がるように俺から離れると、怯えた目で俺を見あげた。 そう。その気持ちを忘れないようにね。 俺はニコッと愛想笑いを浮かべてから背を向けた。 ドアにはご丁寧に鍵までかかっている。 それをカチッと外し…。俺は一度だけ振り返った。 「そうそう、色々と事情がありまして、護身術だけは完璧なんです、僕。 おかげさまで、いい実地訓練ができました」 |
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…ったく、時間の無駄もいいところだったな。 しっかり部活に遅刻だ。 まあ、生徒会からの呼び出しってわかってるから、遅刻の罰トレはないだろうけど…。 旧校舎の入り口をでると、そこにはなんと……。 「直?」 直は俺を見つけた瞬間、子犬みたいに駆け寄ってきた。 こう言うとき、ほんとに抱きしめたくって仕方ないから困る…。 「智っ、大丈夫だったのかっ?」 「何が?」 「だって、生徒会から呼び出しがあったって…」 心配して来てくれたんだ…。どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい…。 俺はかいつまんで事情を話した。もちろん、真実のほとんどは闇の中だけど。 「それで…受けたのか?執行部入り」 不安そうに直が見上げてくる。 「まさか」 「どうして?」 「俺、部活の方が大切だから」 その一言であからさまにホッとした顔になる直が愛おしくて仕方がない。 「で、でも、もったいないよな。お前、生徒会とか向いてそうだし」 それが、ホッとしたからこそでる言葉だって言うのは、手に取るようによくわかる。 「向いてるとか向いてないとか、関係ないよ。俺はいつでも、自分が一番大切にしたいものが最優先なんだから」 そういうと、直は凶悪に可愛らしい笑顔で俺を見上げた。 「智のそういうところ、俺、いつもかっこいいなって思うんだ」 ……………。俺…、今夜寝られないかも…。 こうして俺はまた、一番言いたいことを胸の奥にグッとしまい込む。 俺が一番大切なのは、部活でも何でもない…。直、お前だけ…。 |
END |