「I Love まりちゃん」外伝
魅惑の33階
〜最終回〜
『野次馬たちの33階』
![]() |
『春奈くんのところには、室長から何か連絡あった?』 第3秘書の佐保学から春奈宛てにこんなメールが届いたのは、午後2時すぎのことだった。 室内には第2秘書の沢木大二郎以外の全員が揃っている。 静かな室内。 お互い、小さな声でも届くような距離にいるのにわざわざメールが届くと言うことは…。 春奈はディスプレイから少しだけ顔をあげ、視線だけを学に向けた。 学もまた、視線だけでちらっと春奈を見ると『ニッ』と笑って見せた。 『上司』と『後輩』にわからないように。 もちろんその段階で春奈は察していた。学が何を言いたいのか。 なので、早速返信する。 『はい。昼休みに「本日の退社予定時刻」を尋ねて来られたので、今日は特に何もないので定時に退社させていただこうと思っていますが、何かありましたでしょうか…って返事をしたんです。そうしたら、『いや、定時で退社してくれて構わないから』って…(笑)』 送信ボタンを押すと、学からは速攻で返事が返ってきた。ほとんどチャットのノリだ。 『僕のところには『学は社長のお供の後、直帰だったな』って、スケジュールの再確認が(笑)。ちなみに大二郎さんのところには、『今日中に帰ってこられそうなら、帰国便が決まった段階ですぐに連絡してくれ』ってメールがあったらしい。普段そんなこと言わないのにね、室長ってば(^_-)』 『ですよねー。それで、沢木さんはなんてお返事を?』 『うん、実は今日中に戻って来られることになって、搭乗する便ももう決まってるんだけど、これは何かアヤシイって、先に僕に連絡があったんだ。『室長、何かあったのか?』って( ̄ー ̄)』 『ということは…これは…( ̄ー ̄)』 『そう、『人払い』だよね!』 『いよいよ、今夜、Xデー!?O(≧∇≦)O』 『だと思うね。ここのところ、室長、随分淳くんに優しくなっちゃってさ。特に今朝からの様子ってなんかいつもと違うじゃない?』 『ですよね。なんかこう、隠しきれない幸せが滲み出てるっていうか…』 『というわけで、春奈くん。退社したらその足で会長室に集合ね。会長と大二郎さんも4時過ぎにはこっちへ到着予定なんだけど、室長には『帰ってこられない』ってことにしておいて、こっそり会長室に戻っていてもらうから(*^_^*)』 『佐保さんはどうなさいます?もうすぐ社長と外出の予定では…』 『うん。こっちも5時までには終わらせて、終わり次第すぐに会長室へ行くよo(^-^)o』 『ワクワクしますよね〜!』 『あ、会長室におやつと飲み物用意しておかなくちゃ(@^-^)o旦~~~』 『いや〜ん、佐保さんったら〜( ^▽^)σ)~0~)♪遠足じゃないんですよう〜☆』 『えへへ〜、だって楽しみにしてたんだも〜ん(^^ゞ』 仕事に向き合う時の真剣な面もちのまま交わしていた、とても天下のMAJECの秘書たちが書くとは思えない『顔文字付きアホメール』のやりとりはここで中断した。 彼らのボス、秘書室長が学に声を掛けたからだ。 そしてその頃、上海浦東空港では…。 ビジネスクラスのシートに落ち着いた会長の耳元に、大二郎があたりを憚るように告げた。 「会長、先ほど佐保から連絡が入りまして…」 「ん?なんだ?」 「…どうやら、Xデーのようです」 「…そうか」 ニヤリと笑う会長。 「それは、急いで帰社せねばならんな。MAJECの一大事だ」 「はい」 この会話をもし、盗み聞きしている者がいたとしたら…。 『MAJECの一大事』 この一言で、世界経済に大きな影響が出ていたかも知れないのだが…。 ☆ .。.:*・゜ 会長室:午後6時。 上海から戻れなかったはずの会長と第2秘書。 社長のお供の後、直帰したはずの第3秘書。 定時に退社したはずの新米秘書。 何故か全員が息を潜めて――しかし耳はダンボにして――揃っていた。 おやつとお茶もふんだんに用意されていて、籠城の支度は万全だ。 オールナイトになってもばっちり朝までつきあえる。 「どうだ、何か動きはあったか?」 「はい、会長。どうやら淳くんは今日誕生日みたいですね。プレゼントを渡してるようです」 ドアに耳をピタッと付けて中の様子を伺う学の実況を、一同は固唾をのんで聞いている。 「あ…淳くん、ちょっと涙声かも」 ニヤリと笑う会長。 だが…。 「うーん。囁き声になると聞こえないなあ」 「マイクか何か仕掛けといたらよかったかな」 真面目な顔で大二郎が言う。 「それならいっそモニターを仕掛けて生中継でしょう」 「お。春奈くんは意外に鬼畜だな」 「お褒めに与り光栄です、会長」 にっこり笑う春奈に、会長は満足そうに頷いてみせる。 「あ、なんか『ドサッ』とか音が…」 「押し倒したのかっ?」 「そうみたいですっ」 堪らず全員でドアに張り付く。 「なんかごちゃごちゃ言ってるようですね」 「うーん、和彦のヤツ、意外に手際が悪いな」 「まさか、淳くん抵抗してるとか…」 「無理矢理はいただけないですね。そうなったら助けに入りますか」 「いや、それはいかんだろう。何といっても『イヤよイヤよも好きの内』などと言うからな」 「確かに淳くんならそれもありそうですよね〜」 勝手な憶測が飛び交う会長室。 ちなみにここは、くどいようだが世界的企業の心臓部だ。 そして…。 『…さ、淳。これから2人きりで祝杯を上げに行こうか?』 和彦の言葉は、これまでの話し声と違い、意外なほどはっきりと聞き取れた。 「え〜!これからってとこなのに〜」 「くっそう〜、和彦のヤツ〜。あいつ、絶対頭の中で『ここは神聖な職場だからな』とかなんとか、常識人ぶってるに違いないぞっ」 「室長らしいと言うか何というか…」 「キレてこのまま突っ走ると思ったんですけどね〜」 『2人のバースディと、晴れて想いが通じ合った記念日だな』 続けて聞こえてきた言葉は、話し言葉にしては妙に滑舌がいい。 まるで台詞のようだ。 だが盛り上がりまくる会長室では、珍しくもそのことに、会長以下誰も気づかなかった。 「うっわー、あんなこと言って」 「思った通り、室長って見かけによらずロマンチストだなあ」 「いやしかし、これは大変な事になったぞ」 「会長?」 「あの調子ではこの先『激甘ダーリン』一直線だ」 「…それ、言えてますね…」 「だから厳しく接するのもほどほどにしておけと言ったんだ。和彦は反動が怖いタイプだからなあ」 「淳くん、壊れちゃわないといいですね〜」 「学、そんなに嬉しそうに言っても説得力ないぞ」 「えへへ〜」 その時、秘書室の扉が閉まる音が響いた。 外側からロックもかかったようだ。 「あ〜あ、行っちゃった」 「仕方ないな、こうなったら我々もどこかで祝杯をあげるか」 会長がそういうと、3人の秘書たちは久しぶりだと大喜びしたのだが…。 「ほ〜、それならぜひ私たちもお誘い願いたいものですね」 『さあ行くぞ』と、開け放した会長室の扉の真っ正面に…。 「げっ、和彦っ」 「「「し、室長!」」」 「何が、『げっ』ですか、会長。それに沢木さんも学も甘木くんまで…。まったく何を考えてるんだか…」 呆れてものが言えないとはこのことだ。 「何を言う和彦。我々はだな、お前の事が心配で…」 その言葉に秘書たちも後ろでブンブンと頷いてみせる。 「そんなことより、淳はどうした?」 「…エレベーターホールで待たせてあります」 「では、せっかく全員揃ったんだから、秘書室総出で淳と和彦の誕生祝いをしてやろうじゃないか」 「賛成〜!」 学が喜ぶと、その肩をそっと抱きながら、隣にいる大二郎が和彦に向かってニッコリと笑って見せた。 「それに、2人の想いが通じたお祝いと…ね」 まったく敵わないな…と肩を竦めた和彦に、春奈が『もちろん今夜は室長のお・ご・り、ですよね』なんてちゃっかりしたことを言いいながら笑顔を見せる。 「さ、行こうか」 「「はい!」」 MAJECに入社して5年。 恵まれた職場で思う存分働いてきたが、こういうのもやはり『恵まれている』というべきなのだろう。 和彦はそんな風に考えて、明日からまた、秘書としての淳をしっかり育てていこうと決意を新たにする。 もちろん、恋人としての時間はそれよりもっと、大切なのだけれど。 人気のないエレベーターホール。 賑やかな声に驚いて、淳が振り返った。 そして、突然現れた会長以下秘書全員に、目を丸くしている。 ――あんまり淳をからかわないでくれよ…。 もみくちゃにされている淳が、助けを求めるような視線を向けてきた。 それに、和彦は大げさに肩を竦めて苦笑してみせる。 2人の恋は、今スタートを切ったばかりなのだから。 |
END |
魅惑の33階完結記念座談会
TONTOさまからいただいたリクエスト
『室長が恋に落ちた瞬間とは?』は、こちらから(*^_^*)
*羨望の33階〜予告* 「それはそうと」 「はい?」 「いつになったらお前は敬語をやめてくれるんだ?淳」 …あ〜、ええっと〜…。 ☆☆☆ MAJECにアメリカから新人がやって来た! 淳くんに強力ライバル出現!? 『羨望の33階』もお楽しみ下さい〜! |
*まりちゃん目次*Novels TOP*
*HOME*
*戻る*