「I Love まりちゃん」外伝

羨望の33階
〜最終回〜





「では、行って参ります」

「行って参ります」

 晴れやかな笑顔見せて、沢木さんと佐保さんが頭を下げた。


「向こうでも活躍を期待しているからな」

「頑張ってくださいね」

「オフでも遊びに行っちゃいますよ?」

「もちろん、いつでも大歓迎」

「NYに来た時は、絶対うちに泊まってね」





 僕が入社してから満2年が経った。

 春3月。

 和彦さんと僕と春奈さんは、沢木さんと佐保さんを、ここ秘書室で見送ろうとしている。


 4月1日付けで沢木さんがニューヨーク支社長に、そして佐保さんは副支社長として赴任することになったんだ。


 そう、秘書室のもう一つの目的は、ここで育った人材を世界中の要所に送り出すこと。


 もちろん本当は佐保さん自身もヨーロッパのいずれかの支社長として独り立ちをするはずだったんだけれど、沢木さんとのことを考えて、会長が二人をセットでNYへ送り出すことを決めたんだ。


 まあ、NYはMAJECの支社の中でもTOP3に入る大きな支社だから、二人が支えていれば安泰だろうって事もあるけれど。


 そして、空席となる第2秘書のポストに、なんと恐ろしいことに僕が昇格することになった。
 第3秘書には春奈さん。


 僕が第2秘書で、春奈さんが第3秘書というポジションなのには、初めはもちろん納得いかなかったんだけど――やっぱりいつでも春奈さんの方が僕の前を歩いてると思うし――会長と和彦さんの話を聞いて、改めて二人はMAJECの遠い未来も視野に入れてるんだと感心させられてしまった。


 そう、いずれ春奈さんも一つの支社を任されることになるんだ。

 そして僕は、ここ、本社の秘書室で和彦さんの後を追うことになる。


 ターニングポイントは8年後。
 智雪くんが大学を出てMAJECに入社するときになるんじゃないかな。


 会長は、その時に和彦さんを社長にしようと思っているみたいなんだ。
 
 和彦さん自身はなんとかそれを回避しようと思ってるみたいなんだけど。


 事実上経営のTOPにいる和彦さんなんだから、別に嫌がることもないんじゃないかなあと思うんだけど、本人曰く、これ以上余計な肩書きがつくと、自由に動けなくなるから面倒なんだそうだ。


 その件については、会長も『和彦は頑固だからな』って今から策を練ってるようなので、僕は冗談のつもりで『和彦さんがいつまでも秘書室にいたら、僕は永遠に第2秘書止まりだね』って言ったんだ。


 そしたら和彦さんったらさ、『じゃあ、俺が第2秘書になる。そうすればお前は第1秘書になれて万々歳だ』…なんて言って、それから暫くの間、オフになると嬉しそうに僕の事を『室長』なんて呼んじゃって、随分苛められたっけ。


 そうそう、4月には2年ぶりに秘書室にも新入社員が入ってくることになった。


 去年の暮れに、春奈さんが国連に勤めている女性と知り合って、何かの機会に会長に紹介したらしいんだ。


 で、会長ってば、その場で『MAJECに来る気はないか?』って口説いたらしい。


 会長が直々に口説くなんて、和彦さん・佐保さんに続いて3人目ってことで、どんなに優秀な人なんだろうって、僕は今から楽しみでもあり、ちょっと緊張したりもしている。


 春奈さんが言うには、『会ってびっくりよ』…なんだそうだけど、どうびっくりなのか、これも楽しみであり、ドキドキでもあり…ってところかな。



                   ☆ .。.:*・゜



 沢木さんと佐保さんを見送り、春奈さんが会長のお共で外出して、久しぶりに二人になった秘書室。


 暫くはお互いの仕事に没頭していたんだけれど、僕の作業が一段落したところで二人分のコーヒーを淹れ、和彦さんのデスクに持っていった。


 オフではこんなこと絶対やらせてくれないんだ。


『淳のことは全部俺がやるんだからな』って、何もかも和彦さん任せで。


「ああ、ありがとう」


 でも、ここでなら許してくれるから、僕はこうやって時々――ほんのちょっとだけど――和彦さんのお世話をする。


「なあ、淳」

「はい?」


 キーボードを叩く手を止め、コーヒーカップを手に取った和彦さんが僕をジッと見上げてきた。


「春姫が独り立ちすることになったんだ」

「え?」


 春姫ちゃんはうちの父さんの映画でデビュー以来、順調に女優として実績を積んでいる。


「春姫ちゃん、家を出るの?」

「ああ、そう言ってる」


 それは…。和彦さん、寂しいだろうな…。


「だから、淳」

「はい」

「一緒に暮らそう」


 …え? 今、なん、て?


「お前のご両親を説得するのに骨が折れそうだが、納得してもらえるまで頑張るつもりだ。だから…」

「和彦さん……」

「あ、こら、泣くなって」


 慌てて立ち上がり、走り寄る和彦さんの肩に僕は顔を埋めて、こんなに幸せでいいんだろうか…と、いつまでもしつこく涙を流し続けていた。



                    ☆ .。.:*・゜



 それから4ヶ月後。

 僕と和彦さんは、夏休みの一日を利用して、新しい家に引っ越した。

 会社から30分という恵まれた立地に見つけた3LDKのマンションは、和彦さんが出張で不在の時には寂しいくらいに広い。


『一緒に暮らそう』


 そう言われてからここまでの道のりは、意外に平坦だった。

 僕も相応の覚悟はしていたのに、あまりにあっさりと両親が承諾してしまったので拍子抜けって感じすらしたんだ。


 でも、僕はその後暫くしてから知ることになった。

 そう、会長――春之さんが、裏で一肌脱いでくれていたってことを。




 MAJEC秘書室。

 ここから僕たちは世界中へ飛ぶ。

 忙しくて会えない日が続くこともある。

 でも、帰る場所は同じだから、僕たちは安心して飛んでいく。



『お帰り』
『ただいま』


 これが、僕と和彦さんの日常、だから。



END


長らくおつき合いいただきまして、本当にありがとうございました。
秘書室、これにて一応の完結ですv
今後番外編でお目に掛かることもあると思いますが、
その時にはまたよろしくお願いいたします(*^_^*)


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