『33階的Birthday』

和彦さんと淳くんの9月9日





 例えどんなに忙しくても。
 例え世界中のどの国に飛んでいようとも。

 9月9日。

 この日は必ずここ――秘書室――に帰ってこよう。
 二人、一緒に過ごそう。
 

 そう誓い合ったのは、僕が入社して2度目の誕生日――9月9日だった。


 この日は僕…長岡淳の誕生日であり、そして、僕の最愛の人…小倉和彦さんの誕生日でもある。

 僕らはちょうど7歳違い。
 
 想いを伝えあったのは僕が入社して最初の9月9日。
 あれから5年が経ち、今日――9月9日、僕は28歳になった。
 けれど、今日ここに、最愛の人の姿は…ない。



                   ☆ .。.:*・゜



「腕を上げたなあ」
 
 9月とはいえ、まだまだ日中は真夏の暑さを残すテニスコートでフルセットを戦って、漸く決着をつけた僕たちはベンチにどさりと身体を投げ出した。

「腕は上がってないと思いますよ。だってここのところまともにラケットも握ってなかったから」

 僕の差し出したスポーツドリンクを『すみません』と礼儀正しく受け取るのは会長の一人息子、智雪くん。

「じゃあ、もしかして僕の腕が落ちたとか…」

 ここのところ忙しくて運動不足もいいところだったからなあ。

「いえ、そんなことないですって。相変わらず強いです、長岡さんは」

 ならどうして…と思ったのだけれど…。

「…まあ、仕方ないか」

「え?」

 呟いた僕に、智雪くんが不思議そうな目を向けてきた。

「だってさ、初めてあったときには僕より10cmほど小さかったのに、今はこれだもんなあ」

 そう、高校3年になった智雪くんは180cmを越える見事な長身に育ち、体つきも僕より遥かに逞しく、男らしくなったんだ。

 技術が互角だとしたら、これだけ体格に差が出来てしまったら、次にはもう負けてしまいそうだ。

「長岡さんは、初めてあったときと全然変わらなくて可愛らしいですね」

 な〜んて、こういう台詞をサラッと吐けるところなんて会長そっくりなんだけど、ま、それは智雪くん的には禁句ってことで。

 まあ、彼の場合、『教育係』とも言える『あの人』の教育の賜物でもあるかも知れないけどね。

 その『あの人』は現在、太平洋上。

 どうしても切り上げられない仕事があって、日本への帰国が1日遅れた。
 それを彼はとても気にしていて…。

「小倉さん、帰国は明日…ですか?」

 唐突にそう尋ねられて、僕は思わず智雪くんを凝視してしまう。

「え?なんで?」

 和彦さんのスケジュールを彼が知っているはずがなく、僕は彼の質問の意図を見いだせない。

「だって、今日は9月9日じゃないですか。しかも日曜日だし」
 
 う。どうしてそれを…。

 ニコッと笑う智雪くんの顔が、照れくさくて直視できない。

「長岡さんがテニスに誘ってくれたときに、『あれ?』って思ったんですよ。もしかして、小倉さん不在なのかなって」

 ううう〜、お見通しなのか〜。
 ほんっと、こういうところ会長にそっくりなんだから〜。

「お察しの通り、室長は出張中で今頃は多分、太平洋上だと思うよ」

 で、きっと焦ってるんだと思う。
 焦ったって飛行機が速く飛ぶはずもないんだけれど、それでもきっと和彦さんは焦っている。

 僕との約束が果たせないことをすごく気に病んで。


 ――どんなことがあっても9月9日は一緒に過ごそう。


 もちろんこの約束を僕だって大切にしている。

 でも、和彦さんは僕よりもさらに大きく重い責任を背負う人で、今までだってこの約束を守るために随分無理をしていたと思うんだ。
 
 だから今日…ううん、約束には間に合わないからきっと明日、僕は和彦さんが帰ってきたら言おうと思うんだ。

『無理しないで』って。

 例えこの日、一緒にいられなくても、僕の心はいつも、あなたの側にあるから。



                    ☆ .。.:*・゜



 それから僕は、久々に智雪くんと夕食を共にして、すっかり夜も更けてから、また近いうちにテニスをしようと約束して会長宅を辞した。

 そして、マンションの地下にある来客用駐車場に向かったんだけれど…。

 僕は、停めてある僕と和彦さんの愛車の横に、背の高い人影を見つけた。

 …まさ…か。

「Happy Birthday 淳」

 優しい声でそう告げる彼の傍らには、空港から直行してきたことを示すように、愛用のスーツケースがあって。

 小倉和彦さん。
 僕をこれでもかって言うくらい甘やかして、そして愛してくれる、僕の最愛の人。

 僕は駆けだした。

 その、優しい微笑みに向かって。


「Happy Birthday 和彦さん!」



END

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