「I Love まりちゃん」外伝
2005年お正月企画
初春(はつはる)の33階
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「明けましておめでとうございます〜!」 新年5日目。 仕事始めを迎えた僕は、MAJEC本社のあちこちで元気良くこんな挨拶を交わしている。 MAJEC社内では「虚礼廃止」ということで、上司への年賀状は不要と言うことになっている。仲良し同士が交わすのは勝手だけどね。 なので、仕事始めの挨拶には年賀状の分も気合いが入ろうというもので…。 「あ!沢木さん、佐保さん、明けましておめでとうございます!本年もよろしくお願いいたします!」 秘書室に入ると、すでに沢木さんと佐保さんの姿があった。 「淳くん、おめでと〜。今年もヨロシクね」 ますます笑顔の可愛い佐保さん。 「明けましておめでとう。淳くん、暮れには大変だったそうだね。お疲れさま」 沢木さんがそんな風にいたわりの言葉を掛けてくれる。 そう、年末の買収騒ぎの時、沢木さんと佐保さんはすでに休暇に入っていたから。 「本当にどうなることかと春奈さんと冷や汗かきましたよ」 今だから、笑って話せるけどね。 「僕らだけのんびり休暇取っててごめんね〜」。 佐保さんが本当にすまなそうにそう言ってくれる。 「いえ、とんでもないです」 「でも、淳くんたち、あの所為で休暇遅れちゃったでしょ?」 「大丈夫です。ちゃんと代休いただけることになってますから」 そう、僕と和彦さんは、休暇に入るのが遅れた分、ちゃんと代休をもらうことになってるんだ。 2月の始めになるんだけど。 で、その時に改めて旅行に行こうって誘われてるんだ。 「そうそう。その代休申請、室長と同じ日に出てるんだって?」 ニヤッと笑って佐保さんが言う。 「え、そうなのか?まな、その情報何処で手に入れた?」 ちょ、ちょっと沢木さんまで…。 でも、ほんとにどこから漏れた…、 「そんなの室長本人に決まってるじゃないの」 はい〜? 「…和彦のヤツ、いよいよ隠さなくなってきたな…」 呟いたのは沢木さん。 二人は先輩後輩の間柄で、ちょっとしたオフでの会話の端々で、沢木さんは和彦さんのことを『和彦』って呼ぶこともあるんだ。 …それにしても…。和彦さんってば…。 「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます」 一際凛とした声が聞こえた。 「お〜、春奈くん、美しいなあ」 「ありがとうございます」 ニッコリ微笑む春奈さんは、なんと振り袖姿。 背が高いと着物って似合い難いんだけど、黒地に銀糸の刺繍が施された振り袖は、大人っぽい可愛らしさが春奈さんにぴったりはまっていて本当に綺麗。 「うふふ、淳くん。見惚れてくれるのは嬉しいんだけど、あんまり見つめないでね。室長に殺されちゃうわ、私」 「…あのね…」 で、その室長はというと、今日は先に研究所へ寄ってからの出勤なので、あと1時間は来ないだろう…っていうところ。 ☆ .。.:*・゜ 「で、淳くんは年末年始、いったい何処へ?」 沢木さんが会長室、佐保さんは社長室へ、それぞれ席を外していて室長もまだ到着していない二人きりの秘書室で、春奈さんが僕の耳元に囁いた。 「え。何処…って」 僕は31日の午前から、昨日の午後までべったりと和彦さんの家にいた。 外出したのは大晦日の深夜に出かけた二人きりの初詣、だけ。 あとはひたすら二人で過ごし、和彦さん曰く、『まさに蜜月だな』って状態だった。 片時も離れず、いつもどこかが触れあっていて。 和彦さんは言うんだ。 『こうでもしないと、淳はなかなか慣れてくれないからな』って。 でも、そんな話、春奈さんには出来ないし…。 「31日から昨日まで、音信不通だったわよね」 「えっ」 そうだった。和彦さんの側にいる間、二人とも携帯の電源を切ってたんだ。 自宅にいるんだから、連絡には困らないから…って。 ただ、和彦さんもパソコンのメールだけはチェックしてた。 和彦さんの立場としては、それは仕方のないことだし、万一ってこともあるから。 でも、幸いなことに、どこからも連絡はなかったんだけどね。 「ちなにみ室長の携帯も音信不通」 「あ、春奈さん、なんか急用だった?」 室長にもかけたってことは…って、僕は慌てた。 でも春奈さんはニタ…っと笑って…。 「ううん、別に。それだったら自宅に電話してるわよ。携帯切ってるってことは、自宅にいらっしゃるってことでしょうし」 「じゃあ、なんで…」 「単なる好奇心」 「はあっ?」 「二人は今頃どこでどうしてるのかな〜ってね」 「ずっと二人でいたよ」 「「室長!」」 そう、春奈さんの興味津々な問いにあっさりと答えたのは、誰あろう、室長その人。 「甘木くん、綺麗だね」 「ありがとうございます。室長、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます」 「ああ、おめでとう。こちらこそ頼むよ」 …この人たちって…。 さっきまでの腐った会話が嘘のように挨拶なんか交わしちゃって…。 「室長、素敵な休暇だったようですね」 「おかげさまでね。社会人になって初めて『休暇が明けないで欲しい』と思ったよ」 「きゃあ〜」 …は、恥ずかしい…。穴があったら入りたい…。 ☆ .。.:*・゜ その日の午後。 年始の色々が一段落して、立ち上げたパソコン。 メールには案の定たくさんの新着メールがあった。 そのほとんどが、「挨拶メール」ではあるんだけど。 その中に一つ、とんでもないものがあった。 差出人はロンドン支社長のMr.Gordon。暮れの買収騒ぎを一緒に乗り切った人だ。 僕は彼のメールを見て、唖然とした。 『親愛なる淳。 休暇は楽しかったかい? 年末にはいろいろとご苦労だったね。会長も君たちの活躍をとても喜んでおられたよ。 今年もお互いにいい仕事をしよう。 さて、話は変わるが。 君たちのボス・和彦は、今頃上機嫌で出勤しているのだろうか。 実は年末にすべての支社長宛に会長からメールが来たんだ。 『秘書室長・小倉和彦は、今回の休暇中、恋人とのバカンスを楽しむことになっている。よって、一切のコンタクトを禁じる』とね。 緊急の場合は和彦を通さずに直接会長にコンタクトをとるようにとまで書かれていて、支社長会は大騒ぎになったんだ。 それは淳にも理解できるだろう? あの和彦に恋人がいると言うんだ。今までそう言う甘い話は一切なかったというのに。 そこで支社長会を代表して、いや、君の友人として尋ねたい。 和彦の恋人とはどんな人なのだろうか。 私の秘書のシャーリーもとても気にしているんだ。彼女は以前、和彦に振られているからね。 頼むよ、淳。我々は、大切な和彦に幸せになって欲しいと願っている。 もし彼の恋人について何らかの情報があれば、ぜひ教えてくれないか? 君も知らないというのなら、和彦に尋ねてみて欲しい。 和彦は君のことをとても気に入っている。君になら、話すのではないだろうか。 よろしく頼む。 George Gordon』 僕も一度会ったことのある、ロンドン支社のミス・シャーリーが――ブロンドの美人なんだ――和彦さんに振られたことがあるっていうのは初耳だったけど、その驚きをもちろん、『会長のお達し』は上回っていて、僕はどうしたものかと頭を抱えた。 会長ってば、ほんとになんて事を…。 「…春奈さん…」 「なあに?」 「Mr.Gordonからメール、来た?」 「ええ、来てるわよ。それが何か?」 「恐ろしいこと、書いてない?」 僕の問いに、春奈さんはなんのことだと目を見開いた。 「何よ、それ。私に来てるのは普通の挨拶メールよ。年末はご苦労だったね、とか」 「…ちょっと、これ、見て」 僕は件のメールを春奈さんに見せた。 「あらまあ〜」 …うう。絶対喜ぶとは思ったんだけど…。 「どうしよう、これ。しかもどうして僕にだけ。なんで春奈さんには言ってこないの?」 理不尽だ! 「何言ってんのよ。女の私に室長の恋人を探れなんて言えるはずないでしょうが。ヘタすりゃセクハラよ」 「…あ、そうか」 「淳くんがオトコだから聞いてるんじゃないの」 そう言うことなら納得はできるけどさあ…。 「…でもさ、これ、僕には返事のしようが…」 「言っちゃえば?」 「へ?」 なんですと? 「カミングアウト。イギリスと言えばゲイの先進国。Mr.Gordonも理解ありそうじゃない?」 「冗談じゃないよ!」 「どうして」 「だって、僕らがこうやって受け入れてもらえるのは、沢木さんと佐保さんっていう先輩がいてくれることと、それから、春奈さんが寛容だからなんだよ? 僕らは運良く環境に恵まれただけなんだ。こんなの、余所で通用する事じゃないよ」 「別に寛容ってわけじゃないんだけど」 「好奇心でもっ」 「そんなものかしら」 「当たり前だよ。それに百歩譲って僕はいいとする。でも室長の立場を考えてみてよ。男の僕なんかが室長の相手だってばれたら、室長の仕事にはとんでもない影響がでるじゃないか」 「それって、偏見で…ってこと?」 「もちろん。それにさ、万一の時には僕はMAJECを辞める覚悟はしてるけど、室長はここには絶対必要な人なんだ。だから絶対に室長の立場は守らないと」 熱弁をふるい続ける僕に、春奈さんはなんだか目を潤ませ始めた。 「淳くん…」 「…なに?」 「あなた、本当に室長のこと愛してるのね」 そ、そりゃあ…。 「私っ、ずっと二人の味方よっ」 「そ、それは、ありがと…」 で、結局僕がMr.Gordonに送った返事と言えば…。 『お役に立てなくてすみません』 という、情けないものだった。 ☆ .。.:*・゜ そして、その夜。 二人きりになった秘書室で…。 「淳」 甘い声でそう呼んで、和彦さんは僕の手をギュッと握った。 「また暫くすれ違いになりそうだな」 そう、明日から和彦さんは5日間の出張。僕はその後入れ違いに4日間の出張予定が入ってる。 「2月の休暇まではゆっくり話す間もないかもしれない。でもな…」 握った手が引っ張られて、僕は呆気なく和彦さんの腕の中に捕らわれる。 「リセット…なんてごめんだぞ」 「リセット?」 「そうだ。今回の休暇で漸く慣れてきてくれたんだからな。忘れないでくれ、俺の腕を」 「…和彦さん」 きっと、大丈夫。 この蜜月の間、僕の心にも身体にも、あなたがしっかりと刻みつけられたから。 「覚えています。ずっと…」 その言葉に、和彦さんは息が出来ないほどの抱擁で応えてくれた。 ちなみに。 春奈さんが『別に寛容ってわけじゃないんだけど』と言った本当の意味を僕が知るのは、これから約2年後。 睦美ちゃんという新人秘書が入社したときのことだったりする。 |
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