「I Love まりちゃん」外伝
2006年ハロウィン企画
Trick or Elite?
Halloween of a secretarial section.
かぼちゃ的33階
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NY支社の2大美人と言われている、秘書課のブロンド美人ナンシーと、イタリア系黒髪美人のナタリーが『彼』の異変に気付いたのは、9月の半ば頃のことだっただろうか。 『彼』…小倉和彦は本社の秘書室長。 NYへは頻繁にやってくるので、ナンシーとナタリーも同僚と言うよりは、すでに『友人』という感覚でつき合っている。 むろん、彼女らが和彦との『それ以上』の関係を望んでいるのは、分かり切っていることではあるが、その辺りはお互いに牽制しあっているので今のところこれと言った進展はない。 ただ、牽制しあわなくとも和彦と『それ以上』になるのは結構難しいと2人は覚悟を決めている。 難攻不落。 仕事一筋の、ある意味つまらないこの男は、それでも黙って立っているだけで人並み以上の魅力を発揮し、仕事をすれば周囲がみな目を瞠り、たまにちらりと笑顔など見せようものなら、それだけで男女問わず信奉者がてんこ盛り…なんてことになるのだ。 『日本の男なんてつまんないわ。気の利いたジョーク一つ返せないで、お愛想笑いばっかり。いい男って言ったらうちの会長くらいだもの。あとは興味ナシ!』 そう言いきっていたナタリーが、初対面で『日本の男もグレードアップしたわね』と評したのが、誰あろう、和彦だった。 もちろんナンシーもそれに倣え…とばかりに和彦にアタックを開始したのだが、どうにもこうにも『同僚』『友人』以上の仲になれやしない。 そんな2人が、『いつもと違う和彦』をちらりと感じたのが、9月の半ば頃だったような気がするのだ。 そして、それから一月余り後のこと。 ロスでの仕事を済ませたついでにNYへ立ち寄った――ついでと言うには少々距離があり過ぎるのだが、彼らにとっては6時間程度の飛行など大した移動ではないらしい――和彦の様子はさらに『違うもの』になっていた。 「何だかおかしいわよね」 休憩中。エスプレッソを口にしながらナンシーが言った。 「それ、和彦のことね」 ダイエットコークを一口飲んで答えたナタリーに、ナンシーが頷いてみせる。 「この前もね、ちょっと姿が見えないと思ったら、どこにいたと思う?」 「ズバリ。フロアの南廊下の突き当たりの大きな鉢植えの向こう側に一人でこっそり」 「あらやだ。知ってたの?」 目を丸くするナンシーに、ナタリーがほうっとため息をついてみせる。 「もちろんよ。いつの間にかあそこにいるのよ。人目につかない、あんな隅っこにね」 「ってことは、何をしてるかも知ってるわけね」 「当然よ。電話にメール。いったい誰に連絡取ってるんだか」 「しかもあんなに頻繁に」 そして、急に黙り込んだ2人は、それぞれが色々な想像を巡らせていたのだが、やがて観念したかのように、ナタリーが切り出した。 「和彦って、基本的に電話とか嫌いだったわよね」 「嫌いっていうより、必要以外は使わない…って感じよ」 そうなのだ。和彦は『必要のない』コミュニケーションは好まないし、仕事を超えたつき合いにも興味を示さない。 電話などというものは、秘書室長――事実上のMAJECナンバー2――という、24時間365日、いついかなる時にも連絡が取れなければならない立場上、肌身離さず持っていなくてはならない『仕事のためのツール』だと認識しているのがありありと見て取れたというのに。 今や衛星携帯は、彼にとって生活の――仕事の…ではないところがミソなのか――必需品になったように見える。 何につけてもクールがウリの秘書室長が、誰も通らないような廊下の突き当たりの観葉植物の裏側で、嬉しげに携帯電話のボタンをプッシュしているなんてあり得ない。 まるで『可愛い男の子に見向きもしなくなった会長』みたいで据わりが悪いことこの上ない…と2人の美人は思っている。 「何かあったのかしら…」 「さあね」 弱々しく口にしたナンシーに、ナタリーはポイッと返事を投げる。だが2人とも、真ん中の部分は同じなのだ。 『和彦に何があったのか』 その一点だ。 「和彦ってば、何度誘ってもランチにすら行ってくれないのよ。ちょっと時間が…なんて言って」 「この前までは、忙しいときでも1〜2回は食事につき合ってくれたのにね」 今度は2人、簡単に同調する。 『不必要なつき合い』はしてくれないが、『友人』をないがしろにするような和彦ではないから、彼らが食事を共にすることは日常だったのだ。 で、食事につき合ってくれない和彦がその間何をしているかというと、電話にメール…なのだ。 「それにね、妙に浮かれてるのよね」 ナンシーが声を潜めた。 「…和彦が?」 ナタリーが目を見開く。それは、気がつかなかった。 「そう、あの、和彦が」 いついかなる時も冷静沈着。 彼らの大ボス――会長とともに、MAJECを担いで走る事実上のナンバー2は、公人の時も私人の時も、『浮かれ』たりはしないのだ。絶対に。 少なくとも、MAJECの常識の中では。 「もしかして…」 ナンシーとナタリーは、同時に同じ言葉を発し、そして黙った。 ![]() ふと目に留まったのは、黄色く丸い物体だった。 ――もうそんな時期だったか。 仕事にかかればそれに没頭し、オフになれば、気持ちを確かめ合ったばかりの可愛い恋人のことしか頭にない彼……MAJEC本社の秘書室長は、オフィスの入り口に飾られた、妙に愛嬌のある表情をしたカボチャに気付き、近寄った。 カボチャの正体は『ジャック・オ・ランターン』。 ハロウィン定番の飾り物だ。 そう言えば、社会人になってからと言うもの、そんな季節の行事やイベントに気を留めたことはなかった。 いや、4人の妹たちの親代わりの身としては、『雛祭り』と『クリスマス』、そして彼女たちの『誕生日』だけは外せなかったのだが。 そうして一度気付いてみると、あちらこちらにはハロウィンが溢れている。 その温かみのある黄色を見て、ふと思い出した。 『わあ、かぼちゃのプリンだ!』 半月ほど前のこと。 第2秘書の沢木が出張先からお土産にと持ち帰ったパンプキンプリンを、淳は『大好きなんです』と言って、嬉しそうに、それはそれは美味しそうに食べていた。 プリンの入れ物は、かぼちゃの形をした陶製のものだったが、淳は、春奈や学と一緒にその入れ物を綺麗に洗ってデスクの上に置いている。 春奈はクリップ入れ、学は付箋入れにしていたが、淳のそれにはキャラメルが入っていた。 ――可愛いな。 淳を意識するだけで、無防備に表情が弛んでしまうのはもちろん自覚している。 あまり格好の良いものではないが、他人に見せなければいい話で、実のところ気をつけようなどとはこれっぽっちも思っていない。 ともかく、明後日の夕方には――飛行機が遅れなければ…だが――淳の顔が見られる。 日に何度かメールを入れたり、時差が許せば直接声を聞いてはいるものの、やはりあの笑顔を直接拝まないことには何も始まらない。 早く会いたい。会って、抱きしめたい。抱きしめて…。 本日の仕事を終えた和彦は、淳を想って高揚した気分のままに、『ジャック・オ・ランターン』相手に嬉しげに『デコピン』を繰り出して、退社した。 「…見た?」 「…見た。」 そんな『不気味』な和彦を、2人の美女が物陰から見ていた。 もちろん、NY支社の2大美人――ナンシー&ナタリーの『ダブルN』だ。 「行くわよ」 「OK!」 2人はヒールの音を殺して、和彦の後を追った。 和彦の今回のNY滞在は3日間。 『アフター5』なんて言葉をその辞書に持ち合わせていない秘書室長は、退社するといつも1ブロック先の定宿へ戻る。 距離にしては本当に知れているが、ここは大都会・ビッグアップルの目抜き通り。カフェを始め、様々なショップが並んでいる。 和彦がふとその歩をとめた。こぢんまりとしたキャンディショップだ。 ウィンドウには色鮮やかなキャンディやスィーツが所狭しと――だがセンス良く――並んでいる。 中でも目を引くのは、色とりどりのキャンディやクッキーが溢れんばかりに詰められている、大きなカボチャ型のパッケージだ。 ――喜んでくれるだろうか。 そう思った瞬間には、和彦は店のドアを開けていた。 「…和彦、キャンディショップで何を買うって言うの?」 「キャンディショップでネクタイを買うバカはいないわね」 肩を竦めて見せたナタリーに、ナンシーが不服そうに唇を尖らせる。 「ヤな絡み方するわね」 「いいからほら、覗きに行くわよっ」 ナンシーを引きずって、探偵よろしくそっとウィンドウ越しに覗いてみれば、和彦が店員に渡したのはなんと一抱えもありそうなキャンディの詰め合わせ――もちろん入れ物は愛嬌のある顔をした『かぼちゃ』だ。 「…ギフト包装してるわよ」 「そりゃそうでしょう。どうみたってプレゼントでしょ、あれは。和彦が自分のために買ってるなんて、まさかあんただって思ってないでしょうに」 「…さっきからやけにつっかかるわね」 「余裕がないのよ、アタシもね」 言って2人、どちらからともなくため息をつく。 「それにしても可愛いラッピングよね」 「…もしかして、っていうか、やっぱり恋人…?」 「で、でも、和彦には4人も妹がいるって聞いてるわ。彼女たちへのプレゼントじゃないかしら?」 「…なるほどね、そういうことにしておきましょ…って、ほらっ、隠れて!」 ナタリーが、ナンシーの腕を引っ張って、隣のショップのウィンドウ前へ移動する。明後日の方向を向いてウィンドウショッピングをしている振りをすれば、わからないはずだ。 案の定、和彦は間近にいる『ダブルN』に気付くことなく店を後にした…が、またすぐに何かを見つけたようだ。 今度はと言えば、これまた女性陣が喜びそうな、ファンシーな雑貨店。 こちらも季節を意識して、店内はオレンジがかった黄色に染め上げられていて、なんとも暖かい雰囲気だ。 ウィンドウには様々な大きさのリースがかかっているが、この季節、『収穫祭』を意識した意匠のものも多い。 店内に入った和彦は、店員を呼ぶと、ウィンドウにかかっていた直径30cmほどのリースを指した。 その、いい具合に色づいたメープルリーフのリースには、小さなかぼちゃや木の実で飾られていて、真ん中には『西洋かかし』がコミカルにぶら下がっている。 「買うみたいね」 「あれ、結構高いわよ」 インテリアには敏感なナンシーが、一目でわかる素材の良さからそう言うと、ナタリーが『何を今さら』と鼻で笑った。 「値段なんて和彦には関係ないでしょ。なんてったって高給取りだから」 確かに和彦は、プライスタグになど注意も払っていない。ただ、丁寧にラッピングするよう指示したらしく、作業をじっと見守っている。 「やっぱりプレゼント、よね?」 「そりゃそうでしょうけど…」 「けど?」 問い返したナンシーに、ナタリーが首を傾げた。 「あれって、ちょっと『子供部屋用』って感じしない?」 確かに『大人の女性の寝室』だとか『モダンなリビング』などにはあまり似合いそうにない。 「やっぱり、妹?」 かなり大いなる期待を込めて、ナタリーが言うと、今度はナンシーがいただけない突っ込みを返してきた。 「って、そんな小さな妹いたっけ?」 「一番おチビはカレッジの学生って聞いたけど?」 「え〜、それならあんなオコサマっぽいもの喜ばないわよ〜」 「よね〜」 そうそう…と、2人顔を見合わせてにこやかに納得してから、ふと、眉間に皺を寄せる。 「…じゃあ、妹じゃないじゃないの〜」 結局のところ、『妹説』を強力に裏付けるものは出てこないのだ。 「あっと…アブナイわよっ」 和彦が品物を受け取ってこちらへ向かってきた。 慌てて隠れる美人2人は十二分に挙動不審だが、ここはNY。人の多さは尋常ではなく、目抜き通りではそんなことに気を留める者は少ない。 和彦も、またしても尾行に気付くことなく――もしかしたら、普通なら気付いていたのかも知れないが、何しろ今、彼の頭の中はあの子のことで一杯なので――キャンディポットが入った大きな袋と、リースが入った中ぐらいの箱を抱えて出てきた。出てきた瞬間に、視線が動く。 どうやら次のターゲットロックオン…のようだ。 そして。 「うっそー」 言いながら、思わずナタリーが天を仰いだわけ。 和彦が入っていったのは、コスチュームの店だったのだ。 だが今度ばかりは外から眺めているわけにはいきそうにない。とにかく店が広いのだ。 「行くわよ」 「…OK」 幸い店内はそこそこの混雑で、紛れて尾行するにはもってこいの状況だ。 店内には通常の商品の他に、やっぱり季節ものは特設で揃えられていて、お化けやカボチャの被りもので溢れている。 和彦はそれらも一応手には取ったのだが、すぐに元に戻し、視線を余所へと流した。 やけに黒っぽいそちらのコーナーには、羽だとかレースだとかが目に付く。 ハロウィンには欠かせない、ウィッチ(魔女)のコーナーだ。 やたら背の高い三角帽や裾を引きずりそうな妖しいローブなどなど、いかにも…な扮装もぶら下がっているが、和彦はそれらにはちらりと視線を投げただけで、その隣に意識を移した。 そこには、小振りの羽が可愛らしい、ウィッチというよりは『小悪魔』という感じの、しかもスカート丈もかなり短いコスチュームが飾られていた。 控えめなラメとフワフワのファーで可愛く飾られていて、ご丁寧に三角のシッポや耳までついている。 そして、和彦はあろうことか、それらを手に取った。しかも隣にぶら下がっている『箒』まで手にしたではないか。 もちろん本物の『清掃用箒』などではない。ここはコスチュームの店なのだ。 当然この『箒』は『小物雑貨』であり、魔女と小悪魔の間に置いてあったとなれば、空を飛ぶ目的のものに他ならない。 「日本でハロウィンパーティでもする気かしら?」 ナンシーが呟いた。 「和彦が?」 ナタリーが聞き返す。 が、この『和彦が?』という問いには相当な説得力があった。つまりは『あの和彦がパーティですって? しかもハロウィン?』と言う意味だ。 接待や顔つなぎのパーティならもちろん完璧にこなす和彦だが、プライベートでそんなことを好む人間でないことぐらい、世界中のMAJEC社員が知っているといっても過言ではない。 かなりのワーカホリックである秘書室長は、『遊ぶ』ということを知らないのだ。 「でも、彼は妹たちとの『記念日』は大切にしてるって聞いたことがあるわ」 「…相変わらず、Sister complexよね。だから結婚しないの…って、あら?和彦は?」 ナタリーが言葉の途中で辺りを見回した。 「やだ、逃げられちゃった。問いつめてやろうかと思ってたのにー」 「やめてよ、ナタリー。もし、あのギフトが妹たちのじゃなかったら、私、立ち直れないわ」 半泣きで唇を尖らせるナンシーに、ナタリーはほうっとだるそうなため息をついて、『でも、絶対確かめてやるんだから』と、拳を握ったのだった。 ![]() 10日ぶりに戻った東京は、すでに日が暮れてはいたが、快晴だった。 NYは低気圧の通過でかなり風雨が強く、その所為で出発が3時間も遅れてしまった。 だがそのおかげで退社時刻を1時間過ぎた秘書室には、待っていてくれた淳以外の姿はなく――他の面子は気を利かせたに違いない――顔を見るなり抱きしめる…ということができて、和彦は10日の間にどれだけ淳という『栄養』が不足していたのかを知る。 やはり、メールより電話より、生に限る。 「お帰りなさい」 顔を見るなり何も言わせないままにひとしきり甘い唇を堪能したあと、淳は上気した頬のまま見上げてそう言ってくれた。疲れも吹っ飛ぶ何よりの呪文だ。 「ただいま。10日間は長かったよ」 今までそんなこと、考えたこともなかったのに。 「…僕も…です」 言葉と同時に、和彦のスーツの袖口が、ギュッと握られた。 その仕草に、和彦の胸が疼く。 「淳…」 たまらなくなって、また抱きしめる。 深く、深く抱き込むと、淳はじっと納まっていてくれるのだが、まだ、なかなか抱き返してはくれない。 「…淳…」 もう一度、耳元で熱っぽく囁いて、その唇をスルッと首筋にまで落とす。同時に背中を抱いていた両手のうち、右手だけを腰に這わせ、体中をグッと引き寄せた。 「……っ…」 小さく息を飲む音が聞こえ、淳の体温がふわっと上昇するのを感じた。 堪らない。 「淳…っ」 思わずそのまま背後のソファへと……。 「うわあっ」 「淳!」 思い余って寄り切り過ぎたらしい。淳が足元にあった荷物に足を引っかけて、危うく二人して床とお友達になるところだった。 「大丈夫か?」 ひっくり返りそうになったところを抱きかかえられ、淳は目をぱちくりさせていたが、ややあって、足元の大きな箱に気がついた。 どうやらこれに蹴躓いたらしいと自覚する。 「す、すごい荷物ですね」 旅慣れた和彦の荷物はいつもたかが知れている。 よほど出先で大層な行事でもない限り、『ヨーロッパ一週間』で漸く『国内1〜2泊』程度の荷物ができてしまうが、出張先が近隣アジア諸国の場合などは、アタッシュケース一つということも日常だ。 それがどうだ。今回はどうみても仕事とは関係のなさそうな大きな段ボールが存在感を示している。 それを淳が目を丸くして眺めていると、和彦は嬉しげに『開けてみてくれ』と言うではないか。 「え、開けていいんですか?」 「ああ、全部お前のだから」 「は?…ぼ、僕の、ですか?」 思わず自分を指してみれば、『ほら』と、和彦がカッターナイフを渡してくれる。 『指切るんじゃないぞ』なんて注意を受けて、『そこまで子供じゃないですっ』なんてまだ言い返せるはずもなく、淳はとりあえずカッターを受け取り、中身を傷つけないように慎重にテープを切った。 そして、蓋を開いてみれば、飛び込んできたのはまず、フィルムに覆われて綺麗にリボンで飾られた『巨大なかぼちゃ』だった。 しかも相当に重い。 「…かぼちゃ、です」 そういえば、ハロウィンだった…と、思い出す。 「ああ、キャンディボックスだ。飴だけじゃなくて、クッキーや焼き菓子も一杯入ってるぞ」 得意げに語る和彦をマジマジと見つめ、そして淳はまた、手にした『巨大カボチャ』に目を落とす。 確か、『お前のだ』…と、和彦は言ったはずで。 ――こんなに、たくさん? 一抱えもあるカボチャの中身が満タンだとしたら、一人分のお土産にしてはあまりにも多くないかと思ってみたものの、『そうだ、みんなで分けられるようにってことだ!』と気付いて、ホワッと身体が暖かくなる。 和彦がわざわざ買ってきてくれた。 なんて嬉しいことなんだろうか。 そして、御礼いわなきゃ…と思ったところを、和彦の楽しげな声が遮った。 「最近は日本でも賑やかにやってるみたいだが、やはり本場のハロウィンは違うぞ」 そう言いながら、今度は箱を取り出す。 「ほら」 「あ、はい」 促されて開けてみれば、何とも可愛いリースが現れた。 「わあ、可愛いですねえ」 「だろう? ここまで色と形の揃ったメイプルリーフを集めるのは大変なんだそうだ」 なるほど、確かに葉っぱもミニカボチャも絶妙のバランスで配置されていて、相当に見事なものだ。 しかし、真ん中のかかしが妙にコミカルで、どうみても『子供部屋』に似合いそうな風体なのだが。 だがやっぱり、『お前のだ』…と、和彦は言ったはずで。 これを、もしかして部屋に飾るのだろうか…と、淳は思わず自分の部屋を思い浮かべた。 少なくとも、『とってもお似合い!』という感じではない。 一応、成人男子の部屋なのだからして。 いや、それでもやっぱり和彦が選んできてくれたのだ、もちろん嬉しくないはずがない。 「そうそう。こう言うのは日本ではあまり見かけないだろう?」 和彦の言葉にふと我に返ってみると、目の前に羽がふわりと広げられた。 隣には、ポップなハロウィン柄の衣装箱。 「あっちの仮装用なんだが、出来がいいんだ。アメリカ製ってのは大雑把なものが多いけれど、こういうところは妙にしっかりしてるよな」 なんて、ご満悦で語る和彦に、淳も実はときめいちゃったりしてるのだが。 しかし。 三角耳つきカチューシャって、なに…? 羽付きマントって、どう…? 三角シッポ付きミニスカートって、なんで…? 淳の頭の中では『耳と羽と尻尾』がぐるぐる回っている。 『全部、お前のだから』 確かに確かに、和彦はそう言ったのだ。 ということは。 ――これも、僕…の? しかも。 ――箒まであるし〜〜〜〜〜〜〜! 「な、可愛いだろう?」 ――か、可愛いですっ、確かに可愛いですっ、それには同意しますっ。 にこやかに問われて、ガクガクと、壊れたように頷く淳。 でも…っ。 ――これを僕にどうしろっていうんですかあああああ! 心の中で『ム☆クの叫び』を演じている淳の、その小振りな頭に、和彦は耳付きカチューシャを取り付けて、それはそれは満足そうに微笑んだ。 それは、仕事で大きな山を越えたときにすら見せたことのないような類のもので…。 だから、もう仕方ないだろう。 和彦が笑ってくれるのが、淳にとっても一番の幸せなのだから。 「あ、あの…」 言葉に詰まったところで、オフの和彦は最早そんなことを聞きとがめはしない。と言うよりは、むしろこの状況では『詰まるな』というのが無理な話ではあるが。 「ん?」 間近で、しかもこれでもかと言うほど甘ったるく微笑まれて、淳は思わず赤くなり、そして小さく言った。 「あ、ありがとうございます。嬉しい、です」 「そうか。よかった」 こんなに幸せそうに微笑まれて、優しく肩を抱き寄せられてしまえば、これはもう、今夜は羽を背負って箒にまたがって飛ぶしかない…と、覚悟(?)を決めた淳であった。 小倉和彦30歳。 一目惚れで始まった、遅い初恋を実らせたばかりのエリートが、『加減』という言葉を自覚するのは、まだまだ先のことであった。 今年の教訓。大人になってからの麻疹はコワイ…。 ![]() <後日談、その後の『ダブルN』> 12月の初旬。 NYはすでに真冬の様相で、街にはクリスマスカラーが溢れている。 その後、和彦はNYへは来ておらず、ナンシーとナタリーも、あの『カボチャの季節』の悶々を引きずったままでいた。 「私、もしかしたら春奈かと思ってたのよね」 ランチタイム。 デザートの『とうふプリン』を食べながら、ナンシーが本社の新人秘書の名を出した。 「そうよね。でも会ってみたら全然違ってたし」 だるそうに頬杖をついて、ナタリーがトマトジュースを啜る。 2人は和彦の『恋人』を新人秘書ではないだろうかと思いついていたのだ。 理由は至極単純。 半月ほど前にやってきた第3秘書の学に、『和彦は元気?』と尋ねたら、『元気元気。新人の頭に『耳つきカチューシャ』乗っけて遊んでるくらいだから〜』と、笑ったからだ。 『耳つきカチューシャ』とは、あの時のアイテムに違いない。これはもう決まりだ。和彦は、新入社員に恋をしたのだ…と。 だがつい先日『お披露目出張』で会長に伴われてやってきた『新人秘書』には、そんな様子はかけらもなかった。 それでも数回はカマをかけてみたのだ。 しかし、まったく引っかからないどころか、まさしく『火のないところに煙は立たない』ということなのか、小指の先ほどの証拠も掴めなかったのだ。 ただ、証拠などあろうがなかろうが、『春奈が相手』では納得などできなかったのも確かだ。 「そうそう、春奈って、本社では『プリンス』とか言われてるらしいわよ」 「…なんかわかるわ、それ。春奈って、見た目は女性だけど、オーラが男性だもの」 ともかく、現在恋をしている人間には見えなかったのだ。これっぽっちも。 それに、『耳』を乗せてみて楽しいタイプでもない。 では、和彦の恋人(らしきもの)は誰なのか。 だが、またしても振り出しに戻った2人に、彼女たちの大ボス――会長が言った。 『中旬過ぎにはもう一人連れてくるからね』 ぬかった。今年の採用は、2人だったのだ。 もう一人の新人秘書。 それが、和彦が耳をつけて遊んでいる相手に違いないっ。 今度こそ必ず突き止めてやるっ。 異様に固い決意を込めて、『ダブルN』は頷きあった。 そして、12月中旬。 会長がもう一人の新人秘書を連れてNYにやって来た。 新人の名前は長岡淳。 手触りの良さそうな髪と見るからに滑らかそうな頬、健康的な色をした唇は少し薄めで、真っ黒な瞳は濡れたように輝いてぱっちりと見開かれている。 スーツの中身はまだまだ華奢そうで、23歳とは思えないあどけなさすら漂わせる新人秘書は、文字通り『絵に描いたような美少年』だった。 ――これってもしかして、会長の…趣味? かろうじて口には出さなかったが、顔を見合わせた『ダブルN』が同じ事を考えたのは確かだろう。 まあ日頃の行いからそう思われても仕方のない節はあるのだが、実際淳の採用には会長は関わっていないので、まるっきり当たっているとは言いがたい。 「それにしても、学と言いい淳と言い、日本人って若く見えるわね。スーツ着てなかったらハイスクールの生徒よ」 「ほんとよね。それに…」 「それに?」 「耳……」 「耳?」 「なんかさあ、似合いそうじゃない?」 「……あ」 『新人の頭に『耳つきカチューシャ』乗っけて遊んでるくらいだから〜』 恋人かどうかはさておいても、和彦が耳を乗っけて遊んでいるの間違いなく彼――淳だろう。 「淳」 ナタリーが声を掛けた。 「はい!」 元気のいい返事は気持ちがいいものだ。 どうやら彼は、見かけの通り、柔らかくて優しい気持ちの持ち主らしい。 「あなたのボス…和彦はどう? 優しい?」 言外に、それとなく――いや、どっぷりと――センシュアルなニュアンスを含ませてみる。しかも耳元で低く囁いてみたりなんかして。 NY支社の名物美人秘書『ダブルN』にとって、それくらいの小細工は朝飯前だ。 そして、やたらと官能的な声色を耳に埋め込まれてしまった淳は、案の定、真っ赤に染め上がった。 「は、い。優しい、です」 まったく何を思いだしたのやら。 真っ黒な瞳をゆるゆると潤ませて、恥ずかしげに顔を伏せた淳に、『ダブルN』は無条件でホールドアップするしかない。 「ナンシー、ナタリー。うちの可愛い淳を苛めないでくれよ?」 会長が淳の肩を抱いた。 『この子は秘書室長のお気に入り、だからね』 淳が会長を見つめる。 会長は今、何と言ったのだろうか。 英語ではなかった。イタリア語っぽかったのだが、淳はまだイタリア語はできないのでよくわからなかった。 だが、黒髪のナタリーは、その言葉に盛大に目を瞠った。 「それにしても、可愛いかった…わね」 「…わね…」 無事にNY支社でのお披露目を終えて、淳は会長と支社長に連れられて、取引先へと向かっていった。 『あんなCuteなBoyなら産んでもいいわね〜』…とは、本日淳に対面したNY支社の、シングルを決め込むキャリア女性陣の共通認識だ。 23歳の歴とした成人男性としては随分な言われ方だが、外見はともかく、彼はいずれMAJECの中枢を担う期待の逸材なのだ。 だから、秘書室長の恋人…であっても、きっと釣り合いはとれるのだろう…なんて、ひっそりと自分に言い聞かせてみる2人ではあるのだが。 「ねえ、和彦って…ゲイだったっけ…?」 「ええっと…そんな話、聞いたことない、けど?」 「…よね。一時期、ロンドン支社のシャーリーとつき合ってるって噂、あったくらいだもの…」 それを最後に2人は黙り込む いずれにしても、どうやら失恋は決定のようだ。 ――仕方ない、か……。 女性相手なら戦いようもあるのだが。 さすがの『ダブルN』も、年下のBoyを相手に戦う術は、持ち合わせていないのだった。 |
END |
というわけで。
文中の会話は英語のはずです(笑)
ちなみに。
エリートというのはフランス語だそうです(知らなかった〜)。
そうなると、「Trick or Elite」というタイトルは成り立たないのですが、
どうせ和彦さんがしっちゃかめっちゃか大崩壊なので、
それに免じて(?)お許し下さい(^_^)v
ではでは、楽しいハロウィンを!
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