大学生編 第2回 まりちゃんの新歓コンパ
後編
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「直…、どうした?」 駅からの帰り道…って言っても、俺たちの住むマンションは駅に近いから、ほんの数分なんだけど…一言も口をきかずに黙々と歩いていた俺に、智はエレベーターに乗るなりそう聞いた。 「…別に、どうもしねーよ」 そう、別になんでもない…はず。 「どうもしないってことないだろ?さっきからずっと黙ったままで」 んなこと言われても、困る。 俺だって、よくわかんないんだから。 ただ、なんとなく、気分が悪い。 あ、飲み過ぎて吐きそう…なんてーのじゃないからな。 とってもじゃないけど顔なんか上げられなくって、たまらずに落とした視線の先に、ふと、入ってくる銀色の輝き。 俺と智の、約束の…証し。 「なお…」 囁くようなつぶやきが落ちてきて、智が俺の右手を取った。 そして、その長い指先が、俺の薬指にはまった細いリングをそっと撫でる。 …もしかして、智…俺がこれをじっと見ていることに気がついた? 「何を一人で考えてるんだ?」 そう言いながら、俺の手…リングのはまった指…を、智は吸い寄せるようにその整った口元に運ぶ。 『ちゅ…』っと小さな音を立てて指が離れる頃には、俺は自然と顔を上げて智の綺麗な瞳を見つめていた。 そして、智も、まっすぐに俺を見つめていて…。 そのことを意識したとたんに、俺は言い様のない安心感に包まれる。 …ああ…そうか。 俺はきっと、イヤなんだ。 智の、この綺麗な瞳に他の誰かが映ることが。 …って。 うっわー!こ、これってもしや、『嫉妬』とか『独占欲』ってヤツ? 誰にも触らせないとか誰にも見せないとか閉じこめておきたいとかっ? お、俺ってば、いつからこんなになっちまったんだっ。 思いもよらなかった事に気がついてしまうと、その感情はなんだかとても汚いもののように思えて、俺は思わずまた、俯いてしまう。 …智の顔がまともに見られない…。 「なお…」 …頼むから、そんな声で呼ばないでくれよ…。 「もしかして…」 言いながら、智がその大きな手のひらを俺の背中に回そうとしたとき、小さなベルの音を立てて、エレベーターが最上階に到着した。 俺は、慌ててその手から逃れるように、開いたドアから廊下へと飛び出す。 「直?!」 だって、触れられたところから、俺の醜い感情が智に伝わってしまいそうで…。 俺は一刻も早く智の視界から身を隠したくて、ブルゾンのポケットからカードキーを取り出そうとするんだけど…。 なんだか、手が震えてうまくいかない…っ。 「直…」 声と同時に急に背後が暗くなり、そしてホワッと暖かくなった。 そのままギュッと抱きしめられる。 「や…離せってば…」 何もかもが見透かされそうな気がして、俺は必死で身を捩る。 でも、智の力は、俺なんかが暴れてもびくともしなくて…。 そして智は、片手で俺をきつく拘束したまま、器用にキーを差し込んだ。 静に開くドア。 そのまま引きずられるようにして玄関へはいると、オレンジの照明が勝手に灯る。 ドアが開いたときのようにまた静かに閉じると、俺の身体は簡単にひっくり返されて、正面から強く…思いっきり強く抱きしめられた。 「なお…」 身体が浮き上がってしまいそうなほど抱きしめられて、俺は息をするだけで精一杯で…。 「好きだよ…なお、愛してる…」 …だったらどうして…どうして、俺の側にいなかったんだよっ。 なんで、他の奴らとばっか、話し込んでんだよっ。 絶対に口にすることの出来ない悪態を心の中でついたとたん、俺の目から生ぬるいものが溢れ出した。 それは、止めようとしても、情けなくも、あとからあとから流れ出て、智のシャツを湿らせていく…。 「直…」 その感触に気づいたのか、智が少しだけ俺を離した。 途端に俺の口をついて出るのは、 「ばかやろー」 なんて憎まれ口。しかもしっかり涙声。 「智のバカバカバカバカバカっ」 それ以外の言葉を知らないみたいに、俺はただ、それを繰り返して智の広い背中を叩く。 「もしかして…直…」 …聞きたくねぇっ! って、思ったんだけど、智は、今俺が一番聞きたくない言葉を、低い声で耳元に落とした。 「…妬いてくれたんだ…」 ビンゴっ!!…なんて言ってる場合じゃねぇっ! 言葉では肯定しなかったんだけど、俺の身体はその言葉に過剰に反応して、智に無言の答えを送ってしまった。 智…お前ってヤツは、なんでそう察しがいいんだっ! 俺自身がついさっきまで気づかなかったってのにっ。 智はまた俺の身体をぎゅうぎゅう抱きしめてきて…思いっきり艶っぽい声で…。 「めちゃくちゃ嬉しい…」 …はぁ?嬉しいって、なんだそりゃ。 「直が…そんな風に思ってくれる時が来るなんて…ほんと、夢みたいだ…」 え…。智…? 「こんな気持ちを持つのは、これからもきっと、俺だけだと思ってたから」 「こんな、気持ち…?」 やっと俺が顔を上げると、智は俺の目尻に唇を寄せてきた。 溜まっている滴をペロッと舐め取られて、思わず身体が震えてしまう。 そして、そのまま暖かい唇は俺の頬を滑って少しだけ…重なる。 「直のこと、誰にも触らせたくない。誰にも見せたくない。できることなら……閉じこめてしまいた…い」 言葉の最後は、俺の口の中に消える。 智…、俺…。 「とも…」 漸く、ほんの少し離れた唇の間で、俺は小さな声で言った。 「…俺だけ…を…」 智の腕に、また力がこもる。 「見て」 うっわー。言っちまったぜ。 「なおっ」 また、身体が折れてしまいそうなほど抱きしめられたけど、その力の強さが嬉しくて、俺も負けないくらい、思いっきりしがみつく。 「約束するよ…一生、直だけを見てる…」 とも……………………………………って。 うっとりしてる場合じゃねぇっ! 「んじゃ、どうして瞳ちゃんばっか見てたんだよっ」 俺はしがみついていた力と同じくらいの力で思いっきり腕を突っ張った。 不意をつかれたのか、智の腕は意外にあっさりと離れて…。 「瞳ちゃん?」 ふんっ、そんな風に目を丸くして見せてもダメだからなっ。 「そーだよっ、お前、瞳ちゃんの方ばっかり見て…」 「観察だよ」 「へ?」 何それ。 「初めて会った日からそれとなく観察して、今日もずっと見てたんだけど…」 ほらみろ、やっぱりずっと見てたんじゃんかっ。 「瞳ちゃんは気付いてるよ」 「え?」 「俺たちがどういう関係か気付いてる」 う、うっそぉぉぉぉ。 「嘘だろっ、そんな。だって俺たち、そんな素振り…」 「うん、確かにそうだけど、彼女はすごく勘がいいし、頭もいい。俺たちが話す言葉や雰囲気、態度やなんかで早くから気付いてるみたいだったんだけど…」 「げぇぇぇ」 俺がカエルが潰れたような声を出すと、智はクスッと笑って俺の手を引いた。 そして、そのまま、リビングへ…。 「今日、確信したよ」 「どうして」 俺が上目遣いに見上げると、智はまたしてもクスッと笑って、今度は俺の首に手を当て、そして、後ろ襟をそっと引いた。 「直には見えないけど…ここ」 智の指先がそっと俺の首から肩をなぞる。 「…っ」 ちょっと待ったっ、俺、そこ弱いんだってばっ。 思わず身体を竦ませた俺に、智は顔を近づけて来て『ごめんな』って呟く。 「な、なに?」 何が『ごめんな』なんだよ。 「昨夜、ついうっかり、跡つけちゃって…」 あと?…あとってなんだよ。 「今日、瞳ちゃんに寝癖なおしてもらったろ?」 「うん…」 でも、それと「あと」に何の関係が…。 「その時瞳ちゃん、クスッと笑ったんだ」 智がまた、俺の弱いところをなぞる。 「こ・れ・を…見て」 これ?あと? ……………ま、まさか。 「智…」 俺が絶対零度の声で呼ぶと…。 「だから、ごめんってば。あんまり直が可愛いんで、つい…」 「何が可愛いだーーーーーーっ!あれだけ見えるところにつけるなって言ったじゃねぇかっ!!!」 「うわっ、直っ」 暴れ出した俺に、智は逃げだしやがった。 くそっ、逃がすかっ!! |
☆ .。.:*・゜ |
「落ち着いた?」 暴れ疲れてソファーに転がる俺に、智がおずおずとマグカップを差し出してきた。 中身はきっと、俺の大好きな蜂蜜入りのミルクだ。 …ま、今回はこれくらいで勘弁してやるか。 「…まあね」 俺が台詞のわりには不機嫌でない声でそう答えると、智はあからさまにホッとしたような顔をして俺を抱き起こす。 そして、そのまま俺は智の膝の上に乗せられて、大げさなため息をつく…。 「直?」 片手でしっかり抱きかかえられ、俺は身体を智に預けてぼやいた。 「…ったく、明日から俺、瞳ちゃんにどんな顔すればいいんだよっ」 智はそんな俺を軽く揺すってあやすように背中を撫でる。 「今まで通りでいいさ」 そんな…。 「瞳ちゃんてさ、気付いてるにもかかわらず、直に猛烈にアタックしてくるだろ?」 「…う、うん」 「だからさ、俺としては、これを利用しない手はないと思うわけだ」 え?どういうことだ? 俺はきっと不思議そうな顔をして見上げたんだろう。 智はにこっと笑って俺の頭を抱いた。 「瞳ちゃんに直のナイトになってもらうんだよ」 はぁっ?! 「なんだよっ、それっ。なんで俺が女の子に守られなくちゃいけないんだっ!」 あたまから湯気を噴いた俺に、智は『撫で撫で』を繰り返し、『わかってるって』と小さく言った。 「確かに直はケンカも強いし、口でも負けてないからね」 「だろっ?」 俺は胸を張って言い返す。 「でも、それは、相手が『直狙い』じゃないときだけのことだ」 俺狙いぃ?って、もしかして…。 「俺って、狙われてんの…?」 恐る恐る聞いてみれば…。 「ほら、そんなコトもわかってない」 呆れた顔で、智が言う。 うう…。 「単なるケンカなら心配しない。でも、直はもっと別の意味でターゲットにされてるんだよ。だけど、それも男が相手なら俺がいるから大丈夫だ。どんな手を使っても直に指一本触れさせない。でもな、女の子相手だと、俺もできることに限界がある」 そこまで言われて、鈍い俺は漸く智の意図に気がついた。 「対女の子用ってわけ…?」 瞳ちゃんは対女の子用俺のナイト…ってことか? 「そういうこと。強烈な個性の彼女が直の側にいてくれるだけでも、十分牽制になるからね」 意外に先輩にも有効だったし…って呟くように付け加えた智の顔を、俺は半ば呆然と見てしまう。 でも、だって、それって…。 「それって、瞳ちゃんに悪いじゃんか…」 そう、利用してるみたいだ…。ううん、みたいじゃなくて、まんま利用してるんじゃん…。 「彼女はそれにも気付いてる」 「えぇっ?!」 「だから、俺は彼女が直の側にいることを許してるんだ」 そういって微笑んだ智は、なんだか怖いほど綺麗で…。 こいつって、やっぱり『おとうさん』の子だよなぁ…。 何が自分の手駒になって、何が自分にとって有益でないか…。 瞬時に見極めて、瞬時に行動する。まんま、経営者の行動だよ。 「智ってさぁ…」 「ん?なぁに?直」 俺だけに向けられる、それは柔らかい微笑みに、俺はうっかり禁断の一言を漏らしそうになって危うく口を噤む。 『智くんって、お父さんそっくりだね』って。 「ううん、なんでもない」 慌てて首を振る俺に、智は怪訝そうな顔をして見せたんだけど…。 「ま、いいや、そんなことはどうでも」 そんなことぉ?俺には深刻な問題だったんだぞっ! 「さ。お互いの気持ちを再確認する作業に入ろうっ!」 は、はいぃぃぃ〜? 「ちょ…とも、まさか…」 「まさかって…何?」 「こ、今夜も…」 「今夜も明日も明後日も〜♪」 …脳天気に歌ってんじゃねぇっ! 「大好きだよ、なお」 …・っ。いきなり耳元で囁くなっ。 「閉じこめたいくらい…」 意識がぶっ飛ぶ直前、俺が智に『今度見えるところにキスマークつけたらただじゃおかねぇぞ』って釘を差したのは、言うまでもない…。 |
お・わ・り
だから、何を探してるんですか、あなた(爆)
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