まりちゃん、入学式の夜

〜智&直、大学入学の夜〜




  


「今日は本当にありがとうございました」

 智が丁寧に御礼を言った横で、俺も同じように長岡さんに御礼を言う。

 多忙な長岡さんが、俺たちの送り迎えのために貴重な時間を裂いてくれたんだから、当然だろう。

 でも、まだまだ元気な智の横で、俺はすでにぐったりと疲れている。
 ぐったりの原因は智が抱えている箱だ。

 中身は…言いたくない。

「いいえ、どういしたしまして。明日からの大学生活に備えて、今日は早くお休みになるんですよ」

 ………。

 はい。俺、早く休みたいです。
 だから長岡さん、智にもう一声釘を刺して下さい〜。

「もちろんです。明日は登録や手続きがたくさんあるので、遅刻なんかしてられませんから」

「智雪さんは朝に強いですからね。では、失礼します。お休みなさい」

「お休みなさい」

「まりちゃん、早く寝るんですよ」

 う…。それは、智に言って欲しいんですけど…。

「は、い」
「イイコですね」

 …俺だって、弱い方じゃなかったんだ…。高校卒業するまでは…。

 俺の、そんな心の呟きを知らず、長岡さんは俺の頭を撫でたあと、さわやかで可愛い笑顔を残して帰っていった。

 きっとこれから、おとうさんのところへ直行なんだろう。   
 ホント、秘書ってタフじゃなきゃ務まらないよな…。

 って、智くんも秘書向き?なんちって…。



「さ、直。シャワーだ、シャワ〜♪」

 おい、言葉の最後が踊ってるぞ…。

「ま、まさか一緒に…?」
「いや?」
「い、や…ってワケじゃないけど。俺、今日疲れちゃったから、お湯溜めてゆっくり浸かりたいんだけど…」

 下からジッと見上げてウルウルモードでお願いしてみる。

 智はそんな俺をマジっと見てから、ニコッと微笑んだ。

「そうだね。じゃ、お湯溜めるから、ちょっと待ってて」

 うわっ、今日の智くん、話せるヤツ。

「うん、ありがと」

 智が用意してくれてる間に、俺はスーツを脱いで、スウェットに着替える。

 ふと見ると、リビングのソファーの上に、例の箱。
 そう、ネグリジェ…だ。

 これ、なんとかしなきゃヤバイよな…。
 でも、どこに隠す…?

 箱をもってウロウロしてるうちに、智が俺を呼んだ。

「なお〜!出来たから先に入って」
「う…うんっ」

 廊下を近づいてくる智の気配に、俺は慌てて箱をソファーの下に突っ込んだ。

「どうした?直」

 ちょうどその時、智がリビングに入ってきて…。
 う〜、あぶね〜。

「な、なんでもないっ」
「…?ふぅん…」
「俺、風呂入ってくるっ!」

 とりあえず俺はリビングから一目散にかけだした。




 うは〜、極楽〜。
 やっぱ日本人は湯船だよな〜。

 俺は広い浴槽でしっかり手足を伸ばしてくつろぐ。
 このまま寝ちゃいたいくらい、いい気持ちだ。

 ぼんやり浸かっていると、ふと磨りガラスのドアの向こうで人の気配が…?

 まさか、智?
 入ってくる気じゃないだろうな…。

 俺、今夜は絶対安らかに寝るんだからなっ!

 俺が身構えていると、勘違いだったのか、いつの間にかドアの向こうの気配は消えていた。

 さすがの智も、今日くらいは疲れてるのかな…。
 ホッとしたような、でもちょっとがっかりし…、ん?

 だーーーーーーーーーー!俺っ、何考えてんだっ!

 突然よぎったとんでもない言葉を、ぶっ潰す勢いで、俺はお湯をバチャバチャっと顔に掛け、勢いよく湯船を出た。

 で、脱衣室のかごに…俺の、脱いだはずのスウェットが……な、い?

 代わりにきちんとたたんで置いてあるのは、あの、真っ白で、フリフリの…。

 げーーーーーーーーーー!智のヤツっ!やっぱり入って来てたんだっ!

 あいつぅぅぅ…。
 こうなったらバスタオルで出てってやるっ!

 危険度は高いけど、フリフリのネグリジェ着るよりよっぽどマシだ!

 と、思って、いつもバスタオルが入れてあるラックを開けてみれば…。

 な、ない…。
 バスタオルがないっ!

 あるのは小さなハンカチ大のタオルだけ。しかも大量。
 これじゃ、体は拭けても……。

 智のヤツ〜〜〜〜〜!

 とりあえずちっこいタオルでせっせと身体を拭いて、髪を乾かした俺は考え込んだ。

 その1、このまま出て行く。
 は、恥ずかしすぎるっ。

 その2、唯一用意されているこの布を着る。
 それも恥ずかしすぎるっ!

 けど、このままでいたら、そのうち智が来るぞ…。
 そうすると、なし崩し…?

 こうなったら、とりあえずこの白いフリフリを着て、その後は…。

 その1、智がリビングにいたら、寝室へ逃げ込んで着替える。

 その2、智が寝室にいたら、リビングに逃げ込んで着替える。

 よしっ、この作戦でいこう。

 仕方なく、俺は白のフリフリを着込む。
 見るとはなしに見てしまった鏡に映っているのは…。

 げ、チョーやばいぞ、これ。
 そこに映っていたのは、白い頬をほんのりと上気させた、白雪姫も真っ青の超カワイコちゃん。 
 襟も袖も三重に重ねられたレースがフワフワと揺れて、どこからどう見ても立派な『新妻』である。

 俺はこそこそとバスルームを出た…。
 足音を殺して廊下を行くと、リビングのテレビがついてる。

 しめた。智のヤツ、リビングにいるぞ。

 俺は壁に張り付いたまま、ゴキ●リよろしく寝室へ向かった。

 そろっとドアを開けると…。


「遅かったね、直」

 ぎえぇぇぇぇぇ!! ベ、ベッドに智がっ!!

「と、ともっ、おまえっ、リビングに…っ」
「あ、ごめん。テレビつけっぱなしだった?」

 こいつぅぅぅぅぅ…。

「直…かわいい…」

 や、やられた…。
 この瞬間、俺の今夜の安眠は露と消えた……。

「さ、寝ような、直」

 智は俺の身体を楽々と抱き上げて…。

「ちょっと待て、お前まだシャワー…」

 浴びてないだろ、って言おうとしたんだけど、智の身体からはふんわりとボディシャンプーの香りが…。

「お湯溜めてる間にシャワーしたんだ」

 参った…。参りました…。
 

 でも…、智は俺をジッと見つめて…。

「なんだか脱がすのもったいないな」

 ポツンとそう言った。

「このまま抱っこで寝ちゃおうかな」

 そそそ、そうしましょうっ!

 俺は抱き上げられたまま、目一杯のお願いモードで智の顔を見つめる。

「………」

 智がそんな俺の顔をまたまたジッと見つめて…。

ふ…っ

 …ふ…っ? 
 ななな、何? そのピンク色の不気味な笑いは…。

「そんなにお願いモードのウルウルお目目で見つめられちゃ敵わないな」

 そうだろっ? やっぱ、今夜の智くん、話せる〜v

「直も疲れてるだろうから…」

 うんうん!

今夜は手短に…っと」

 ………………………。

 ちょっと待てーーーーーーーーーっ!
 それは、『お願い違い』だーーーーーーーーーっ!!




 今夜の教訓。
『お願いモード』の時は瞳をウルウルさせないようにしましょう。


智くん、1年前とのギャップが…(笑)
我慢のしすぎがキミをこんなにしたんだね(合掌)

お・わ・り


じゃなくて、もう一つ(*^_^*)

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