第3章「本宮」





1. 夕暮れの祈りの時


 本宮の表宮殿。
 執務を終えたばかりの竜翔に、教育係にして片腕の泊双(はくそう)が声をかけた。

「お疲れのようですが…。薬湯をお持ちしましょうか」

 執務の間中、物思いに沈んでいた竜翔を、生まれたときから側に仕える泊双が見逃すはずがない。
 そう、こんな竜翔は、風邪でもひいた時くらいしか見ることはない。

 普段は自分のことよりも、仕える者たちのことを気にかけるのだ。この若き主は。


 不安げに見つめる泊双を見て、自分の物思いなどやはり見透かされてしまったか、と、内心ため息をついて、竜翔は執務机を離れる。

 広いテラスへでると、芳しい風が頬を撫でる。
 陽が去ろうとしている。

 僅かに見おろす先には、創雲寺を中心に、いくつもの寺院。
 落ちていく赤い陽が、寺院の屋根に光を残している。

 夕べの祈りの時刻だろう。
 風に乗ってくる香の気配でわかる。

 自分も間もなく、祭壇に向かわねばならない。

 竜翔がほうっとため息をついた。
 今度は心に隠すことのできなかった分だ。




 昨日森で出会った子。

 少女だとばかり思いこんでいたら、『僕』と言った。

 怪我を癒し、薬草をくれた。
 そして何より、可愛らしい笑顔をくれた。

 あの子は、今見おろすこの郷のどこかにいるはずだ。

 どうしても会いたい。もう一度会いたい。
 会って、もっと話をしてみたい。

 もう一度あの笑顔が見たい。




 また、ため息をついた竜翔に、眉根を寄せて、泊双が歩み寄ってくる。

「竜翔様?」

 具合が悪いのではないようだ。

「…泊双、頼みがある」

 聞いたことのないような、思い詰めた声だ。

「は、なんなりと…」

 そうでなくとも、主の命令は絶対だ。
 しかし、そんなことは関係なかった。

 竜翔がここまで思い詰めること…。
 まったく心当たりはない。
 ないが、どうしてもそれから解放して差し上げたい、と、泊双は思う。


「人を…捜して欲しいのだ」

 泊双にとっては思いもかけない言葉だった。
 本宮が、人捜しとは…。

「その……何処かの里の者でございますか」

 まさかどこかで女性を見初めた…などというのではないだろうかと、泊双は内心で苦虫を噛みつぶしていた。

 竜翔も十五。
 ない、とはいえない話だ。

「いや、恐らく、ここの者だろう」

 相変わらず思い詰めた表情の竜翔の答えに、泊双は我知らず、明るい声で訊ね返してしまった。

「では、僧でございますね」

 その問いに、竜翔は一瞬ためらいを見せたが、キュッと唇を結ぶと、はっきりと言った。

「いや、子供だ。…そう、歳の頃は七つか八つか…。いや、物言いがしっかりしていたから、もしかすると、もう少し上かもしれない」

 てっきり重大な出来事だと思っていた泊双は、ほんの少し、呆気に取られていた。

「子供…でございますか。それならば、直にわかりますでしょう。十までの子供ならば、数が知れていますし、それ以上の子ならば、必ずどこかの寺院に籍を置く修行の身でありましょうから」

 創雲郷に女性はいない。
 しかも僧たちは、生涯独身を通す。
 当然、子供は産まれてこない。

 いるのは、親に捨てられたか、何らかの事情で里から預けられた子供、もちろん男子のみ。
 その数は高々知れている。


「竜翔様、理由をお聞かせいただくわけには参りませんか」

 竜翔が誰かに執着することなど、今まで一度もなかったのだ。

 女性でなくてホッとしたが、たとえ子供であれ、事情を聞いてみたい。

 竜翔はチラッと泊双を見ると、そのまま落ち着きなく視線を彷徨わせ始めた。

「…礼を言いたいのだ」

「礼…でございますか? …その者がいったい何を?」

 いつも側にいるが、思い当たる節はやはり何もない。

「昨日、助けてもらった」

 昨日と言えば、竜翔は秀空を駆って、遠乗りに出ている。
 供を連れずに出たことを、昨日諫めたばかりだ。

 それを事もあろうに『助けてもらった』とは…。

「何か、おありだったのですね…」

 低くなった泊双の声に、竜翔は『しまった』と首を竦めた。

「ですから、あれほど供もつけずに出られては、と申し上げたではありませんか」

 泊双はいつも、声を荒げずに静かに叱る。

 竜翔にとって、泊双に怒られることが一番堪えることだ。
 心配をかけたと自覚しているからだ。

 泊双は、『教育係にして右腕』と言うだけでなく、早くに両親を失った竜翔にとっては、僅か十歳しか年が違わないとは言え、文字通りの親代わりだった。

「すまなかった。気をつける」

 素直に謝る竜翔に、『やれやれ』と泊双が首を揺らす。

「お聞かせいただきます。昨日あったことを」

 有無をいわせない語調に、竜翔は観念した。

「実は…落馬したのだ」
「落馬…? 竜翔様がでございますか?」

 信じられなかった。
 竜翔の馬術の腕は確かなものだ。

「まさか、秀空になにか不都合でも」

 考えられるのは馬の不都合。
 主の命令を聞けない馬は処分されねばならない。

 問いただす泊双に、竜翔は慌てて首を振った。

「違う!秀空のせいではない。私の不手際だ」

 釈然とはしなかったが、泊双はそのまま、無言で先を促した。

「肩を…その…少し打ったのだが…」

 泊双の顔色が変わった。

「その子が…手当をしてくれて、薬草をわけてくれた。礼をいおうと思ったのだが、急ぐと言って、いなくなってしまった」

「御肩を拝見いたします」

 泊双は言うなり、竜翔の上着に手をかけた。
 しかし、竜翔はその手を止め、何でもないように、腕と肩をまわして見せた。

「な? もう、何ともないのだ。手当のおかげだ。…だから礼を言いたい」

 泊双は、仕方がないと言わんばかりに、上着から手を離した。

「わかりました。では、竜翔様の『命の恩人』を捜しますので、その子の特徴をお聞かせ願えますか?」

『命の恩人』というところでわざと大げさに手振りを入れ、力を入れて泊双は言った。 

 言われた竜翔は、一言言い返してやりたかったが、ともかくあの子を探すのが先決と、諦める。

「最初は…少女かと思ったんだ。漆黒の髪色に、同じ色のパッチリとした瞳、色が白くて、頬は桃の色、唇は…朱を入れたようだった…」

 うっとりと、それでもどこか恥ずかしげに語る竜翔を、泊双は怪訝そうに見つめた。 

 これではまるで、恋しい人を語る時のようではないか。 

「本当に、少女ではなかったのですか?」

 先ほどの不安が蘇る。

「この郷に女性はいまい。この宮にすら、母様が亡くなられてからこちら、女官もいないというのに」

 それは、確かにそうだ。

「少女のような面立ち…薬草…漆黒の髪…」

 泊双はしばし考えた後、その名を口にした。

「もしかすると、花山寺の鈴瑠かも知れません」
「花山寺? 籠雲のところか」

 籠雲とは三日に一度は会う。
 竜翔は、幼い頃から籠雲に、学問一般と薬学の知識を教わってきた。

「はい。赤子の頃、花山寺の門前に捨てられておりましたのを籠雲が引き取りまして、以来育てております」

「そんなこと、一言も聞いたことがないぞ」

 籠雲のところにそのような子がいるとは、一言も聞いていない。

「僧と言う者は、自らの話をいたさないものでございます」

 それはそうでも、今回のことは納得がいかないと、竜翔は理不尽な不満を募らせる。

「で…その鈴瑠と言う子はどんな子だ」

「は、私も花山寺に赴きました折りに、2、3度しか見かけたことはございませんが、確かに少女のように可愛らしい子でございました。
 たしか十ほどの歳になるかと思いますが。
 郷の評判では、賢く、愛される質の子と言われているようです。それに、花山寺で育っておるとなれば、薬草の知識に長けているのも当然かと…」

 花山寺は、筆頭末寺の立場以外に、『薬師』として重大な責を担っている。
 広大な薬草園を持ち、品種を改良し、育て、調合し、処方する他、寺院内に治療院も備えている。

 なるほど、と竜翔は思った。

「明日は籠雲が来る日だったな」
「はい」
「鈴瑠を連れてくるようにと…」

 泊双は竜翔の横顔を凝視したが、やがて
「承知いたしました」
と、答えて辞した。

 竜翔は僅かに安堵の色を浮かべて、祭壇の間に向かう。

 夕べの祈りの刻限には、少し遅れてしまったようだ。

 若き統治者は、明日やってくる子が、あの子でありますように、と知らず願っていた。






2. 再会


「鈴瑠、鈴瑠」

 身体を優しく揺すられて、鈴瑠はゆっくり目を開けた。
 目の前には大好きな籠雲の優しい微笑み。

「ん…おはようございます。籠雲様」
「おはよう、鈴瑠。早い時間にすまないね」

 早い時間と言われて、初めて鈴瑠はまだ起床の刻限ではないことに気がついた。

「どうしたの?」

 寝ぼけた眼をこすりつつ、小さなあくびをする。

「出かける支度をせねばならないんだよ。鈴瑠」
「お出かけ…するの?」

 ちょこんと首をかしげる姿が可愛いらしい。

「そうだ。本宮様が…竜翔様がお呼びなんだよ」
「いってらっしゃいませ」

 寝ぼけた声でそう言い、ぴょこんと頭を下げると、鈴瑠は再び目を閉じようとした。

 その姿に、籠雲が苦笑しながら鈴瑠の身体を抱き起こす。

「これ、鈴瑠。お前も一緒に行くのだよ」

「僕…?」

「そうだ。竜翔様が、鈴瑠に会いたいと仰せなのだ」

「どして?」

 鈴瑠はまだ寝ぼけているのか、今ひとつ状況を把握していないようだった。

「さあ、それは私にもわからない。行ってみなければね」

 そう言って、籠雲は鈴瑠を抱き上げた。

「湯を使って着替えよう」

 抱き上げられて漸く目が覚めたか、鈴瑠が話を始める。

「あ、あのね、籠雲様」

 言いながら、籠雲の首に手を廻して、甘える。

「僕、おもしろい夢を見たの」

『夢』と聞いて、籠雲が僅かに眉根を寄せる。

「僕ね、空を飛ぶんだよ。高く高く飛んで、創雲寺も、花山寺も、みんなみんな下の方に見えて、とっても気持ちいいんだ」

 うっとりと夢を語る鈴瑠の顔は、籠雲に封印してきた物の存在を思い出させてしまった。 








「うわぁ…でっかい柱」

 初めて本宮に足を踏み入れた鈴瑠は、目前にそびえる、天を突く巨大な柱に歓声を上げた。

「これ、鈴瑠、行くよ」

 籠雲は、柱に手を廻して遊ぶ鈴瑠を引き剥がし、これ以上は面倒だとばかりに抱き上げて行く。

 抱き上げられてなお、鈴瑠の好奇心は納まらず、しきりに辺りをキョロキョロと観察する。

「鈴瑠、頼むから、竜翔様の前ではじっとしていてくれよ」
「はーい」

 両手を挙げて元気に答える鈴瑠を見て、本当にわかってるんだろうかと、籠雲はため息をつく。
 



 やがて泊双が迎えに現れ、いつものように竜翔の執務室へと通された。

 自分の身体がスッポリと納まってしまうほどの椅子に座らされてなお、鈴瑠はあちらこちらを物珍しそうに眺めている。

「やぁ、籠雲。無理を言ってすまなかった」

 背後から、鈴瑠の耳に、聞いたことのある力強くて暖かい声が聞こえた。

「おはようございます、竜翔様」

 頭を下げ、膝を折り、礼を取る籠雲を見て、鈴瑠は慌ててイスを飛び降り、それに倣った。

「鈴瑠…か?」

 竜翔の問いに、籠雲が答えた。

「はい。鈴瑠でございます」

 鈴瑠は頭を垂れたまま、頭上を行く会話を聞いていた。

 チラッと見上げた先に見えたのは、柄の細工も見事な守り刀。
 そして、その房飾りの飾り玉の中に、見覚えのある瑠璃の玉が…。

「鈴瑠、顔を見せてくれないか」

 竜翔の言葉に、鈴瑠は俯いたまま、チラッと籠雲の方を伺った。
 頷く籠雲を見て、鈴瑠はぴょこんと顔を上げる。

 そして…。

「あ! この前のおにいちゃん!」


 驚く籠雲を後目に、鈴瑠はぴょんと竜翔に飛びついた。
 竜翔も嬉しそうに、鈴瑠を抱き上げる。

「やはり、お前だったか。逢えて嬉しいぞ、鈴瑠」
「肩は大丈夫?」

 鈴瑠はあの時と同じように、竜翔の肩にそっと手を当てた。

「ああ、もう大丈夫だ。お前のおかげだ、鈴瑠」

 それを証明してみせるかのように、竜翔は鈴瑠を高く上げた。

 十歳と十五歳。

 二人は実年齢以上に、歳が離れているように見える。
 幼い鈴瑠と、大人びた竜翔。

 しかし、こうしていると、まるで兄弟のように睦まじく笑いあい、鈴瑠は嬉しそうに、声を上げてはしゃぐ。

 はしゃぐ鈴瑠が可愛くて、竜翔はまた、鈴瑠を高く上げる。


 ことの成り行きを見守っていた籠雲だが、さすがにこうなると黙ってみているわけにはいかない。

「これ、鈴瑠、いい加減にしなさい」

 口調は優しいが、物言いははっきりしている。
 鈴瑠は、ちょっと首を竦めて、小さな声で言った。

「ごめんなさい…」

 けれど、竜翔が降ろしてくれなければ、自分ではどうしようもない。

「籠雲、鈴瑠を責めないでくれ」

 竜翔はそう言いながら、鈴瑠を抱いたまま、腰を下ろした。

「鈴瑠は私の命の恩人なのだから」

 膝の上の鈴瑠を見つめる瞳は、幸せそうに輝く。

「は? 鈴瑠が、竜翔様を…?」



 竜翔は昨日、泊双には言えなかったことを語った。
 怪しい気配に覆われたこと。
 鈴瑠の『気』がそれをうち払ったこと。
 怪我をした竜翔を、鈴瑠が癒したこと。



「私は鈴瑠に会って、礼が言いたかったのだ」

 そう言うと、竜翔は鈴瑠の耳元に唇を寄せ、『ありがとう』と囁いた。

 鈴瑠はくすぐったそうに身を捩り、『お役に立てて、幸いです』と返した。

「これは……鈴瑠は一人前の口をきくのだな」


 声をたてて笑う竜翔と、いつまでも膝の上で甘える鈴瑠を、籠雲は凍り付いた表情で見ていた。

(鈴瑠の『気』…。邪気を払い、痛みを癒す…)



「そうだ、秀空は元気になった?」

 突然鈴瑠は、竜翔の愛馬の名を出した。

「秀空…? ああ、あの後はいつものように、元気に駈けてくれたが…」
「良かった」

 鈴瑠は嬉しそうに、ぴょんと跳ねた。

「鈴瑠、お前何故、秀空の名を知っている?」

 あの場で呼んだ覚えはない。

 怪訝そうな竜翔の瞳に、鈴瑠は『何故』と言う疑問を浮かべて、言った。

「だって、教えてくれたよ。秀空が」

 籠雲が息を呑む音が聞こえた。
 竜翔もまた、息を詰めた。

 二人の大人の不可解な様子に、鈴瑠はきょとんと首をかしげるばかりだ。

「どう…したの?」

 不安げに訊ねる鈴瑠の頬に、竜翔は自分の頬をそっとあわせた。

「お前は…不思議な力を持っているのだな…」
 
(僕が…? 不思議な力?)

 鈴瑠はまったく無自覚だった。
 郷の子は、どの子も皆、自分と同じようにできるのだと思っているのだ。

「鈴瑠、これからも私を助けてくれ」

 竜翔はそう言うと、鈴瑠の小さな身体を抱きしめた。

「竜翔…さま…」

 腕の中から、小さな声で呼ぶ様も可愛らしい。

「竜翔…で良い」

 優しくそう言った竜翔だったが、それは即、籠雲に却下された。

「竜翔様、それはなりません。鈴瑠も郷の子。本宮様に対する礼を失する訳には参りません」

「しかし、籠雲…」

 不服そうに、竜翔が異を唱えようとすると、それすらも籠雲は封じた。

「なりません。鈴瑠がいずれ、竜翔様をお助けする立場になるとしたら、尚更です」
 

 言われて竜翔は、鈴瑠の瞳を見つめる。

 不思議な力を持つ子、鈴瑠。
 いずれ、自分を助け、この郷にとってなくてはならない存在となって欲しい。

 高齢の大座主の身に何かあった時、後継者は籠雲と決めている。

 そして、出来ることならば、その後を鈴瑠が…。



 そのような思惑を微塵も感じていない無垢な鈴瑠は、竜翔の膝の上が気に入ったようで、起こされたのが早かったのも手伝い、いつしかすやすやと眠りに入っていた。

(どうやら、私一人の胸に納めておいて良い時期は、過ぎたようだ…)

 籠雲は、竜翔の腕に抱かれる鈴瑠を見つめ、静かに息をついた。

 その眠りを諫める気など、もう、起ころうはずもない。






3. 創雲寺


「どうした、籠雲。珍しいな」

 創雲郷の中心寺院、創雲寺。
 不世出の高僧と言われる大座主が、穏やかな笑みを湛えて籠雲を招き入れる。

 もっとも信頼するこの高弟が、話をしたいと言ってくるのは、久しぶりのことだった。

「お忙しいところを申し訳ございません」
 向き合いひれ伏す。

「なんの、籠雲の用件なら最優先じゃ」
 そう言って屈託なく笑う。
「して、何があったか」

 真顔に戻るが、穏やかな笑みは、途切れることがない。

「はい。鈴瑠につきまして」
「鈴瑠とな」



 籠雲は、鈴瑠が持つ不可思議な力の話と、竜翔を取り巻いた怪しい気配について語った。

 大座主は目を閉じ、心を静めて聞いていたが、籠雲が話し終わると、ゆっくりと瞼を開いた。

「籠雲、このような言葉を聞いたことはないか」

 籠雲は心を開き、大座主の言葉を待った。


「『やがてこの地を覆う邪悪の気。心やさしきこの地の人々を守るため、私は一人の御子を遣わそう。御子を守り育てるがよい。御子はやがて“導く者”に成長する』」


 それはまさに、十年前のあの日、あの時、籠雲の夢に入った光が告げた言葉。

 呆然と見つめる籠雲に、目の前の高僧は、やんわりと微笑んだ。

「私もな、見たのだよ。夢を…」

「大座主様…」

「恐らく鈴瑠のことではないかと、思うておった。あれがまだ赤子の頃、初めて籠雲が抱いてきたのをこの目にしたとき、浄い生き物の気が満ちておった。『鈴瑠』と名付けたと聞き、籠雲、そなたもまた、この気を感じ取っているのだと、思ったが…」

 確かにそうだった。
 浄き生き物の証、清けき鈴の音。

「天空におわす尊い方の御子様じゃ。創雲郷のため、この国のため、大切にお育て申し上げようではないか」

 籠雲は言葉もなく、ただひれ伏した。

「天空様が、そなたを選ばれたのじゃからのぅ」

 責の重さに、肩が震えた。

 そして、この事実は二人の高僧の胸に、封印された。

 時が満ちるまで。