天空神話〜金糸雀

「茉莉花」
〜じゃすみん〜




 口づけも解かないまま、漣基は朱那を寝所へ運ぶ。

 大きな寝台に沈んだ朱那は、まるでいとけなくて、これからしようとしている行為に反して保護欲を駆り立てる。

 だが、心も体も朱那を求めている今、それは彼方に捨て去るしかない。

 細い腰にきちんと結ばれている帯をそっと解き、上質の綿で仕立てられた肌触りのいい衣を開くと、朱那はぎゅっと目を閉じた。


 ――怖いか?


 そう聞きそうになった。けれどそれは口に出さないでおく。

 きっと朱那は、首を横に振るに違いないから。

 だから、その問いの代わりはこうだ。


「朱那…何も心配はいらない」


 お前が案ずることは何もないのだと、そう教えて、ただ幸福だけを感じてくれればいい。


 朱那は漣基の静かな声に、そっと目を開き、そして微笑んだ。

 この腕の中にいて、怖れることは何もないと改めて思い、細い腕をそっと漣基の首に回す。

 衣の内に隠されていたのは、ここへ連れてきたときよりは僅かに健康そうになったものの、まだまだ細く、少し力を入れただけで折れてしまいそうな白い肢体だった。

 表情や仕草同様に、幼さが色濃く残るそれは、一瞬漣基を戸惑わせる。
 この身体を目の当たりにすれば、罪悪感を感じてしまうのはごく普通のことだろう。

 そうでないと、おかしい。

 けれど愛おしいと感じることもまた、当たり前のようにこの胸の内にあって、漣基は小さく自嘲する。

 いずれにしても、囚われたのは自分の心…なのだから。



 そっと慈しむようにその身体に掌を這わせると、緊張の所為か酷く冷えていたから、漣基は温めるようにさすり始めた。

 そしてその温もりに朱那がうっとりと暖かい息を吐いたとき、そっと小さな胸の飾りに唇を落とす。

 ほんの少し舐めただけで途端に跳ねる、朱那の薄い胸。

 それを抱え込むように抱きしめて、まるで温もりを分けようとでもするかのように、熱い舌を這わし、絡め、小さく音を立てて吸い上げる。

 大きくよじれる細い身体。

 はあっ…と大きく一つ、飲み込んでいた息を吐き出す音がする。

 無意識に逃れようとする身体をそのままこの身の下に閉じこめて、唇と指による胸への愛撫を執拗に繰り返すとやがて細かく腰が震えだした。

 身体の逃げを許さないまま、足の間に手を下ろすと、身体に見合った可愛らしいそれはすでに快感を示して熱くなっている。


 ひゅ…、と一つ、喉が鳴った。

 敏感な場所を大きな掌ですっぽりと握り込まれ、朱那の全身が羞恥で赤く染まる。

 だが抵抗の様子はまったくない。

 ただ、小さな手が漣基の衣の襟合わせをギュッと掴んでいるだけで。


 そんな様子に漣基は笑みを漏らし、朱那の唇に触れるだけの口づけを落とすと、今度は胸を素通りして脇腹から臍辺りに舌を這わせ、そのまま……。


 暖かい漣基の口腔内に銜え込まれた瞬間、朱那の手が漣基の頭を掴む。

 そして、必死で引き剥がそうとしている。

 その程度の力では抵抗にもなりはしないのだが、それでも、これでは集中できない。

 漣基はまずここを愛してやるだけで、朱那を頂きに追い上げるつもりなのだ。

 愛し合うという行為がどれほど気持ちのいいことなのか、それを教えてやりたいから。


「朱那。どうした?」

 わかってはいるが、聞いてみる。

 朱那は案の定、必死で首を振り、止めて欲しいと瞳で懇願してきた。


「どうして? 気持ち悪いか?」

 嫌か?…とは尋ねずに、少し意地悪をしてみる。

 途端に朱那の頬が真っ赤に染まった。それだけで、答えとしては十分だろう。

 だが漣基は言葉にして朱那に伝えてやる。不安を与えるつもりは毛頭ないから。


「朱那…可愛い朱那…。私を信じている?」

 漣基の言葉に朱那が迷わず頷く。


「いい子だ。では、すべて私に預けていればいい」

 そう言ってから、だが漣基はほんの少し考えた。

「いや、違うな。私の好きにさせて欲しい…だな」


 そしてまた、自嘲の笑みを漏らす。

 愛し合う行為とはいっても、朱那の身体には大きな負担がかかることなのだ。

 大切に抱くから、だから、許して欲しい。


「朱那が欲しいんだ…。だから…」

 そう告げたとき、朱那が頬を染めたままで小さく頷いた。

 そして小さな口が『嬉しいです』と形だけで告げる。


「ありがとう、朱那」

 漣基は微笑むと、その口でまた朱那を追い上げに掛かった。
 





 声を聞けないというのは、こう言うときにはかなり不安になるものだな。

 そう漣基は思う。

 口の中で弾けるまで追い立てたときにはそうは思わなかった。

 この行為は、痛みを伴わないから。

 だが、今こうして、香油を絡めた長い指で身体の奥を探っている状態では、朱那の反応の一つ一つが気になる。

 ただでさえ用心深くあらねばならないのに、朱那の口から漏れるのは浅く繰り返される息ばかりで、それが苦痛によるものなのか、違うのか、判断に困る。


「朱那、…辛いか?」

 そう聞けば、首を横に振るだろうことはわかっているのに、聞かずにいられない。



                 



 頭の中が真っ白になった。

 こんな僕を欲して下さるのだから、漣基様のなさりたいようにして欲しいとは思ったけれど、全然こんな経験のなかった僕の身体にはあまりに刺激が強すぎて、腰が千切れてしまうのではないかと思うほどの疼きが延々と続いて、もうダメ…と思って腰を浮かした瞬間、絞り取るように吸い上げられて、頭が破裂したような気がした。

 そのままどれくらいぐったりしていたのかは全然わからないけれど、気がつけば僕は漣基様の腕の中にすっぽりと包まれていて、漣基様の掌が僕の腰をそっと撫でている。


 ふわっと薫ったのは、優しい茉莉花の香り。香油の匂いだ。

 なんだろう…と思っていると、漣基様が『辛くなったら噛みついていいからな』なんて仰る。

 そんな、漣基様に噛みつくだなんて…。


『大丈夫です』と伝えたくて漣基様を見ると、優しく微笑んで下さって、僕はそれだけで安心する。

 きっと辛いことなんて何にもない。


 漣基様は僕に深く口づけて下さった。暖かい舌が入り込んできて、僕のそれを探り当てると優しく舐める動作を繰り返して、それだけで僕はぼんやりとしてしまう。

 すると、腰のあたりにあった暖かい掌が離れ、するっと僕のお尻を辿ってきた。


 また一層、茉莉花が濃く薫る。
 薫りに酔ってしまいそう……。


 口づけが解けないまま、するすると辿っていた指がクッと押し込まれてきた。

 なんだろう、むずむずしてきた。

 思わず足をすり合わせてしまうと、指がまた深く入り込んだ。

 ちょっとだけ、気持ち悪い…。
 それに少し息が苦しくて…。


 もがいた瞬間、強く深く押し込まれて、僕の鳴らない喉から息だけが吐き出された。


「朱那…大丈夫か?」

 心配そうな漣基様。


 ああ…。話せないのがもどかしい。

 この声さえ出れば、漣基様にこんな心配そうな顔をさせないで済むのに…。


 僕はどうにかこの気持ちを正しく伝えたくて、思わず自分から漣基様に口付けてしまった。


 途端に強く抱きしめられて…。





 それからのことはもう、なんだかよくわからない。

 漣基様の指で身体の中をかき回されている内に、なんだかとんでもないことが起こって、僕の身体が暴走を始めたんだ。


 ――そこは、ダメですっ。


 心の中で何回叫んだかわからない。

 とにかく、触れられるだけで身体が爆発してしまいそうになる場所が僕の中にあって、漣基様にそこばかりいじめられた。


 もうどうしようもなくなって、このまま泣いてしまおうかと思った時、『朱那…』と優しく呼ばれた。


 ――漣基様…。


 もしかすると、僕はもう泣いていたのかもしれない。

 漣基様が目尻に口付けて下さって、耳元で小さく囁いた。


「ひとつになるよ、朱那」


 僕は、頷いた。



                    



 漣基様の大きな背中に縋り付く僕の掌が汗で滑る。

 身体の中が、奥の奥まで漣基様で一杯になって、本当にこのまま一つに溶けていっちゃいそう…。 


 熱くて大きな塊が入ってきたときには、一杯に開かれてほんの少し苦しかった。

 体中が一杯になったかと思ったときに、不意に引かれて身体の中が全部連れて行かれちゃったような感じがした。

 でも、すぐにまた押し込まれて…。

 繰り返している間に、漣基様はどんどん僕の奥までやってくる。

 もう、これ以上ないって言うくらい…。
 


 漣基様が耳元で何度も僕の名前を呼んで下さる。
 荒い息の下で。


 僕ももう、体中が熱くて、疼いて、堪らない。

 痛いのも辛いのも知っていたけれど、こんなのは知らない。


 どこまで行けば、終わりなのか。
 終わりがあるのか、ないのか。



「わかるか? 朱那。これが愛し合うということだ…」

 激しく揺さぶられる中で、僕は何度も頷いた。


 僕は今、漣基様に愛されている。

 漣基様…僕はちゃんと、あなたを愛せていますか?





「…っ」

 一際強く突き上げられて僕の頭がまた真っ白になるとき、漣基様が小さく息を詰めて僕を思いっきり抱きしめた。

 身体の中に熱いものが溢れかえる……。



                 



 朱那の中にすべてを解き放った瞬間、その細い身体はがくりと崩れた。

「朱那…?」

 どうやら気を失ってしまったようだが、その頬は上気して口元には笑みすら浮かんでいたから、漣基はそのことに少し安堵してゆっくりと朱那の中から出ていく。


「綺麗にしような、朱那」

 聞こえてはいないだろうけれど、そう耳元に囁いて、柔らかい布に包み込む。




 湯殿に向かうと侍従が二人、待機していた。

 朱那を抱いて現れた王に、一瞬目を瞠ってからニコニコとそれは嬉しそうに微笑む。

 そんな表情に、ほんの少しばつの悪さを覚えるものの、隠すつもりも毛頭ないから致し方ないかと諦める。

 だが、すべてが淡く色づき、あちこちに紅い花びらを散らした朱那の身体を侍従たちに見せるのは嫌で…。


「下がっていいぞ」

 そう声を掛けると、侍従たちは顔を見合わせてから、心得ましたとばかりにまた微笑んで辞していく。

 なんだかすっかり見透かされているようで、少し悔しいが。




 
 湧き出す湯で朱那の身体を清め、しっかりと抱いたまま湯船に身体を沈めると、朱那がぼんやりと目を開いた。


「朱那、大丈夫か?」

 静かに声を掛けると、甘えるようにその小さな頭を漣基の胸にすりつけてきた。

 どうやら完全には覚醒してないようだ。

 その無意識の仕草に胸を掴まれ、漣基はそのまどろみの邪魔にならぬよう、浅い口づけを落とす。


 再び目を閉じ、規則正しい呼吸を始めた朱那を、漣基は優しい瞳でジッと見守っていた。





 それにしても。

 今朝起床したときにはなかったあの、枕元の香油壺。
 しかも茉莉花の香り。間違いなく翔凛の好みだ。

 あまりの用意周到さに、甥っ子たちの掌で踊らされたような気がしてちょっと口惜しいけれど、しかし助かったのは確かだから良しとしなくてはなるまいか。


 何もなくては、幼い朱那の身体を傷つけずに開くのは無理だったかもしれないから。

 細心の注意は払ったが、それでもきっと辛かっただろう。


 ――朱那…、ありがとう。愛している…。


 そっと頬を合わせ、思いを伝える…。



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