天空神話〜金糸雀

「珊瑚」
〜さんご〜




「朱那、いい…か?」

 そっと寝台におろされてから掛けられた漣基の問いに、朱那はきょとんとした表情を見せる。

 いいも悪いもない。
 朱那は漣基に愛してもらうのは大好きだし、そもそも自分の全ては漣基のものなのだ。

 自分に確認を取ることなど、まったく必要のないことなのに、いったい漣基は何故こんなことを聞いてくるのかわからない。

 けれど、尋ねられたことに返事をしなくてはいけないから、『はい』と言葉に出せない分、朱那は思いを込めて漣基にしがみつく。

 自分の全ては、漣基のものなのだと。



「朱那…」

 その仕草に煽られた漣基は、小さな耳に熱っぽく囁いて衣を解く。

 襟を開くと白磁の肌が現れる。

 そんな白い肌に、所々散っているのは自分が一昨日付けた紅い印。

 真っ白のままに残しておきたいと思う自分も確かにいるというのに、その反面では情動に突き動かされるまま貪ってしまう。

 今夜もまた、熱い唇はその紅い痕を辿るように蠢く。

 胸の小さな粒を口に含めば、細い肢体がビクンと跳ね上がり、同時に漏れ出る熱い息。

 この熱い息が声になったら、朱那はどんな風に泣くのだろう。

 いつか、朱那に声が戻るときは来るのだろうか。

 だが、自分にはもう時間がない。



「朱那、愛してる…」

 言葉が返ってこないのなら、自分がその分聞かせよう。
 どれだけ愛しているか…を。

 そして、できることなら、忘れないでいて欲しい…と。

 それは、我が儘でしかないけれど。




 熱い唇で朱那の中心を捉え、香油を絡めた指で狭い道を拓く。

 両方を同時に攻められて朱那が激しく身を捩ると、漣基は敷布に皺を作ってもがく朱那の細い足を捉え、その逞しい肩に担いだ。

 僅かに腰が浮き上がり、漣基の指は更に容易に朱那の奥深くに攻め入ってくる。

 荒くなる息。しっとりと湿り気を帯びる肌。

 何もかもが漣基を煽って離さない。

 全身を震わせて朱那が漣基の口に蜜を放つと、漣基は弛緩していく身体を優しく抱きしめる。

 後ろへの愛撫は止めぬままに。



「力を抜いて、朱那」

 的確に朱那の弱いところばかりを弄ってくる漣基の指に、細い身体が再び強張り始めると、漣基はそう囁いて額に宥めるような口づけを贈り、そっと引き抜いた指の代わりに自身を僅かにもぐりこませた。

 声で推し量ることのできない朱那の様子に細心の注意を向け、柔らかい愛撫で包みながら漣基は少しずつ朱那と一つになる。

 熱く、きつく包み込まれていく自身に目の眩みそうな快感を覚えながら、朱那の柔らかい頬を撫で、髪を梳き、顔中に口づけを降らせ、やがて朱那の吐息が十分に熱を帯びたところで、漣基はゆっくりと動き出す。


「…朱那…朱……那」


 絶えず呼び続ける漣基に、朱那はしがみつくことで応えてくれる。

 朱那の指が腕に食い込むその痛みでさえ、幸せで堪らない。



 ふと、肩口に埋められていた朱那の唇が何かの形に動いた。

 そのことに気付いた漣基は僅かに身体を離し、朱那の顔を覗き込んだ。


 ――れんきさま…。


 小さな口はそう動いた。
 幸せそうに微笑みの形のままで。


「……朱那…!」


 旅立つ刻はもうすぐそこに迫っている。

 朱那なくして、本当に自分は大丈夫なのか。

 何年になるか知れない旅を。
 その後再び朱那をこの腕に抱けるという保証も何もないままに。

 この慈愛に満ちた笑顔なくして、自分は生きていけるのだろうか。



 送り込まれ続ける、身を焦がすような快感に耐えかねて、朱那の身体がしなやかに反り返り、それに誘われるように漣基もまた、駆け上った。







 深い眠りに落ちている朱那の細い左手を取り、漣基は淡い桃の色をした輪をそっとはめる。

 その珊瑚の細い腕輪は母の形見だ。

 いや、最後に故国の都を発った時には形見になるとは思ってもいなかった。 
 母はただ、これを漣基の身の守りとするようにと告げて、はめてくれたのだ。

 珊瑚は稀少な品。
 海から近いこのあたりでもあまり見ることのないものを、大陸の内側で生まれ育った母がどのようにして手に入れたのかは知る由もなかったが、漣基の腕には少々華奢なそれは、しかし確かに漣基の支えになってきたのだ。


 朱那の細い腕では、二の腕にまで上がってしまうが白い肌に淡い桃の色はよく映える。



「私の代わりに、これがお前の守りとなるように」

 漣基は朱那を起こさないよう、ささやかな声でそう告げる。
 祈りを捧げる時の、その口調のままに。




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