小さな逸話集


――そして、また巡り会う。

 


 あの日からそれなりの年月が過ぎて、相変わらず『いつも一緒』の僕たちなんだけど、その間には本当にたくさんの出会いがあった。

 それこそ龍也が『みんな、歩に合わせて生まれ変わってきたんじゃないか?』って言うくらいに。

 それは、『調査協力を依頼した宗教学者さん』だったり、『発掘時にお世話になった秘境ガイドさん』だったり、『発掘を支援してくれた会社の重役さん』だったり、『発掘がドキュメンタリー番組になった時に、テーマ曲を弾いてくれたピアニストさん』だったり…と、様々だったのだけど、ともかくみんな、それぞれの生をそれぞれの場所で、大切な人たちに囲まれて幸せに生きていて、僕たちも本当に嬉しかった。

 そうそう、発掘を支援してもらえることが決まった重役会議の席で、漣基様の隣にいた可愛らしい人は、多分、僕に歌を教えてくれたあの彼だと思うんだ。

 僕には幼い頃の彼の記憶しかないけれど、でも、わかる。
 間違いない…と、思う。

 あの時の、一度きりの出会いの中で、僕が彼に感じていた『縁』を、こうしてはっきりと結果として知ることができて、嬉しい。

 確か僕はあの子に『君はきっと幸せになる』って言ったんだ。

 それはもちろん、確信だったんだけれど、具体的な何かを持っていたわけではなかった。

 でもちゃんと彼は幸せになったに違いない。
 だって、あの漣基様が側にいるんだから。


 
 そんなわけで、その後もそんな『みなさんたち』とはずっとおつき合いが続いていて、僕たちも幸せなことこの上なくて。



                     



 そして、毎日を相変わらず忙しく過ごしていたある日のこと。

「宮原教授」

 龍也が嫌がる呼び方で声をかけると、案の定、深いため息がその口から漏れた。


「あのなあ、歩」

 出土した木片を手に振り返りながら、わざとらしい、ちょっと怖い顔。

「やめないと、東堂教授って呼ぶぞ」

「残念でした。僕はまだ准教授だよ、龍也」

「何言ってんだよ。論文通ったじゃないか。決まりだよ、決まり」

 一足先に龍也が教授になって、僕も周囲から期待はされていたんだけれど、なかなか論文が出せずにいたんだ。現地調査に明け暮れていて。


 学生時代に大発見が相次いだ、あの懐かしい創雲郷の遺跡は、その後も発掘の範囲を広げ、麓や百q離れた都市遺跡――天子の都――にも及び、それこそ、全十二回のドキュメンタリー番組になるくらいの途方もない成果を上げたんだけど、僕と龍也の『記憶』に頼った発見はそこまでで、その後の研究・発掘は、本当に僕たちの知らない『その後』に及んでいた。

 あれから僕たちは、『東へ向かって大勢の人間が移動した跡』を見つけたんだ。

 それは間違いなく、僕と竜翔が逃がした、あの『僧や民たち』の移動の跡で、それはつまり、突然滅びたと思われる――僕たちは知っているけれど――あの大規模な遺跡群から、ほとんど人骨が出てこないことの不思議を解明する鍵となるもの。

 だけど、彼らがその後、東方へ向かい、そしてどうなったのか、僕たちは知らない。

 だから、それを知りたくて、丁寧に跡を追っていった。

 そして、それはやがて、僕たちの可愛い後輩――遠い昔の我が子――が、大陸の東の王国の大遺跡群を発掘するという『大発見』に繋がり、彼は今やその研究で第一人者となっている。


『翔凛はきっと、東の国で彼に出会って、幸せになったんだね』


 僕がそう言った時、龍也は嬉しそうに頷いた。

 彼らが『何か』を思い出した形跡はないけれど、阪本先生同様、自覚はなくとも覚えている『何か』があるんじゃないかなあと、僕たちは感じていた。

 その証拠に、『翔凛の彼』――悠史くんは、『宮原さんと東堂さんを見てると、翔真の先輩って言うより、翔真のお父さんとお母さんって感じがします』なんて、言ってくれるんだから。

 彼は、翔真の現世の御両親とも親しいというのに。


「いいか、歩。今度、教授会でもないのに俺のこと『教授』なんて呼んだら、一晩かけてたっぷりお仕置き…」

「お客さんだよ」

 龍也ってばもう、真っ昼間から何言ってんだか…。

 でも、言われて頬を熱くしている僕も僕だけど。

「お客?」

「うん。この春の新入生だって。僕たちの本に感動して、感想をもって突撃してきてくれたんだけど、入れて上げてもいい?」

 かつての僕や、翔真のように、合格発表と同時にやって来た彼は…。

「ああ、そりゃもちろん…」

 僕たちの研究や著作に関する取材は多く、尋ねてくる人は後を絶たないんだけれど、いつもなら特に問題がなければ入室の許可なんて取らない僕なのに、どうして今日に限って…と、龍也が不審な目を向けてきた。

 だって仕方ないじゃない。

「もう、めっちゃびっくりだから」

 僕だって、ついさっき、部屋の前で声を掛けられた時には心臓が飛び出るかと思ったもん。だから、龍也には心の準備をさせてあげようと思ったんだ。

「え? びっくり?」

「そう。心の準備、ヨロシク」

 まあ、ちょっとやそっとの準備じゃ追いつかないと思うけど。

 ともかく僕は研究室のドアを開き、来客を招き入れた。

「さ、どうぞ。宮原センセもいるよ」

「すみません、お邪魔します」

 新入生と言うからにはおそらく十八、九なんだろうけれど、それにしてはやけに落ち着いた態度と物言いで、『彼』は丁寧に頭を下げて入ってきた。

『らしい』と言えば、とっても『らしい』のだけれど。


「合格発表の勢いでここまで来てしまったのはいいんですが、まさか本当にお目にかかれるとは思っていなくて…嬉しいです」

 少し恥ずかしそうにそう言った彼と、視線があった一瞬の後、龍也がこれでもかというくらいに目を瞠った。

 ほらね。びっくり。

 彼は、僕たちの記憶の中の『一番若い彼』よりさらに数年若いんだけれど、でも、その瞳に宿る理知の光は変わらない。

 温かで、穏やかで、僕を愛情一杯に育ててくれて、そしていつも僕たちを導いてくれた人。

「籠…」

 思わず零した言葉を、龍也は慌てて噤んだ。

 そんな龍也の様子に『彼』は不思議そうにちょっと首を傾げて。

 僕が、龍也に向かって、彼の肩越しに小さくVサインを送ると、龍也はそれはそれは嬉しそうに笑って、そして、右手を差し出して言った。

「ようこそ。待っていたよ」

 
 願えば叶う。

 そう、いつかまた、きっと会えると信じて。





ちょこっとしたおまけ
この恋は、時をも超えて

2008年発行 同人誌掲載作
2013.11.10 サイトUP