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「笹島、長居してごめんな」 立ち上がり、僕が憧れてやまなかった惚れ惚れするような笑顔で有本くんが言った。 「さ、なーちゃん、帰ろうか？」 「あ、ええと…」 …理くん、怯えてるよ、可哀相に…。 「なーちゃん。行くよ」 「…はい」 がっちり肩を抱かれたまま、理くんは僕を振り返りつつ、引きずられるようにして帰っていった。ＢＧＭはまさしく『ドナドナ』。 あの二人、今夜何かが起きそうな気がする…。 翌朝。 有本くんはこれまた惚れ惚れするようなすっきりした顔で――相変わらずぎりぎりの時間に――登校してきた。 僕の予想が正しければ、理くんは今頃、ヨレヨレ…？ 「おはよう、有本くん」 「おはよう、笹島。昨日は悪かったな」 「ううん、楽しかったよ」 そのまま理くんは元気なのかどうか聞こうとしたのに、クラスメイトたちが僕たちの間に割って入ってきた。 「おい、有本。昨日例の幼なじみのカワイコちゃん、電車の中でナンパしたんだぜ〜」 …え？ 「…なんだって？」 一瞬にして有本くんのまわりが氷点下になった。 「俺たちで取り囲んでさ、名前教えてとか遊びに行こうとか言ったんだけどな、ガード固くてさー」 「でも、あの初々しいとこがたまんない感じだったよな〜」 「そうそう！」 わー！ ななな、なんてことをっ。 殺されちゃうんだからっ。 それに、この様子じゃ、理くんってば有本くんにそのこと報告してないんだ。 うわー、やばっ。 「言っておくが」 有本くんが連中に向き直った。 もしかして、乱闘？ でも有本くんは意外にも落ち着いた口調で言った。 「あいつだけはやめておいた方がいい」 「どうしてだよ」 「あいつ、実はガキの頃から『十三日の金曜日』が服を着て歩いてるようなヤツなんだ」 は？ 何それ。 「なんだよそれ、どういう意味だ？」 「縁起が悪いんだよ。 あいつにちょっかい出そうとしたヤツはみんな必ず不幸に見舞われる。 小学生の時も、あいつにちょっかいだそうとした上級生が、うさぎ小屋の掃除当番中にうさぎから集団暴行を受けて失神したり、図書室であいつに抱きついたヤツが落ちてきた本に蹴躓いて再起不能になったり…。 そうそう、一緒に花壇当番をやってる最中にあいつに告ったヤツが大量のミミズに噛まれて意識不明になったってこともあったな。 とにかく、誰もあいつには手を出せない。 これはあいつの幼なじみだったら誰でも知ってる有名な話だからな。 お前たちも自分が可愛ければ余計なことはしない方がいい」 …ほ、ほんとに？ どうもイマイチ胡散臭い感じだけど、有本くんがこれ以上ないくらい真剣な表情で語るものだから、みんな思わず納得してしまったり…。でも…。 「そっか。じゃあ、俺がそのジンクスを破ってやろうじゃん」 お調子者連中のリーダー格のヤツが言った。命知らずなヤツ。 「でもって、可哀相なあの子を俺が救ってやる」 ニヤリと笑って自分の席に戻っていった背中を、有本くんが一瞬射抜くように見つめた。 予鈴が鳴った。 「ね、有本くん」 「なんだ？」 「…ミミズって、噛むの？」 「噛むわけないだろ」 …やっぱり。 「でさ、理くん、元気？」 今日一番聞きたかったのはコレ。だって気になるもん。 「ああ…ちょっと辛そうだったから、華南の正門まで送ってきた」 …やっぱり。 もっと突っ込んで根ほり葉ほり聞きたかったんだけど、先生が来ちゃったので残念なことにそれ以上聞くことはできなかった。 そして、その日の放課後も有本くんはいそいそと帰っていき…。 次の朝。 昨日、理くんのことを『救ってやる』と宣言したヤツが、全身絆創膏と包帯だらけで登校してきた。 「お前…っ、どうしたんだよ、その姿はっ」 取り囲まれて、問いつめられて。 全身包帯のミイラ男は、ため息をついて昨日の顛末とやらを告白した。 華南の正門付近でカワイコちゃんを待ち伏せしたこと。 声を掛けた途端、先日のように逃げられたんだけれど、追い掛けて掴まえてやろうと思ったら突然足元を黒猫が横切ったらしい。 「でさ、それに足を取られて、放置自転車の列に顔から突っ込んじまったんだよ」 幸い打ち身と軽い切り傷で済んだみたいだけど、何せ顔中絆創膏なもんだから、可笑しいことこの上ない。 結構ハンサムなヤツなんだけど、台無しって感じ？ 「…やっぱりあのカワイコちゃんって、不幸をしょってるのか？」 怯えた声で誰かがそう言ったとき、有本くんが登校してきた。 そして、ミイラ男を見るなり『どうした？』とも聞かずに、いきなり『だから言っただろう？』と言ってのけたのだ。 みんなが凍り付いたのは言うまでもない。 昼休み。一緒にお弁当を食べながら、僕は有本くんに聞いてみた。 「ね、理くんが縁起悪いの背負ってるって、ホントなの？」 あんな可愛い理くんがまさか…。 そう思った僕の考えは正しかった。 「まさか。なーちゃんはその存在がすでに天使なんだぞ。そんな縁起の悪い、恐ろしい物が憑いてるわけないじゃないか」 …そうだよね。真に受けた僕がバカでした。 でもさ…。 「じゃあ、黒猫っていったい…」 「偶然だろ」 そう言って有本くんはニヤリと笑った。 …理くん。 君、縁起の悪いものは背負ってないけど、実はもっと厄介なモノが憑いてるんじゃないだろうか。 恋人って名前の、世にも恐ろしい者が…。 がんばってね。僕、憧れのあっち側で見守ることにするよ…。 |
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