憧れのどっち側?

清文とな
ーちゃんのお初物語

〜1〜




『はっぴばぁすでーとぅーゆー』

 下手っぴに歌っているのはどうやら俺。

『はっぴばぁすでーとぅーゆー』

 小さな蝋燭の光の向こうで嬉しそうにしているのは…。

『はっぴばぁすでーでぃあきよふみー』

 俺よりずっとずっとチビで泣き虫だった頃の清文だ。

『はっぴばぁすでーとぅーゆー』


 どこか調子外れのままでも何とか歌いきると、清文が瞳をキラキラさせたまま、蝋燭を吹き消そうとする。

 全部で何本だ? 一、二、三…六本ある。ってことは六歳になったんだ、清文。

『ほら、こっちまだ消えてないってば』
『うんっ』

 顔を紅くしながら一生懸命に蝋燭を消そうとしている小さな清文は、どうしようもなく可愛くて…。



「久しぶりだよな…」

 ベッドの上、突然の目覚まし時計にたたき起こされた俺は、十年ほど前の光景から引き戻されて、思わず呟いた。

 チビの頃の夢を見たのは今年の春以来のことだ。
 あの時は高校に入学したての頃で、清文に再会する直前で…。って、そういえば。

 なんでまた久しぶりにチビの夢を見たのかと思ったんだけど、よくよく思い出して見れば、もうすぐ清文の誕生日じゃないか?

 確か、来月…十月二十五日…だったと思うんだけど。

 チビの頃は毎年誕生祝いやってたよな。おばちゃんの手作りのケーキが美味くてさー。
 うちの母さんは全然そんなの作ってくれないから、俺の誕生日にもおばちゃんがケーキ作ってくれてたっけ。

 でも、清文は引っ越してしまったし、中学生に上がった頃からは、わざわざ誕生日を祝うなんてこともなくなって。
 あ、でもプレゼントだけはちゃっかりもらってたけどな。

 それに現在の俺の周囲でも、誕生日だとかなんだとか騒いでるのは女子ばっかりで、男の友達同士で誕生日がどうのこうの言ってるのって見たことないし、男が誰かの誕生日を気にするのって、彼女がいるヤツくらいのもので…。

 ってことは?

 もしかして、今度やって来る清文の誕生日は……そういうこと、だよな。だって、俺たちは一応その…つきあってる、わけだし。

 となると、当然……プレゼントだ!

 誕生日に何かプレゼントできたら、清文、喜んでくれるかなぁ。
 でも、何を贈る? …っていうか、何が買える? …ってとこだよな、実際問題。

 自慢じゃないけど、俺の月々の小遣いって高校生の平均をかなり下回ってるし(月々の赤字はお年玉貯金でまかなってるって状態なんだ)、こんな経済状態じゃ、満足にプレゼントなんて買えやしない。

 うーん。どうする?

 って、真剣に腕組みをして考え始めたところで、階段の下から母さんの怒鳴り声が聞こえてきた。

「理っ! いつまで寝てるのっ。遅刻するわよ!」

 …え? ええっ?
 うわ、いつの間にか考え込んでて十五分も経ってるっ。
 俺は慌ててベッドを飛び出した。
 


 それからというもの、俺は清文にプレゼントを買うことで頭が一杯になって、学校へ向こう電車の中、いつものように清文と話していてもどこか上の空で、よくよく考えてみたらそれってなんだか本末転倒だよなあ…なんて思ったり。

 でも、俺は今まで、誰かに何かをあげたい…って強く思ったことがなかったから、こんな風に思える自分がなんだか新鮮でなんだか気恥ずかしかったりするんだ。

 それにしても、まずは軍資金だよな。

 でも、俺の通う華南学園はバイトは一切禁止されてるんだ。
 清文の通う高校も確かそうだったはずだけど、ま、清文のことはこの際いいとして…。

 どうする?

 考えあぐねた俺は――まさか清文に相談するわけにいかないし――最近二日と明けずうちにご飯を食べに現れるようになった大和兄ちゃんに相談してみたんだ。

 そうしたら、『学校にばれないようなバイトがないか、あたってみてやるよ』って約束してくれて、俺もちょっとホッとしたんだけど……。

 交換条件があった。

 それは、清文とあのあとどうなったかちゃんと報告しろってことだった。

『あのあと』っていうのは、俺が清文への思いをはっきりと自覚することになったあの小旅行のことだと思うんだけど、だからって『その後』どうだったかってのは、大和兄ちゃんのご期待に添えるようなことは何にもないんだよな。

 だって、最初の難関だと思ってた夏休みのあの『二人きりのプチ合宿』の時でも…。
 



「な、清文、これあってる?」

 夏休みの課題を持って、俺はおじさんとおばさんが旅行で留守をしている清文のうちへ泊まりにやってきた。

「どれ? …ああ、OK。大丈夫だよ」

 数式にざっと目を通し、清文が微笑む。

 俺も華南に入るためにかなりがんばって勉強したけど、さすがに等綾院はさらにレベルが高くて、何を尋ねても大概すぐに答えが返ってくるから、俺は清文のことをちゃっかり専属家庭教師にしちゃってるんだ。

 でも課題がはかどって大助かり。

 そう言って喜ぶ俺に清文は、一緒に勉強して大学は同じところへ行こうって言うんだけど。

 でも、本人は何にも言わないんだけど、清文のお母さん→俺の母さん経由で小耳に挟んだ噂によると、どうも清文ってば、等綾院の中でもトップクラスらしいんだよな。

 そうなると志望校は国立の、しかもトップクラス…?

 対して俺は、華南に通ってるとは言え一学期の成績は250人中46番。国立を狙うのはちょっと微妙…ってところだ。それに、二学期以降はみんながんばり始めると思うから、ちょっとでも気を抜くとあっと言う間に転がり落ちそうだから、気合い入れなきゃなんない。

 まあ、それでも出来るだけのことはしてみようかな…なんて前向きに思えるあたりがちょっと嬉しかったりして。

 というわけで、いそいそと課題の続きに取り組む俺なんだけど…。

 ふと気がつけば、清文の手が止まってる。
 そして感じる視線。

 俺は一応ノートに目を落としているから直接見ることはできないんだけど、でも多分…ううん絶対今、清文は俺を見つめてる…と、思う。

 ど、どうしよう…。

 気がついてしまうと、もう課題に集中することはできなくて、でも顔を上げることもできなくて…。

 ノートの上をうろうろと視線を彷徨わせていると、ほんの僅か、清文が息を吐いた。

「休憩しようか?」
「あ、うん」

 立ち上がって、部屋を出ていく――多分、何か飲む物でも持ってきてくれるつもりなんだろう――清文の背中を見送って、俺は大きく息をつく。

 どうしよう…ドキドキしてきた。清文は俺の気持ちが熟すまで待つ…って言ってくれて、本当にそれを実行してくれてるわけなんだけど、そんな清文の、今までとは違う表情を俺はここのところ目にするようになってる。

 ちょっと辛そうな、何かを耐えるような顔とか、そっと触れては来るけれど、それ以上に力を入れまいとしている、我慢の顔とか。

 そういうあれこれがなんだか切なくて、俺も、これは何とかしなくちゃいけないんだろうか…なんて思うんだけど、でも……どうすればいい?

「疲れた?」

 戻ってきた清文は、何事もなかったようにそう言って、俺のグラスに冷たいジンジャーエールを注いでくれる。

「あ、うん、大丈夫」

 でも、俺の受け答えはどうにもぎこちなくて、それからほんの暫く、妙な沈黙が訪れたんだけど。

「なーちゃん、こっち向いて」

 そう言った声がちょっと笑いを含んでいたから、俺は不思議に思って言われたとおりに顔を上げた。
 清文は、声と同じように優しく笑っていて。

「そんなに気にしないで」
「う、ん」

 笑顔で言われたのにも関わらず、俺の返事が途切れたのは、清文が俺の肩をそっと抱いてきたから。

「大丈夫だよ。俺、絶対約束は守るから」
「…清文…」

 だからこそ、俺もこのままじゃ…って思うんだけど、どうするのが一番いいのか、やっぱりよくわかんない。

「でも…」

 …でも?

「キス、だけ、いい?」

 笑顔がほんの少しだけ、切なげに翳る。

「…うん」

 頷くと、清文はそれは嬉しそうに笑って、そっと俺に触れてきた。

 柔らかく身体が抱き込まれて、暖かい唇がふんわりと降りてくる。
 適度にエアコンが効いた室内で、清文の体温は程良くて、ついそのままくったりと、俺は清文に体重を預けた…んだけど。…え…っと。

 肩と腰に回された腕が、だんだんきつくなってないか?

 ちょっともがいた瞬間、俺はきっちり清文の下敷きになっていて、俺の足の間に清文の身体ががっちり挟まってたりして…これはちょっと、危険な体勢……って、わああ!

「…ごめん」

 ちょっと吹っ飛んだ…と、清文がボソッと呟いて、前髪を掻き上げながら身を起こした。

 ついでに俺も抱き起こしてくれたんだけど、それ以降の清文といえば、ちょっと気持ち悪いくらい紳士的になっちゃって、俺としてもその、なんだ、ここまで遠慮しなくても…なんて理不尽なことを思ったり、でも自分から何か行動を起こす勇気もなくて、その後のプチ合宿は、勉強三昧のある意味異様に健全なものになったのだった。




 というわけで、大和兄ちゃんに報告できるようなことは何事も起こらずに、夏休みが過ぎ――一緒に映画見に行ったりゲーセン行ったり、それなりに大いに楽しみはしたんだけど――二学期を迎えて俺は、新たな問題…軍資金調達問題…にぶち当たってるってことなんだ。

 で、そんなある日。


「プラモ?」

 昨日も来たばっかりだってのにだってのに大和兄ちゃんは今日もうちへ晩ご飯を食べに現れた。

 まあ、うちの母さんが大和兄ちゃんのこと凄く可愛がってるし、医者っていう不規則な仕事で体調崩さないかって心配も凄くしてるし、おかげで大和兄ちゃんが来る日はメニューが豪華なんだ。

 しかも、今日は俺に朗報だとかって言ってたんだけど。

「プラモって、あのプラモだよな?」
「そうだよ、他になにがあるんだよ。プラモと言えば、プラモデルだ」
「それがバイトになるの?」

 大和兄ちゃんが持ってきたのはなんと、『プラモデル製作』ってバイトだった。

 俺、プラモ大好きだから、それでバイト代がもらえるなんてめっちゃ嬉しいんだけど。

「あ、でもさ。それってプロ並みの腕前がいるんじゃないの? 俺、結構器用だけど、そこまで完璧には作れないよ」

 プラモ屋のウィンドウに飾られてる船や飛行機はいったいどんな人が作ってるんだろうってくらい精巧で精密だ。塗装もだけど、パーツの始末とか接着剤の量の加減だとかさ。

「いや、ディスプレイ用とかじゃないんだ。自分で作れないほどぶきっちょさんの代わりに作るってだけだから」

「へ? 自分で作れない人、いるの?」

 俺の周囲にはいなかったけどな、そんなヤツ。出来の良し悪しはともかく、みんなそれなりには作ってた。

「いるんだな、それが。外科の同僚の弟なんだけど、これがまた天才的に不器用でさ、パーツを外そうとしたら木っ端微塵に破壊してしまうし、プラカラーの瓶はひっくり返すわ接着剤は踏んづけるわ刃物で指切るわ…で、とてもじゃないけど一人でさせられないんだ。でも、本人は無類のプラモ好きなんだなあ、これが」

 げ。プラカラーの瓶をひっくり返すだなんて、想像するだにオソロシイ。

「今までは兄貴が作ってやってたらしいんだけど、ただでさえ外科は人出不足でてんてこ舞いのところへ、あいつも学会だなんだってさらに仕事量が増えてきてさ。どうしようもなくなってきたんだよ。そしたら弟くんが超ご機嫌斜めで大変らしくて」

 ふーん。状況はわかったけど、それにしても凄い弟くんだよなあ。

「じゃあ、プラモを預かって作って渡せばいいってこと?」
「いや、そうじゃなくてな、作っている過程が特に好きらしくて、週に二回くらいでいいから、家にきて目の前で作って欲しいんだってさ」

 はい〜?

「…それ、どこのおぼっちゃまだよ〜」

 プラモ作りのバイトを家に呼ぶなんて、いったいどんな家の子だよ…って普通は思うよなあ。

「ん〜。まあ確かに凄い家の子だけどな。なんせ親父さんは巨大病院グループのオーナー院長だからなあ。弟くんはいい子なんだけど、ちょっと身体が弱いこともあって甘やかされ放題だ。まあ、兄貴の方はそんな親父に反発して未だに大学病院勤めだけどな。実家に戻ればそりゃあ御曹司でちやほやされて儲け放題だろうに。ま、将来を嘱望される腕前を持ってるんだから、ずっとその反骨心を大事にして欲しいと思うけど」

 って、なんだか大和兄ちゃん、嬉しそうなんだけど。

 もしかして、大和兄ちゃんとその人、すごく仲良しなのかな。
 うん、きっとそうだろう。だってそうでもなかったら、甘やかし放題の弟のことなんて頼めないもんな。

「でも、そんなのでお金もらっていいの? プラモ作りなんて俺にとっては遊びと一緒だよ?」

「ああ、そこのとこだけど。あんまり楽して稼いだら理のためにもなんないしな、一つ作りあげたら五千円ってことで手を打ってある」

「そ、そんなにもらえるの?」

 びっくり。てっきり千円か、よくて二千円ってところだろうって勝手に思ってたんだけど。

「ああ。それに箱のまま新品で置いてあるのが少なくとも五つはあるらしいからな。ただ、かなり精巧でパーツ数の多いプラモらしいから、時間は掛かるかも知れないぞ。そうなると、時給に換算したら割が合わないかもしれないけど」

「あ、うん、それは大丈夫。作るの大好きだから、難しい方がかえって楽しめるし、それでバイト代がもらえるってだけでありがたいよ」

「そうか、じゃあ決まりだな。今度詳細を聞いといてやるよ」

「うん、ありがと! 大和兄ちゃん」

 こうして俺の『軍資金調達計画』は驚くほど順調な滑り出しを見せたんだけど…。



 次の日、大和兄ちゃんからバイトの詳細を聞いて、俺は困った問題に直面した。

 週二回、学校の帰りにその家へ直接寄ることになったんだ。
 一旦自分んちに帰って、夜にバイト…とか勝手に想像してたから、清文のこと考えてなかった。

 どうしよう。毎日一緒に帰ってるから、誤魔化せない。でも、プレゼントは内緒で用意したいし…。

 どうやって説明したらいいだろうと真剣に悩むこと二日。
 事態はあっさりと、意外な方向へ解決した。

 なんと清文は生徒会の仕事を手伝うことになったらしく、週二回は放課後に拘束されることになったって言うんだ。


「すごいね、生徒会って」

 いつもと同じく帰りの電車。かなり空き空きの車内で隣り合って座り、俺は盛大に感心した。
 だって、等綾院の生徒会だよ。まさにエリートって感じ。かっこいい!

「どこが」

 でも、俺が真面目に感心してるのに、清文ってば不機嫌モード100%。

「生徒会ったって、役職についてなきゃ結局ただの雑用係だぞ。先輩や先生に便利使いされるばっかりでいいことなんてないよ」

「でも、一年の時からこれだったら、来期は役員入り…とかあるんじゃないの?」

 そうなったら凄いよなあ。あ、もしかして将来は生徒会長とか? 
 うわーうわー。

「冗談じゃない。そんなつまらないことに時間をとられたくないよ。そんなことよりなーちゃんは何とも思わないのか? 一緒に帰れない日が週に二日もできるんだぞ?」

 あー。ええとー。
 そりゃ確かに、バイトの一件がなければきっと寂しいなあ…って思ったと思うんだけど、今の俺にとってはまさに『渡りに船』って感じで…ごめんっ、清文っ。

 でも、確かに…、

「寂しい…よ」

 それは本音。でも、俺の場合は『清文に何か贈りたい』って気持ちがあるから我慢できる。でも、清文はそうじゃないもんな。生徒会の手伝いに興味があるのならともかく、そうでないのに自分の時間をとられるのって、確かに勘弁して欲しい…って思うよね。

「でもさ、がんばってよ、清文。俺、鼻が高いよ。恋人が等綾院の生徒会にいるなんてさ」

 …って、あっさり転がりでちゃったけど、『恋人』なんて初めて言ったかも。

「…なーちゃん…」

 あ、やっぱり? 
 清文がびっくり眼で見つめ返してきた。ええと、そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど…。

 俯いてしまった俺の手を、鞄の影で清文がギュッと握りしめてきた。

「会えない日は、夜に絶対電話するからな」

「…うん」

「帰り道で知らないヤツに声かけられてもついて行っちゃダメだぞ」

「…うん」

 って、何それ。

「清文ってば、まだそんなこと言ってるわけ?」

 思わず顔を上げて見れば、そこにはこれでもかというくらい真剣な表情の清文がいて。

「…わかった。気を付ける」

 なんて、思わず言っちゃった。なんか、逆らえない雰囲気だったんだ。
 それと、ちょっと後ろめたい…ってこともあるし。

 だって俺、清文に内緒事を抱えることになるんだもんな。いくら清文絡みのこととはいえ、俺が勝手に始めることだし。

 耳元に、熱い吐息が触れた。

「なーちゃん。好きだよ」

 あのなあ、いくら空いてるとはいえ、一応電車の中なんだけど〜!



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