憧れのどっち側?
清文となーちゃんのお初物語
〜2〜
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「初めまして、笹島貴樹です。よろしくね」 玄関だけでうちのLDKの倍くらいありそうな大きな家。 大和兄ちゃんに教えられたとおりに行ってみたそこは超豪邸で、お手伝いさんに通された、これまためっちゃ広い部屋で俺を待っていたのは、俺より更に小柄で可愛い男の子だった。 挨拶をした俺に、彼――貴樹くんはこれまたおぼっちゃまらしい丁寧な挨拶を返してくれて、漠然と『お金持ちの我が儘息子』ってイメージを持ってた俺の期待(?)を嬉しい方に裏切ってくれたんだ。 で、ちっこくて確かにちょっと弱そう――小学生の頃の清文を思い出したりして――だから、中学生かなと思ったら、なんと俺と同い年。高校一年だっていうからびっくり。 なんか、可愛いなあ。 中学以降、ずっと同級生たちに見下ろされてきた俺としては、この角度で同い年の男子をみるなんて本当に久しぶりで、なんか浮かれて来ちゃったりして。 「前から思ってたんだけど、華南の制服って可愛いよねえ」 俺の脱いだブレザーを、ハンガーに掛けてくれながら貴樹くんが言った。おぼっちゃまにこんなことやらせちゃっていいんだろうか。 「そうかなあ。あ、そう言えば、男子校から共学になったとき、女子を集めるために制服をデザイナー物にしたって聞いたことあるけど」 確かに女子には好評みたいだけど、男はそんなことで学校選ばないしなあ。華南に入ったら、制服がこれだった…ってくらいのことだし。 「へえ〜、やっぱりそうなんだ。ちょっと違うなあって思ってたんだ。色も綺麗だし形もお洒落だし。僕も華南に行けば良かったかも。でも、必ずお兄ちゃんと同じとこに行きなさい…って言い渡されてたからなあ」 お兄ちゃんって、お医者さんだよな。大和兄ちゃんの同僚の外科医。 ってことは、高校もかなりの進学校なのかな。 「えと、貴樹くんってどこ行ってるの?」 見たところ制服は掛かってない。制服どころかその他のものも何にもぶら下がってなくて、まるでモデルルームみたいな感じ。 きっとクローゼットとかあって、全部そこに入ってるに違いない。 なんてことをぼんやり考えながら聞いてみた俺に、貴樹くんが言った。 「僕、等綾院だよ」 あ、やっぱり賢いんだ。ってことは、貴樹くんのお兄さんも等綾院ってことだから、大和にいちゃんとは高校から一緒ってことか。同級生だったのかな、それとも先輩後輩だったのかな。 ……じゃなくて! ととと、等綾院ってことは、もしかして、いやもしかしなくても、今現在清文と同じ学校…ってこと…だよな。しかも一年生っ。うわああああ。 ままま、まさか同じクラスってことないよな。あ、でもクラス聞いたところでどうしようもないって。だって俺、清文のクラス知らないもん。だいたいクラス名がアルファベットか数字か…ってことすら知らない。ちなみに俺は一年C組だけどさ。 いや、そんなことはどうでもいいから、落ち着け、俺。 「そ、そっか等綾院か、凄いね」 とりあえず率直な感想を述べてみる。 「んー、でもお兄ちゃんと違って、三人も家庭教師つけてやっと入れたぐらいなんだよ?」 いや、入れただけで十分凄いんだってば。 俺なんて、一番成績いいときでも等綾院の合格率は七割だったもんな。 危ない橋を渡るより、安全圏内の華南にしておきなさいって、担任の先生にも親にも言われて、確かに俺もそう思ったし。 「だから、授業についていくので精一杯」 「…そうなんだ」 うーん、それはそれで辛いかもなあ。もし俺がまかり間違って等綾院に入ってたらそうなってたのかも。うん、やっぱりやだ。華南でよかった。 「でもね、勉強はきついけど、等綾院にも楽しいことはたくさんあるし」 「そっか、それなら大丈夫だね」 ニコッと笑う貴樹くんが可愛くて、つい頭とか撫でそうになったんだけど、危ういところで踏みとどまった。 だってさ、俺だったらやだもん。同級生に頭撫でられるなんてさ。 しょっちゅうやられてるだけに身に滲みてるって言うか…。はあ。 いや、ため息ついてる場合じゃない。俺はここへバイトに来たんだ。 貴樹くんと清文が同級生であることは間違いないとして、知り合いかどうかもわかんないんだから、ここはわざわざほじくらないで、とにかくやるべき事をがんばろっと。 「えっと、どこでやったらいいんだろ?」 俺はスパッと気持ちを切り替えて、部屋をぐるっと見回して聞いてみた。こんな綺麗な部屋でプラモ広げるのってちょっと抵抗あるけどなあ。 「あ、ここでお願い〜」 貴樹くんが指したのはゴージャスかつデコラティブ――普通男子高校生の部屋にこんなのはないと思う――なローテーブル。 高さ的には確かに作業しやすそうだけど。 「あのさ、カラーとかで汚しちゃったら困るんだけど」 そんなヘマをやったことはないけれど、万一塗料をひっくり返したりしたら大変だ。カッターで傷つけちゃうって可能性もあるし。そうなったら、こんな高級そうなテーブル、弁償できないもん。 「大丈夫。汚しても傷つけても全然問題ないから気にしないで。僕なんか、テーブル三つとカーペット四枚ダメにしてるよ。それより、ここで作ってもらうのが一番見易くていいんだ」 って、にっこり笑う貴樹くんに、俺は目が点になったりして。 うーん、お金持ちって、コワイ。俺なんて、ダイニングのテーブルにシール貼っただけで母さんの逆鱗に触れておやつ抜きだったもんな。十年くらい前の話だけど。 で。このバイトってのが大当たりで、俺はマジで大和にいちゃんに感謝しちゃってたりした。 だって、貴樹くんは優しくて可愛いし、同い年ってことで話も合うし、お金持ちだけあって出てくるおやつも毎回豪勢だし、やってる事って言えば大好きなプラモ作りだし。 こんなのでバイト代もらってたら、俺、将来まともに働けなくなりそうでコワイかもしれない。 そんなこんなで楽しく通い始めて四回目。 かなり高級モデルで精巧な造りになってる空母もどうにか形になってきて、本日のおやつタイムはそれを眺めながらプラモ談義に花が咲いていたんだけど、何故か話は妙な方向に流れていった。 「ねえ、理くんって、好きな人いる?」 今日、来たときからなんか言いたそうだなあ…って思ってたけど、もしかして、これ? いや、でも俺って、友達連中から『理って恋愛相談とか全然向かないタイプだよなー』とか言われてるくらいで、そういう話はてんでダメダメなんだけど…。 でも、もう一度可愛い上目遣いで『ねえ?』って聞かれた日には、返事くらいしなきゃダメ…だよなあ。 「あ、ええとそりゃあ花の高校生だもん」 好きな人の一人や二人くらいは…って二人もいるのは問題か。 「そっか、よかった」 貴樹くんはそれは嬉しそうに笑うと、ふとまた真剣な表情に戻った。 「僕、実はクラスに好きな人がいるんだ」 あ、そうなんだ。クラスメイトに想いを寄せるってのはよくある話だよな。うちのクラスでも、入学当時は数少ない女子を巡って争奪戦っぽいこともあった。もちろん俺は全然蚊帳の外だったけど…………って! 「え、ええと、貴樹くん、等綾院高校…だよね?」 「うん」 「えっと、あそこって…男子校…だよね?」 言ってしまってからしまった…!と思ったんだけど、でちゃった言葉は戻せない。 途端に貴樹くんは哀しそうな顔になった。 子犬が耳を垂れてるみたいで可愛いけど…って、そんなこと言ってる場合じゃないよっ、もしかして、泣いてるっ? 「…理くん…僕のこと軽蔑する?」 わわわ、声まで潤んでる〜。ちょ、ちょっと待ってっ、泣かないでっ。 俺は慌てて貴樹くんの肩をさすった。 「う、ううんっ、そんなことないよ! 人を好きになるって、男とか女とか、関係ないと思うし!」 そうだよ、軽蔑なんて出来ようはずがない。俺だって清文が好きなんだから。男とか女とか、そんなことじゃなくて『清文』が好きなんだから。 そんな俺の言葉には多分、取り繕った慰めとかではない妙な説得力があったんだと思う。 貴樹くんは一気に緊張を解いて、あからさまにホッとした。ほっぺがピンクでかなり可愛い。 だからつい、俺はガラにもないことを言ってしまったんだよな。 「あ、あのさ、俺でよかったら話聞くよ?」 なーんて。恋愛相談にはまったく向かないタイプ――もちろん悪友たちに指摘されるまでもなく自覚もしてる――なのに。 で、思うにこれが、まずかった。この一言が後々大きな墓穴を掘ることになろうとは…。 「同じクラスでね、委員長をやってる凄くかっこよくて優しい人なんだ。それに成績も抜群なんだよ。一学期の中間は学年三位で期末は二位。多分次の試験では一番になると思うんだ」 ふぅん。いるんだ。そんな嫌みなヤツ。まるで少女マンガのヒーローみたいだよな。それでもって『生徒会役員なんです』とか言われたら、あんまりにも『できすぎくん』で笑っちゃうかも。 「へえ〜。凄いなあ。そんな凄い人だったら好きになっちゃっても仕方ないよね」 俺だったらそんな凄いヤツ、畏れ多くて近づけないと思うけどさ。 「でしょ?」 貴樹くんは頬をどピンクに染めていて、マジで可愛いったらない。たとえ男でも、こんなの見たらグラッとくるんじゃないだろか? だってさ、世の中には俺のことを可愛いなんていう清文みたいな物好きもいることだし。俺でOKだってんなら貴樹くんなんてまるっきり問題なしだよな。 「でも、あれだけかっこいいんだから、きっと彼女とかいるんじゃないかなあって思うんだ。部活とかにも参加してないし、いつもさっさと帰っちゃうから、クラスメイトはみんな、デートに違いないって噂してるんだけど、誰も現場を目撃したことがなくて…」 「うーん、彼女かあ。確かにそう言う可能性あるよね。華南でも、かっこいいヤツらにはみんな彼女がいるもんなあ」 「だよねえ」 そう言って、貴樹くんは深〜くため息をついた。 「…ねえ、理くん」 「ん?」 「やっぱり告白とかしたら、ダメかなあ」 うお。やっぱりそうくるか。 「ど、どうだろ…?」 俺だって清文以外の男から好きだって言われても困るし、いや、でも貴樹くんくらい可愛かったらいいかって気もするし、いや、でも彼女もちだったら、いくら貴樹くんが可愛くても勝ち目はないような気もするし…。 うーん、どうすりゃいいんだ〜! 「やっぱり彼女がいるかどうか、確かめる方が先決だよねえ」 焦る俺を余所に、冷静に唸る貴樹くん。 なんだ、俺よりよっぽど落ち着いてるじゃん。 「ええと、確かにそうかも」 「彼女がいたら、勝ち目ないもんねえ」 …やっぱりそう思うよなあ。 でも、でもさ。何も言わずに諦める…ってのも何だかなあ。 「ね、最初から諦めてないで、とにかく一度はがんばってみたらどうかなあ。俺とかみたいなフツーのヤローと違って、貴樹くんってば凄く可愛いいんだからさ、絶対勝ち目ない…ってこともないかも?」 って、俺なりに精一杯のエールを送ったんだけど、何故か貴樹くんはキョトンと俺を見つめ返してきた。 「え、フツーのヤローって誰のこと? 僕より理くんの方が可愛いよ? この前、理くんが帰って行くところをうちのお兄ちゃんが車の中から見かけたらしいんだけど、『貴樹より可愛い男の子って初めて見たよ』って言ってたもん」 …は? なんだそりゃ。 「それ、人違いじゃない?」 貴樹くんより俺の方が可愛いなんて、あり得ない。俺んちだって、鏡くらいあるし。一応毎朝見てるし。 「ううん。うちの門から華南の制服着た男の子が出てくっていったら、理くんしかいないじゃない」 そりゃそうだけど。 「じゃあ、きっとお兄さん、目が悪いんだ」 「両方とも視力2.0だよ」 「じゃあ、暗かったから」 「うち、セキュリティの関係で門灯はすっごく明るいよ」 往生際が悪いね、理くん…なんて、からかうように笑われて、俺はなんだか呆然としてしまう。 うーん、世の中って、審美眼に問題ありの人、多いんだな。清文といい、貴樹くんのお兄さんといい。 「ともかく」 俺の話じゃないんだってば。 「貴樹くん、とにかくダメもとでがんばってみなよ」 ビシッと俺が決めると、貴樹くんも表情を引き締めて、神妙に頷いた。 |
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