恋・爛漫

〜秋の章〜




「結構都会なんだ…」

 これが、俺、海塚千里(うみづか・ゆきのり)が新幹線を降りた、この町の第一印象だった。


 ここは千年の都。古都・京都。
 そして今、俺が座っているのは、東山の名刹『永観堂』の茶店。緋毛せんの掛けられた縁台には、抹茶とだんごが乗っかっている。

 永観堂は平安初期に創建された寺で、正式には『禅林寺』って言うんだ。

 ここには有名な『見返り阿弥陀如来』って呼ばれる、阿弥陀如来像がある。
 ここのご本尊で全長80cmほどの小さな仏様なんだけど、首を横向きにして振り返ってる姿がとても珍しくて、この名で呼ばれている。

 で、なんでそんな姿かというと、その昔、修行中だった永観律師に「永観遅し」と振り返ってお叱りになった…その時のお姿だってことだ。

 ま、俺が見たってワケじゃないから…。
 実は…今のは全部マニュアル通り。





「いい天気だなぁ…」

 きっちりスーツを着込んだ俺が、こんなウィークディの真っ昼間、茶店で抹茶だなんて、きっといいご身分に見えるんだろうけど…。

 初めて京都に足を踏み入れて早3ヶ月。
 この春俺は、地元関東の大学を卒業して、4月に念願の旅行会社に入社、3ヶ月の研修を終え、7月1日付けで京都支店に配属になった。

 俺は本社採用だから、いずれは向こうへ帰るし、夢は企画課への配属なんだ。
 そのために、今は観光都市京都で修行の身。ツアーの添乗で現場を勉強中だ。

 そして生まれて初めての一人暮らし、生まれて初めての関西の生活は、あまりの暑さに何度か音を上げそうになったけれど、結構慣れてきた。

 やっと10月。秋晴れの京都に吹く優しい風は、何度でも深呼吸したくなるほど清々しい。

 俺は抹茶を一口すすった。
 京都に住むようになってから初めて抹茶ってものを飲んだんだけど、これって結構口にあった。健康にもいいらしいし…。

 こっちの暮らしも結構快適だ。
 関東に比べてスローテンポかと思えば、そうでもなかったんだ。
 スローなのはしゃべり方だけで、行動自体は結構せっかちだってわかってきた。
 おかげで俺の方がなんだか『のんびりさん』に思われている。
 そうでもないんだけどな…。
 そう思いつつ、抹茶をもう一口…。


「ちさとちゃーん!」

 うげっ、バスガイドの淑子ちゃんだ。
 社則よりも短いスカートのバスガイドが、三角の手旗をはためかせながら、俺めがけて突進してきた。

「ちさとちゃん!大変!」
「あのねっ、何度も言うけど、俺は『ゆきのり』っ。ちさとじゃないのっ」

 そう、俺は『ゆきのり』だ。
『千里』とかいて『ゆきのり』と読む。
 この説明を、漢字が書けるようになったチビの頃から、いったい何回したことだろう…。

「文句なら、紛らわしい名前を付けた親に言いなさいよっ」
「紛らわしいんだったら苗字で呼べばいいだろっ」

 そうだ、わざわざ名前で呼ぶ方がおかしいんだ。
 だって、俺たちは友達ってワケじゃない。
 旅行会社の社員と、提携バス会社のバスガイド…っていう、立派な仕事のつきあいなんだから。

「ああっもうっ!いいから早く来て!」

 淑子ちゃんは、俺の腕をつかむなり、本堂の方向めがけて走り出す。

「な、何があったんだよっ」

 集合時間にはまだ間があるはず。
 俺は息を切らせながら訊ねる。

「お客さんが一人、行方不明なのよっ」
「え…?えーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 俺は淑子ちゃんの手を振り解いて走り出した。


 俺の今日の仕事は、和歌山から来た『老人会ご一行様』の添乗なんだ。
 総勢45名のお客様の中には、老人会とは思えないほど若々しい人もいたし、反対に、この様子で1泊2日に耐えられんだろうかって心配しちゃうようなお爺ちゃんもいた。

(何事もありませんように!)

 俺は心の中で、クリスチャンでもないのに十字を切りながら祈っていた。
 とにかく、全員を無事に帰すことが第一なんだから…!



 走ってたどり着いたのは、これまた東山の名刹『南禅寺』。
 さっきの永観堂からは、ほんの400mほどのところだ。

 広い境内にはたくさんの観光客が散らばっている。
 ここの三門は高さ22mのそりゃあ立派なもので、急な階段を上ってみれば、そこからは京都市街が一望出来る。まさに『絶景』だ。
 そうそう、歌舞伎なんかで『石川五右衛門』が『絶景かな、絶景かな』って見得を切るのも、この門ってことになってる。

 ちなみにこれも、マニュアル通り。
 ただし、三門からの絶景は、本当に一見の価値あり…だ。
 …っと、そんなこと言ってる場合じゃないや。


「で、どなたがいらっしゃらないんですか?」

 息を弾ませて尋ねる俺に、何人かのおばあちゃんが、口々に心配げな声で答えてくれた。

 話によると、姿が見えないのは『山川ひふみさん』で、なんでも『水路閣』を見に行ってくると言ったきり、帰ってこないのだそうだ。

 まずいな…水路閣の方はちょっと暗いし…かといって迷うほどでもないんだけど…。

「私が見に行ってきますから、皆さんは勝手に動かないでくださいね」

 俺はそう言うと、バスガイドの淑子ちゃんに、後を頼んだ。

「みんながバラバラに探し回ったりしないようにしておいて」
「うん、わかった」

 うん…ってねぇ…。淑子ちゃん、俺より4つも年下だろう…。

「頼むよ…」

 そう言って俺は、踵を返し、水路閣を目指した。

 水路閣って言うのは、南禅寺の境内の奥にひっそりとそびえるアーチのことだ。
 京都のお隣、滋賀県の琵琶湖から、京都に水を引く『疎水』の通り道で、もちろん今もそのてっぺんを水が流れている。

 この疎水が出来たのは100年とちょっと前。
 もちろん当時の技術の粋を集めた難事業だった。だからこの水路閣も、同じ時を経て堂々の出で立ち。煉瓦造りで、モデルは何と、古代ローマの水道橋だ。

 お寺の建物とはまったく異質の雰囲気なんだけど、訪れる人もそんなに多くはなく、鬱蒼とした木々に囲まれて建つ雰囲気は最高のデートスポットだ。

 ちなみに『京都殺人案内…』とか何とかの、2時間ドラマのロケ地としても超有名な所だ。


 俺は水路閣を見上げながら、『やまかわさーん』と呼んでみた。

 返事はない。
 人もほとんどいない。
 もう一度呼んでみる。
 やっぱり返事はない。

 仕方がない、上がってみるしかないだろう。
 水路閣は一部、山肌に沿うように建っている。
 俺が水路閣のてっぺんを目指して山肌を登ろうとしたとき…。


「いましたか?」

 後ろから声がした。
 振り返ってみると、そこには…。

 うおっ、男前〜。
 背の高い、絵に描いたような男前が立っていた。
 ラフなシャツにジーンズ。胸には…名札が…。
 学生の観光ガイドだ…。


 それは、京都の大学の学生たちで組織されているグループで、ボランティアで活動している。
 市内の主な寺院にいるんだけれど、その知識も抱負だし、態度もいい子がほとんどで、俺たちとしても助かっているところがあるし、バスガイドたちからも、慕われているようだ。


「今、そこで淑子ちゃんに会ったんですよ」

 …そう言うことか…。ま、一人で探すより話は早い。

「すみません。まだ見つからないんです。上へ上がってみようと思って…」

 俺がそう言うと、彼は走ってやって来た。

「お手伝いします」
「すみません。助かります」

 俺たちはそれだけ会話を交わすと、水路閣のてっぺんを目指した。
 目指したっていっても、俺たちにとっては難なく、あっと言う間に昇れる場所だ。

 登った場所から、南禅寺側へ行こうと思う人はまずいないだろう。
 だって、幅2mほどの水路閣は高さもかなりあり、はっきり言って両側に柵も何にもないから怖い。

 反対側はと言うと…。
 山肌にそって水路がつづき、行く先は『浄水場』だ。

 訪れる人はほとんどないけれど、『疎水』に関する記念碑や何かも建っているから、「行ってみよう」という気は起こるかもしれない。

 俺たちは交わす会話もなく、浄水場方面を目指した。
 途中、足場の悪いところもあるから心配だ…。



「あ…」

 いたっ!
 おばあちゃんが一人、うずくまっている。

「やまかわさん?!」

 俺が声をかけると、おばあちゃんは泣きそうな顔を上げて、そして笑った。

「よかった〜」
「大丈夫ですか?」 

 駆け寄って訊ねると、おばあちゃんは俺にしがみついてきた。

「ごめんなさいね…。興味があって登ってきたんだけど、道がだんだん細くなって…」

 そうなんだ、ここは数カ所、『ほんとにこの先にいって大丈夫かな…』と思わせるようなところがあるから…。

 初めての、しかもおばあちゃん一人じゃ心細かったろう。  

「もう大丈夫ですよ」
 俺はそう言っておばあちゃんの肩をさすった。
「お怪我はないですか?」

 訊ねると、おばあちゃんは笑顔で何ともないと応えてくれた。
 そこで、初めて俺は安心する。


 無事戻ってきたおばあちゃんは、みんなに合流してバスに乗り込んだ。
 俺が最終確認をとって、バスガイドの淑子ちゃんを捜すと、彼女は、バスの後ろでさっきの男前と話をしていた。

 何だかいい雰囲気だ。
 結構カップルが出来るって話も、先輩から聞いていたから、案外彼らもそうなのかもしれない。

 だって、さっきの男前くんも、『淑子ちゃん』なんて呼んでたし…。
 ま、お邪魔虫にはなりたくないけれど、まだ仕事中だ。勘弁してもらおう。

 俺は、淑子ちゃんを呼びに言った。


「あの、さっきは手伝ってくれてありがとう」

 まず、俺は男前に声をかけた。だって、恨まれたくないもんね。

「いえ、お役には立てませんでしたが」

 …へー。学生のわりに、出来た感じじゃないか。

「そんなことないです。助かりました」

 俺はそう言って、一応の礼儀として名刺を差し出す。
 目線はかなり上だ…。ちょっと悔しいな…。

「TOJツアーの海塚さんでしょ?」

 名刺を受け取りながら、男前はそう言った。

「は…?はい」

 どうして知ってるわけ?

「淑子ちゃんがいつも、噂してるから」

 へ?

「…淑子ちゃん…何言ってんだよ」
「えへへ、ちさとちゃんって可愛いから大好き…って言ってんのよ」
「ちさと、言うなっ」
「やーん、ちさとちゃんが怒るぅ」

 そんなバカバカしいやり取りをしていると、バスの中から、運転手の上野さんが大きな声で俺たちを呼んだ。

「おいっ、ちさと!淑子!何やってんだっ」
「はいっ!!」

 俺たちは、同時に小学生のような返事をした。
 バスの中のおじいちゃん、おばあちゃんが大声で笑う。

 …男前まで笑ってやがる…。


「じゃ、ほんとにすみませんでした」

 俺は、男前の名前も聞かずにバスに戻ろうとした…が。

「あ、待って」
 いきなり腕を掴まれた。
「今夜って空いてます?」

 はぁっ?

「あ…特に用事はないですけど…」

 このまま、ご一行さまを旅館に案内したら、俺はそのまま支店へ行って、今日の報告書を出せば、明日、ご一行さまを迎えに行くまでは『オフ』だ。

「じゃ、支店まで迎えに行きます」

 へ?

「何かあるんですか?」
「…。僕、旅行会社に興味があるんです。で、お話が聞きたくて」

 あ、なるほどね。
 観光ガイドをやってるくらいだから、こう言う業界には興味があるだろうし、うちは一応、その中でも大手だ。将来の就職に備えてってところか。

「いいですよ。私はまだ新米で、お役に立つ話ができるかどうかはわかりませんが」

 なんだかちょっと嬉しかった。学生に頼りにされると、いきなり「社会人」って自覚がムクムクと芽生えてくる。

「いえ、ぜひお願いします」

 男前は爽やかな笑顔を見せた。

「7時には支店を出られると思いますから」

 俺はそう言い残して、バスに乗った。
 あ、名前きいてないや。ま、いっか。一度みたら忘れられないほどいい男だし…。

 ふと振り返ると、俺の後からバスに乗ってきた淑子ちゃんが、外にいる男前にVサインを送っているところだった。
 男前も嬉しそうにVサインを返す。

 …そっか。
 淑子ちゃん、彼から俺への橋渡しでも頼まれていたのかもしれないな…。

 その考えが、また違った意味で大正解だったことを俺が知るのは、もうちょっと後の話だ…。







「海塚さん」
 支店の通用門を出たところで、俺は声をかけられた。

 支店は京都のど真ん中、四条通りと烏丸通りの交差点・通称『四条烏丸(しじょうからすま)』から東へ少し行ったところにある。

 夜中まで賑やかな繁華街だ。
 時刻は7時10分。

「あ、ごめんなさい、お待たせしました」
「いえ、僕も今来たところですから」

 そう言って爽やかに笑う。
 う〜ん、やっぱりほれぼれするほどいい男だな。

「いい店知ってるんです。ご案内しますよ」

 そう言って、歩き出す。
 へー、結構強引なんだな…って思うけど、実は助かってる。

 だって、俺はここへ来てまだ3ヶ月。
 飲みに行くと言えば、同僚や先輩、上司任せで、俺自身が行きつけてる店と言えば、休みの日に食事に行く、近所の食堂くらいだから。

 連れて行かれたのは、歩いて10分ほどの所、狭い階段を地下に下りればそこは静かにジャズの流れるこぢんまりとしたショットバーだった。

「ここね、食事も作ってくれるんですよ」

 どうやら、男前と店の人は親しそうだ。

「僕ら学生でも安心して飲める値段だし…」

 そりゃ助かった。いくら社会人と言っても、入社半年の給料は安いからな。
 かえって学生の方が金持ちだったりするくらいだし。

 俺たちは案内されて隅っこの席に落ち着いた。

「好き嫌いありますか?」

 そう聞かれて俺は首を横に振る。
 男前くんは適当に何か注文してくれてるようだ。
 うーん、楽でイイや。こういう彼氏を持つと、女の子は幸せだろうな。
 何でも任せられて。

 ボーッとしてると、いつの間にか目の前には生ビール。もちろんジョッキだ。

「とりあえず、お疲れさま」

 そう言って俺たちはジョッキをこつんと当てる。
 俺は酒の量はそこそこ。ザルでもないけど、コンパで潰される方でもない。
 ただ、疲れてるときに飲むと、てきめん眠くなるのが玉に瑕だ。

「あの…」 

 俺は一口飲んでから声を出した。
 だって、まだ名前を知らない…。

「君は…」

 そう言ったところで、彼は名刺を出した。
 なんて察しのいいヤツ。
 そして、差し出されたそれは、学生観光ガイド協会のものだった。

「さっきはすみませんでした。こちらから先にお渡ししなければいけなかったのに」

 いや、そんなことは気にしないけど…。

 名刺によると、彼は協会の事務局次長。へー、エライさんなんだ。
 大学名も入ってる。
 …おおっ、超有名国立大学じゃんか。頭いいんだ。
 で…、名前は…?

 え?ええーーーーーーーーーーーーーーーっ?!

「僕、笠永行範(かさなが・ゆきのり)って言います」
『ゆきのり』って…。 お、同じ名前ってか〜。

 ずるいっ、ずるいぞっ。
 この男前が『ゆきのり』で、俺が『ちさと』だなんて…。俺だって『ゆきのり』だっ。

「あ、あの、笠永くん…」

 俺がそう言うと、彼はにっこり笑った。

「行範って呼んで下さい」

 や、やだよ…。自分の名前を、こんな男前に向かって言うなんて…。

 俯いてしまった俺に、笠永くんは優しい声をかけてきた。

「海塚さん…?」

 うー。
 俺はそろっと顔を上げた。
 とたんににっこり笑う彼、笠永くん。

 その笑顔に引き込まれたのか、俺は少し緊張を解き、アルコールも手伝って、結構話が弾んでいった。






「えー?なんだ、まだ未成年なのー?」

 俺はそんなに酔ってもいないはずなのに、しっかりと笠永くんに腰を抱かれてふらふらと歩いている。

 ちょっと疲れが溜まってたのかもしんないな…。
 こっちへ来て3ヶ月。とにかくがむしゃらにやって来たからなぁ…。

 う〜ん、なんだか酒が程良く回って気持ちいい〜。

「そうですよ。でも、今月が誕生日で20歳ですから」
「そうなんだー。でも大人っぽいよなー」 
「ちさとさんが可愛いんですよ」

 はぁ?

「笠永くん…今、何てった?」
「…ちさとさんが可愛いんですよ」
「ちさと、言うなっ」

 そういうと、笠永くんはクスクスと笑った。

「淑子ちゃんが言ったとおりだ。海塚さんって『ちさとちゃん』って呼ぶと、すっごく怒るって」

 当たり前だーっ!!俺はゆきのりだっ! 

 …って、心の中で叫ぶ情けない俺…。

「もうっ、離せよっ。酔ってなんかないから一人で帰れるっ」

 俺は腰を抱いてる笠永くんの手を引き離そうとした。

「ダメですよ。そんなピンクのほっぺをしてフラフラ歩いてるとアブナイです」

 暴れると、かえってグッと引き寄せられる。

「何がアブナイんだよっ」
「襲われます」

 はいぃぃ?

「誰に?」
 あ、強盗か。

「俺なんか襲っても、安月給だから何にも出てこないぞー!」
「あのねぇ…」

 わかってないんだから…と笠永くんは呟いた。
 何がわかってないんだぁぁぁ…。


 とにかくごちゃごちゃ言ってるうちに、俺の住むワンルームマンション前だ。
 ここは支店から徒歩3分。通勤には絶交の場所。繁華街の隅っこだから、ちょっとうるさいけど。

「あ、ここ」

 俺はそう言って、スーツの内ポケットから鍵を出した。
 小さいとは言え、エントランスからオートロックのマンションだ。

「はいはい」

 そう言っていきなり俺の手から鍵を取り上げ、笠永くんは狭い通路を、俺を引きずって行く。

「こらっ、なにすんだよっ」
「部屋まで送ります」

 待てよっ、女じゃねーんだからっ…って、女の部屋まで上がり込むヤツはそうそういないよな。

「何号室ですか?」

 えーい、面倒くさいっ。そんなに俺の面倒みたけりゃ、勝手にやれ〜。

「301〜」
「301…ね」

 4階建てで、しかもワンフロアに3つしか部屋がない小さなマンションだから、エレベーターはない。

 俺はそのままズルズルと引きずられて、301へ到着した。

「へ〜、意外と綺麗にしてるんですね」

 ふんっ。どうせ寝に帰るだけだからな。
 あ〜、でも疲れたよ〜。
 俺はやっと帰ってきた自分の城にホッとして、クタッと身体の力を抜いてしまった。

「あ、ちさとさんっ。大丈夫?」
「大丈夫じゃない〜。俺、もう寝る〜」

 何だか気持ちいい。
 このまま、寝ちゃおう。

 目を閉じると、そのまま俺の意識は沈んでいこうとする。

 首に巻き付いていたものが解かれて、息が楽になる。

 身体がフワッと浮いて、柔らかい所に降ろされる。

 そして最後に…。声が近づいて…。

  
『お休み、ちさと』


 ほんの少し、息が出来なかったんだけど…。



「2」へ