君と幸せ。
「君と幸せになるために」から約1年半後の二人
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「恐れ入りますが、花城は大変疲れておりますので…」 瞬時にして今後の岳志に必要な客か、そうでない客かも見極める敏腕マネージャー松崎晋は、今夜も語尾を濁して客をあしらう。 今夜は当代随一の人気ピアニスト、花城岳志の国内ツアー最終日。 本来ならば昨夜の公演で全国23箇所のツアーがすべて終わるはずだったのだが、追加公演と称して、一日余分に働かされたのだ。 ようやく東京へ戻り、今夜は久しぶりに二人きりの夜…。 そんなことを考えながら、岳志は目を休めるために冷やしたタオルを目に当て、ステージ直後の疲れた身体を大きなソファーに預けていた。 「岳志さん、そろそろ現れるんじゃないですか?」 晋は弾んだ声でそう告げる。 「そう、だな」 岳志の声も、また、知らず弾む。 『コンコン』 「ほら!」 少し遠慮がちなノックの音を聞きつけて、晋はそういいざま、扉へ向かって歩を進める。 そして、楽屋の軽くはないドアを開けると…。 「松崎さん、こんばんは。お疲れさまでした」 光の射し込むような笑顔が、目の前にあった。 「やあ、久しぶり、陽日くん」 晋は大きくドアを開けて、陽日を迎え入れる。 そして…。 「あ、佐上さん。ご無沙汰しております」 陽日の後ろに立つ穏やかな笑顔に気付き、頭を下げる。 「お久しぶりです、松崎さん」 二人が促されて楽屋にはいると、二人を迎えるために岳志はすでに立ち上がっていた。 「お帰り!岳志!!」 陽日がその長身に飛びつくように駆けていく。 「ただいま!陽日!!イイコにしていたか?」 岳志はその華奢な体を全身で抱き留める。 「なに、それ。こんなに立派な成人をつかまえて、そんなこと言う?」 「歳は20歳でも、陽日は今日から大学生だろうが」 からかうような岳志の物言いに、陽日がぷぅっとふくれてみせる。 「ふふっ」 そんな表情もかわいくて、岳志はその頬をちょんちょんとつつき、視線を勲に転じる。 「勲さん、ただいま戻りました」 「お帰りなさい、岳志さん。長期のツアー、お疲れさまでした」 「ありがとうございます。おかげさまで無事に終了です」 笑顔で握手を交わす二人を、陽日は幸せそうに見つめ、その隣では、晋が甲斐甲斐しく緑茶の用意などをしている。 「で、入学式はどんな感じだった?」 ソファーへ腰をおろすように促しながら、岳志は勲と陽日の顔を見比べる。 「僕さぁ、2年も遅れてるから、浮いちゃうんじゃないかって心配だったんだけど…」 「陽日が一番幼く見えましたね」 言い淀んだ後ろを、あっさりと勲に取られ、陽日は今度は勲に向けてぷぅっとふくれてみせる。 「ひど〜い。それって僕が子供っぽいってこと?」 「そうとも言うな」 あっさり切り替えされた陽日を、晋が声を立てて笑った。 「松崎さん、笑いすぎっ」 「あ、ごめんごめん」 口で謝りはするのだが、いっこうに笑いは納まる気配がない。 「はぁ〜、陽日の入学式、俺も行きたかったなぁ…」 「まだ言ってる。岳志も諦め悪いね」 岳志こそ子供みたいだ…と小さく続けて、陽日が首を竦める。 「そんなこと言うけどな、陽日。俺はこの日はずっとオフって言ってあったんだぞ! それをどこぞのレコード会社のヤツらが追加公演だなんていいだすから…」 そう言ってチラッと晋に視線を投げる。 しかし、晋はその視線をサラッと流し、にこやかに言い聞かせるのだ。 「仕方ないでしょう? チケットは発売と同時に完売。こうなったらエージェントもうちもスポンサーも黙っちゃいませんって。 だいたい、本当のことを言いますと、追加公演は2日組まれたんですよ。 僕はそう言った状況の中で、『お願いですから1日にして下さい。花城さんが壊れてしまいます』って必死に頼み込んだんですからね。 感謝されることはあっても、そう言う視線をお受けする理由はありませんね〜」 その言葉に、明るい笑い声を立てる陽日と勲。 岳志は、悔しそうに口を尖らせるだけだ。 「あ、そうそう、陽日くんにこれを」 テーブルに緑茶を出し終わった晋は、ポンと手を叩き、自分の背広の内ポケットに手を突っ込んだ。 「なんですか?」 問うた陽日に晋はニコッと笑いかけ、細長い箱を掌に乗せ、差し出した。 それには赤いリボンが掛けられていて…。 「入学、おめでとう。これは僕からのプレゼント」 「え…・? いいんですか…僕なんかにそんな…」 「ああ、ほら、また言う〜。陽日くんの悪い癖だな。その『僕なんかに』っていうのは」 言われて陽日は、少しばつが悪そうな顔を見せる。 「いいから、開けてみてくれない?」 「あ、はい」 陽日の細い指先がそっとリボンを解き、丁寧に包装を外し、蓋をゆっくりとあけると…。 「わぁ!これっ!!」 陽日の満開の笑顔につられて、岳志と勲もその箱を覗いた。 「あ、これ。『ユーディ・メニューインモデル』じゃないか!」 岳志の声に、勲が頷く。 「モンブランの限定品だね。音楽家のユーディ・メニューインに敬意を表して作られたモデルだ」 「張り込んだな、松崎くん」 そう言われて、晋は得意げに、わざとらしく、腰に手を当てふんぞり返る。 「そりゃあもう、陽日くんの大切な記念の日ですからね」 「松崎さん!すごく嬉しい…。ありがとう、大切に使います」 「うん、当世原稿書きもパソコンが当然の時代だけど、たまにはそんなので評論書いてみるのもいいんじゃないかな? なんか、いかにも『原稿』って感じするじゃない」 陽日は万年筆のキャップを開け、その握り心地を確かめるように幾度か書く真似をする。 「そうですね。じゃあ、まず手始めに、『花城岳志・コンサートツアー最終日を聞く』って原稿につかわせていただきます」 ニコッと笑ってそう言う陽日に、岳志が慌てる。 「おい、冗談だろ?」 「ううん。ホントに依頼受けてるんだ。だから、今夜は真面目に聞いた」 「あ、…ってことはお前、普段は真面目に聞いていないんだなっ」 「はいはい、痴話喧嘩はそれくらいにして」 晋は冗談でそう言ったのだが、途端に顔を赤くする二人を見て内心『アホくさ…』などと呆れてしまう。 「さ、そろそろ引き上げましょうか?車も来ている様ですから。 佐上さんも岳志さん宅へご一緒にお送りしてよろしいですね」 しかし、勲は小さく首を振った。 「いや、申し訳ないんですが、今夜は画廊の連中に掴まってしまって…」 「え?勲さん、一緒に帰らないの?」 勲は今日の陽日の入学式に出席するため、また岳志が長期のツアーで留守と言うこともあって、1週間前から岳志と陽日の自宅に滞在していたのだ。 「ああ、すまんな、陽日。東京へ来ているのがばれてしまってね。 たまにはゆっくりつき合ってくれってうるさくて…」 あまり酒席の好きでない勲が弱ったような顔を見せる。 「それなら仕方ないですね…」 「そのまま帰っちゃうの…?」 二人のしょげた様子に、勲は小さく笑いを漏らし、陽日の頭を撫でた。 「来月、五人展の時にはまた世話になるから」 「うん…」 「今夜は久しぶりに二人でゆっくりしなさい」 その勲の言葉に、特に他意はなかったのだが、陽日は僅かに頬を染めた。 「ん…じゃあ、そうする…」 「はは、陽日は素直だな」 からかうように言われ、陽日はさらに頬を染めて俯いた。 |
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「陽日…大丈夫か…?」 ぐったりと目を閉じる陽日の頬を、岳志がそっと撫でる。 「う…ん。…だいじょ…ぶ」 まだおさまりきらない息をついて、陽日がどうにか言葉を紡ぐ。 岳志はその細い体をもう一度抱え直し、自分の腕の中にスッポリと収める。 二人で暮らす家は南向きに小さな庭がある郊外の一戸建て。 二人は灯りの落ちた寝室で弾んだ息を整える。 そして陽日が落ち着いたところで、岳志が静かに口を開いた。 「陽日が大学生になるんだなぁ…」 4年前は『来年こそは高校へ行かせてやりたい』と願っていた。 それが実現していたら、やはり、陽日は今年大学生になるはずだったのだ。 「なに?そんなに変かなぁ」 素肌の胸に顔を埋めたまま、陽日が呟く。 「ん、そうじゃなくってさ、単純に嬉しいんだよ、俺は」 そう言って岳志はサイドテーブルに腕を伸ばした。 「なに?どうしたの?」 顔をあげた陽日に、岳志は少し、照れたような表情を見せる。 「これ、見てごらん」 手渡されたのは一枚の封筒。 手紙としては大きい方で、しかも分厚く上質の紙。 封は蝋で押してある。 一見しただけで日本のものではないとわかるそれを、陽日は珍しそうに裏表を検分する。 「中も見てごらん」 岳志はそう言って、陽日の身体を抱き起こした。 適温に保たれたウォーターベッドが緩やかに動く。 「これ…招待状?」 「そう、招待状だ」 陽日は先を読み進めて、小さく声をあげた。 「これ…音楽祭の…?!」 それは、海外でも有名な音楽祭への招待状だったのだ。 宛名は確かに『Mr.Takeshi Hanashiro』で…。 「岳志…すごい。すごいよ…っ!おめでとう!」 夏のヨーロッパは音楽祭の季節。 岳志はその中でも群を抜いて有名な音楽祭に、出演者として正式に招聘されたのだ。 「陽日、一緒に行こう」 「…え?」 素肌の肩を抱き寄せられて、陽日は岳志の顔を見上げる。 「大学の夏休みは長いだろう?俺と一緒に、ヨーロッパを回ろう」 「岳志…」 それは、一度はついえた夢。 陽日をいろいろなところに連れていきたいと願った、岳志の夢。 以前勲と暮らした2年間に、陽日はいろいろなところへ行った。 だがしかし、岳志との約束はまだ果たされてはいなかったのだ。 『な、陽日。俺の右手が元に戻ったら、今度こそ、いろんなところに連れていってやれるからな』 4年前、そう言いながら、陽日一人を暗闇に放り出してしまった。 「二人でいろんなことをしよう。たくさんのものを見よう」 陽日の柔らかい髪をそっと撫で、岳志はそれを抱き寄せる。 「うん…。連れていって…岳志」 陽日はそっと体重を寄せてくる。 そしてポツッと呟いた。 「…夏の仕事は決まりかな…」 「ん?なんのことだ?」 「出版社からね、夏の企画で何か良いアイディアないですか?って言われてるんだ」 ニコッと微笑む陽日。 岳志はなんだかイヤな予感に捕らわれる。 「まさか…陽日…」 「うん。『花城岳志・夏の音楽祭デビューを追う』なんてどうかな?」 言われて岳志は「あちゃー」とばかりに額に手を当てる。 仕事熱心はいいのだが、ピアニストにとってはもっともやっかいなヤツらなのだ。評論家という生き物は。 「はぁ〜。よりによって、佐上香氏の評論つきとはね…」 がっくり肩を落とす岳志に陽日はそっと腕を回した。 連れていって、岳志…。 どこまでも…いつまでも…。 |
END |
いかがでしたでしょうか? 岳志と陽日、ラブラブモードで二人の物語は終わりますv 皆様にご心配いただいた分、二人にはもっともっと幸せに なってもらいましょう〜v |
*短編集目次*