七夕リクエスト
「ひとつだけ」
〜出会った年の、岳志と陽日の7月7日〜
陽日、15歳
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「お待たせ、陽日」 深夜、いつもの片隅に佇む僕の前に、岳志がいつもより遅れて現れた。 「お疲れさま」 そう言うと、岳志はニッと笑って、背後で『ガサガサ』と音を立てる。 「何?」 「ほらっ」 「わぁっ」 忘れていた。もうすぐ七夕だ。 岳志の手には小さな笹の葉。 でも、良くできた小さな飾りがいくつも付いている。 折り紙で作った「わっか」や、提灯のようなもの。それに、硝子でできた小さな風鈴なんかも付いている。 「可愛い…。これ、どうしたの?」 聞くと、岳志はちょっと得意そうな顔になった。 「ん、ラウンジにさ、いくつか飾ってあるんだけど、オーナーが『陽日に一つもってってやれ』って」 「僕に?」 「ああ」 「嬉しい…ありがと、岳志。…あ、オーナーにも御礼を…」 「わかってるって」 岳志は僕の手に笹を握らせてくれた。 そう言えば、去年までは毎年施設で賑やかに七夕をやったっけ。 小さい頃は、一生懸命折り紙を折って、短冊にいっぱい願い事を書いて…。 あの時僕は、何を書いたんだっけ…。 大きくなってからは、チビたちが短冊や飾りをつけるのを手伝って…。 チビたち、元気にしてるかな…。 今年も、たくさん願い事書いてるんだろうな…。 一つでも…叶うといいな…。 「陽日?どうした」 ぼんやりと考え事をしていた僕に、岳志が心配そうな顔を覗かせる。 「ううん。なんでもない。…岳志は何をお願い事する?」 そう聞くと、岳志は真剣に悩んで見せてくれる。 「そうだな…。俺、欲しいものがあるんだ」 欲しいもの…。 「何?」 岳志からそんな事を聞くのは初めてだ。 僕たちが一緒に暮らし始めて2ヶ月足らず。 その間、岳志の口から「あれが欲しい」って言葉は聞いたことがない。 それは、服にしろ、物にしろ、食べ物にしろ…。 だから…。 「教えて。岳志の欲しいもの」 「え…?そんなの、ナイショだ」 「!どうして〜?教えてくれたっていいじゃない」 「そうだな…。いつか教えてやるよ」 岳志はそう言って、もうこの話は終わりだ…と言わんばかりに僕の肩を抱いてきた。 グッと指に力が入ると、僕の心臓はドキドキと派手な音を立ててしまう…。 すぐ側に感じる岳志の体温…。 僕は自分の中に芽吹いた疼きの意味に、ごく最近気付いた。 指先が触れると手のひらが恋しくなり、手のひらが触れると腕の力強さが欲しくなる。 そして、その先にあるものは……。 ☆ .。.:*・゜ その日の夕方。 僕は仕事に出る前に、小さな笹に一つ、メモで作った短冊をぶら下げた。 一つだけ、どうしても叶えて欲しい願い事を書いて、二つにたたんで糊でくっつけた、小さな短冊。 だって、岳志に見つかると恥ずかしいから。 『岳志が幸せでありますように』 来年も、その次も、きっと僕はこの願い事を書き続けていく…。 |
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END |