君は





「気分はどう?」

 私は出来るだけ穏やかな口調で訪ねてみる。
 そうしないとこの子は、怯えた目をして声を閉ざしてしまうから。

「あ…」

 何かを言おうとするのだが、上手く言葉がでてこないらしい。
 私はそっと肩を抱き、冷えている肩をゆっくりとさすってやる。

「っ」

 たったそれだけの行為で、この子は酷く身体を揺らした。

 この子がここへ来てからずっと雨。
 今日もどんよりとした雲が頭上にたれ込める。
 いくら南国とは言え、陽の射さない日の気温は低い。

「そろそろ中へ入らないかい?風邪をひくよ」

 この子は意識を取り戻してからずっと、こうやってベランダに出て海を眺めている。
 それこそろくに食事も摂ろうとしない。
 
 整った顔立ちに長い睫の影が落ちる。
 唇に朱みはなく、体調の悪さを物語っている。
 

 彼はふと、手をかざし、落ちてくる雨を受けた。

「僕は何処へ行けばいいの?」

 それは、初めて自分の意志で発した言葉。

「ここにいなさい」

 私はそっと耳元で囁く。

 そうしなければ、この子はまた旅立とうとするだろう。
 取り返しのつかない世界へと。


「ここ?」

「そうだ。君のいる場所はここ。私の傍だ」

「ここ」

 彼が儚げに漏らした初めての笑顔は、そのまま雨に溶けていってしまいそうだった。



 君は誰?

 君にそんな悲しい笑顔をさせるのは、何?


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