「約束〜この手の中の小さな宝石」


*このお話は、本編『第7幕への間奏曲〜天女の微笑み」まで
読んでいらっしゃらない場合、
思いっきりネタばれになります。ご注意下さい。





『聖陵学院の看板・管弦楽部』を率いて8年。

 光安直人は学院から徒歩15分、最寄りの駅のすぐ側にあるマンションに住んでいる。
 住んでいるといっても、今ではほとんど学院の自室にいるため、マンションにいるのは部活のない休暇の時くらいか。

 夏休みに入って半月ほど経ったある朝、突然、桐生家の三男・守から電話があった。
 昇を連れて来るという。

 彼らがここへ来るのは、5年ぶりになるか。
 彼らは小学校6年の秋から聖陵に入る半年間、ここにいた。

 養母・香奈子の母、2人にとっては血の繋がらない祖母・百合子の折檻から逃れてきたのだ。 

 香奈子は、直人にとって『姉の親友』という人で、彼自身にとっても、音大受験の時に世話になった恩師でもあった。


 初めて二人にあったとき。

 香奈子に連れられてきた二人の男の子の様子は、今でも脳裏に焼き付いている。



☆★☆



「どうした? お腹空いてないか」

 香奈子が『また明日来ます』と言って帰った後、出された食事に手を着けようとしない二人に、直人はできるだけ優しく聞いた。

「ありがとうございます。…いただきます」

 そういったのは小学生にしては背が高く、大人びた雰囲気を持つ三男・守だった。

「ほら、昇もちゃんと食べろ」

 俯いたまま動こうとしない、たった3ヶ月違いの小さな兄・昇の世話を焼こうとする。  

 昇は箸を渡されても受け取ろうとせず、ただ小さく首を振って拒絶を示す。

 どうあっても食事をとろうとしない昇に、守は小さくため息をついて、仕方なく自分だけ食事を始めた。

「昇、ちゃんと食べなきゃ、後で腹減ったって泣いても知らないぞ」

 やがて昇の様子がおかしくなりだした。
 どうやら俯いたまま、眠り始めたらしい。

 直人はイスから転げ落ちそうになった昇を抱き留め、そのままソファーに連れていき、そっと寝かせた。
 6年生とは思えないほど小さく、軽い。

 やがて、守が食事を終え、ダイニングをきちんと片づけてからリビングへやって来た。



 彼らは今でこそ、桐生家の大きな屋敷で使用人たちに囲まれて暮らしているが、ほんの半年ほど前、香奈子が正式に離婚して実家に戻る前は、滅多に戻らぬ父を待つ、母子だけの家庭であった。 

 香奈子が音大の若き教授であり、多忙であったため、兄弟は自分のことはすべて自分で出きるように躾けられてきたのだ。

 そして、離婚後も母子4人でそのままの生活を続けようとしていた香奈子だったが、彼女の父、桐生泰三が香奈子に演奏活動を再開するように進言したのを受けて、教育者だけではなく演奏家としての道をもう一度歩むようになった。 

 そうなれば当然、数日に渡って家を空けるという事態も起こってくる。
 香奈子が子供たちを連れて実家へ帰ったのも無理はないことだった。




『それがこんなことになるなんて』

 そう言って大粒の涙をこぼした香奈子の顔が忘れられない。

 自身の産んだ子がいるというのに、なさぬ仲の子供たちを引き取り、今まで慈しんできた人。

 父親は新進気鋭の指揮者、二人の母親も現役の著名な音楽家であったため、二人の誕生は当時の音楽界の一大スキャンダルであった。

 当然、風当たりも強かったし、口さがないうわさ話も横行した。
 それを一人で耐え抜いた人。

(あの気丈な人が泣くなんて…)

 昇のあどけない寝顔を見ながらため息をつく。





「先生…」
 立ち尽くす守に、直人は隣に座るよう促した。

「守くん、何にも我慢することないからな。何でも僕に言えよ」

 肩を抱いてそう言ってやると、守は嬉しそうに頷いた。

(この子は…強いな)

 力のこもる守の瞳に、教師としての勘がそう断じる。

「先生…昇のやつ、酷い目にあったんです…」

 だが守の告白は直人に疑問を起こさせる。

「守くん…君は?」

 守も虐待されていたと聞いていたからだ。

「僕は…、叩かれたり小突かれたりしたけれど、そんなに酷くなかったから」

 直人の顔を見た守は、少し笑うという余裕さえ見せた。

「僕は身体も大きいし、おばあさまに何かされても、抵抗できたから…。けど、昇は体も小さくて全然抵抗できなかったし、それに…僕と違って、日本人の血があんまり入ってるように見えないから、余計におばあさまを煽ったみたいで…」

 守が、眠る昇の金色の糸のような髪をそっと撫でた。

「こいつ、可愛いから余計に苛められて…。階段から突き落とされたこともあったし、お母さんがいない間、ずっと柱に縛られてたこともあったし…。いつも、お母さんと悟の見てないところで…。きっと僕の分まで…」

 守は悔しそうに唇を噛んだ。

『なぜ母や兄に言わなかった』とは聞けなかった。

 この二人は幼いながらに、桐生家での自分たちの立場を感じとってしまったのだろう。

「だから、僕は昇を守ろうと思って、絶対側を離れないようにしてきたんだけど…」

 守が直人にギュッとしがみついた。
 直人はその身体をしっかりと抱きしめてやる。

「おばあさまが…昇に…『お前なんか死んでしまえ』って…」

 守がポロポロと涙をこぼし始めた。

「僕…あばあさまの口を塞いでやりたかったのに…」

 …できなかった…、と続けた言葉は震えていた。

 直人はこの時に、腕の中にいる二人を…幼い心に深い傷を負った二人を、ずっと見守っていこうと決めたのだった。




 それから聖陵に入学するまでの半年間、二人は毎朝、香奈子の送り迎えで直人のマンションから小学校へ通い、直人は毎日聖陵から帰宅して、二人との時間を穏やかに大切に過ごしていた。

 やがて昇も落ち着きを取り戻し、直人に懐いて、毎晩ベッドへ潜り込んでくるようにまでなっていた。




 そして迎えた春。
 聖陵に合格した兄弟たちは入寮を明日に控え、香奈子に連れられて買い物に出かけていった。  
 行きたくないという昇を直人のマンションに残して。

「どうした、昇。気分でも悪いのか」

 直人は昇の額に手を当ててみる。

「熱はなさそうだな」

 そう言った直人の耳に、昇の小さなつぶやきが聞こえた。

「僕、行きたくない」
「ん? 何か言ったか」

 直人は腰をかがめて、小さな昇の目線に、自分の目線を合わせる。

「僕…学校なんか行かないっ」

 そう叫んで昇は直人にしがみついた。

「僕、先生と一緒にいるっ」

 直人に思わず笑みが漏れる。
 可愛いフランス人形が、こんなにも自分に懐いてくれて、慕ってくれることに喜びを感じていたことは、もう否定できない。

「バカだな、昇。聖陵へ来たら、今までよりずっと長い時間一緒にいられるんだぞ。昇は管弦楽部へ入ってくれるんだろ? なら、毎日放課後は一緒にいられるぞ」

 直人はソファーに腰を下ろし、昇を膝に抱き上げる。

「でも、他の人もいっぱいいる…」

 子供じみた独占欲をむき出しにする昇が愛おしかった。

「大丈夫。どんなにたくさんの生徒がいても、昇をずっと見ているよ」

 こんな事をいってもいいんだろうかと、内心苦笑しながら直人は昇の頭を抱き寄せた。

「それに、会いたくなったらいつでも僕の部屋へ来ればいい。昇だけ、フリーパスにしてあげるよ」
「ホントにっ?」
「ただし、授業中はダメだぞ」 

 嬉しそうにしがみついてくる昇に、直人は『みんなには内緒だよ』と、大人丸出しのずるい言葉を吐いた。

 そんな大人のずるさに気づくはずもなく、昇は直人の首に手を廻して『よかった…』と呟き、真摯な瞳を直人に向けて言った。

「先生…大好き」

 それは、幼い愛の告白だった。


 明るい陽の射す、二人きりのリビングで、金色の髪をした天使の、甘い吐息が首を掠める。

 直人は胸が締め付けられるような疼きを覚えた。

 こんな子供に、自分の心が傾いている…?

 なぜ、こんな子供相手に感情のコントロールを乱す…?

 なにより、その事実に不快感を覚えていない自分が怖かった。

「せんせい…僕のことずっと見てるって、約束して」

 昇の小さな小指が差し出された。
 直人はためらいもせず、自分の小指をそっと絡ませた。

「約束…しよう」

 見守るだけ、ただそれだけだから、この想いを許して欲しい…。

 胸に満ちる苦しく甘酸っぱい想いに、照れ隠しの自嘲の笑みを浮かべる。

 …いったい自分は、何に許しを求めているのか…。

 そんな大人の煩悶を知らず、サファイアの幼い瞳は、その純粋な想いで真っ直ぐに見つめてくる。

 直人はもう一度、自身に言い聞かせる。

 この手の中の小さな宝石は、眺めるだけの、もの、だと…。



                   ☆ .。.:*・゜


 
 学業成績、管弦楽部での実力、ルックス…と三拍子揃った上に、明るい質の兄弟たちは、あっという間に聖陵の人気者になり、大勢の友人たちに囲まれて、伸びやかに育っていった。

 ただ、中学1年の途中で、半年の間兄弟と離れて暮らした理由を知った悟が、感情の起伏を表さないようになり始めたことが大人たちの心を塞いだが、それでも沈むことなく穏やかな性格になっていったため、やがてそれが悟の本質かのように錯覚されるようになっていった。

 昇は最初の頃こそいつも直人にまとわりついていたが、やがて学年が上がるに連れ、他の生徒と何ら変わらない態度で接するようになり始めていた。

 直人は『それでいい』としながらも、自分こそがいつも昇の姿を追っていることに、苦い思いを噛みしめていた。



 そして、事件は昇が高校に進学した春に起こった。

 その日、放課後、直人は学院内の自室で昇を待っていた。
 新年度のオーディションでコンサートマスターに就任することになった昇との打ち合わせのためだった。

 しかし、約束の時間になっても昇は現れない。
 桐生家の三兄弟は時間厳守で有名だ。

 不安になった直人が昇のクラスまで出かけていき、クラスメイトに尋ねると、体育教師に呼び出され体育館に向かったという。

 悪寒が走った。
 呼び出したのは『そう言う意味』で評判の悪い体育教師。

 結局嫌な予感は当たり、直人は器具倉庫で襲われている昇を助けることになったのである。

 駆けつけたのが早かったため、未遂に終わったのが幸いだったが、助けられた昇のショックは大きかった。
 しがみつき泣きじゃくる昇を、直人はただ抱きしめてやることしかできなかったのだが、そのうちに昇が怒りだした。

「いつでも僕だけを見てるって、約束したじゃないかっ。約束を守らないからこんなことになったんだっ」

 顔を紅くして怒鳴る昇に、直人はただ、『悪かった』と言うしかなかったのだが…。

(いつだって見てる。お前だけを見てる)

 それは、教師として、決して告げられない言葉だった。
 けれど、昇の怒りは納まらなかった。

「悪いと思うのなら…キスして」

 それは昇にとって、最初で最後の賭けだった。
 
 中学の3年間、心の内にずっと恋心を抱いてきたが、いざ『学校』という枠組みの中に入ってしまえば、やはり光安は大人であり、教師であり、いつしか自分は大勢の生徒に紛れてしまったのだと思い知らされた。
 
 だから…。
 拒絶されたら、諦めよう。
 そう決めて吐いた、捨て身のセリフ。

 しかし…、それは受け入れられた。

 直人は昇の賭けに便乗したのだ。

 伝えられない想いを…本心を隠したまま、『昇が望んだから』という理由を付けて、柔らかい唇を手に入れた。

 目の前で想い人が犯されそうになったという現実も、直人の行為を大胆にしたのかもしれない。

 そして、それは、しかけた昇自身をも苦しめる結果になった。

 真実の見えないキス。
 半端に受け入れられた想い。



 こうして二人は、お互いを見失ったまま、真実の想いをそれぞれの胸の奥深くに埋め、まるでゲームを楽しむように、見せかけだけの『噂の』恋人同士になっていったのである。



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「なんだ、守、もう帰るのか」

 2時間もかけて自宅から昇を連れてきたのに、上がりもせずに帰ろうとする守を、直人は引き留めた。

「オレ、遊びに来た訳じゃないんですよ」

 チラッと昇に視線を投げかけ、そのまま直人を見つめると、守は真剣な表情を作った。

「今日は、帰らせないで下さい。……ここに泊めてやって下さい」

 黙って俯く昇の肩をグッと押し、直人の身体に押しつけると、守は踵を返した。
 ドアを閉める瞬間振り返り、昇に告げる。

「ちゃんと話をするんだぞ。いいな」

 帰っていった守の強い瞳は、5年前と変わらなかった。




 リビングのソファーに座っても、昇は何も話さない。

「いったい何があったんだ」

 言葉を変えて何度も聞く。

 やがて昇は立ち上がり、『帰る』と呟いた。

「ちょっと待てよ」

 直人は慌てて昇を引き留め、再び座らせる。

「私で力になれるかどうかわからないが、話してみないか?」

 できるだけ優しく言った口調が、昇に火をつけた。

「先生に言ったからってどうなるんだよっ。また、うまく誤魔化されて終わりじゃないかっ」

『誤魔化されて』と言う言葉が直人の胸を突いた。

 そうだ、自分は確かに誤魔化してきたのだ。昇への想いも、昇からの想いも。

 返す言葉のない直人に、昇は冷たい目を向けた。

「自覚…あるみたいだね」

 黙ってしまった直人に、昇は勝ち誇ったように言う。

「僕、誤魔化すのやめたんだ」

 目を見開いて昇を見返す直人に、昇は今朝のことを告げた。

「今朝…葵を…襲った」
「昇…っ?」

 直人は驚愕の表情で昇の名を呼んだきり、言葉を失った。

「葵が好きだから、悟に渡したくなかったから、部屋に鍵をかけて、押し倒して、シャツを引きちぎって、無理矢理…」
「もういいっ」

 淡々と報告する昇の言葉を、激高して直人が遮った。

「何故だ。何故そんなことを…」

「葵が好きだからって言ったじゃないか。僕、自分の気持ちを誤魔化すのやめたんだ。好きなものを手に入れて何が悪いっ」

 平静を装おうとしても、声の震えが納まらない。

「本当に…葵が、好きなのか…」

 昇の肩が、大きく、不自然に揺れた。
 息が上がってくる。


 それは今、一番聞かれたくない言葉。
 自分で告げておきながら『自分は本当に葵が好きなのか』と自問する…。

 葵のことは好きだ。そう自答して、また自問する。
 悟と同じ気持ちなのか。

 その答えを考え始めると、無限の輪の中に入ってしまいそうだ。

 輪の中で逆巻くのは……もしかすると、嫉妬…。
 そして、その先にあるのは強い羨望…。

 想い人に強く求められている葵。
 悟は葵への想いを隠さないから…。

 葵が…うらやましい。
 昇ははっきりとそう思った。

 愛されたい、誰よりも直人に愛されたい。
 葵が悟に強く愛されているように。
 心も、身体も、求められたい。
 自分はこんなにも求めているのに…。

 この輪から脱出するためには……。

「いつでも僕だけを見てるって、約束したじゃないかっ。約束を守らないからこんなことになったんだっ」

 それは去年のセリフ、そのままだった。

 あの時直人は、告げられない想いを封印した。
 ただ『悪かった』と言い、騙すようにキスをした。

 もう一度あの悪夢を繰り返すのか…。こうしてまた誤魔化すのか…。
 愛しい者の心を傷つけてまで…。

 直人は腕を伸ばし、昇を抱きこんだ。
 大きく息を吸い込むが、吐き出す息は震えている。

「いつだって見てる。お前だけを見てる。…だからこんなに、苦しいんじゃないか…」

 震える息に、言いたくて、言えなくて、何度も胸の内にしまい込んだ言葉を乗せる。
 告げてしまえば、どうしてこんなにも甘いのか。

「直人…」

 昇が腕の中で呆然と呟く。瞳が捉える物をなくして宙をさまよう。

「ずっとお前だけを見てきた。お前だけを…追いかけていた」

 宙を彷徨ったままの蒼い瞳が、清い湧き水を溢れさせる。



 教師の衣を脱いだ直人は、一人の人間として昇に向き合い、ついに真正面から真実の気持ちをぶつけた。

 溢れ出る涙を唇で吸い取り、強く抱きしめた身体をそのままソファーに横たえる。
 しがみつき、身体を震わせる昇が愛おしくてたまらない。

 このまま自分のものにしてしまいたかったが、それはどうあっても踏みとどまらねばならないと、再び直人は自分を戒めた。

 しかし、もう誤魔化すつもりはない。

「私は昇が卒業するまで待つつもりでいた。教師と生徒でなくなったら、その時本当の気持ちを告げようと決めていた。 だから、あんなふうに自分を誤魔化し、昇を欺いてしまった。それがこんなにも昇を追いつめるとは思わずに…。許してくれ」

 静かに告げられる真実に、昇の心が解けていく。
 しかし、解けていくと同時に広がっていく、この胸を塞ぐものは…。

 もしかしたら、自分たちはまた、このまま穏やかに教師と生徒に戻るのか…?

 この気持ちを抱えたまま…?
 
 そんなこと、出来るはずがない…。

 昇は再び、あの時のように、賭けに出た。
 今度こそ本当に、最後の賭。

「僕を…抱いて」

 真摯な瞳をぶつけられ、直人がたじろぐ。

 今度こそ、誤魔化せないのだ。
 真実を告げた今、もう偽りの仮面はかぶれない。

「僕を…欲しいと思って」

 その言葉に、直人はフワッと微笑んだ。

「欲しいと思ってるに決まっているじゃないか。そんなこと、ずっと前から思ってた」

 言われて昇が頬を染める。
 自分から『抱いて』と言っておきながら。 





 光の射し込むリビング。

 あの時の小さな天使は、伸びやかに成長してもなお、輝く髪を纏い、深い想いを抱きしめて自分の腕の中にある。

 直人はそんな昇を見て、一つだけ考えを改めた。
 そして、昇を抱き上げる。

「昇を全部、私にくれるね」

 …答えの代わりにギュッとしがみついた。






「明日の朝早く、ここを出よう」

 直人は、自分の腕の中でやっと落ち着いた息づかいを取り戻した昇に、優しく言った。 

 昇が、直人の胸に埋めていた顔をあげ、不思議そうに見る。

「香奈子さん、帰って来るんだろう? …私も行くよ、桐生家へ」

 髪に指を絡め、金色の糸で遊ぶ。
 そのまま金色の波にキスを埋めて、抱きしめる。

「お前をもらいに行くよ」

 昇が弾かれたように顔をあげた。

 優しく微笑む直人を見て、昇が何かを言おうとするが、言葉にならなかった。


 
『卒業まで待つ』

 この、自分への足枷を自らの意志で外してしまったとき、直人は新たに、生涯外すことのない枷をかけた。

『一人の人間に、生涯寄り添う』

 言葉にすると難しいが、愛しているから容易なことだと直人は思う。

 昇のために生きていく…。

 こんな幸福を手に入れていいんだろうかと、直人は一人、ほくそ笑んでいた。





 サファイアの瞳は、愛を知って、初めて宝石の輝きを宿す。




90000Hits記念番外「約束〜この手の中の小さな宝石」 END


「この腕の中の金色の輝き」がどこかに潜んでいます(^^ゞ

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