2003年ハロウィン企画
I Love まりちゃん 番外編 

「いたずらしちゃうぞ」
おまけつき(笑)




「お菓子を段ボールに一箱〜?!」

 その張り紙を見て、人一倍目を輝かせたのはもちろん、俺。

 俺は熱田直。高校3年生だ。

「へぇ〜、また張り込んだもんだな。Missビクトリアは」

 俺の左隣で腕組みをしているのは、親友の前田智雪。
 悔しいことに、俺が見上げている張り紙も、智にとっては目線の正面。

「こりゃあ、やるっきゃねぇな。まり」

 右隣で失礼な事を言うヤツは、悪友の本間敦。

「まりじゃねえっつってんだろっ」

「ともかく、今日の帰り道にでも材料の調達しねぇとな」

 こらっ、俺の抗議を無視するんじゃねぇっ。





 俺たちが見ていたのは、高3のHRが並ぶ第1校舎の1階廊下にでかでかと張り出された張り紙だ。

 張り主は、俺たち3年生の英会話担当教師のMissビクトリア。

 バリバリのブロンドに真っ青な瞳。ハリウッド女優も裸足で逃げ出していきそうなダイナマイトバディの持ち主である超美人女性教師――もちろん独身――だ。

 ちなみに公表されているプロフィールによると、スリーサイズは「95・65・96」。

 多分本当だと思う。俺、しょっちゅう抱きしめられたり、バストプレスかまされたりしてるからなんとなくわかる。

 で、そんな彼女が『中高一貫の男子校』なんて危ないところで問題なく教師が続けられているのは、多分…Missビクトリアが御年70歳のウルトラ熟女だからだろう。


 さて、そんな彼女がいったい何を張り出したのかというと…。


「それにしても、ジャック・オ・ランターンって黄色いかぼちゃだよな」
「ああ、よく見かけるのはそうだな」
「そんなの、どこに売ってるんだ?」
「この前花屋で見かけたけど」
「おおっ、さすが智っ」

 敦と智が張り紙のイラストを見ながらそんなことを言っている。

 イラストはかぼちゃのお化け。つまり『ジャック・オ・ランターン』というヤツだ。

 ほら、黄色いかぼちゃをくりぬいて、ついでに目や口も彫っちゃってさ、中に蝋燭を灯すヤツだ。

 Missビクトリアは、何かあるごとに色んな企画を思いつくっていうユニークな人なんだけど、今回のはなんと、この『ジャック・オ・ランターン』のコンテストってわけだ。


 一番ユニークなものを作った生徒には、賞品として『段ボール一箱分のお菓子』が贈られるってことで、俺としてはこれを逃す手はないよな…って思うわけだ。うん。


 作品提出までは僅か3日間。

 俺と智、そして敦はさっそく学校の帰り道に商店街へ寄って、黄色いかぼちゃを探した。

 案の定、八百屋にはなくって、智の言うとおり花屋でディスプレイ用として売られていた。

 気になったから聞いてみたんだけど、ディスプレイ用のかぼちゃは食えないんだってさ。つまんないの。


 ともかく、智は割と小さめのかぼちゃ、俺と敦は欲張ってでっかいかぼちゃを買い込んで、そして敦の家へ向かった。

 何せ、あいつの家が学校から一番近いから。





「うわ〜、結構固い」

 カッターナイフだの包丁だの…最後には小学校の図工の時間に使ってたって言う『彫刻刀セット』まで登場して、俺たちは古新聞を広げた上でせっせとかぼちゃをくりぬいてる。


「直、気を付けて」
「おうっ」

 悪戦苦闘してる俺の横で、そう声を掛けてくれながらも智は涼しい顔で小さなかぼちゃを器用に彫っている。

 なんだか完成間近っぽい。しかも綺麗だ。

 うーん、相変わらず何をやらせても完璧なヤツだよな、まったく。

 そのうちに、いつもはやかましい敦もだんだん無口になって、ただひたすら創作に励んでいると…。

 いきなり敦の携帯が鳴った。

「うわっ、なんだよ〜。ったく脅かすなって」

 ブツクサ言いながら電話にでた敦は、不機嫌そうな声でそれに応対していたけれど、通話を切ると『悪い、30分ほど出てくるから留守頼む』って出ていってしまった。

 ちなみに電話の相手は彼女じゃなくて、お姉さん。

 荷物が多くて大変だから駅前まで迎えに来いって電話だったらしい。

 最初は「やだ」とか何とか言ってたんだけど、どうやら小遣いで買収されたらしいんだ。…ったく、分かり易いヤツ。



「直、手伝おうか?」

 敦が出かけて5分ほどしたところで智が声を掛けてきた。

 多分、妙に手元がアヤシイ俺に気がついたんだろう。

「あ、うん、大丈夫」

 実は俺、寝不足なんだ。昨夜遅くまでゲームやってたから。
 クラスメイトに借りてたソフトなんだけど、今日返すって約束してたから、どうしてもクリアしたくて夜更かししちまったんだ。

 だから、無言でこういう作業を黙々とやってると、何だかだんだん、頭の芯が痺れてきて…瞼が…。




「…うわっちっ」
「なおっ」

 だから、智の声と自分の指先に走った痛みに気がついたときには、すでに真っ赤なものがぽたぽたと落ちている状態で…。


「あちゃ〜」

 でも、俺が『やっちまった』…って言おうとしたときには、血が流れていた俺の左手人差し指は、すでに暖かいものに包まれていて…。

 目を伏せたまま、自然に俺の指を銜えている智…。


「智…」

 敏感な指先をキュッと吸われて、思わず俺が身を縮めると、智はまるでその時初めて自分のしていることに気がついたかのように、慌てて俺の指を離した。

「…あっ…ごめんっ、直」

 温もりから離されて、急に冷える指先。
 また、血がじんわりと滲んできた。

「…とも、また出てきた…」

 別にこれくらいの怪我なんて何でもないんだけれど、何だか急に心細くなって、俺は甘えるような声で智を呼ぶ。

 血の滲む指先を、智に向かってかざしながら。

 けれど、智は困ったように笑うだけで、心細い俺の指先は宙に浮いたまま。

 やがて自分のポケットからハンカチを出すと、智は俺の指を丁寧に包んでくれた。


 そして、最初のあの温もりとは違うけれど、でも、智の指先が俺に優しく触れる温もりと、『痛む?』って聞いてくれる優しい声が気持ちよくって、俺は小さく『大丈夫…』って答えたあと、そのまま智にもたれかかって、目を閉じた。



                    



 完全にどうかしてた…。

 直の華奢な指先から、真っ赤なものが滴るのを見た瞬間、俺は何を考える間もなく、それを口に含んでしまっていた。

 そして、直がビクッと身体を竦ませるまで、心底うっとりと、夢見心地でその温もりを味わってしまい…。 

 でも、慌てて指を離し謝った俺に、直はどうしてなのか酷く切なげな顔を向けてきた。

 てっきり『ともぉ〜、なに気色の悪いことしてんだよ〜』なんて言葉が返ってくると思っていたのに。


 そして…。

「…とも、また出てきた…」

 また血の滲み始めた指先を向けられて、そんなことを言われたら…、それは直…、まるで、誘ってるように見えてしまうじゃないか…。

 でも、直がそんなことをするはずがなくて、俺はただ、困ったように笑ってみせるだけで、もう一度触れることすら怖くて…。

 だから、出来るだけ直に触れないように、用心してハンカチで傷を包むのが精一杯で…。





 どんなに安心しきった状態でもたれかかられても、直の身体は驚くほど軽くて、そして暖かい。

 どうやら寝不足だったようで、指先の傷もものともせずに、直はお昼寝モードに入ってしまった。


 そして、俺は俺の熱を持て余す。

 本当は、その身体を抱きしめて、温めて、離さないでいたいのだけれど、今抱きしめてしまったら、きっと俺はこの熱で直を溶かしてしまうだろう。
 
 拒絶の叫びを耳にしながらも…。





「Trick or Treat」

 すぐ側にある、直の小さな耳に向かってそう囁いてみる。

『お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ』

 直ならきっと、『やれるもんならやってみな〜』なんて言って、挑発するようにお菓子を全部食べてしまったりして…。


「なお…起きないとほんとに……いたずらしちゃうぞ…」

 本当は鼻でも摘んでやりたいところだけれど、それすら今の自分にとっては十分に危険な行動で…。



「おっ、いい雰囲気作っちゃってさ」

 いつの間に帰ってきたのか、敦がドアのところでにやつきながら俺たちを見下ろしていた。

「…そんなんじゃないよ」

 直はただ、いい気分で寝てるだけ。そして俺は…辛いだけ。


「敦、俺、先に帰るからさ、直が起きたら送ってってやってくれよ。どうやらかなり寝不足モードらしいからな。あ、あんまり遅くなるなよ。直のお母さん、心配するから」

「なんだよ智、お前の大事なまりだろ? お前が送っていきゃいいじゃん」

「…いや……俺んち反対方向だから」 

 それはもちろん言い訳。どんなに遠かろうが、例え地球の反対側だろうが、送っていきたい。

 けれど、残念ながら、すでに本日分の理性は品切れだ。


「頼むな…敦」
「…智……」



                     



 3日後。
 Missビクトリアの『祝福のバストプレス』と、段ボール一箱分のお菓子をGETしたのは、なんと直だった。

 他のみんながまともな『ジャック・オ・ランターン』を作ってきた中、直のだけが何と、丸ごと食べられるそれだったからだ。

 結局あのあと、大きなかぼちゃの彫刻を諦めた直はお母さんに相談したらしく、今度は極端に小振りな、しかも「小菊」と言う品種の日本かぼちゃを使って『ジャック・オ・ランターン』の形をした『丸ごとパンプキンパイ』を作ってきたんだ。

 もちろん直は料理なんて出来ないから、お母さんの作品であることは見え見えなんだけれど、程良く甘くてシナモンのたっぷりと効いた『丸ごとパンプキンパイ』は甘いものが大好きなMissビクトリアのハートをがっちり掴んでしまったと言うわけだ。




「…さすがまりちゃん。食い気に走らせたら世界一だよな」
「…同感…。あのちっこい身体のどこに入るんだってくらい食うもんな」
「体重の3倍は食ってんじゃねぇ?」


 羨ましそうに呟くクラスメイトたちを横目に、細い腕いっぱいに段ボールを抱えて幸せ満面の直が俺を従えて、昼休みの中庭へ向かう。
 


「なあ、智」
「なに?直」
「そもそもハロウィンってなんだ?」

 中庭のベンチで戦利品をほおばりながら直が言う。

「ああ、ハロウィンは…『前夜祭』だな」
「前夜祭?ってことは、次にもなんかあるのか?」

 ほら…と、直は気前よく、俺にも分け前をくれて、ありがとう…と言いながら、俺はそれを受け取る。

「本当は、それからが重要なんだ。11月1日は万聖節って言ってさ、カトリックの『諸聖人の日』で、2日は万霊節。日本で言うと、この2日間は『お盆』に当たる日なるんだ」

「お盆?キリスト教でもそんなのあるのか」

「うん。英語では『All Saint’s day』と『All Soul’s day』。亡くなった人たちの魂が帰ってくるっていう日だそうで、みんなでお墓参りに行くんだってさ」

「へぇ…そうなんだ。俺ってば、てっきりかぼちゃを食う日だと思ってた」

 まったく直らしい発想だな。

「そりゃ冬至だろう」

 俺が笑うと、直は心底関心したように、目を輝かせて見上げてくる。

「すごいな、智ってほんとに物知りだ」

 本当は親父の受け売りなんだけどね…。

 でも、そんなことは口にせず、俺はただ、穏やかに笑いながら直の隣に座り続ける。

 本日分の理性が品切れるまで。
 


                    



 10月31日。万聖節の前夜祭、ハロウィン。

 俺の理性が一生分品切れになったのは、これから僅かに6日後――直の18回目の誕生日翌日――の、ことだった。


END

今年のハロウィンはまりちゃん!
まりちゃん本編第1話の6日ほど前のお話です(*^_^*)

まりちゃん目次へ
HOME

あろうことか「6日後〜直サイド」はここにあったりして(^^ゞ