Anniversary
10years After

智&直、結婚10周年のある日




「う〜ん、いい気持ち〜」

 芝生が陽の光に映えてキラキラしている中庭で、俺は大きく伸びをした。

 ここんとこ研究室に詰めっきりで、身体はもう、ガチガチだ。

 俺は左右の腕をグルグル回してから、白衣の裾が汚れるのなんか気にも留めないで、日陰を求めて大きな木の根っこに腰を降ろした。

 そしてもう一度大きく伸びをしてから、紙袋に入ったサンドイッチとミルクを取り出す。

 研究室以外の場所で物を食べるなんて、久しぶりかも…。
 そう思うと俺って可哀相な生活してるよな。

 でも、こうして好きなことをさせてもらえるのも、智とお父さんのおかげだから…。



『まり!』

 うっ…。せっかく一人でくつろごうと思っていたのに…。

『探したぜ』

 探さなくっていいってーの。

 こいつはルディ。中国系のアメリカ人で、俺より一つ下の27才。190cmくらいある、嫌みなほどいい男。

 俺はこいつと話すのが苦手だ。だって、首がだるくなるから。

 智も背が高いけど、首がだるくなるなんてことないよな。なんでだろ?
 …そっか。俺と智、立ち話なんかしないもんな。

 …智、今頃なにしてるかなぁ…。毎晩かかってきた電話も、忙しいのか、昨夜はかかってこなかったし…。



『何か用?』

 素っ気ない俺の答えに、ルディは軽く肩を竦めてから、自分の紙袋をごそごそとやりだした。

『相変わらず冷たいね、僕のまりは…』

 おいっ、誰が誰の何だって?
 あんた、そんな言葉が智の耳に入ったら半殺しだぞ。

『何?ここで食うの?』

 ルディはちゃっかりと俺の隣に腰を下ろし、はやくもサンドイッチをパクついている。




 ここはアメリカ。某工科大学のキャンパスだ。
 どうして俺がここにいるかっていうと…。

『まりーーーーー!』 

 がーっ。また一人増えた…。

『探したよっ』 

 探さなくていいっつってんだ。

『なんだルディもいたの?』
『ふふん、遅かったな。エディ』

 こいつら、ルディとエディは…双子だ。二卵性らしくてあんまり似てないのだけど、どっちもでかい。
 エディはルディと反対側の俺の隣に腰を下ろした。

 がー!暑苦しいっ。
 タダでさえここは、万年暖かいカリフォルニアだってのに。

 ルディとエディは、そんなことお構いなしに、俺の隣で…うん?…だんだん近寄って来てねーか?こいつら…。

『本当に、まりは可愛いね〜』
『俺たちより年上だとは、とってもじゃないけど思えないよな』 

 悪かったな。

 連日の研究疲れで相手をするのも鬱陶しい俺は、知らん顔でサンドイッチをパクつく。

『先月まりが日本から来たときには、ジュニアハイの生徒かと思っちゃったよ』

 おいっ、それはあんまりじゃねーか。
 だいいち…。

『あのな…。まり、まりって…。俺の名前は直だっ!』
『だってさ〜、プロフェッサー・熱田が「まり」って呼ぶから…』
『だから俺たち、このカワイコちゃんの名前は「まり」だと思っちゃったんだからしょーがないだろ?』 
『おやじがどう呼ぼうと俺は直だっ』

 そう、俺のこの忌まわしきニックネームが太平洋を越えてしまったのには訳がある。
 俺のおやじは…5年前からここの教授に納まってるんだ。

 俺は先月ここにやって来た。日本での研究と博士論文の総仕上げのためだ。

 この大学のおやじの研究室は、実は、智とお父さんの会社、『MAJEC』が全面バックアップしている。 
 俺が経営の道を途中から外れて研究畑へ入ったのも会社のためで、現在、会社での俺の肩書きは「開発部長」。
 取締役ってのもくっついてるらしいんだけど、そっちは智任せだ。

 俺にはこっちの方がよっぽど性に合ってるし…。 

 日本の友達なんかは結構びっくりしてる。
 パッと見には、静かな智が研究者タイプで、活発な(がさつとも言うけど)俺が経営者向きに見えるらしい。

 でも、お互いに「カエルの子はカエル」ってとこか。




『でも、まりはプロフェッサーの息子なのにどうしてファミリーネームが違うんだい?』

 聞いたのはエディ。
 そう、俺のフルネームは『前田直』だ。

『そうそう、俺も一度聞こうと思っていたんだ』
 ルディも話に乗ってくる。

『それと、この指輪の真相…』
 そう言うと、ルディは俺の右手を取った。

 薬指には細いプラチナの指輪。
 さすがに10年経つと傷もついてるけど、裏側にはめられたサファイアは綺麗な光のままだ。

『右手の薬指は「恋人がいます」だからね…』

 二人の視線が俺を見おろす。

 しょーがないじゃん、だって俺、結婚してんだもん。
 お互い会社での立場もあるから、さすがに左の指にははめてないんだけど…。  

 俺が、さて、何て答えるかな…って思案していると…。

 向こうから…。

 広いキャンパスの、光が反射する芝生の向こうから…。

 スーツ姿も凛々しい…。

 俺の…。

「ともっ!!」

 もしかしたらって言ってたけど、智も超多忙の身だから、俺は諦めてたんだ。

「なおっ!!」

 駆け出す俺。智も走り出した。

「会いたかった!智っ」
「直、元気そうだな」

 飛びついた俺を、智は難なく受け止めてくれる。

「いつ着いた?」
「ついさっき」
「仕事は?いいの?」
「今日と明日はオフにしてもらった。直も一段落してるって聞いたから…」

 たった1ヶ月。でも、俺にはとてつもなく長い日々だった。
 それまで、こんなに長く離れたことのない俺たちだったから…。

「昨夜、電話がなかったから…」
 おっと、俺、早くも涙声モードだ。

「うん、電話したかったんだけど、それよりも飛行機に飛び乗る方が早く直に会えるから…」


『まり…』
『こちらの紳士は…?』

 抱き合って、今にもキスしてしまいそうな俺たちの背後に、いつのまにか双子が立っていた。

「あ…。智、この二人はおやじの研究室の、ルディとエディ。双子なんだ」 

 日本語で智に話す俺を、二人は怪訝な顔で見ている。
 そうか、この二人、確か日本語はさっぱりのハズ…。

 智はほんの一瞬険しい顔を見せた。
 う…。変な邪推するなよ…。
 智ってば、異常に嫉妬深いからな…。


『初めまして。前田智雪です。直がお世話になっているようですね。ありがとうございます』

 智はわざとらしいほどにっこり笑って、流暢な英語で自己紹介した。

『まえだ…?』
『じゃあ、まり、の』

 双子が何かを考えついたらしい。
 と、その時…。

「やぁ!智雪くんじゃないか!」
 日本語で声をかけたのは、俺のおやじだ。

「おとうさん、お久しぶりです。お元気そうですね」

 握手をする二人を、双子は呆然と見ていたんだけど…。

『プロフェッサーのお知り合いでしたか』
 エディがおやじに言った。

『ん?何言ってるんだ。まり、お前、智雪くんを紹介してないのか?」
「智、ちゃんと自己紹介したよ」

 そういうと、珍しく察しのいいおやじは「なるほどね」とばかりに肩を竦めた。

「名前しか名乗ってないって訳か」
 そういうと、ルディとエディに向き直った。

『こちらは、前田智雪氏。MAJECの副社長だ』
『え…』

 智の肩書きを聞いて、双子が顔色をなくした。
 そりゃそうだよな。なんてったって、全面バックアップ企業だからな。

『じゃあ、まりは…』
『彼の弟…?』

 弟か〜。
 それも、この10年間、よく言われた言葉だよなぁ…。
 確かに戸籍上はそうなんだけど。

 けれど、そう言った双子を、智はまたしてもニコッと見返した。
 う…これは、言っちまいそうだな、たぶん…。

 俺は、『カミングアウト』はしない。
 いつ何処で、どんな影響があるかわからないから。
 それほどまでに、MAJECは大きな企業だから。
 
 でも、智は違う。
 相手をみて、恐ろしいほどはっきりと態度を変える。
 そう、今、智は『これは釘を刺しておかなければならない』って思ってるに決まってる。



『直は私の奥さんですよ』

 ほらね。

 あらら、双子、目が点だ。

『…プロフェッサー』
 ルディが助けを求めるようにおやじを見た。

『ん、まあな、私の不甲斐なさというか…その…』

 ま〜だ言ってるよ、このおやじは。そんなこと、10年も経てば時効だってば。



「おやじ!これ頼む!」
 俺は白衣を脱いで、おやじにポンッと放った。
「いこっ。智」

 智は鮮やかに微笑んで頷いた。

「すみません、お先に失礼します」

 俺たちにはもう、呆気にとられてるルディとエディなんか、目に入ってなかった。






「ひゃ、智、くすぐったいってば」
「いいからジッとして。シャンプーが目に入るぞ」

 会社が通年で押さえているホテルの部屋の、広いシャワールーム。
 俺と智は暖かいシャワーの下でじゃれていた。

「直、あのまま帰って来てもよかったのに…」
 ポソッと呟いた智。

「え?何?何のこと?」
 泡だらけの俺は、ジッと智を見上げる。

「ん…白衣の直も、可愛いなぁ、なんてね…」

 はぁっ…?

「白衣ったって、あれは研究室用のただの小汚い白い上着で…」
「うん。そのただの白い上着が似合うぐらいだから、きっと看護婦さんの白衣なんてめちゃめちゃ可愛いだろうな〜、なんて思ってさぁ」

 う…。こ、こいつは相も変わらず…。

「お、俺そんなの絶対着ないからなっ」
「うん。直が論文出して帰ってくるまで待つよ」

 んなもん、待つなーーーーーーーーーー!

「でさ、直」
「あん?」

 思わず声が尖る俺。

「せっかくの結婚10周年だから。いいもの持ってきたんだ」

 あ…そういえば…。
 10年になるんだ…。あの日から…。


 智はせっせと俺の身体の泡をシャワーで流し、大きなバスタオルで丁寧に拭いてくれて、肌触りのいいバスローブを着せてくれた。

 そして…。
 ベッドの上には衣装箱。

「ほらっ、懐かしいだろ?」

 中に入っていたのは、紺のワンピースに…白のフリフリ…。

 これは…メ・イ・ド…服…?

「ぎゃあぁぁぁぁ!」 
 なんでそんなもん、持ってんだーーーー!!

「大事にとっておいてよかったよ。10年ぶりだよな」
「と、ともっ、いくら何でも、俺、もう28だぞ。18の時ならいざ知らず…」
「直、全然変わってないから大丈夫だって」
「そっ、そう言う問題じゃなくてっ」
「いいから、いいから」
「やめろーーーーーーーー!!」 


 
 で、結局俺はそのスタイルで一晩過ごすことになってしまったのだった。

 そういや、10年前のあの時も、『お仕置きだ』とか言われてエライ目にあったよな…。

 あ、この夜、寝かせてもらえなかったのは…言うまでもない…よな。
 


END



さぁ!お仕置きを見に行こう(笑)

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